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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
シミエル家御令嬢毒殺未遂事件
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シミエル家御令嬢毒殺未遂事件 5

 ユイが苛立たし気に踵を床にぶつける。ヒールだから音が反響してユイの不機嫌さが薬草学実験準備室に詰め込まれていく。ユイの感情を間近に受けているが、理由を知っているレナートも彼女と同じ気持ちだ。

 教室に行ってバルバラのクラスメイトに集合場所と特異魔術などの報告の協力を求めた。

 求めた、が。

 ——互いの顔を窺うばかりで非協力的だった。

 度が過ぎた態度にユイがブチ切れて教室の扉を蹴り壊してしまったのだ。その態度を見てようやく協力したのだ。

 アリツィナが咄嗟に謝罪しなければ、ユイの機嫌はさらに降下していたことだろう。

 アリツィナ・ジエジッチ。彼女はあの教室で異様だった。あの教室を支配できるだけの何かを持っていた。あれは家の影響だけではないだろう。彼女の桃色の瞳を見てそう確信した。

 ——突然のことですぐに受け入れられなかったという言い訳があったが、自分達の行いに非があること認めて謝罪。そしてこちらが求めるものを差し出すことで許しを請うことで、あくまでも主導権はこちらにあると思わせることでご機嫌取りをしている。

 あの場を収めるにあたってほぼほぼ満点の答えを出していた。かなり計算高い女だ。

 何も知らない者だったら、あの異様な空気に気付かず、アリツィナの謝罪を受け入れていただろう。言い換えれば、あのいじめがなければ気付かないほど巧妙に隠されていた、ということになる。

 レナートは準備室で皆を迎え入れる用意をしながら特異魔術持ちの生徒から聞いた特異魔術の効果を思い出す。

アリツィナ・ジエジッチ:指定した場所に焦点を当て、周囲の視線を全て向けさせる。

アスクレピオス・スピタス:過程の削除による結果の消去。

バルバラ=T・シミエル:対象を酔った状態にさせる。

ベルナルド・コウデルカ:対象を数秒間停止させる。

 ——あの教室は特異魔術の宝庫だったりするのか?

 一学年、つまり九十人に二人いれば多い方の中、四人が特異魔術持ち。ユイが「こんなに特異が多いなんて、ぶっちゃけありえな~い」なんて歌ったくらいだ。何で歌ったんだ。

 突っ込みながらユイに指示された通り、魔性植物を棚に配置する。

 この植物を何に使うか。レナートは察してしまった。察しているからこそ、置いた。準備を終えてユイの元に戻れば準備室の扉が開いた。

 授業が終わったらしい生徒達がぞろぞろと入ってきた。その中にはアスクレピオスとバルバラもいた。


「いらっしゃ~い、てここ私の部屋ではないのですけれど。まあ座ってください。今お茶をご用意しますね。オレンジジュースでいいですか?」


 それはお茶ではないだろう。

 ユイと一緒にコップを人数分用意してジュースを注ぎ、皆に配る。


「毒や呪いの類は入れていませんよ」


 ブラックジョークにも程がある。


「貴方の神経どうなっているんですか」


 アスクレピオスの突っ込みはもっともだった。

 クラスメイトの一人が恐る恐ると配られた飲み物に口をつける。緊張がほどけていったのか、顔を見合わせて雑談を始めた。ユイはそれに対して咎める様子はない。むしろ、その様子を眺めていた。小説家だから、飲んでいる人間の様子とかを観察しているのだろう。黒眼鏡で隠れているが、その目はきっとあの猛禽類の義父のように、獲物を観察している目をしているのだと察することができた。

 眼鏡の隙間から目を見ることはできないため、想像なのだが。

 生徒達の話が落ち着いて静かになったのは、三分ほど経っていた。


「お話はもうしなくていいんですか?」

「そんなことより早く教えてくれよ先生」


 一人の生徒の言葉を皮切りに、他の生徒達も急かすように声をあげる。


「だったらあのとき協力的な姿勢見せろよな。お前ら、頭パープリンなのか?」


 パープリンの意味は分からないが、侮辱されたことだけは分かった。生徒達も言い返せないのか、一斉に目を逸らし始めた。


「——ま、始めてもいっか。猶予はやったしな」


 その発言で、皆の視線がユイに集まる。教卓のすぐ側に立っているため、先生に見えた。


「やっだぁ。まるで授業する先生みたい。私そんな柄じゃないからこの教卓退かしますね~」


 ユイは笑顔で申し訳なさそうに謝ると教卓を——蹴り飛ばした。

 ポケットに手を突っ込んで、右足で蹴り飛ばすその姿は破落戸そのものの態度の悪さだった。

 靴が教卓を蹴る音。一拍置いて中央にあった教卓が準備室の端まで飛んで床に激突した音が、静かな準備室に反響する。

 教卓は一段高い床にあったから、ユイが蹴り飛ばしたときはその段差から落ちたこともあって、耳元の側で銃声を鳴らしたような大きな音がした。近くにいた生徒達は大音響のせいで耳鳴りがしたのか、両耳を押さえていた。レナートは戦時中嫌というほど聞いていたので大きな被害はなかった。

 恨みがましい目がユイを突き刺すが、どこと吹く風で彼女は背もたれを前にした状態で椅子に座った。


「このまま推理に入る前に、私が尊敬している人の話でもしましょう。

 その人は私が尊敬している名探偵で、私に推理という全ての価値観を形作ったと言っても過言ではないんです

彼は謎解きを始めるときに必ずある言葉を言いました。

 私も、彼に倣ってこの言葉を言って推理を始めようと思います」


 ユイは一旦口を閉じると、目を閉じて息を大きく吸う。

 これから自分は大事なことを言うための深呼吸みたいに。


「——さて」


 ユイは指を一つ立てて説明を始める。


「まず、シミエル家のご両親から依頼内容を聞いたとき、私の中には三つの考えが浮かびました。

 一つ目はアリツィナさんを狙った説。

 二つ目は愉快犯的存在が飲み物か料理のどちらかに毒を盛った説。

 三つ目はアリツィナさんの殺害に見せかけたバルバラさんの殺害説。

 この三つがありました。

 すぐに除外されたのは二つ目です。本当に愉快犯ならもっと大きな騒ぎを起こさせる。愉快犯の本質は簡単に言ってしまえば『承認欲求の塊』。未成年が被害者だから新聞に載らなかったし、私も依頼を聞くまではそこまで深い興味はなかった。……不愉快に思ってしまったらごめんなさい。正直な感想を言わせてもらいました」


 バルバラを見て謝罪するユイの表情に嘘は見えない。本当に申しわけないと思っているようだった。

 さっきまで教卓を蹴り飛ばした人とは思えない。

 謝られたバルバラは面食らいながら「え、えぇ。分かりました」と返した。自分でも何を言っているのか分からないのだろう。

 隣にいるアスクレピオスも唖然としてユイから少しでも離れようと椅子を引いていた。


「もし本当に愉快犯による犯行なら、騒ぎにならなかった学校の事件を見てもっと大きなことを起こそうと考えます。

 もしかしたら対象を変えたのかも、と考えて王国全体に情報網を張って探りましたがその気配はありませんでした。だから愉快犯の説は消えました。

 残ったのはアリツィナさんかバルバラさんのどちらかを狙った説。

 私は最初アリツィナさんを狙ったのにバルバラさんがとばっちりを食った流れなのかと考えました。

 ジエジッチ家にはまぁ……噂がありましたからね。それ絡みで娘さんを殺そうとしてもおかしくはありません」


 あの汽車で敢えて言わなかったことだ。

 ジエジッチ家は裏社会の人間と繋がっていて、彼らの活動のための場所を提供している。

 そんな噂が三年ほど前から流れている。もちろん噂だし、証拠もないから本当ではない可能性がかなり高い。

 しかし、火のない所に煙は立たない。もしこれが本当なら、警察は多くの犯罪組織を一斉に逮捕できるだろう。


「しかし、確実に殺すなら他の人も巻き込みそうなあのパーティーで狙うのは効率が悪い。

 本当に殺したいのなら確実な計画を立てるでしょう。クラス全員殺す勢いがあるのなら、必ず皆が飲むジュースに即効性の高い飲み物を混ぜる。乾杯のときに皆一斉に飲むでしょうからね。しかし毒物は食事や飲み物に検知されませんでしたし、実際に被害に遭ったのはバルバラさんだけ。

 そう考えるとアリツィナさんを狙ったものだとは考えにくい。先ほども言ったように確実性がない。

 となると……残ったのはバルバラさんを狙った殺害説ですね。

 でも、アリツィナさんのときに言ったようにこのパーティーで殺すには不安な点が多すぎる。バルバラさんが本当に殺せるかという意味でバイキング形式のパーティーは不安要素が多すぎる。

 狙うならもうちょっとマシな計画を立てますね」

「お言葉ですがユイ先生。バルバラさんは実際に倒れています。これは何らかの攻撃を受けたと考えてもよいのではありませんか?」


 生徒の一人が手をあげて反論する。

 確かに確率的な不安要素は大きいが、実際にバルバラは倒れている。

 何らかの攻撃を受けたと考えておかしくはない。


「だが、警察は毒や呪いの類は感知しなかった」


 流石に反論できなかったのか、手を上げた生徒は口をつぐむ。

 そう。現実としてバルバラは襲われ、『シミエル家ご令嬢毒殺未遂事件』は起こってしまっているのだ。

 起こってしまっているのなら、次に考えるのは何故起こってしまったのか、だ。


「警察は無能じゃありません。探偵の有能さを示すために、警察が無能感出す描写、最近他の作家さんで見かけるんですけど、あれ苦手なんですよね~。小説としての質の悪さを見ちゃった感じがしてホント最悪なんですよね。

 何が言いたいかって言うと——警察が見つけられないということは本当にない、ってことなんですよ。

 毒や呪い、魔術の痕跡はない。——え、魔術と呪いは一緒? 細かいこと気にしたら黒子増えますよ。

 そこで捜査は難航し、行き詰った。

 それは当然です。私もこの矛盾に気付くのはそれなりの時間を要しました。毒や呪いはないのに、バルバラさんはなんで倒れたのか。

 私が次に考えたのは、『彼女だけの毒が料理に入っていたのではないか』ということです」


 バルバラだけの毒、とクラスメイトの誰かが呟いた。

 言葉通り、彼女だけ反応する毒物のことだろう。そんなものがこの世に存在するのか。

 疑問が浮かぶが、ある考えが脳裏に咲く。

 それはバルバラだけの毒に対する絶対的な答えになる。


「レナートさんは浮かんだようですね。どうぞ、言ってみてください」

「……体質過剰反応。免疫の過剰防御反応によって起こる症状です」

「ピンポーン! 大正解です。免疫エラーによるショック死が引き起こされる可能性が高い体質過剰反応なら、バルバラさん以外の人全員が平気でもバルバラさんだけ倒れる理由に説明がつきます」

「しかし先生。もしそうなら警察はその線を考えて捜査をするはずでは? 誤飲事故という可能性を入れる必要があります」

「いい質問ですね。レナートさんに十点。百点溜めたらいいことありますよ~。

 警察関係者に聞きたくて聞いたんですけど守秘義務で答えてくれなかったんですよね。だから彼女の地元の病院からカルテを盗み出すしかなかった。もし本当に体質過剰反応があったら過去に診察結果があるはずですから」


 さらっととんでもないことを言っている。個人情報の扱いが厳しい病院に忍び込んでカルテを盗むなんて正気じゃ考えない。


「カルテ情報によると……六歳のときに緊急搬送された記録がありますね。そのときは原因不明でしたが……その後の通院で海老の摂取による体質過剰反応だという事実が判明しています。その後緊急搬送されている様子はないですから、食生活にかなり気を遣っていたことが分かります」


 言葉を止めてユイはバルバラに視線を向ける。言外の問いにバルバラは耐え切れなくなったように頷く。


「ご存知の通り、家はビールを中心とした酒造として名を馳せています。そのため取引先との接待みたいなパーティーがありまして……もちろん、主催側だったり、招待側だったり、色々あります。

 そのときに体質過剰反応持ちで相手に気を遣わせるのは申し訳ないからと父は魔法薬を常に常備するように言っていました。もし持つのを忘れたら口に入れないように、とも。

 隠すことを徹底されたので私は父の指示に従っていました。全ての料理には海老は入っているのかいないのか分かりませんでしたし……。世間は私達にあまり優しくありませんでしたから」


 肯定するバルバラ。彼女にしてみれば勇気がいる行動だったのだろう。それだけ言うと気持ちを落ち着かせるように、大きく息を吐いた。


「確かにこの世界はそういった方達のために料理に含まれるアレルゲンの表記がない。そもそも魔法薬を飲んでしまえば解決してしまうこの病気をそこまで深刻視していないのかもしれません。一回このトリックで人死なせる推理書くしかないのかなー。こういうのって一回デカいのがないと動かないからなー。

 となるとあっちからの情報を改めて仕入れたりしないといけないよな。世間を動かすから影響力がかなりないとまずいし……根回しにあの人とこの人、後こっちもか? 本の講評で説得させた方が重みは出るだろうし……んぁ~忙しいぃ~!!」


 一人で何か考え始めている。多分こっちのことを完全に忘れている。

 頭を抱えて倒れそうなくらい椅子を前後に揺らしているユイの肩を掴んで無理矢理意識を引き戻す。


「正気に戻ってくださいユイ先生」

「人を気違いみたいに言うな!」


 噛みつかんばかりの勢いで怒鳴られた。

 しかし思考の切り替えにはなったのだろう。ンンッ、と咳払いしてユイは素直に本題に話を戻した。


「この一件を知って私は警察にもう一度誤飲の可能性がないのか確認しました。パーティーには海老の料理が入っていましたからね。

 流石にそこまで調べたら警察も教えてくれました。

 ——警察もその線で考えたそうなんですが、彼女は事前に反応を起こさないようにするための魔法薬を飲んでいたから、誤飲の可能性は低いそうなんです。証拠に、バルバラさんのポケットに入っていた薬瓶は空でした。飲んでいたとみて間違いないでしょう。

 それに、過剰反応によるショック状態はなかった、と医者からの報告があったそうです。だからこそ、警察は毒や呪いの痕跡がないかくまなく探していたそうですが……結果は皆さんに先程話した通りです」


 ——本当に捜査が行き詰ったわけか。

 なかなか捜査は進まず、真実が分からないバルバラの両親を思うと、ユイに依頼する気持ちは想像に難くない。

 警察も難航したこの事件、本当にユイは分かったのだろうか。

 今までの話を聞いていると事件の謎を解くのは簡単ではないし、誰も分からないのではと思ってしまう。


「空の薬瓶の中から僅かに残っていた成分を鑑識で調べたら間違いなくバルバラさんが服用している魔法薬に違いありませんでした。

 だからこそ、捜査は難航した。

 しかし皆さんの反応を見る限り……バルバラさんが体質過剰反応持ちだとは知らなかったご様子。

 バルバラさんが話していた通り『相手に気を遣わせるな』という指示で魔法薬を常備していたのなら隠していてもおかしくはありません。

 違っていたら否定してください。

 バルバラさん、体質過剰反応持ちだということを隠していましたか?」


 穏やかな声音で問いかけるユイ。バルバラの秘密を一枚一枚、剥がしていいか聞いているかユイの優しさに応えるようにバルバラは首肯した。


「ありがとうございます。となると……薬を飲んでいる姿を見られないようにしていた、と考えていいでしょう。だとしたらこう考えてもいいはずです。

 彼女のポケットに入っていた薬瓶は食前に飲んだものではない、と。

 正確に言えば、前日に飲んだ薬瓶を入れたのでしょう。

 隠していたならばポケットに入れず、鞄や何かに入れた方がバレる確率は下がりますからね」

「……仰っている意味が、よく分かりません。それは、バルバラさんが事件当日魔法薬を飲んでいないことになりませんか?」

「ぴんぽーん! だいせいかぁい」


 語尾に媚びるような色を乗せてレナートに肯定するユイに準備室内の時間が止まる。

 ユイが強制的に黙らせるそれとは違う。

 クラスを保っていた何かが、壊れるような、嫌なものを肌で感じ取ってしまう。

 自分の喉仏が大きく上下する。


「あの魔法薬便は警察に自分は飲んだと思い込ませるための物。

 バルバラさんは事件当日、魔法薬を飲まなかった。

 アリツィナさんは以前、料理人の品を振る舞いたいと言っていましたからね。準備段階で料理の品の情報を入手することは難しくありません。

 後は見られないようにこっそり食べればいいだけ」


 言葉を止めて静かな準備室内を見渡す。

 そこからは何が見えているのか分からない。ただ、彼女の好むものではあるのだろう。

 嬉しそうに微笑みを浮かべながらユイは沈黙を破る。


「この事件は、バルバラさんがご自分で海老を食べたのですよ」


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