シミエル家御令嬢毒殺未遂事件 3
「お義父様。我儘言ってすみません」
「この程度を我儘なんて言わないで。君のことは目に入れても痛くないほど可愛いって思っているから」
転移先であるジンシェン・トゥーディー魔術学校学長室でユイが目の前の人物に頭を下げる。その人物は腰まである長くて白い髪を後ろに流してユイに優しい言葉をかける。
髪、肌、服装全てが白いこの人物はユイの義父であり、ジンシェン・トゥーディー魔術学校の学長、ズールィ・ヴォンシュ。王国で三人しか選ばれず、陛下直々に授与される称号『魔導師』の一人。しかも別大陸に存在する種族の『鳥人』。色々盛りすぎだと思う。
白の中で唯一色が入っている黄色い瞳を柔らかく細めてこちらを見つめている。
父性的なものを感じるほど穏やかなのに、体を撫ぜる、殺気みたいな鋭い感覚が纏わりつく。梟の鳥人だからか、猛禽類染みたものを感じてしまうのだろう。鳥の特性として堪えるしかない。
「お義父様、私達はこれからシミエル家のお嬢さんにお見舞いがてら、事件当時のことを聞こうと思っています。お義父様から、事件について何か気付いたことはございますか?」
ユイに聞かれたズールィは細い指を口元に当てて数秒ほど思い返していたようだが、特になかったらしい。悔しそうにも、悲しそうにも受け取れる表情で首を振った。
「ユイ。君は優しいから色々考えてしまうのだろうけど、そこまで深く考えなくていいんだ。
こちらのことは気にせず、徹底的に——潰しておいで」
学校側もかなり痛手を負ったこの事件、それを上書きするほどの事件解決をする可能性がユイの中にはあるのだろう。
——それでも先生の背中を押した。流石、先代学長が自殺した不気味な学校の学校を引き継いだ人間らしく、かなりくせが強い。
「じゃあ、私病院に行ってきますね」
「あの子達に挨拶に行かないのかい?」
あの子達とは、いったいどの子をさしているのだろう。学長室を出ようと扉に手を伸ばすユイを見る。
こちらに背を向けているから、彼女がどんな表情で聞いているのか分からない。
「……あの子達が会いたいのは、私ではありませんから」
重そうな扉を開けてユイは学長室を退出した。
後に続いてユイに先程の質問を投げる。
「あの子達、とは?」
「ここの植物園で育てていた魔性植物達です」
魔法薬の材料として有名な魔性植物。魔術が発展する前の時代は魔性植物が持つ機能で生活していたと後世への記録として残されるほど、重要視されていた。
その魔性植物の育成を任されていた。
「養分である魔素を取り込みすぎると暴走する危険がある魔性植物をよく育てられましたね」
「養父にする代わりに頼まれていたんです。最初は植物園の水やり程度だったんですが、いつの間にかそこまで頼まれたんですよね」
「信頼されている証ではありませんか」
「そうでしょうか。私には……馬車がそこで待っていますね。急ぎましょう。御者さんのすり替えは勘弁です」
窓から校門前に停まっている馬車に気付いたユイが急かすようにレナートに声をかける。途中で消えた言葉が気になったが、仕事に専念しようとユイより先に階段を下りた。
学校を出て、被害者が入院している病院に向かう。
病院はここから十分ほどで着くそうだ。
「先生はどういった経緯で小説家になろうと思ったのですか?」
汽車でできなかった会話をしようと話しかける。
窓の外を見ていたユイはこちらを見る。よく手入れされた髪が絹糸のようにさらりと揺れる。
「小説家になろうとした理由……ですか?」
首肯する。
「んー……一番の理由は、読みたいものがなかったからですかね」
「ない?」
「ええ。読みたいジャンルのものがなかったんです。何でないのか調べたら、特異魔術とか、空間属性の魔術で上手いこと事件を成立させて、解決させたりと……あまりにも納得のいくものではなかったんです。
読みたいのはそういうものじゃない。
だから、書くことにしたんです。漫画とかあったんですが……画力の方がさっぱりでしたから、文字中心の小説にしたんです」
皆馴染みないジャンルだったから大ウケしたんでしょうね~、とカラカラ笑うユイにレナートの表情が引きつりそうになる。無表情が常でよかったと心の底から思った。護衛対象にそんな表情を見られたくない。
ユイの処女作『蛇の目』。山を越えた先にある町に用があった主人公は急な雨を凌ぐために山奥には不似合いなほどの屋敷にお願いして泊めてもらう。その晩に殺人事件が起きる。次々と起こる不審死を、生きるために必要な最低限の魔力しか持っていない主人公が解いていく話だ。
身を守るための手段がほぼないため、先が読めない展開。胸を抉り、肌の裏側を撫でられるような不快感を覚えるが、それでも頁をめくる手は止められない。
読みたくないのに、読みたい。
そんな矛盾を持たせる『蛇の目』は、今まで見たことのない小説としてレフセブㇲ王国で話題になった。
大胆な謎解き。しかしそれを納得できるだけの緻密な伏線。その場を想像できるような登場人物の個性の強さと会話。
それらが彼女を国一番の推理小説家にした。
自分がそれらを読みたいという願望だけで。
その言葉に嘘はないだろう。ないのだろうが——。
——しっくりこない。
丸い黒眼鏡の奥に隠された瞳。黒くて見えないからだろうか。彼女の言葉を素直に信じられなかった。
「……ま、他にも色々ありますけれど、言いたくありません」
自分の疑いを決定づけるかのようにユイが言葉を付け足す。組んだ両手を頭の後ろに置くほど背を伸ばし、足を向かいの壁につける。正面にレナートがいないからこその行動だろう。
「そんなに知りたいなら、私の周りを調べてくださって構いませんよ」
身辺調査をしていいという言葉。その意味が分からないわけではないだろう。
「なんだよ。知りたいからこの護衛、買って出たんだろ?」
ユイを見たまま動かないレナートを不思議に思ったのか、黒眼鏡がこちらを向く。切れ間や隙間から見えるはずの目は見えない。
「……そうさせていただきます」
レナートが返事をした数秒後、馬車が停止する。目的地である病院に到着したようだ。
御者に運賃を払って降りる。
「ユイ先生! やっと見つけましたよ」
隣から女性の声。相手にバレないように剣を持ちつつ、先生の前に出る。
橙色の髪をスカーフでヘアバントみたいに使ってまとめた女性がこちらに近付いている。
げぇ、と後ろからユイの心底嫌そうな声。
「お知り合いですか?」
「ダブロイドだよ」
ダブロイド。醜聞記事を手掛ける新聞会社とその記者を意味する。盛り上げる要素と面白さではダンタリオンを上回ることがあるが、信憑性はほぼほぼない。
それに、その醜聞のために個人の名誉を汚すこともある。
レナートがこの世で二番目に嫌いなものである。
翠色の垂れた目がこちらを見つめる。
「シミエル家ご令嬢毒殺未遂事件の解決を請け負ったという情報を入手しました」
「相変わらず、死体を漁る畜生並みの嗅覚をしているな」
「先生は有名ですからね、良くも悪くも」
「おだてても私は何も言わないからね」
どこにおだての要素があったんだ
個人を汚す生き物に言葉を交わす価値ないだろう。
そんな態度がはっきり見えるくらい女性を雑にあしらうユイ。橙色の髪の女性はなおもユイに言葉をかけるが、無駄だと悟ったのだろう。
また来ますからね、と言ってユイから去って行った。
「相変わらず凄まじいバイタリティだな……」
「義手義足のことですか?」
ユイがこちら見る。弾かれたような動きはレナートが見抜いたことに対する驚きがあった。
「重心を見れば何となく分かりますよ。恐らく右手と右脚ですね。魔道具による義肢ではなく、ホムンクルスによる義肢でしょうか。あれで魔道具だったら出来が悪すぎます」
小さく拍手するユイ。
「その通りだよ。家がそれなりだったらしくて、見目のためにホムンクルスの方を取らされたらしいですよ。
知り合いに義手の人がいるから詳しいんだが、対象の遺伝子から作り上げたホムンクルスによる義肢技術は見た目と幻肢痛問題を緩和する目的で作られたが、神経接続の問題がある。そこは一般的な魔道具の義肢が発展しているんですよね?」
「ええ。脳からの信号を受信するだけの魔道具とは違い、ホムンクルスは傷口を広げたうえで神経を一本一本繋げなければなりませんから。上手くいったとしても以前と同じに動けることはかなり難しいと言われていますね。
私とは無縁ですけれど」
レナートがもし手を失っても、そこら辺の石ころを拾って傷口につけて元の手に変換すれば問題ない。レナートの特異魔術は魔力消費の多い治癒魔術の代用品として仲間から重宝されていた。
それで救った命も多い。
——もちろん、奪った命も多い。
「無駄に金がかかる上に出来もいいとは言えないホムンクルスであれほど動き回れるのは尊敬しますよ」
「でも取材には答えないんですね」
「当たり前だろ。あんな奴らに情報一つ落としてたまるか」
腹立たしそうに吐き捨てるユイの表情は憤りに満ちている。
孔雀青のヒールが動き出す。
「さ。こんな話をしていないで、被害者から話を聞きに行きますよ」
全く持ってユイの言う通りだ。
レナートもユイと一緒に目の前の建物に足を向けた。




