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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
シミエル家御令嬢毒殺未遂事件
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シミエル家御令嬢毒殺未遂事件 1

 先週の大寒波からは想像もつかないほど、穏やかな天気。

 待ち合わせ場所として約束した時計台の広場の前で、一人の男が直立不動の姿勢で立っていた。

 黒い軍服、黒い肌、黒い髪と黒尽くしの格好をしている。軍服を着ているから軍人とは分かるが、傍から見たら黒づくめの不審者にしか見えない。

 それでも周囲の人間、特に女性の視線を集めているのは、はっきりした目鼻立ちが絶妙な位置に配置されているからだろう。言うならばかなりの美男子。

 男が掌側につけた腕時計で時間を確認する。

 現在六時四十七分。待ち合わせまで十分と少し。

 待ち合わせ相手がどんな人物なのか分からないため、男は柄にもなく緊張していた。

 緊張したまま数分待っていたら、時計台広場の反対側から騒ぎが聞こえた。聞き取れる声の雰囲気からして、あまり良い印象は受けない。喧嘩でもしているのだろうか。

 待ち合わせまで後七分。

 ——軍人として窘めるだけ窘めて、あとは警察に任せよう。

 反対側に回って喧嘩の様子を探る。

 言い争っているのは獣人と人間らしい。内容は分からないが、今にも手が出そうだ。

 獣人の腕を掴み、空いた方の手で人間の体を遮るように前に出る。


「はぁ!? ちょ、なにを……」

「これ以上争うのなら、私は軍人として収めなければなりません」


 力を込めようとする獣人を片手で押さえる男に周囲からどよめきが起こる。


「この後私には仕事があるんです。今そこの方が魔道警察を呼んでいるので、後は警察に任せますが……あまり問題を起こさないでくださいね」


 騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきた警察に後を任せると待ち合わせの場所に戻る。数歩で着く距離だが。


「あ、軍人さん」


 男を呼ぶ声が隣から聞こえる。顔を向ければ肩に触れる程度の髪の女性が手を振ってこちらに駆け寄る。その足には孔雀青のヒール。

 オリーブ色の髪

 光を吸収するかのような黒い丸眼鏡

 灰色シャツに赤いジャケット

 紺色のズボンに孔雀青のヒール

 軍曹から聞いた情報が一致する。理解した瞬間、ワレンチンは姿勢を正し、敬礼をする。


「初めまして。本日、貴女の護衛を命じられました。レフセブㇲ王国軍第四師団第五小隊九番隊に所属しております。レナート=R・ワレンチンと申します。よろしくお願いいたします」


 いきなりの敬礼に相手は面食らったようだが、すぐに持ち直して自己紹介をする。


「初めまして。今レフセブㇲ王国で話題の推理小説家。ユイです」


 差し出された名刺を受け取る。『小説家 ユイ』と書かれたシンプルな名刺を内ポケットに入れる。

 レナートの一挙一動を逃すまいと彼女は獣のように鋭く観察する。黒眼鏡で隠れているが、観察するその目は一瞬ではあったが殺気に似たものを感じた。


「やっぱり軍服着ているからか、空気がピリッとしています。私服じゃ味わえない感覚ですよ。

 ありがとうございます。小説の描写参考になります」

「お役に立てたようで恐縮でございます」


 レナートは礼を言うが、表情が一切変わっていないため、本当にそう思っているのか疑わしい。

 だが、彼の思いは伝わったのか、ユイは嬉しそうに微笑んだ。


「レナートさんとお呼びしてもいいですか?」

「構いません」

「ありがとうございます。そろそろ乗らないと時間に遅れます。依頼の確認や互いの紹介は汽車の中でしませんか?」

「承知いたしました」

「あ、私のことはユイちゃん先生と呼んでいいですよ」

「先生、参りましょう」

「つめた~い」


 溜息をついているが、自分がやるべきことは分かっているのか鞄をかけ直して先を行く。

 レナートもその後をついていく。今のところ彼女に危害を加えようとする者の気配は感じない。周囲を注意深く警戒しながら汽車に乗る。先に乗り、危険がないか確認してからユイに手を差し出して乗る手助けをしたら呻き声をあげた。襲撃でも受けたのかと警戒したが、そういうのではなかったみたいだ。

 対面式になっている席に向かい合うように座る。

 ユイは新聞記者など、文章を書く者なら絶対に愛用するであろう文章作成機を鞄から取り出し、文字が刻まれたボタンの上に軽く指を乗せる。


「じゃあ、自己紹介を始めましょうか。取材形式でいいですよね?」


 レナートは首肯した。

 汽笛が鳴って、動き出した。




「レナート=R・ワレンチン。新暦861年、青の25と夏生まれ」

「記録上では」

「生まれがはっきりしていない、て私と同じですね。お揃いです」


 そんなお揃いはいらない。


「二十九歳で、身長は百八十七セメタ。レフセブㇲ王国南にあるストリャルド町出身……衛生観念がしっかりした花街生まれ花街育ちで、そこに住む医師から教わった調薬が趣味。赤ん坊のとき娼館の前に置かれていたことから両親は不明……」


 ユイが取材で聞いてきたことを読み上げる。言い返すことはないので黙って聞く。周囲に聞こえないように声量を抑えていることも、止めない理由の一つだ。


「好きな食べ物はエビとビゴス。嫌いな食べ物は腐ったもの。……生まれの闇が見えちゃうな。私は好き嫌いあんまりないので結構食べちゃうんですよね~」

「腐ったものも?」

「流石にそれは食べませんよ。戦争のことは紙で送るという言質を貰ったので……レナートさん、私に聞きたいことがあるならどうぞ」


 両手を広げてどんな質問が来ても構わないという姿勢をとる。

 レナートは質問する内容を考える。名前は知っている。生年月日も自分と同じく正確なものは知らない。身長は自分より十セメタ低いだろうことは目視で分かる。年齢は年下なのは確実。そもそも女性に聞くのは野暮だろう。

 悩んだ結果、九番隊で話題に出ていたあの噂を聞くことにした。


「先生。皆、多かれ少なかれ持っているもの——魔力が『ない』というのは、本当ですか?」


 魔力。それは生物が生きる上で必要なエネルギーの一つ。人間、いや全ての種族にとって体力や血と同等に入るほど大事なものだ。

 その魔力を生活・医療・娯楽・戦闘に使えるように工夫し、開発したものを魔術と言う。

 魔力は個人によって多かったり少なかったり、保有量はまちまちだ。

 定期的に魔力を消費しないと体に悪影響を与えるほど豊富に持っている者もいれば、魔術を展開できるほどの余裕がないほど、生きるために必要最低限しかない者もいる。

 魔力が極端に多い少ないはあれど、皆魔力が『ある』のだ。魔力が『ない』のはあり得ない。

 これを聞くのは、レナートにとってかなりの勇気を要した。レナートがユイに言ったことは侮辱でしかない。怒られ、罵られても文句は言えないのだ。

 ユイは何も言わない。

 静かなこの時間が、レナートの体をじわじわと締め上げる。


「本当ですよ」


 返事に時間を要したにしては、やけにあっさりとした答えだった。


「なんかすっごい覚悟を決めた感じで聞いていますけど、普通にしてていいですよ。当たり前のことだし、そこまで深く気にしていません」


 なんてことのないように彼女は言っているが、自分がどれほど有り得ない存在なのか理解していないのだろうか。

 念のためこのことを知っている人は誰かを聞けば、養父と担当編集者と飼っている犬——ここで出すなら絶対言葉通りの犬じゃないのは確実——それと護衛依頼を提案した大佐らしい。

 それならば残りは中尉、軍曹と彼ら二人から指令を受けた自分だけだろう。

 このことを知られたら体の中を見られること間違いなしだ。魔族との戦争の勝利のために、魔術や兵器実験などを行ってきた研究機関が興味を持ちそうだ。


「軽々しくそういうことは口にしないでくださいね。かなり特異的な存在なので」

「分かっていますよ。そこまで危険視していないだけです」


 文章作成機を鞄にしまい、代わりに紙の束を出す。依頼についての資料だというのは、察しがついた。

 トン、と膝の上で資料を整える。


「それじゃあ、依頼内容について確認しましょうか」


 ユイはにっこりと微笑んだ。


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