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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
シミエル家御令嬢毒殺未遂事件
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シミエル家御令嬢毒殺未遂事件 6

 誰も、考えていなかった。

 毒当然の物を口に入れるという発想が皆になかったからだ。何のために毒を飲んだのか分からない。

 ——いや、メリットならある。病院に搬送させれば、バルバラさんはこの学校から離れることができる。

 自殺するつもりはないだろう。このクラスにはほぼ反則級の特異魔術を持つアスクレピオスさんがいる。いや、もしかして……。


「バルバラさんはある事情からこの学校を離れたかったのでしょう。正直動機方面は勝手に言っていいのか分からないので割愛させていただきます。

 あなたは事件が起こる数分ほど前に海老を食べました。調べたところ海老は即時型。反応がすぐに出ます。

 反応が出て死にかけたとしても医者の息子であるアスクレピオスさんがいれば応急処置のおかげで死ぬ可能性はぐっと減りますからね」


 椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、早歩きでバルバラに近付く。


「私は動機を知っている。正直に言ってごらん」


 声音は優しいが、見下ろす姿勢では委縮させてバルバラは口を閉ざしてしまうと言いたいのに、言える雰囲気ではない。歯痒い。


「……私が、自分の意志で呑みました。

 心が死ぬか、体が死ぬか……違いはそれだけです。あのときの私には、何だろうと呑み込んでいましたよ」


 バルバラが顔を上げる。眦をつり上げて、ユイを睨み上げる。


「私は、ここから逃げたかった。貴方が事件を解決することでそれができないなら……」


 ()()


 固い音。

 それが何か理解する前に、バルバラの口から赤いものを吐き出した。


「なっ——」

「アスクレピオスさん、すぐに特異魔術を! バルバラさんがナイフで首を刺したばかりの今なら、貴方の特異魔術で対応可能です!」

「は、はい! 『我は汝の救いなり(アスクレピオス)』!」


 アスクレピオスに指示できたのは、従軍経験の賜物だろう。瞬時の判断が求められたあの戦場の経験に、感謝するときが来るとは思わなかった。

 予想通り、バルバラの首の傷は彼の特異魔術で跡形もなく消えた。ただ、自分で自分の首を刺すのは、並ならぬ覚悟が必要だ。

 ぐったりとした様子のバルバラを保健室に運ぶようにアスクレピオスに頼む。

 二人が準備室を出た空気は、何とも言えない後味の悪いものが残った。


「——まいった。私の負けだ」


 ユイのすぐ近くにいたから聞こえた小声の意味を、すぐに理解できなかった。


「さて、バルバラさんをここまで追い詰めた感想を聞こうか。

 バルバラいじめの主犯者である——ジエジッチ家のお嬢さん?」


 皆の視線がアリツィナに向く。

 アリツィナはアスクレピオスが出て行った扉をしばらく見つめていた。もう一度ユイが名前を呼ぶことでようやく気付いたらしい。

 青い髪で隠れた顔をこちらに向けた。

 アリツィナの表情が、この場にいる全ての人間に晒される。

 ——初めて会ったときと変わらない、美しく微笑む女がそこにいた。


「……もしかして、彼女が先生に色目を使っているところを咎めたことをいじめだと言っているのかしら? 確かに言い方はきつかったけれど、見てしまったものは仕方ないじゃない?」

「濁したところで無駄だ。メールであの子をボロクソ言っているのはもうこっちでつかんでいるんだよ」

「ボロクソ言われるような振る舞いをした彼女が悪いのよ」


 悪びれもせず言いのけるアリツィナの姿が、ある人物と重なる。

 人を疑うことを自分に教えてくれた、あの人と。


「黙れよ、クソアマ」


 言い合う二人の間をぶった切るように、呟いてしまった。

 自分の言葉が衝撃だったのか、ユイが立て付けの悪い扉みたいに動きながらこちらを見る。自分の顔を見た瞬間肩が大袈裟に震えたが、そんなに怯えることはないだろう。

 アリツィナの片方の眉がピクリ、と上へ動く。


「……誰に向かってその口をきいているのか、聞いてもいいかしら?」

「クソアマ」


 ユイが噴き出した。アリツィナを指差してそう言ったことがそんなに面白かったのだろうか。ユイは準備室内に反響するほど、大声で笑った。


「あー、笑った笑った。きみ、そんな風に怒れるんだな。

 ——ま、ここで言い争いしてもあまり意味はない。

 そこの魔性植物の特性である伝言を使って、ダンタリオンの記者に今まで話の証人にしてもらっているし、その記者はきみのお家の事情を掴んでいるぞ」


 初めてアリツィナの表情に動揺が走る。他の生徒も一斉に首を巡らして、魔性植物を探している。やがて一人の生徒が棚に置いてあった魔性植物『おしゃべりルージュ』を見つけた。

 『おしゃべりルージュ』は互いの魔力を通せば伝言性質を持つ。今ある通信道具はこの魔性植物のおかげで生まれたものだ。

 おしゃべりルージュから名乗られた声に、女子生徒を中心に悲鳴をあげる。

 一瞬で混乱状態になったこれが面白いのか、ユイは面白そうに眺めていた。

 情報界隈の中で大きな力を持つ新聞会社だ。そこに目をつけられたと知って、平気なものはいない。ありとあらゆる情報を吸い取られるかもしれないからだ。

 ——かもしれない、ではなく、からだ、が正しいかな


「——それでは皆さん、ごきげんよう」


 最後に挨拶して、叫びと怒鳴り声が行き交う準備室を後にするユイ。

 自分達の姿を見ていたのは、唇だけ微笑んだアリツィナだけだった。




 事件の内容をズールィに報告とバルバラの転校やパニックになったままの生徒達を任せ、ユイとレナートはシミエル家に向かい事件の全容を話した。

 母親は泣き崩れてしまったが、校長の謝罪と手続きの連絡で納得したようだ。


「私の浅慮がバルバラさんを追い詰めてしまいましたので、そういったものはいりません」


 報酬の話を始まるとユイはそう言って断った。


「お嬢様を傷つける結果となったことをここに謝罪します。——申し訳ございませんでした」


 頭を深く下げて謝罪するユイを、両親とバルバラの兄が呆然としたように見つめていた。

 失礼します、と一礼してユイ達はシミエル家から立ち去った。

 太陽は傾いて、空に赤みがかかっていた。




「犯人は二人いたんでしょう?」


 ユイが家に帰る汽車に乗っている途中、レナートは確信を持った問いをユイに投げた。

 シミエル家の屋敷から大分離れているし、今乗っている車両にはユイとレナートを除いて二人ほど離れたところに座っているのみだったため、聞くなら今しかないと思ったのだ。

 ユイも周囲を見てレナートと同じことを思ったらしい。頷いて肯定した。


「もう一人は誰か、レナートさんの方で見当はついているんですか?」

「……アスクレピオスさんです。海老を食べても、首にナイフを刺しても、原因さえ分かれば結果を消すことができる彼の特異魔術で、死にかけるという結果を消すことができます。

 あの事件は、アスクレピオスさんが無詠唱で特異魔術を行使し、その後でバルバラさんが自身に酔わせる特異魔術をかけたのでしょう。もちろん無詠唱で。

 術者と密接な関係にある特異魔術の呪文を唱える必要性は、一般的な魔術と比べると低いですからね。」

「ああ、魔術の発動に必要なのは『魔力』と魔術の『属性』、そしてどのように使うかという『想像力』。呪文はその『想像力』を手助けするものだって、担当さんも言っていました。

 こればっかりは私にはつかめない感覚ですね」


 頬を掻いて笑うユイには、魔力がない。

 魔力があることを絶対としているこの社会では、かなり生きにくいだろう。何か言った方がよかったかもしれないが、未知過ぎて、なんて言えばよいのか分からない。


「正解です」


 何も言わないレナートの胸中を察したのか、ユイは微笑んで話を続けた。


「ちなみに二人が恋人だということは?」

「いえ……根拠は?」

「根拠は二つあります。

 一つ目は珈琲です。あの病室にあったのは、手間をかけて淹れるときに必要な道具ばかりでした。個人とはいえ、病室にそんなものを置きませんし、病院側は許さない。もてなすためのお茶が本当に必要なら、購買であらかじめ買った飲み物を用意すればいい。じゃあなんで置くことが許されているのか疑問が浮かびます。

 許されるには、許されるだけの関係が必要です。ただのクラスメイトではそこが弱い。幼馴染とか、古い付き合いで言うには故郷が違います。そうなると該当するのが恋人しかない。

 もう一つは購買で何か食べ物を買ってくるように頼んだとき、体質過剰反応の話を出しましたよね? 事前に飲めば問題ないそれを話に出すのは、それによって苦しんだことがある人から話を聞いたから。あのときバルバラさんが海老の体質過剰反応持ちなのは掴んでいました。

 以上の二つから、恋人だということを確信しました。

 そこから二人が共謀した説が頭に浮かびました。

 バルバラさんが、彼氏をあそこまで想っていたのは、予想外でしたが……」


 アスクレピオスの動揺具合からして、自分で決めて行動したのだろう。


「一体何が彼女をそうさせたのか……」

「単独犯に見せたかったからだと思います。バルバラさんが犯人だとバレても、動機面から見て同情の余地はあるし、転校手続きがしやすくなる。現におと……校長がすんなりと納得しましたし。

 でもアスクレピオスさんはあの学校に残る。

 あの事件の立案者、もしくは共犯者だと学校で噂されるのと、転校する自分が痛い思いをしてでも事件の犯人と思われること。どっちがマシか考えて、後者を選んだのでしょう。

 相手のためにそこまでするなんて……。

 まごうことなく、愛ですねぇ」


 レナートは何も言わなかった。


「彼女のあの覚悟がなければ、私は二人の名前を上げていました。そしてあそこでいじめの件とこの号外を出そうと思ったのですが……」


 ユイの手には、先程駅から抜き取った号外の新聞。

 『ジエジッチ不動産違法取引!? 警察が一斉捜査』

 一面に大きくジエジッチ家の黒い噂を肯定する、記事がそこにあった。よくよく読めば調査段階で確定したわけではない。しかし、ジエジッチの事業に大きな亀裂が走ったのは間違いない。

 ——国全体に情報網を張ることができるユイ先生と、あのダンタリオンが入手した情報が嘘とは考えにくい。

 ジエジッチ家は、崩壊する。

 ——なのに。


「アリツィナさん、最後まで笑っていましたね」

「あれは私にも分かりません。あのとき浮かべた表情は、あそこまで自分の家を追い込んだ人に対する表情じゃない。

 いじめた理由もさっぱりでしたし……よく分からない女だった」


 遠くの先頭車両で汽笛が鳴る。窓の向こうが建物に囲まれた景色になる。ユイの家がある最寄り駅についたようだ。

 立ち上がってユイの荷物を持つ。そこまで多くはないが、降りる準備をして早めに降車した方がいいだろう。

 レナートの意図を読んだのか、ユイはお礼を言って受け取った。

 汽車が完全に止まって扉が開く。外の空気がレナート達を迎える。涼しいと感じるほど、汽車の中はそれなりに熱がこもっていたようだった。

 あの嫌な空気に支配された教室を思い出す。あのとき生徒代表として話しかけたアリツィナは、確かに不気味で、独特のカリスマ性がそこにあった。あの通信がなければ気付かないほどの巧妙な支配空間。十代の娘がなせるものではない。

 恐ろしいものを見た気がして、軍服を着ているのに鳥肌が立っていた。


「いやはや、女とは恐ろしい生き物ですね」


 二の腕をさするレナートの気持ちを想像でもしたのか、同意を示すようにユイは言った。

 切られた切符を駅員に見せて、駅を出る。一時間半ほど乗っていたから、外はもう暗かった。一番星が見つけられないほど、多くの星が夜空に散っていた。

 ユイがこちらに体を向け、姿勢を正す。


「……今日は、色々とありがとうございました。後半は、居辛かったでしょう」


 バルバラが首を刺したことが、かなりの衝撃だったらしい。謝るようなお礼をすることでもないのに、誠実性が高い人のようだ。


「いえ。私も刺した側ですし」

「そういやきみ、あの列車で刺してたな。謝り損じゃないか」


 ユイの誠実性が確実に十は減った。


「そういうこと言っていると嫌われますよ」

「え、嫌いになっちゃった?」

「いえ全然」


 むしろその正直さは好ましい。


「正直、あの護衛で嫌気が差したのではないかと思いました。確実に一人は死んだので」

「私の故郷では『銃で撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけ』という言葉があります。

 私を殺そうとした時点で、その覚悟はできていると思います。むしろできてなかったらマジウケる……笑っちゃう、ってことなんですけど」

「その言葉、蛇の目で……」


 小説で気狂いになって銃を構えた人物に主人公が言った台詞だ。短い描写だが、主人公の覚悟を感じ取れたから気に入っている。


「よく覚えてますね。一頁にも満たなかったのに」

「印象的だったので」


 額を銃口に押し付けながら凄む場面は忘れる方が無理だ。

 ユイは鞄から入れ物とマッチを取り出す。入れ物には煙草が入っていたようで、口に加える。マッチに火をつけ、煙草に当てて燃焼させる。

 口から煙を吐き出し、用済みとなったマッチは近くにあったゴミ箱に投げ捨てられた。


「……あ。煙草吸って大丈夫でした? 外だから完全に油断してました。すみません」

「大丈夫ですよ。ストリャルドや兵舎は喫煙者が多いので、慣れています」

「セーフ!」


 どういう意味だ。

 レナートの疑問を知らないユイは携帯を開く。迎えを頼んでいたと聞いたが、来ないから疑問に思ったらしい。

 すぐに携帯をしまったことを見るに、報告が入っていたのだろう。迎えが来るまでは、ここで一緒に待っていよう。

 聞きたいことがあるから。


「先生。何故、依頼をお受けしたのかお聞きしても?」

「小説のネタ探し……じゃ、納得しなさそうだな」

「シミエル家のあの誠実な態度を見れば納得できませんよ」


 あの謝罪は、心からの言葉だと第三者の自分でも分かったのだ。もしそれがあの家族の心証を良くするための手段だったなら、きっと自分はもう、人を信じられない。

 煙草の先が赤くなる。吸い込んだ息を一拍溜めて、灰色の煙を黄色の唇から吐き出す。灰色の煙は塊となって空中に留まったが、すぐに空へと昇って行った。


「……向こうは覚えていないが、シミエル家には借りがあるんです。だから、その借りを返した」


 確かにそれは依頼を受ける理由になる。

 しかし言い換えれば、依頼はこれしか受けないということなのだろうか。それは少し、いやかなり困る。

 ——せっかく手掛かりを掴めたというのに。


「——ということで、次回もよろしくお願いします」

「ん?」

「聞いていなかったんですか?」


 しまった。聞き逃した。


「すみません。少し考え事を。もう一度お聞きしてもよろしいですか?」

「次の事件の護衛もお願いします」


 え。


「シミエル家の借りは返したのですよね?」

「ええ。それとは別です」


 どういうことか分からないが、懸念していたことは杞憂だったみたいだ。


「依頼があったら連絡します」


 携帯を鞄から出して、レナートに向ける。

 黒い画面が鏡のように反射して夜空を映す。


「連絡先、教えてください」


 半分程になった煙草を結わえてままお願いするユイに、レナートは黙って自分の携帯をポケットから取り出した。



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