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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
シミエル家御令嬢毒殺未遂事件
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シミエル家御令嬢毒殺未遂事件 2

 事件のあらましはいたって単純。

 魔術学校に通っているシミエル家のご令嬢が何者かに毒を盛られた。

 幸いすぐに応急処置が行われたため一命をとりとめたらしいが、学校生活を送るのは難しい状態らしく、一週間以上経った今も近くの病院で入院しているらしい。

 被害者と同じクラスメイトの一人が誕生日を迎えたらしく、クラスでパーティーが行われていて、そのときに事件は起きたそうだ。出された食事は同じで皆食べていた。なのに彼女だけが死にかけた。

 毒もしくは呪いだと疑った両親が厳密な調査を警察に行うように頼み、警察も聞き入れたが、そのような痕跡は一切なかった。

 不審なことだらけだが、痕跡がない以上調べようがない。しかし愛娘が危ない目に遭った親は納得しない。両親は藁にもすがる思いで推理小説家として名を馳せているユイに依頼。ユイはこれを快諾。

 しかし事件解決を防ごうと犯人からの妨害が起こる可能性があるため、ユイが単身で行くことを担当編集者は当然何度も止めた。だがそのくらいで彼女は引き下がらなかった。

 どうしても行きたいユイとどうしても行かせたくない担当編集者。

 このまま依頼はうやむやになって終わるかと思えば、丁度戦争小説のための取材に応じていた大佐が遭遇した。事情を知った大佐は軍の方から護衛を出すと提案し、二人は承諾。

 第四師団所属だった大佐は第五小隊の中尉に命令。そうして中尉と軍曹の人選の結果、レナートが選ばれたというわけだ。

 ——まあ、私から立候補したというのもありますが、言わなくてもいいでしょう。

 ユイから手渡された依頼書の内容を確認しつつ、当時のことを思い返す。盗み聞きするつもりはなかったが、ユイの護衛と聞いて体が勝手に聞く態勢に入ってしまったのだ。バレて軍曹に脚の肉がもぎ取られるかと思うくらいつねられたが、今こうして護衛できることを考えれば、対価として十分すぎる。


「生徒達からの事情聴取はとれているみたいです。ここ辺りは警察から貰ったのか、ライターに金を払って聞き取った物なのか不明ですが……ご覧になります?」


 私はもう読んだので、と懐から輪になった紐を取り出すとそれで遊び始めた。

 何をしているのだろう。指が軟体動物のようにぐにゃぐにゃ動いているのを見てしまうと気になって聞きたくなる。

 ——いや、今は聞き込み内容の確認が先だ。

 仕事内容の共有は大事だ。気になる気持ちを押さえて調書に目を通す。

 事件が起きたのは今から一週間前、赤の四十二日。誕生日パーティーが開かれた。主役はアリツィナ・ジエジッチ。ジエジッチ不動産の娘。実力主義となったせいで形骸化している貴族の中、不動産関係で成功している数少ない貴族だ。その界隈では頂点に位置しているらしい。

 つまり、このクラス内ではカースト上位に位置するということ。盛大なパーティーを開いてもおかしくない。

 文章から察するに、ジエジッチ家の料理人を呼んで食堂の調理場を使って料理させたらしい。お金持ちってすごい。しかも上位者のパーティーを断るなんてできないだろうから、そこそこ盛り上がったことは間違いないだろう。

 ——でもジエジッチ家は……いや、考えるのはやめよう。今はシミエル家について考えよう。

 思考を振り払って資料に再び目線を落とす。

 当時、作った料理とそのレシピが事細かく書かれている。情報収集どうなっているんだ。見たところ海から山まで、様々な食材を使った料理を作ったらしい。ジエジッチ家の領地は海に面しているため、海産中心かと思ったら、そうでもないようだ。人脈がなせる業だろうか。

 パーティーを始めてから二十分から三十分後にシミエル家のご令嬢、バルバラが喉を掻きむしり始めた。クラスメイトが異常に気付いたとき被害者の体は真っ赤に腫れあがり、倒れた。大病院の息子がいたため、応急処置がその場で行われたようだ。そのときの症状は呼吸困難とそれによる喉の掻きむしり。嘔吐と発疹。特に目立ったのは嘔吐と、それによる呼吸困難らしい。

 そこまで具合悪いと、いっそ死にたくなってしまう。元戦争経験者としては、絶望的な怪我を負い、衛生兵の救援も望ましくない状況に陥った軍人を見ると、情けとして殺したくなってしまう。それか、敵の肉盾として利用しようと思う。相手もそれを望んでいた。生きたまま足を引っ張るより、死んで、その後も戦友の力になることに執着していた。

 今なら異常な思考だと思うが、当時はそう考えることが普通だった。仲間の死体を持ち上げ、肉越しに感じる攻撃に耐えながら前進して、魔族を攻撃する。

 魔族と人間の血が混ざりあって真っ黒になったことから名づけられたエッスエド川前線の戦い。レナートはそこの担当ではなかったので詳しくはないが、筆舌に尽くしがたいほどの乱戦だったと聞く。

 あの川は両種族の死による不浄を浄化できないから湖にしてせき止め、全域立ち入り禁止になっている。終戦から八年経った今でもだ。

 ——ユイ先生を狙うのは、恐らく金を積まれた者がほとんどだろう。そう考えると戦闘経験的にあの戦争を生き抜いた人がいる可能性がある。

 そこの生き残りとは、できれば闘いたくないのが本音だ。人間と魔族、両方。

 獣人はどうでもいい。敵にいたとしても問題ない。

 かなり細かく聞いたらしい。生徒達に対する印象など、事情聴取では聞きそうにないことも書かれている。

 ——だとしても、アリツィナに関しては全員言葉を濁しているな。やはり上位者に自分の思いが漏れるのが怖いのか、ご機嫌窺い染みたものが文面からでも分かる。

 逆に被害者のバルバラを助けた大病院の次男坊、アスクレピオスのことは称賛している。

 自分達にはできなかったことをやったのだから、尊敬の念を集めたようだ。

 ——バルバラは読む限り、特に恨みを買うほどの人物ではなさそうだな。ジエジッチほどではないが、国で五本指に入るほど有名な酒造会社の社長令嬢だ。会社関係で恨みを持たれ、標的として娘が狙われたということなのだろうか。


「残り頁の厚さから察するに、バルバラさんの調書を読んでいますね。もし狙われたのがシミエル家の会社関係なら、可能性としては全くないので無視していいですよ」


 よ、と紐に指をくぐらせるユイ。光を吸収しそうな黒に塗られた四角い爪が紐に引っかかることなく滑らかに動く。その様子を見ながらレナートは自身の黒い目を向ける。


「……根拠をお聞きしても?」

「パーティーの主役がアリツィナさんだからです。アリツィナさん誕生日パーティーで、何かしらの方法で体に害を与えるものを仕込んだ。状況的に考えるならアリツィナさんをねらった犯行で、バルバラさんはそれに巻き込まれた被害者……そう考えた方が自然です」


 確かに、バルバラが被害に遭ったからそこに目が行きがちだが、パーティーの主役人物を考えるとアリツィナの方が可能性が高い。

 ——それに、ジエジッチ家には黒い噂がある。

 ユイが言った線の方が可能性高い気がしてきた。


「でも、それもあまり納得いっていないんです。もしそうなら、確実に彼女を殺す方法で計画を立てるはずですから」


 黄色の口紅が塗られた唇を噛んで思考するユイ。レナートもユイの考えに同意する。バイキング形式のパーティーでの毒殺はあまりにも不向きだ。

 だが、バルバラは倒れた。

 この矛盾めいた理由は必ず突き止めなければならない。でなければ謎は解けないままだろう。


「先生、ジンシェン・トゥーディー魔術学校の最寄り駅であるドヴァジェシチャ駅に着いたらどうするつもりですか。護衛として、貴女の予定は知りたいです」

「うーん……事情聴取の記録はここから取れているのでそこまで聞く必要性はないんですよ。でも被害者からは聞こうと思っています。

 後、必要なのは特異魔術についてですかね。お義父様が情報を持っているので、学校……いや、被害者の娘さんのお見舞いが先ですかね。先に病院に行って事情を軽く聞いた後に学校に行って人間関係をざっくり観察……こんな感じですかね」

「承知致しました。——ところでユイ先生。追加で質問したいのですが」


 今聞くのか、と言わんばかりにユイがこちらに緩慢な動作で顔を向ける。


「やるときは激しいのかこっそりか、どちらがお好みですか?」

「え、下ネタぶっこまれてる?」

「はやく答えてください」

「うぇ!?」


 ユイの顔が急速に赤くなる。そこまで変なことは聞いていないはずだが、何か羞恥を抱かせたのだろうか。


「え、えーっと……そういうのは、見られないことが大前提なのでは、と、思うので……えっと、その……ぅ、あ……」


 丸い黒眼鏡で見えないが、恐らく目をぐるぐるさせながらユイは答える。

 ——望んだ答えではないが、まあいいだろう。もとより穏便に済ます方で考えていた。

 木製の窓枠に触れ、掌で触れている部分だけ特異魔術で構成情報を鉄の玉に変換し、親指で弾く。

 弾かれた鉄の玉は斜め前に座っていた女性の左目を潰した。悲鳴をあげることなく倒れた女性を皮切りに、列車内の空気が殺気立つ。

 急に変わった空気にユイが戸惑いの声をあげる。


「え、え?」

「しゃがんで。何があっても絶対に守りますので、そこから動かないでください」


 ユイを座席から降ろして頭を守るように伏せさせる。

 背後に座っていた男が椅子の背もたれ越しにレナートに剣を刺す。大人しく刺されたままにした。一瞬の冷たさと、それを上書きするような熱と痛み。自分を攻撃できたことに背後の男は喜び、他の刺客達も狙い始める。

 ざっと把握しただけで倒れた女性含めて十はいる。

 腹に突き刺さったままの剣の構成情報に干渉し、己の肉体に情報を変換して傷を埋める。怪我はこれで解決した。

 背もたれに触って特異魔術で縄に変換し、男を縛り上げる。縄抜けの術があったら十秒ももたないだろうが、今はそれで十分だ。

 低い姿勢でこちらに短剣を突き刺そうとする刺客の間をすり抜けるように風の魔術がこちらを襲い掛かる。車両付近の扉にいる初老の男性の仕業だろう。反対車両の扉の方にも双剣を持った少女の気配がする。挟み撃ちで殺すつもりか。

 面倒だと思いつつ防御魔術で風の魔術を防ぎながら短剣を持った刺客の腕を掴んで肉体情報に干渉する。

 動かれると面倒なので触れた相手の両腕両足を胴体に癒着させて縦に伸ばす。伸ばした先はユイを上から狙っていた女の腹。剣に刺されたかのように女の体に変換して伸びた刺客の頭が貫通する。


「人間剣」


 なんちゃって、と心の中で呟きながら遠目で見たら十字架みたいになった人間達を投げ捨てる。腰に差した剣を抜き、特異魔術をかけて切れ味がそのままの鞭みたいなものに変換する。手首を揺らし、こちらを狙う刺客三人の体を打つ。骨が何本か折れた感触がした。しばらくはまともに動けまい。

 残りは四人。初老の男が色々と邪魔だ。黙らせるため、敢えて魔術を受けた。受けた衝撃で膝を曲げて床に手をつく。

 側でユイが息を呑む音が聞こえる。刺客達が優位に立ったと空気が湧きたつ。

 追撃しようと刺客達がレナートに襲い掛かる瞬間。

 初老の男は、湖に落ちたみたいに床に沈んで消えた。


「ゴード……?」


 背後から攻撃しようとした少女みたいな声が恐らく初老の名前を呼ぶ。レナートは立ち上がって振り向く。思った通り、十五も行かなさそうな少女が双剣を構えたまま固まっていた。

 他の仲間も動かない。何が起こったのか分からず、警戒しているのだろう。

 攻撃を受けて汚れた軍服を左手で払いながら、追い打ちをかける。


「あのお爺さん、ゴードっていうのですね」

「お前……お前おまえっ、おまええええええ!!」


 少女が怒りのままこちらに駆け出す。利用しやすくて大変助かる。


「そういう生き物程……死にやすいので」


 元に戻した剣を投げて少女の首を刺す。即死だ。

 ——残り二人は。

 把握しようと気配を探れば、逃げようとこちらに背を向けていた。我先に逃げようとするその姿は滑稽でそのままにしてもよかったのだが、流石にそれは任務放棄だ。

 足に力を込めて、二人のところまで跳躍する。三メタほどあったが、大した距離ではない。そのまま順に二人の背中を蹴り、背骨を折る。

 十人いた刺客達は、一分足らずで地に伏した。


「やるってそっちぃ……?」


 頭を抱えたまま伏せていたユイが何か呟いたが、よく聞き取れなかった。

 穏便に済ませるつもりだったが、なかなか思う通りには行かない。レナートは血がついてしまった座席を見て少し気分が沈んだ。

 事後処理を考えると面倒に思ってしまう。特異魔術で誤魔化すことはできるが、それでは完全犯罪になってしまう。そういったことが可能になってしまうから、魔術会というレフセブㇲ王国の魔術関係を管理している機関に特異魔術を報告しないといけない。


「乗客から隣の車両がうるさいと報告があったから来てみれば……何をしているんですか」


 老人がいた方面の車両から車掌が警棒を構えてこちらに近付く。見知った気配だが、警戒を怠らない。


「ここがどこか分かって、問題を起こしたんですか?」


 ユイより少し身長の高い男が、切れ長の桃色の目が睨み上げる。殺気はないが、その目力の強さは一般人なら怯えてしまう。

 だが、その目から敵意がないことを感じ取ったレナートはお久し振りです、と挨拶する。


「レナートさん、知り合いですか?」


 ユイの問いに首肯する。


「彼は元第四師団第二小隊に所属していました、モモちゃんです」


 果物の桃という意味は変わらないし、皆にそう呼ばれていたから、そのまま紹介した。


「……初めまして。私の名前はベルシク・ウィステリアと言います。以後、お見知りおきを」


 モモはレナートに何か言うのは諦めたのか、ユイに自己紹介をした。ユイもレナートの知り合いだということは分かったのか、同じように挨拶した。

 任期満了で退役したことは知っていたが、車掌になったのか。

 ——あ、やべ。

 床と同化した老人、一分後には元に戻るように床の情報を変更していた。あれから一分は経過している。

 モモの背後で、老人が魔術を展開する。気配を消すのが上手い。モモに襲う姿を見るまですっかり忘れていた。軍曹が知ったら関節技かましながらの説教コース間違いなしである。ユイも敵の存在に気付いたのか、モモの後ろを指差そうとしているが、遅い。こちらが行動しても間に合わない。

 ユイの顔が絶望に染まる瞬間。

 モモは振り向きざまに魔術を警棒で打ち消し、瞬時に老人との距離を詰める。警棒ごと相手の手をつかんで引っ張りながら顎に掌底を放つ。

 離れたところにいるレナート達にまで骨が打たれた音が聞こえるほど強さ。あの老人は脳震盪を起こして気絶していることは間違いない。

 従軍経験はまだ体に残っているらしい。


「流石モモちゃんです。冒険者になればトップクラスの称号、紫目指せるだろうに……勿体ない」


 モモは顔を伏せ、口を結んだ。それだけでモモの答えは分かった。地獄よりも酷い戦場を経験した身としては、もうそういった関連は関わりたくないのだろう。


「……面白いな、きみ」


 ユイが興味深そうにモモの体をじっくりと観察する。興味を引く物でもあるのだろうか。

 モモはどうも、と返して魔術で倒れた刺客達を拘束する。


「この列車は次の駅で停止させます。貴方達は別の交通手段を探した方がいいですよ」

「ドヴァジェシチャ駅まであと三駅……お義父様にお願いして魔術学校まで転移してもらおうかな。レナートさん、それで大丈夫ですか?」

「問題ありません」


 レナートの返事を聞いたユイは携帯型通信魔術道具を取り出して操作する。次の駅はシェデムナシチェ。馬車を使っても一時間はかかる。

 周囲を警戒しつつユイを比較的綺麗な席に座らせる。

 連絡している間に、モモに事情を話す。言えないこともあるので簡潔だったのだが、モモは察したらしい。次の駅に停車したらさっさと降りるように伝えて隣の車両に追いやった。


「確認するのが遅くなりましたが、お怪我はありませんか?」

「レナートさんが守ってくれたおかげで無事ですよ。それより、あの老人や物理的に人間を伸ばす……人間剣? みたいなあれは……」

「私の特異魔術です」


 この世界で魔術は二通りの意味がある。

 一つは、大衆の生活向けに開発された汎用型魔術。戦闘から暮らしの補助まで、使用用途の範囲は広い。

 もう一つは、特異魔術。個人の才能の具現ともいえる唯一無二の魔術。使用者以外誰も行使できない。だから魔術を構成するために必要な過程式を一切不要なことから『奇跡』と称されている『魔法』と同類視されている。


「私の特異魔術は触れたものに干渉し、干渉した物の構成情報を書き換え——変換する魔術です。私が、『黒い悪魔』と呼ばれるようになった所以です」


 こんなにはやく言うつもりはなかったが、見られた以上言うしかない。護衛の名前を聞いて調べているだろうから、どのみち話すのだが、ここで言おうとは思っていなかった。

 ユイは黒い丸眼鏡の縁を指でなぞる。言われた内容を受け止めているのだろうか。返事を待つ時間が長いほど、言い様のない不快感が積もっていく。

 汽車が止まる。駅に着いたのだ。


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