搾取村 6
「ジュードが死ぬときまで、俺はこの村に何があったのか知らなかったんだ。いや、聞いてはいたが、理解していなかった。目の前でジュードが死んで、俺は酷いことをしたんだ、てようやく理解した。
——俺が、ジュードを殺したんだ」
「レドは、君だったんだね」
「すみません、薬の効力切れたみたいです」
「切れるのはやくない?」
話についていけなさそうだと理解した瞬間、素直に手を挙げて説明を求めた。ユイが呆れたようにこちらを見るが、許してほしい。本当に薬が切れたみたいに頭脳が働かないのだ。
「ジュードの死因については、三つあげられます。
一つ目は『自分の命ごと血液に魔力を乗せて譲渡した』こと。
二つ目は『ジュードの命ごと魔力を奪った』こと。
もう一つは……」
「いい。俺から言う」
手を出してユイの話を遮ったロートは一つ、大きく呼吸して話を続ける。
「ジュードは……人身売買という形で、外にいる人に売るためにシンシを攫っていた。特異魔術でな。当時の俺はこの村から出そうとするジュードが悪人に見えて抵抗した。
気付いたときにはジュードは死んでいて、俺の魔力もなくなっていた。
多分、あのダチュラとかいう刑事は真実に気付いていたんだろうけど、これまでジュードが起こした事件から情状酌量の余地があると思ったのか、何もしてこなかった。俺の魔力がなくなったから、逮捕しても起訴できないから何もしなかったのかもしれないけどな」
——魔力が、なくなった?
この世界で生きる者は皆魔力を持っている。魔力は『可視化されていない血液』と言われるくらい自分達の体に必要不可欠なもの。
なのに、目の前にいる少年は、魔力をなくしたと言っている。その状態で、生きているのはあり得ない。
——ユイ先生については『仮説』があるから問題視していないが……この青年は元々持っていたものをなくしている。
「レナート、あんたの言いたいことも分かるぜ。周りの連中も、俺も、自分の体にビビっていたからな。俺がこうして普通に生活送れているのは、持っていない俺が怖くて関わりたくなかったからだろうな」
おどけるように言ったロートの笑みには自嘲がはっきり見えていた。
アリーの『持っていない』の意味がようやく分かった。魔力のことを言っていたのだ。
魔力至上主義のこの村では、異端どころか、化物に近い存在だ。
「話を戻すぜ。シンシになるための『教育』と、なった後の『監視』が必要なくなった俺は、自由だった。外に出ても咎められなかったからな。
初めて外に出た俺は、お金のこととか、社会のマナーとか、常識とか、頭がパンクになるほど色々学んだぜ。
そうして勉強して、ジュードは……俺達を助けていたことを知ったんだ。
シンシに選ばれた子供はここの妖精の養分となって死ぬ。妖精の養分となるほど多い魔力を持っていることがこの村にとっての栄誉なんだ。
ジュードは、特異魔術で運よく生き延びた元シンシだったからこそ、シンシを助けたかった。
俺は、オレは……ジュードを死なせてしまったことで、未来のシンシを殺したんだ」
目の前にいる青年——いや少年は、顔を両手で覆い隠す。
ロートという少年は、口は悪いが他人思いの子供だ。でなければ、シンシ攫いを再び起こしたりしない。
この村の真実に気付いてから、何度こうして自分を責めたのだろう。
——ん? シンシ攫いを再発?
「このシンシ攫い、もしや複数犯ですか? ジュードの魔力を持っている可能性があっても、単独犯ではちょっときついですよ」
「ピンポーン! 冴えた解答ありがとうございます!」
しんみりした空気を、ユイの明るい声が爆発の魔術のようにぶち壊す。
「この村は魔力感知能力がクソたけぇです。そんな中シンシ攫いをできたのはジュードの特異魔術を日常的に使っていたからです。それで上手く誤魔化されていた、つまりゴリ押し犯行です。
でもジュードが死んでいる上に彼の魔力が限られた状況でシンシ攫いは難しい。ならば、そのジュードの魔力を節約するための誰かが必要です。
それが、村の外にいるリュドミワさんだったんですね。彼女、空間系統魔術が大変優れているようで、ここに彼女の先生がつけた成績表がありますよ」
鞄から一枚の紙を見せるユイ。紙には見知った筆跡で魔術行使のための魔力操作能力がAと、最も高い評価をつけられた成績表があった。名前はリュドミワと書かれている。
「あ、これは写しですし、証拠集めとして講師であるフランチスカさん本人に許可は貰っています」
あの馬鹿何普通に渡しているんだ。
——いや、この写しよく見れば魔術的仕掛けが施されている。恐らく使い魔と契約を結ぶときに使う魔術だ。意に反する使い方をされたら即燃やされるようになっている。
自分の意に反する行動をしたという曖昧な条件を問題なく展開できるほどの魔力・魔術技術能力。特異魔術以外並のレナートでも簡単に読み取れるほどの魔術の作り込み。
第四師団最強の魔術師としての技術をこんなことに使うな。
——というか。
「証言で十分だろこんなもん!」
ユイから紙を取り上げた瞬間、写しが燃える。めっちゃ熱い。
写しを燃やし、自分の手を燃やそうとする火に干渉して自分の手の細胞として変換する。火を取り込んだその姿をユイとロートは黙って見つめている。
——普通ならありえないことだから、引かれても仕方ないか。攻撃されたときの癖でやってしまった。
「黒い悪魔……終戦の一因となった生き物が、こんな辺鄙な村に来るとは思わなかったぜ」
「先生の護衛でここに来ました」
「殺しの才能があるから守りの才能もあるだろうって? 無理無理。
アンタは殺しの才能に恵まれ過ぎた。だから誰かを守るなんてできない。
あの戦争で、周りの環境を無理矢理捻じ曲げてまで生きようとするアンタに、そんなことはできねーよ」
——随分と安っぽい挑発だ。
そんなことは、あの戦争で嫌というほど知っている。だが、そもそも戦争自体『己の主張のぶつけ合い』だ。
「戦争は、外交における最終手段。つまり意見の押し付け合いです。故に他者を捻じ曲げようとするのは当たり前のこと。
私だけの話ではありませんよ。
もっと、社会を勉強してから、お話ししましょうね?」
手を合わせて微笑めば、ロートの空気が熱く、鋭いものになる。挑発したつもりが、自分の地雷を踏まれるとは思わなかったようだ。
——まだまだお子ちゃまだな。
「おいおい、こんなところで喧嘩しないでくださいよ。で、きみはどうして二人の人間も短期間で殺したんだい?」
「オレは殺してないぜ。あいつらが勝手に死んだだけだ」
「そんなわけはない。あの殺人にはジュードの魔力が使われていた。最初の被害者はあの場所で殺していないから感じ取れないだけで、ジュードの魔力が使われたのは確実。
きみが使ったのだろう?」
ぷっ
空気の塊が勢いよく噴き出す音。
ロートの口から出ていた。
何がおかしいのか、ロートは腹を抱えて笑い出した。
静かな妖精殿に、少年の笑い声が反響する。
「アンタ、やっぱりそこには鈍いんだな。そこの軍人を連れているのは自分の身を守ってもらうだけじゃなくて魔術的知識を補ってもらうためだろ?
人の感情は見えているように話すくせに、魔術関係にはとんと鈍いからな。
ビオランテのばーさんが言っていたぜ。『ちぐはぐな女だ』て」
近くに落ちていた枝を拾って地面に何か書く。ユイはただ黙ってロートが書いた文字を見ている。
——本当に魔術関係には鈍いらしい。
レナートは、この式が何を意味するかすぐに分かったというのに。
「その魔術式は禁忌のはずですよ。『開拓者』と呼ばれた魔術師が開発した魔術式ですよね?」
「何で二百年以上前に全種族使用禁止になった魔術式を知ってるんだオメー……」
「魔族にかけられましたので」
「何で生きてんだオメー」
「かけられた瞬間に新しい肉体に変換したので」
ロートの顔が凄いことになった。顔の中心にしわというしわを作り尽くしたような渋面だ。
「……これそんなおっかないんですか?」
「この魔術式の効果は『早送り』です。かけられた対象の時間を早送りする。効果はただそれだけです。でも、命あるものが死ぬまでの時間まで瞬時に縮めてしまう……まぁ、簡単に言えば『確実に死ぬ』魔術式です。
あまりにもぽんぽん軽く死んでしまうので、開発されてから二年ほどで使用禁止となった魔術です」
「それかけられたのに生きてるの、きみ?」
「私の特異魔術は生存に特化しているんです。そうそう簡単に死にませんから、先生を絶対に守ります」
「頼もしいわぁ……」
「え、オレダシにされた?」
余計なことは言わなくていい。
「その魔術を使った結果、死んでしまったと。でもレナートさんの話を聞く限り、効果はすぐに出ると思うし、寿命が尽きたみたいな感じでぽっくり死にそうですね。
少なくとも、あの二人みたいな死に方にはならないのでは?」
「おいおい。この魔術式が生まれてから何百年経っていると思っているんだ。
オレの望みを聞いてくれる親切な人がいてな。オレの願いに応えてくれたんだ。
——皆が苦しみながら死にますように、て!」
座っていた階段を落ちるようにロートは降りる。危なっかしいが、無視していつでも対応できるように抜剣の構えを取る。
降りたときの勢いがあったのかは分からないが、数歩よろめく。だがその力を回転に変えてこちらを振り向いた。
黒い髪が遠心力で大きく揺れ、甘い匂いが嗅覚に触れた。頬は赤く染まり、黒い瞳は濡れていて、興奮状態になっていることは一目で分かった。
その姿が、故郷で踊る女達と被るほど、美しかった。
「そしたら、あの人はあの禁忌の魔術式を改造して教えてくれたんだ! その魔術式をジュードの魔力を使って村人全員につけた。
シンシを産もうとよそから魔力の多い人間を買って無計画なセックスをする大人はいなくなるし、生存本能による魔力増強を狙った教育は生まれないし、誇りのために殺されてくれと懇願する親もいなくなる!」
「この村は幸福で包まれる」
ロートは広げた両手を胸の前で交差させる。まるでそこに柔く、温かいものを抱き締めるように。
警戒を続けるレナートの後ろで、ユイは長くなった灰を灰皿に落とす。
「……きみが育った環境を思えば、この村はきみの幸福で包まれた方がいいんだろうな。
だが、それは叶わないし、叶えさせるわけにはいかないな」
ピタッ
ロートの体が、いや体を構成する筋肉の動きが止まる。同時に、ロートの背後に見える森の景色がパチンと泡のように弾ける。
「——自供、感謝する」




