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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
搾取村
19/26

搾取村 5

 視線を左右に巡らせて人の気配を探るが、全くない。もぬけの殻、とでもいうべきか。


「誰も、いませんね」

「先を越されたか」


 剣から手を離して警戒を解けば、苛立たし気にユイがこぼした。

 家の中を観察するが、荒れている様子がない。家を出たと考えるにしては、鍵をかけていない。人が二人も死んでいるこの状況では些か不用心だ。

 ——だとすると、可能性が高いのは……。


「連れ去られた」


 こぼした呟きを拾ったらしいユイが弾かれたようにこちらを見る。自分が言った内容に驚いたのか、自分が言い当てたことに驚いたのか。彼女の洞察力の鋭さから考えて、後者の方だろう。


「レナートさん、て……与えられた情報から結論を導き出すの、凄く速いですよね」

「ありがとうございます」

「情報を集めるのは下手くそですけど」

「先程の感謝を撤回します」


 いい気分が一瞬で最底辺まで沈んだ。


「ついでに聞きますけど、連れ去ったのは誰だと思いますか?」

「家の中に争った跡はないし、片付けたかのような魔力の動きはない。以上のことから考えると——身内か、それと同じくらい親しい相手である可能性が高いかと」

「その通りだね。でももう一つ、抜けがあります。

 自分より、弱い相手であること」

「お言葉ですが、自分より相手が強かったら、意味が無いのではありませんか?」

「でも、相手は絶対に油断する。きみにも経験があるんじゃないのか?」


 そう言われて思い出すのは、戦争のこと。


『いいかい。殺しで一番重要なのは『躊躇わないこと』だというのは身をもって理解しただろう? じゃあ戦闘において最も大事なのは何だと思う?

 『弱いこと』さ。——なんだよ、その顔。納得してないな。心配しなくても、これから嫌というほど経験するさ。予想外という恐ろしさにね』


 そう教えてくれた人は、あの戦争で死んでしまった。文字通り、予想外の一撃で。

 昔を思い出し、少し気分が沈む自分を見てないユイは村長の家を調べ回る。本棚から何冊か本を抜くと、ものすごい速さでページをめくる。速すぎてついていた埃が飛んでいる。鼻がムズムズしないのか不安になるが、彼女は気にした様子がない。

 何冊か同じことして読んだユイは卓子の上に並べて置き、村長の家を出ようとする。だから護衛より先に行動しないで欲しい。


「先生、何か分かったことがあるんですか?」


 後を追いかけながら聞けば、嫌な顔せずに教えてくれた。共有すべき話だと思ったのだろう。


「ああ。この村はかなり独特な位置にあるだろう? 何でか気になって、村に行くことを決定した日からP-2を使って調べたんだ。面白いことが分かったよ。彼らは皆ある共通点があったんだ。なんだと思う?」

「……魔力の保有量が高く、それを評価の基準としているところ」

「その通り。何年も前に死んでいるのに、感知できるほど魔力感覚が鋭いのはそこにアンテナを伸ばせるほど多い魔力を持っているからでしょうね」


 自分が咄嗟に剣を構えた理由がようやく分かった。無意識に構えてしまうほど、他人の膨大な魔力を感じ取っていたからだ。自然の魔素と混ざり合っていて気付かなかった。

 魔素と魔力は体内にあるかないかの違いしかない。解析魔術師ならすぐに見抜いたかもしれない。


「ここまで魔力が多い人間がたくさんいるのは正直に言って、気味が悪い。何百年もこれを維持してきた可能性が高いでしょう。

 そのために必要なことはなんだと思います?」


 顔を上げて問いかけるユイの顔はどこか人が悪い笑みをしている。


「魔力の多いもの同士でまぐわって子孫を残すことでしょう。ここは距離がある上に迷いやすい森の中と、随分閉鎖的な村です。要するに、近親婚や近親姦を繰り返すしかないかと」

「どこぞの王朝みたいなことをサラッと言うなよおっかないな……」

「私がこの手の話題で羞恥を抱くと思ったのですか?」

「そうだったきみは花街生まれ花街育ちだった……。だけど、それには大きなデメリットがある」

「でめりっと?」

「不利な点です」


 それなら分かる。遺伝子的欠陥とかいうやつだ。確か免疫系に異常をきたすとかだったと思う。


「近親婚だと遺伝子の欠陥を補い合うことができないから、早死にしてしまう可能性が高いと言われていますね。他にもいろいろありますが……全部言わなくていいでしょう。

 でも、もしそれでこの村を繁栄させていたなら、村民達の健康状態は普通そうに見えませんか?」


 ——確かに、その理屈で考えると色々疾患を持っている人がいてもおかしくないはずだ。精神的にも肉体的にも。

 死んだはずの人間の魔力を感知したことで混乱状態となっていたが、会話は問題なさそうに見えた。

 ——それに法律上三親等内の結婚は禁止されている。黙認している可能性があるが、それならそれでそれらしい態度をしているはず。ダチュラを見る限り、近親婚による可能性は低そうだ。

 ——でも、無意識に警戒態勢を持ってしまうほど個人の魔力の保有量が多い村が、こんな何百年と続くか?

 近親関係でないとすれば、他に何があるだろうか。

 顎に手を当てて思案すること、数秒。ふとよぎった考え。

 ——多分、今の自分と同じことを、この人は考えている。


「他所から魔力量の多い人間を用意して子を成す。近親婚をせずとも、これが安全かつ確実ですね」

「……同意の上ならいいのですが、最悪、攫っていそうではありますよね」

「サラッとおっかないこと言うなよぉ。その可能性は低いと思いますよ。恐らくこの村は、そういった方達のための村です」


 どういうことか、と目線で問えばついて来てください、と言って歩き出す。どこに向かっているのだろうか。

 疑問を持つレナートに気付いていないのか、ユイは話を続ける。


「魔力の保有量が多い人間は、体内にある魔力を制御できずに暴走する問題があります。

 例として挙げるなら、熱を出したり、発光したり、周囲の魔素と共鳴して周りに被害を与えたりとか。

 特にこの周囲の魔素と共鳴するこの問題は暴走した本人だけでなく、周囲も怪我をしてしまうから、一時期大きな問題になっていましたよね?」

「今から二百年以上前の話ですね。戦争が最も苛烈だったときと聞いています。故に魔力量の多い人間が生まれるように研究されていたそうですよ。結果として、先生が言ったような問題が生まれて大変なことになりましたが」

「ほんと、そういう後先考えないところ、人間の浅ましさが出てますよね。いやその卑しさが人間らしさを引き立てているので一概に悪いとは言えないんですが、でもやっぱり思うところはあって……」

「誰に向かって言っているんです?」


 明後日の方向を向いて呟くユイに尋ねれば何でもないでーす、と元気な返事が来た。この人本当に大丈夫なのだろうか。たまにすごく心配になる。


「魔力の暴走問題を解消するために、この村は生まれた……いや、利用されたと見ていいでしょうね」


 ユイが落した言葉の意味を分からないほど、レナートは愚かではなかった。

 魔力の暴走は、当時『小さな嵐』と呼ばれていたほどの破壊力を持つらしい。

 都会とか人が密集する場所なら大きな被害を与えるのは言われずとも分かる。

 ——だが、ここならその心配は起きない。

 魔力の暴走は体内に収まりきらず、漏れ出た魔力の調整を魔素ができなかったことによって起きるものだ。

 魔素は魔術をよく使う都会では少ない傾向にある。魔術を使うとき、『魔力』と『魔素』を混ぜ合わせながら使うからだ。

 ——だから人が多い都会は魔術が頻繁に使われるから魔素が少なく、逆に自然が多い田舎とかでは魔素が豊かだとして知られている。森林開拓が進んでいないのはこういった問題があるからだ。


「暴走が起きないように、魔素が多い場所に押し込まれた……。確かにこれなら魔素が圧し負けることはないでしょうね」

「そうだな。でもこれは魔素、て言うより……着きましたね」

「どこにです?」

「今回の事件の犯人がいる場所ですよ」

「犯人のもとに行くなら言ってください」

「ごめーん」

「殺さないといけませんから」

「護衛から殺人者にジョブチェンジしたの?」

「じょ……?」


 聞かない言葉に戸惑いながらも、半歩距離をとるユイを背に周囲を見回す。

 随分と村から離れたここには、神殿と思わしき建物が目の前にあった。建物が人が住むような構造をしていないのが一目で分かる。

 神殿のすぐそばに、ロートがいた。


「俺が犯人だと見抜いてた、てことかよ」

「怪しいと思っていたけど、確信はなかったよ。でも犯人がここに来るだろうとは思っていた。このシンシ攫いには、ある共通点があったからね」

「共通点?」

「土地神に逆らっているという共通点さ」


 シンシは確か、神に仕える子供のことを言う。ユイの言う通り、その子供を攫うということは逆らうということと同義だろう。

 しかし、そうすることには動機がいるはずだ。

 いったい何のためにそんなことをしたのだろう。


「ここは魔力量が多い人の収容所みたいな役割を持つ、ということは聞きましたよね?」

「ええ」

「でも、それは後から生まれた役割で、本来はもっと違うことのためにこの村は生まれた。村長の家の歴史書に書いてありましたよ。この村は迫害された一族が住み着いたことで誕生したって」

「俺が読んだときにはそんな文章なかったぞ」

「そりゃそうよ。文章の中にこっそり隠されていたからね。でも、何を信仰していたか分かっているんでしょ?」

「まあな。せんせーを庇うようにいるあんたも、この神もどきの正体を知ったら、この村を嫌いになっちゃうと思うぜ。俺にはそんな感情、ないけどな。こんな村、どうでもいいし」


 鼻で笑いながら神殿の階段を蹴る。


「祀っているのは妖精ですか?」


 ロートの黒い目が瞠目し、息を呑む。こんなすぐに答えられると思っていなかったことが丸分かりである。隣にいるユイも同じ考えだったようでマジか、なんて呟いている。


「迫害された一族で、神ではないものを信仰している、と言われたら選択肢は妖精か悪魔のどちらかでしょう。この二つは、魔術社会において禁句で、禁忌ですから」


 ——どっちか分からないからより嫌いな方を答えた、て言ったら怒られそうだな。


「それにしても、世界を滅ぼしかけた理由の一つである妖精を信仰しているんですか……残っているのが奇跡ですね」

「妖精の囁きでそそのかされた愚かな人類が滅亡しかけた話はしないで貰えます? 思い出すだけでイライラする」


 ユイが舌打ちをしてレナートの足を蹴る。余程話に出してほしくないようだ。こんな風に暴力的なものを出されたのは初めてだ。


「でも、俺はジュードの魔力を持っていないぜ。そんな俺が、どうやってジュードの魔力で殺したって言うんだよ」

「その時点で答えを言っているよ」


 ポケットから煙草を取り出して火をつけて吸い始める。


「きみは、ジュードから魔力を貰ったんだね」

「あ、特異魔術ですか」

「今日のきみは察しがいいなぁ! 頭よくなる薬でも飲んだ?」


 ユイの突っ込みがうるさいが、確かに妙に冴えているな、とは自分でも思う。


「レナートさんが答えちゃったので補足という形で……ジュードの死因は、きみに『自身の命を含む魔力』を譲渡したからだ。違うかい?」

「おいおい。ジュードが渡せたのは肉眼で視認可能な物質的なものだぞ」

「血を媒介としたんだ。だから君は持つ、なんて単語を出した。どうしてジュードがそういう決断をしたのかは、知らないけどな」


 自分の中で区切りをつけたいのか、煙草をくわえて吸い込み、白い煙を吐き出す。

 煙草独特の匂いが三人の中に漂う。それが嫌なのか、ロートは眉を顰めて煙を払うように手を顔の前で振った。


「おや、失礼。嫌煙家だったのかな?」

「あんなもの好きだなんてどうかしてるぜ。——ジュードの奴も、好きだった」


 神殿もとい、妖精殿に行くための長い階段にロートは腰を掛ける。これまでの犯行を話す気になったのだろうか。

 警戒を緩めないまま、ユイと一緒にロートに近付き、階段に座って話し合う態勢をとる。こうすれば両者腹を割った話ができると思ったからだ。

 こちらが話を聞く姿勢を取らなければ、向こうは話してくれない。

 自分達の思いが通じたのか、ロートは数十秒ほど虚空を見つめていたが、重い口を開いた。

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