あなたについて 1
デバッド村が壊滅してから七日ほど経過した。
仕掛けていた髪の毛が落ちているのは確かに恐ろしいことだったが、調べても盗られたものはなかったし、変なものも仕掛けられていなかった。
結局何だったのか分からなかったが、何かあったらすぐに連絡することを条件にその日は帰路についた。ユイの厚意に甘えて養父である校長によって異常がないか調べてもらったが、やはり異変はなかった。
じゃあなんで髪の毛が落ちていたのか。分からないまま時間ばかり経過してしまった。
ガタン、と乗っていた公共馬車が大きく揺れる。何か砂利でも踏んでしまったのだろうか。持っていた手土産に問題なければ自分としては何が起きても大丈夫だ。
『次の停車は三番麓、三番麓です』
「すみません、降ります」
ぶら下がっている紐を引っ張って鐘を鳴らす。公共馬車は鐘の音に従い、次の停車場に停まった。
レナートは乗客の邪魔にならないように気を付けながら運転手に金を払って降りる。
今日は非番なので、手土産を持ってユイの家に向かおうとしていた。これからも護衛するならきちんと挨拶はしたい。
——それに、確認したいこともある。
「お待ちしておりました」
目の前の景色が揺らぎ、一人の青年が急に現れる。P-1と呼ばれているものだ。
——やっぱり気配に溶け込むのが上手いな。
その溶け込み具合に感心しつつも、P-1の後を歩く。ユイの家は五分くらいで着いた。思っていた以上に近くにあった。
流石人気小説家というべきか、豪邸みたいな家だ。門から玄関までの距離にある石畳といい、脇に見える庭と池といい、自然的な感じがして趣味がいい。建物も庭や周囲の自然を壊さないクリーム色だ。しかも広さもあるから金持ちの別荘だと思ってもおかしくない。
いや、ユイの人気を考えれば金持ちでもおかしくはない。最初に抱いた豪邸はある意味正しかったというわけだ。
近くにあったドアノッカーで来客を知らせるP-1。
「合鍵はないんですか?」
「あるにはありますが、こうした方が都合がいいので」
どういうことだ、と疑問に思う。だがすぐに開いた扉によって疑問を思考から切り離した。
薄手のニットカーディガンにV字に開いたシャツ。その下は幅広のズボンとゆったりした格好をしている。肌を隠す格好をすることが多い印象の彼女にしては珍しい。
「いらっしゃーい。入ってください」
「お邪魔します」
一礼して人気小説家の家に入る。この事実を知ったら彼女のファンは発狂しそうだ。
玄関は外と内を分けるように段差がある。室内履きに変えて欲しいということか。室内履きに変えるのは個人の部屋に入ってからが多いこの国では珍しい習慣だ。靴を揃えて脱ぐ。
「やっぱり、レナートさんって今ある情報から物事を見抜くのは上手いんですね。無いものを集めるのは下手くそですけど」
「貴女が上手すぎるだけでは? こちら、お土産です」
「これ、めちゃくちゃ有名なものじゃないですか? 生ハムもアンチョビガーリックラスクもある! うっひょー! ビールが飲みたくなっちゃうな!
私がお酒好きだって言ってたの、覚えていたんですね。嬉しいです!」
「下の方に焼き菓子があります。休憩や来客用の菓子にでも、どうぞ」
「気遣いの極みじゃん……」
ユイが何か感心しているが、そんなものではない。レナートは取引材料として持ってきたのだから。
「今お茶を用意しますから、そこのリビングで待っていてください。席はどこでも大丈夫です」
左右と上に続く道の左側の道を手で示してユイは案内する。レナートは会釈して中に入る。リビングは解放感と外の光を取り入れるためだろう。吹き抜けになっており、上の方では空気が循環されるように天井に設置された羽根が回っていたりと、色々工夫されてある。
低い円卓を囲むようにある一人掛けのソファーに腰を掛ける。他人の家なのであまり周りを見るのはよくないだろうというのは分かるのだが、ついつい視線が移ってしまう。
レナートが座っている場所のすぐ近くにある暖炉。壁に掛けられた時計。窓際にある観葉植物。
物が置いてあるには置いてあるのだが、必要最低限といった印象がするのは気のせいだろうか。レナートみたいなお客をもてなすための必要なことをしていますという印象が大分強い。
——いや。
レナートの視線は、目の前の円卓の中央に落ちる。
ぽつんと置かれたガラス製の灰皿。
この灰皿は、この家の主の趣味で置かれている。
それは他者のために用意されたこの部屋の中では、異質な存在だった。
「お待たせしました。久々に一人でやったので手間取りました。自分でやるのも大事だと痛感しちゃいましたよ……」
珈琲とケーキを人数分用意したお盆を持ってユイが入って来た。
「あの……P-1さんには頼まなかったんですか?」
「特に用もなかったので待機させてます。多分屋根上でシャボン玉吹いているんじゃないですか?」
「シャボン玉」
「シャボン玉」
意外な趣味だ。そんな趣味みたいな、個とした意識などないと思っていた。
——だが、これで聞きやすくなった。
「へぇ、家のことをやらせないんですね。P-1さんは貴女の下僕なのに」
「彼らを下僕、というか」
す、とユイの周りの空気が冷たくなる。周囲の温度が少しばかり下がったのは気のせいではないのだろう。
この冷たさは彼女の怒りだ。
今、レナートは彼女の柔いところに触れている。
それでもレナートは触れなければならない。確認したいことがあるのだ。
「今日ここに来たのは、貴女について話すためです」
珈琲を円卓に置く。
「貴女と貴女の関係者のことを調べさせてもらいました。
こう言ってはなんですが、九番隊は悪評が多い。九番隊にいることは、地獄行きが確定されていることとほぼ同義です。そんな部隊に護衛を頼む人間を調べるというのは当然です。
それくらい、九番隊に快い感情を持つ者はいない」
ここで呼吸を整える。ここからが本番だ。
「四年前、ジンシェン・トゥーディー魔術学校で傷害事件が起きました。魔術学校生徒四人と用務員一名。うち一名は記憶をなくし、もう一人は三日ほど生死の境をさ迷うほどの重傷。
三人が魔術による訓練をしていたときに巻き込まれた、と当時の新聞には書かれていました」
ユイは何も言わない。
「未成年だったので記事には書かれていませんでしたが調べることができました。記憶をなくしてしまった人は解析魔術師として国家行政機関に務めているダヴィド=A・シミエル。
事件を起こした三人は……消息不明となっていますが、ここで働いている」
名前を言わないのは自分の推理に自信がないからだ。でも同期が持ってきた情報には間違いはない。
いつだって、彼の情報に間違いはないのだ。
「最後の一人、用務員は……貴女です」
口の中が急速に渇いていく。目の前にある珈琲で潤したいが、構わず話を続ける。
「貴女は魔力がない。そのことを知った三人は、日常的に貴女をいじめていた。最低限の魔力すら持っていなかった貴女は彼らにとって『人に見えた虫』だったのでしょう。
いじめの光景を見たダヴィドさんが止めに入った。そこで先程述べた事件が起きた。
その事件が起きた後、貴女は学校を離れ、小説家として大成した。事件から半年後のことです」
ユイはまだ何も言わない。
怖くて彼女の顔を見ることができない。自身の膝に目を落とす。
「ここまでは人から聞いた情報ですし、ここからは私の推測です。外れていたら、叱ってくださって構いません。
なんで三人はそんなひどいことができたのか。
先程、『人に見えた虫』と言ったように、人間は小さいもの、弱いものに対して残虐な行為を働きます。彼らにとって、あるはずの魔力がない貴女はその立ち位置だった。
でも義理とはいえ、校長の娘である貴女にそんなひどいことはできない。でも彼らはできた。貴女が、自分は校長の義理の娘であると言える状況ではなかったからだと考えています。
これは、貴女が養子縁組になる前の戸籍や出生届がないという情報から考えた説です。
貧困の生まれでも出生届は義務付けられているこの国では、かなり珍しいことです。
本来なら取得も簡単ではないのでしょうが……校長が何とかしたのでしょうね。そこまで考えれば疑問が浮かびます。
何故、貴女に対して校長がここまで働くのか。
魔力がないから? 戸籍がないほどひどい状況にいたから? どれもしっくりきませんでした。
そこまで考えて、貴女がメモを取るときに見た文字を思い出しました。横目でちら、と見たときひっでぇ字で読めないな、て思っていたんですが……」
「おい」
「この国で見たことのない文字だということに気付いたんです。調べてみましたが、全ての国、全ての民族の中にあてはまるものはありませんでした。アマツ国と似ていましたが、一部だけでした。
でも、私貴女の文字に見覚えがあるんです。
その人は優秀な魔法使いで、疫病に犯された私達の町を綺麗なものにしてくれた。そのときに書いたものが、貴女とそっくりだった」
ユイの手が微かに震える。この情報は初めてだったのだろう。当然だ。その事実を知るのはレナートだけなのだ。その事実を知ったから、レナートは軍に入ることを決めたのだ。
「その人を私は先生と呼びました。私に薬を教えた人であり、人を疑うことを教えてくれた方です。まさにあの人は人生の先生でした。
その先生が教えてくれました。『これは異界の文字だ。世界中の文字全てを見たが、あてはまるものはなかった』て」
息を大きく吸い込む。ここが、一番ユイに聞きたかったことだ。
顔を上げて、ユイと目を合わせる。
「貴女は、こことは違う世界から来た……異邦人ですね?」




