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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
搾取村
21/26

搾取村 7

 弾けた気配の先には二人の男女。

 女性、ダチュラは金色の瞳を細めて、ロートを鋭く見つめる。さっきまでその場所にいなかったのに、足音が全く聞こえなかった。しかも自分達の話を聞いている。


「……特異魔術か」


 ロートが唇を噛みながらダチュラを睨む。


「私の特異魔術は隠すことに特化していてな。これを使って君達の会話を聞かせてもらった。

 犯人はやっぱりロート君だったか」

「へぇ、オレが怪しいと踏んでいたわけか。根拠は?」

「そこの先生も察しているだろうけれど、先生に有能だと言われたとき、『生憎、この村で言われたことはないな』って言ったことかな? それは外で言われたことを意味するし、外と接触することがあったということ。

 外部と接触可能な状況ならシンシを連れ去ることは可能だろう。ジュードの魔力を持っているみたいだしな」


 レナートやダチュラに攻撃されても迎撃可能になるように、ロートは低い姿勢を取って黒い瞳を左右に忙しなく動かして周囲の気配を探る。


「そこの先生の依頼人もグルだし、ウルバノヴィチの名を出している。……詳しく話を聞かないといけないみたいだね。

 セルド、捕まえろ」

「承知いたしました!」


 セルドが手を叩く。

 聞こえるはずだった音は、しなかった。

 代わりに聞こえたのは、硬いものが折れる音。まるで、骨を折るような——。


「ぅあ゛ッ!?」

「豚になんかなるかばぁーかっ!」


 五メタ以上あったロートとセルドとの距離が、気付いたときにはゼロに近いくらい縮まっていた。

 戦争を生き抜いたレナートの目でもとらえることができなかった。

 すぐさま靴底を自身の体の一部に変換し、地面に干渉。自分とユイを中心に咲く花のように地面を氷の棘に変換する。


「私、ここから動きませんからね」

「ありがとうございます」


 ロートには魔力がない。身体強化するための魔術や魔力なしであの距離を瞬間移動して詰めるのは不可能だ。

 理由は分からないが、警戒するに越したことはない。というか、それしかできない。


「セルド!」

「そうだ、そうだ。思い出したよ」


 セルドを背中に移動させて庇うダチュラに気付いていないのか、興奮状態のまま呟くロート。


「そうだよ。だからオレには魔力がなかった。あげたんだよ。ジュードもそれを呑んで命を含めた魔力を血液に乗せて譲渡した。

 ——オレは、あの日ミトラに会ったんだ」


 ——何故、大佐の名前が……。


「ミトラにオレは魔力をあげた。対価として。

 ミトラに会ったあの日からオレは、ボクは——人間じゃなかったんだ。

 アンタが教えてくれるまですっかり忘れていた……なぁ!!」


 ロートの首だけがぐるりとこちらに回る。人間ではありえない動きに一層警戒を強める。

 自分達を囲う氷の棘の花でこちらに近付く方法が限られる。

 棘がない方向、上空か地中からかの二つだ。だが、ロートの行動を見ているとその策が通用するか分からない。

 ロートの姿が消える。変換した氷を爆破させ、周囲に棘が飛ぶよう変換させる。

 ——先生を守りながらの対応は難しすぎる。常に守りのための先手を取るしかない。

 そのためには常に状況を変化させる必要がある。爆破させた氷の棘は自分の支配下にはないが、靴底はまだ変換したままだ。状況変化ではこちらが有利だ


「警戒せずとも、彼の狙いは私達じゃありませんよ」

「何を根拠に……」


 背後から、耳をつんざくような高い音。鼓膜を破ると言っても過言ではないほどの高音と音量。耳を塞ぎたいが、護衛を考えるとできない。

 ダチュラやセルドも耳を塞ぐなりして音から守っている。

 ユイも顔を顰めるが、自分達よりは平気そうな反応だった。


「はぁ。不愉快な音を立てるなよ」


 眉間にしわを作ったユイは舌打ちをして二本目を吸い始め、妖精殿の階段を上り始める。


「ちょ、ちょちょちょお」

「随分可愛い慌て声だな」

「いやどこに向かっているんですか」

「虫がいるところだが?」

「虫……?」


 何を言っているのか分からず聞き返すが、ユイは無視して自分を置いていかんばかりに歩き続ける。待って欲しい。本当に。

 ユイよりも先に階段を上り切る。目の前の扉が蹴破られているところ以外、周囲に荒れた様子はない。

 この奥に、ロートがいる。

 正直に言うと、入りたくない。胸の奥から不快なものが間欠泉のように噴き出しかけている。この感覚が凄く、凄く嫌で今すぐこの場から離れたい。

 ——でも、ここで逃げることはできない。

 喉元までせり上がってきた液状のものを必死に呑み込んで中へ一歩、踏み込んだ。

 鼻を覆いたくなるような嫌な臭いが、辺りに充満していた。その臭いは嗅覚だけでなく触覚で感じ取れるほど強く、頭痛を引き起こさせた。

 鼻の奥が痛くなるような臭いに、思わず変換で自身の鼻の穴を潰してしまう。


「せっかくのイケメンが……!」


 ちょっと黙って欲しい。

 臭いの発生源を探らなくてもすぐに分かった。妖精殿の奥が、緑色の液体で染められていた。壁だけでなく天井まで汚れていることから察するに、かなり残虐な方法で殺したのだろう。

 ——妖精としての体積もかなり大きそうだ。

 床に散らばっている肉片を見る限り、相当大きいのは間違いない。これが妖精だというのなら、自分の中の羽が生えた矮小な存在から目の前の残骸へ認識し直さなければならない。

 ——蝶かと思ったら蛹になることもできないまま成長しきった芋虫みたいな……やめよう。想像したら呑み込んだものがまた出てきそう。


「シンシを殺したことから想像していたが……本当、短絡的にもほどがある。

 村が捧げるべきはシンシではなく鏡だったようだな」


 煙草の煙を口から勢いよく吐き出すユイ。有害な煙草の匂いが有り難く感じる。


「——へぇ。殺しただけなんだ。ちょっと予想外かな」


 ユイは続けて、肉塊の中心にいる人物、ロートに声をかける。

 ユイは確信をもって話しかけているようだが、レナートはその人物がロートだとは思えなかった。

 色白だった肌の面影なんてどこにもない青い肌。

 それとは対照的に額から真っ赤に伸びた角と瞳。

 さっきまでなかったものがあるから、ロートだという自信が持てない。

 ——ユイ先生の言葉からしてロートさんみたいですけど……本当に人間じゃなかったんですね。


「なんだ? 食べるとでも思っていたのか?」


 真っ赤な口から出てきた声はロート本人のもので、目の前の姿と声との差異に戸惑う。


「いや、昆虫食が許されるのはどう頑張ってもGまででしょ。妖精はNG」


 両腕を交差して否定するユイ。

 ——確かに、どんなに飢えていてもこの臭いと肉片を食べようとは思わない。


「でも私の特異魔術で何とか……」

「今この肉の食対策の話はしてないんだよレナートさん」


 ユイが低い声で突っ込んだ。

 後ろから足音が聞こえる。ダチュラが息を切らしてそこに立っていた。セルドは他の部下に任せたのだろう。

 ——ようやく追いついたようだ。予想より遅かったな。


「ロート……シンシ攫い再発、村民の殺害、そして……私の部下への傷害罪。以上のことから現行犯逮捕する。

 ——動くな」


 拳銃を取り出してロートに狙いを定める。今のロートの身体能力を考えるとあまり効果はないと思うが。


「ハハッ! そんなおもちゃでボクを捕まえられると本気で思っているの!?」


 それはロートも同じなようで、ダチュラの行動を嘲笑った。

 明らかに馬鹿にされているのに、ダチュラは怒る様子はなく、冷静に標的を見つめている。


「私の特異魔術は『隠したいものを隠すことで対象を騙す』効果を持つ。一般的な魔術の一つである幻惑や擬態とは、次元が違うんだよ」


 ロートが膝から崩れ落ちる。両膝から青いものが流れていた。


「私は、私がここに着いたとお前達が認識している十秒前に到着し、お前を撃っている」


 全く、気付かなかった。

 衝撃的な内容に護衛していることを忘れてダチュラを見てしまう。

 金色の視線は緩むことなく、ロートを刺している。

 気付かないうちに撃っていた一発のような視線から、目を逸らせない。


「人間ではないとしても、造りは人と似ている。なら、膝を撃たれたら歩くことはできない」


 腰から白く輝く鎖が、ロートを拘束する。魔力封じの鎖だ。それに加えてダチュラは重力魔術をかける。身体に負荷をかけて先程みたいな速度を出させないためらしい。抜け目がない。

 婚期を逃す理由が見えてしまった。


「署で、詳しく話を聞こうか」


 怜悧に輝く金の目が、冷徹にロートを見下ろした。

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