表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
あなたについて
24/29

あなたについて 2

 時計の秒針の音が急に大きくなる。

 ユイの返事を待たず、レナートは言葉を続ける。


「答えなくて結構です。もう一つの質問と一緒に答えてもらいます。

 もし貴女が異世界人なら、もう一つの仮説も納得いくものがあるんです。

 その異世界では、他人の感情を確認できる能力があるのでしょう? でなければ、シミエル家より後に起きた二つの事件をあんな短時間で解決するのは無理です。

 特に落花死事件は、証言だけで犯人を言い当てた。だから私は感情が何らかの形で分かるのだろうと思いました。人の感情を見抜くことには自信がある、と推理を話すとき仰っていましたからね。

 異世界では、何らかの方法で感情を確認できるのなら、おかしいことではありません。

 ——ここまでが、貴女に対する私の推理です」


 ユイは黙ったまま立ち上がり、壁際にひっそりと存在する棚に近付く。しゃがんで一番下の引き出しを開けて何かを取り出す。

 それを持って円卓に戻るユイ。手に持っていたものが煙草を吸うのに必要なものだと、このとき分かった。

 ただ、レナートが知っている煙草とは少し違っていた。

 丸い缶と箱と呼ぶには薄い四角。

 何も塗られていない爪が缶の蓋を引っかけて開ける。茶色くて細かいものが中に入っていた。煙草の葉だ。薄い四角から紙みたいなものを取り出すと広げ、煙草の葉を乗せて巻く。

 何度も自分の手で巻いているのだろう。巻く手つきがとても滑らかだ。

 仕上げに片手で口元を隠して何かをしている。別部隊の隊員がやっているのを見たことがあるため、糊面を濡らしていることが想像できる。

 手で何回か叩いて形を整え、唇で挟む。そこで思い出したようにレナートに顔を向ける。


「ここまでやっといて聞くのもなんですけど、一応。……煙草を吸っても?」


 黙って灰皿持ち上げ、ユイの方へ移動させる。無言の了承として受け取ったユイはポケットから厚紙で折りたたまれているマッチを取り出し、片手で着火して煙草に火をつける。男の自分から見てもかっこいいと思ってしまうほど、鮮やかな火のつけ方だった。

 煙を口に溜めて、上へ吐き出す。レナートに煙がいかないようにするための配慮だろう。

 口から吐き出された煙は一度空中で塊みたいに留まったが、天井の羽根に巻き上げられていく。糸車で繊維の塊が糸となって巻き取られる様によく似ていた。


「……及第点、と言ったところかな。あなたの言う通り、異世界人です」


 一つの疑問はこれで分かった。やはり異世界人だったようだ。


「ただ、感情が分かる能力は異世界特有のものではありません。あの世界はそこまで人間は進化していませんでしたし、できたと分かった途端、異端児扱いですよ」


 そこまで言って煙草を咥えるユイ。息を吸って、白く濁った煙を吐き出す。


「——でも、ま。感情を視認できるのはあっていますよ。あのいじめによる一件の後、分かるようになってしまったんです。

 きみの推理通り、落花死事件はリーリヤくんの安心の感情と嘘特有の濁りから、シミエル家に対してはアスクレピオスくんの敵意から分かりました。

 ロートくんのは、内外から村を壊すという目的から色々あからさまだったのですぐに分かりました。閉鎖的な村で『大衆小説』なんて言葉、出ませんよ」


 声を一段階高くして話すのは、当たっていないとしてもレナートの考え通りだと伝えたいからだろう。少しだけ短くなった煙草を指で挟めたまま、拍手を送ってきた。


「……何の理由もなく、気付いたらここにいました。今から五年ほど前の話です。ズールィがいなかったら、三日も経たずに死んでいたでしょう。彼はすぐに養子縁組して戸籍を用意してくれました。

 世界と世界を渡ることは簡単ではありません。行く方法はあっても成功率はかなり低い。術者も、対象者も死ぬ可能性がある。過去そうして死んだ人がいたそうです。

 だからここで生きることを説得されましたし、納得しました。もちろん、それ相応の支援は貰ったというのも、理由の一つでもあります。用務員の仕事をしながらこの世界の理について学びました。

 感謝していますが、どこか、負い目があったんでしょうね……。魔力がない私を別の生き物みたいにあいつらが遊び始めたとき、言えませんでした。何でだか分かりません。

 少なくとも、言えてたら、彼は……」


 燃えている煙草を持つ左手が額を押さえる。


「勘違いしないで欲しいのですが、私は三人を恨んでいません。恨む気持ちは、彼らに再会した一年半前に消えました」


「……消息不明のときに、何かあったんですね?」


 ユイは黙って頷く。


「彼らはズールィの奴隷として洗脳されていた。ご丁寧に精神干渉魔術で元の人格を壊していた」


 レナートの目が力んだようにぐぅ、と前に押し出される。目を剝くなんてものでは済まされない。

 精神干渉を用いた人格破壊は殺人と同じくらい、いやそれ以上に罪が重い。何が彼をそこまでさせたのだろうか。


「知人に精神系統魔術師がいるので、なんとかマシな状態になりました。命令を下さなければ赤ん坊みたいに声をあげているだけでしたから。いや、泣くことで自分の意思を伝える赤ん坊の方がまだいい方かな。あれはそんな生易しいものじゃ、なかった」


 そこまでいけばもう人として戻れない。普通なら殺処分行きだ。野良犬や野良猫が保健所で殺されるのと同じ扱い。それくらい、仕方のないこと。

 最初、P-1達の接し方にユイに何とも言えない感情を抱いていたが、今ここで理由を聞くと。


「貴女、大分聖人すぎじゃありませんか?」

「冗談でもよしてください。そこまで人間ができていません」


 崩れそうな煙草の灰を灰皿に落とす。


「九番隊の方にお願いしたのは簡単です。……翼の英雄、イエデンと知り合いだったんです」


 咄嗟に否定しそうになったが、よくよく考えれば時系列的に考えてもおかしいことではない。イエデン少尉の母校はジンシェン・トゥーディー魔術学校だ。

 母校を訪れたときに出会ってもおかしくはない。


「イエデンとはこの世界に来て一ヶ月……てここでは期間が長いんでした。三十日くらい経った後に出会いました。この国の文字や文化がはやく身についたのは、イエデンの助力があったからです。彼との手紙のやり取りがなければ、私はこの世界の文字の習得にもっと苦労したと思います」


 煙草をくわえたユイは立ち上がってリビングを出る。急な行動に戸惑っていたが、思っていたよりはやく戻って来た。ソファーに座って五冊以上あるノートを灰皿の脇に置く。何度も読み返しているのか、角が丸くなっているし、端がボロボロだ。


「……読んでも?」

「どうぞ」


 ノートを破かないように慎重に持ち上げて表紙をめくる。見知った文字と、見覚えがある文字がびっしりと埋まっていた。どんな法則があるのか分からないが、色のついたインクでページの端が飛び飛びに塗られている。


『一週間は九日。週の初めと真ん中、終わりが休日。』

『四季で月が分かれていて、一ヶ月が九十日ある。元の暦と照らし合わせるより、そういうものだと覚えた方がはやい。』

『一センチは一セメタ。メートルはメタ。フィートはティカル。時間は違和感なし。』

『食べ物は地球と似ているものが多く、味も大きな変化なし。』

『魔力を持つ人間が当たり前なため、魔力ブーストで身体能力の急激な上昇あり。』

『言語はボーランド語に近い。男性名詞、女性名詞、中性名詞があるのかは現時点では不明。従兄が履修していたため、触れる機会があって助かったが、正直覚えづらい』


 これは、こちらの言葉をユイの母国語に変換させたり、この世界の常識を綴ったもの。ユイだけの辞書だろう。これだけで、彼女の努力がどれほどのものだったのか手に取るように想像できる。できてしまう。

 だからこそ、ユイをいじめたあの三人に憤りを隠せない。


「……泣くほどの出来なら、この世界で生きようとした努力が報われたと、解釈して、いいのでしょうか」


 ユイに声をかけられて、自分の目から涙が零れていることに気付いた。

 ハンカチを取り出して目元を拭う。泣こうとして泣いたわけではないため、少し、いやかなり恥ずかしい。

 顔から火が出そうになるほど熱くなる。このときばかりは自分の肌の黒さに感謝しかない。赤い肌が目立ちにくい。


「……私は、ユイさんの努力に触れた気がします。少なくとも、これを読んでユイさんを最も近くに感じたのは確かです。

 だからこそ、ユイさんをいじめた三人が許せない。

 もし、過去に戻れるとしたら……ユイさんを助けに行くでしょう。このノートには、それだけユイさんの心が込められている」


 破かないように、壊さないように、大事そうに抱えるレナートの目はノートにあった。


 だから、このとき、レナートの言葉を聞いたユイがどんな反応をしたのか知らない。


「……最初に会った九番隊の人が、あなたでよかった」


 吐息のように弱く吐き出されたこの言葉しか、知らない。

 リビングはしばらくの間、静寂というには温かい静かさに包まれていた。


「……イエデンについて話を戻しても?」


 沈黙の布を斬ったのはユイだった。吸いつくした煙草を灰皿で押し潰して、新しいものを巻き始める。

 ユイの目的を知りたいレナートは首肯する。

 慣れた手つきで煙草に火をつけ、ユイは話を再開する。


「九番隊でイエデンのことをどのように捉えているのかは存じませんが、あの男は生きている」


 迷うことなく断言した物言いに、レナートは弾かれたように顔を上げる。

 今まで、イエデン少尉についてここまで生存を強く主張したものはいなかった。

 何を根拠にそこまで言い切ったのだろうか。凄く気になる。


「言っておきますけど、きみが思うような理由じゃない。あの男は、あの列車で死んでいない。そんな確信があるだけです。

 だからこそ、私はやらないといけないことがある。

 そのためには九番隊でのイエデンについて知りたかったんです。……理由は、聞かないでいてくれると嬉しいのですが」


 ユイは煙を天井に吐き出す。

 ここまで言うつもりはなかったのだろう。ユイが異世界者だと見抜いたから、それに釣り合うものを差し出したような言い方だった。


「そう言われると同じ九番隊に所属するものとして気になります。教えてくれませんか?」


 理由が気になったレナートは、少しずるい手を使わせてもらった。

 ——これで少しでも得られるといいんだが……そこまで甘くないだろうな。

 ユイは煙草を左手に持って、口に溜めた紫煙を吐き出す。


「『信用』と『信頼』の違いは何だと思う?」


 断られると思ったレナートは、急な話題に少々面食らった。

 ノートを円卓に置いて思案する。


「信用は、その人の能力や、その人の能力による実績。

 対して信頼は、その人の人柄に重きを置いています。

 ……同期からの受け売りです。私も、この言葉の違いに異論はありません」

「きみってやつはホント……文句なしのストライクな球を投げたかと思えば赤点ギリギリの答えを出すな……」

「言葉の違いを知るほどの学なんてなかった自分にはこれが精一杯です。

 確実に学があると言えるのは『母体に影響なく、胎児を堕とす方法』だけです」

「ストリャルド闇が深すぎんか……。平然と言うそれにマジびっくりなんだけど」


 本当に予想外の返しだったのか、大袈裟に両腕をさするユイにどうすればいいのか分からない。これを言ったとき、聞いた皆も同じ反応をしていた。そんなにおかしいのだろうか。

 灰皿に灰を落とす。煙草から漂う煙が一瞬歪む。


「私は、あの列車の真相を知っている」


 ユイが語った真実の一端に、驚きはなかった。イエデン少尉の生存を確信しているからだろうか。ユイがかなりはやくシミエル家の事件を解いたからか。

 レナートの様子を見てユイは話を続ける。


「きみのことは護衛として信用しているよ。なんてったってあの異名がつくほどの実力持ちだ。能力面ではこの上ないほど信用している。

 むしろ、そこまでの異名持ちなら、頼りになると思ったくらいだ。知的生命体としては最大の侮辱をしながらも処刑されずに生きているのは功績がでかいか、かなり理性が強い奴じゃないと無理だ。

 きみは……両方みたいだな。そういった意味でいいな、て思ったんだ。あの担当くんを黙らせるならそのぐらいの実力はないと困るし。

 そう言ったことできみには好印象だが、私ときみとの間には信頼がない。さっきの話がここに繋がるわけだ」


 そう言われると、確かにレナートとユイにはそこまでの信頼関係はない。


「信頼関係があったら、教えてくれるんですか。少尉のことと——貴女のことも」


 灰を落とす手が急に止まる。黒眼鏡越しでも分かるほど、鋭い視線が自分を刺す。


「どういうことだ?」

「貴女は私に全てを語っていないということです」


 自分達の周りの空気がピリピリしだす。異世界人だと暴くときより、ずっと鋭い。

 それでもレナートは臆さず自分の考えを言葉にする。


「正直、異世界人という情報が貴女の全てではないと思っています。もしそれだけなら、事件の解決はシミエル家だけで十分です。あの事件が解決したの後の会話を聞けば、依頼を受けたのも納得できますからね。

 でもその後の事件は受ける理由がない。依頼されても断ることができたはずです。貴女の担当は、貴女の事件解決に乗り気ではないみたいですし。

 でも貴女は受けた。それには何か理由があるはず。

 私は聞いているんです。リュドミワの母親が死んでいたと報告を受けたときの貴女の言葉を」


『ほぼほぼ黒だろうな』


「あれは何かを確信した言葉です。

 それだけではありません。汽車の中での襲撃。ジエジッチ家が号外のことを知っての行動なら遅すぎます。あの時点でダンタリオンや警察には情報をつかまれている可能性が高く、先生を狙うのは合理的ではありません。

 考えられるのは——ジエジッチ家や取引相手とは全く関係のない、第三者の刺客。貴女はその第三者が何者なのか分かっている。

 以上のことから考えるに……貴女は何かを追っているんです。何を追っているのか分かりませんが、それに少尉殿は関係している。

 だから護衛に九番隊を指名したし、こうして依頼を受けるし、その度に私を呼ぼうとしている」


 情報から物事を見抜くのは上手い、とユイは言った。だから、これは確信を持って言える。

 ユイと関わって得た情報から、見抜いたものだから。

 彼女はしばらくレナートを睨んでいたが、大きく息を吐いて背もたれに背中を思いきり預けた。その仕草で空気が緩んだ。


「まいった。そこまで見抜かれているとは思わなかったぞ。どうやら私は、きみをみくびっていた……いや、みくびりすぎていたようだ」


 煙草をくわえて思い切り息を吸い込むユイ。これから言う内容を考えているのだろうか。

 煙がユイの口から五回ほど出たと同時に、話し出した。


「イエデンについて聞きたいなら契約しろ、て言おうと思ったが……やめだ!

 代わりに挑戦状を出そう!」

「誰に?」

「きみに」

「私に?」


 訳が分からない。

 黙ったまま話の続きを促す。


「きみへの挑戦状は簡単だ」



 私を暴け



「どぉーだ! 簡単だろう。聞かれたことには正直に答えるし、応えたくないときは答えたくない、て言うさ。異世界云々を暴いたときのように私の周辺を調べてもいい。私を調べれば自然とイエデンについて分かる。いいことづくめだ。

 ……どうだ? 引き受けるか?」


 レナートは顎に手を当てて思考する。その状態に入ってから、秒針が二十回鳴った。


「——煙草を一本、貰っても?」


 ユイは黙って缶と紙をレナートの方へ滑らせる。礼を言って受け取り、煙草の葉を摘まみ、紙に乗せていく。案外難しく、巻けないほど乗せてしまいそうになる。こぼさないように気を付けながら紙を巻いて、舌で糊面を濡らしてくっつける。

 吸おうと太さが不揃いな煙草を手にして、マッチが置かれていないことに気付く。

 出し忘れたのだろうか。

 マッチが欲しいことを伝えようとしたら目の前に火がついたばかりの煙草が突き出された。


「火、欲しいのでしょう?」


 微笑みが紫煙で濁る。厚紙で畳まれたマッチの使い方は分からないのである意味助かった。


「ありがとうございます」


 唇に挟み、手で支えて差し出された煙草の先に自分の煙草をくっつける。火が付いたことを確認すると離れて息を大きく吸い込む。

 喉の奥まで煙独特の臭いが充満する。味と臭いの強烈さに咳き込みそうになるが大人の矜持で必死に押し殺した。

 ろうそくの灯を消すように息を吐き出す。自分の口から煙が出ていくのが少し面白い。


「お受けします」


 返事を聞いたユイは、歯が見えるほど笑う。その表情は今まで見た笑顔の中でも一番純粋で、喜んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ