搾取村 4
食事についての質問で、レナートが声をかけた女性の名はアリーで、二人を快く歓迎した。
「ルビオンが殺されたなんて……信じられないわ。彼はこの村の警備隊の隊長だから」
「でもこうして死体として発見された。辛いことは承知で聞きます。アリーさん。彼の人間関係で心当たりはありますか?」
アリーは頬に手を当て、首を傾げる。表情と態度から察するに、心当たりはなさそうだ。警備隊の隊長だから、村民の信頼を多く集めていたのだろう。
——そう考えるなら、彼の実力はこの村でトップ、もしくはトップクラスだ。そんな人物を殺すなんて、容易ではないはずだ。反撃される可能性が高い。
「……思い返したけれど、誰も浮かばないわ。この村で一番強かったし、よくいろんな人に相談されていたわ」
「そうですか。……じゃあ逆に、ルビオンさんを殺すのはあり得ない、て方を教えていただけますか?」
除外する人物を探るらしい。悪くないが、どっちにしても候補が多すぎる。何故そのことを聞くのだろうか。
ユイの質問にアリーがパッと顔を明るくさせて即答する。
「それなら、ロートはあり得ないわ! あの子、何も持っていないもの」
紅茶が入ったカップを持つユイの手が、一瞬震える。紅茶の水面が不自然に揺れる。
——あのときと同じだ。
その正体に心当たりはあるが、言葉にしないで胸の内に秘める。
「そうだ。もうすぐでミートパイが焼ける頃だから、ご一緒にどう?」
「いいですね。レナートさん。私達もご一緒しましょう」
出されたミートパイは出来立てを証明するかのように湯気を立てている。見てるだけで食欲をそそる匂いだ。
アリーがナイフを持ってパイを切り分ける。切られた断面からすぐに肉汁が出ている。これはかなり美味しそうだ。
ナイフとフォークを持とうと手が動くが、ふと思い出す。隣にいるユイがいつもやっている挨拶。
『食前の挨拶ですが、『あなた様の命を私の命にさせていただきます』って食べ物に感謝する言葉でもあります。そう考えると、言わないという選択はあまりないんですよね。食べ終わったときに言うご馳走さまも食事を用意してくれた相手に対する感謝みたいなものです。うーん……あの民族は皆当たり前に言っていたのでちゃんと調べたことがないんですよね。
でも多分こんな感じの意味であっていると思います』
携帯通信で見たあの文章を思い出す。
ナイフとフォークを持つ手を合わせる。
「いただきます」
食前の挨拶をして食器を持つ。隣にいるユイが見ているが気にしないことにして、ミートパイを食べる。
肉汁が出てきてパイ生地を濡らす。一口分に切り分けて口に入れる。噛めば噛むほどほのかに甘さが出てくる。肉の感触も独特で、何とも形容しがたい。なんだこの肉。
「馬……ですか?」
「リスです。警備隊が狩りで捕ってくるんです」
「へぇ! じゃあこの甘みはリスが木の実を食べているからか」
感心するようにミートパイを見るユイ。あの不味そうな感想を聞かずに済みそうで安心するが、何故馬なんて言ったのだろう。
聞けば感触が馬に似ていたそうだ。馬食ったことあんのか。怖。
「おうまさんたべたの?」
レナート達の向かい側に座っている小さな子供が、一口分に切られたパイを呑み込んでからユイに話しかけた。アリーは子供の躾をしっかり行っているようだ。
「食べたよ。私達の民族の文化では『馬刺し』なるものがあってね。食用に飼育された馬の生肉を薄く切って刺身みたいにして食べることあるんだ。まあ珍味の部類に入るんだけどね」
「さしみ?」
「おっとそこからか」
刺身。ユリアンがとある島国には加熱などの調理過程を行わず、素材のまま魚の味を味わう食文化があると言っていた。
——確か、アマツ国だったな。
「生肉をそのまま食べる食事ですよね。アマツ国ではそのような食文化があると聞いたことがあります」
「おねえちゃんアマツ? の人なの?」
口に入れて咀嚼していたパイを呑み込み、ユイは首を横に振る。
「そうであったら、良かったのだけれどね」
どういう意味だ。
気になって聞こうと口を開く。ユイ先生、と出た言葉は女性の悲鳴で上書きされた。
ロートがあげた悲鳴と似ているそれに、確信を持ったレナートはアリー達にその場から動かないように行ってユイを担いで音が聞こえた方向へ走る。悲鳴が聞こえた方向へ警察も一緒に走っている。
初動の速さか、身体能力の差か。レナートが速く悲鳴が聞こえた家に着いた。
腰を抜かした女性に安否を問うレナートの横を、降りたユイが通り抜ける。慌ててユイの服を掴んでレナートと位置を入れ替える。
「まだ犯人がいるかもしれません。私が先行します」
「お願いしまーす」
緩いな、オイ。
閉じられた扉の取っ手にハンカチを被せて開ける。もし犯人がとびかかっても対応できるように警戒している。
扉を開けて真っ先に感じたのは、鉄錆びた、嗅ぎ慣れた臭い。戦場で嫌というほど嗅いだ血の臭いだ。
家の構造はレナート達が借りている家と同じで、居間らしき部屋が視界に映る。
左の壁が真っ赤に染まっていること以外は、構造が同じだ。
真っ赤な壁に近付いてスン、と鼻を鳴らして吸う。やはり、この色は血だった。すぐ下にある肉塊で確信していたが。
壁にちょこちょこ残っている塊みたいなものは肉片で間違いないだろう。ものすごい勢いでこの壁にぶつけられたと推察できる。
「レナートさんが扉を開けたということは……この人、扉を開けないで悲鳴をあげたということですか?」
ユイの言葉に気付く。悲鳴の雰囲気からしてこの家の中を見たからだと思っていたが、扉はしっかり閉じていた。
なら、この女性は何に悲鳴をあげていた。
「……で」
女性は青みが掛かった緑色の髪をぐしゃりとつかむ。つかんでいる爪の先が赤くにじむ。
ユイが耳に手を当てて女性の声を聞く姿勢に入る。何やってんだ。
「なんで、この家からジュードの魔力の気配がするのよ! もう嫌ァ!!」
「あ、だから悲鳴をあげたのか」
悲痛な叫びをあげた女性に対してユイはあっさりと返した。
あっさり過ぎる。
ようやく追いついた警察に何とか経緯を説明する。
「この土地ならではの魔力感知か」
現場保存のための結界を張りながら感心したように女性を見下ろすダチュラ。壁に近付きはしたが、扉の取っ手や物には触れていないことを報告する。
「流石にそこまで馬鹿ではなかったか」
「現場保存の大切さは先生の小説で嫌というほど読みましたので」
愉快犯による現場荒らしで事件が更に難解になったあの話を読むと、本当に現場から遠ざける警察の正しさを思い知る。読んでて一番ムカついたとフランチスカが言っていただけあって、あの話は色々な意味で読者の話題になっている。
「ダチュラ警部補! この家にはピグルという男が住んでいたようです!」
「鑑識の結果次第だが、この壁の色の正体は、その男の可能性が高そうだな」
ダチュラの金色の瞳が壁の方を鋭く睨む。
「死因は……無属性魔術・重力による圧死だろうな」
「よく分かりますね」
すぐに死因を突き止めたダチュラに感心の声をあげた自分に周りを見ろ、と視線を床に投げる。
血に汚れた床には、割れた陶器や木材、戦場で見慣れたものがあった。それらは床一面に散らばるのではなく、汚れた壁にくっつくようにあった。自身が持つ言葉で上手く表現できるか怪しいが、破片と恐らく壁を塗った正体である肉塊がその壁と床が設置している箇所に沿うように存在していた。
「扉を開けるまでもなく分かる魔力。一面の壁を塗りつくすような血。その壁の下に落ちたような割れたものと肉。卓子や椅子は元の位置にあるみたいだが……。以上のことから推察するに、あの壁に落ちるように重力をかけた。落ちた人間はそのまま圧死。
落ちている肉塊がその証拠だな」
家に入ってから数分も経っていないのにすぐに見抜いた。今話を聞いた時間を抜けば一分弱。
この人の観察・洞察眼はユイと渡り合えると言っても過言ではないだろう。実際にユイはおお、と感心したように返事している。
「見ていれば分かるでしょう?」
当然のことのように返すダチュラだが、貴女だけだと突っ込みたい。気付いたとしてもこんな短時間は難しい。
女性の悲鳴を聞きつけて人が集まっていく。ジュードの魔力を感じてパニックに陥る村民を容赦なく豚に変えるセルド。本当に容赦ない。
村民の方は警察に任せて、レナートはユイと一緒に現場を確認する。ちゃんと警察の監視付きだ。文句は言わせない。
「随分と『ちぐはぐ』な現場ですね」
「ちぐはぐ?」
どこにそう思う要素があるのか分からず、オウム返しに言えば卓子と椅子を指差した。
「ダチュラさんの見解が正しければ、この部屋全体にかけられたと見ていいでしょう。壁一面を血に染めるほどの魔術をかけたのなら範囲から考えて卓子や椅子も一緒に潰れていないとおかしいんです。なのに、こうして傷一つなく存在している。
魔術効果から考えるとこれは矛盾しています」
「随分詳しいですね。あの治癒魔術には気付かなかったのに」
前回の事件について突っ込む。痛いところを突かれたのようで、んっ、と口を真一文字に閉じた。
魔力がないからか、ユイは魔術関係に弱い印象だ。もし少しでも魔術に知識があったなら、あのときヨランタを警戒していたはずだ。
「……今まで魔術関係はトリック検証とアドバイスしてくれるヴィットくんに任せていたんですが、それもよくないなって思って勉強し始めたんです」
ヴィットという名前に聞き覚えがある。確かユイの担当編集者の名前だ。一度だけレナートも会ったことがある。人畜無害そうな顔で挨拶しておきながら、害あるものと判断したら即殺す、従軍経験者特有の鋭さがあった。実際、彼は魔族から異名で呼ばれるほどの活躍をした元軍人らしい。確かにそれだけの実力者ならユイと一緒に行動できないことに納得できる。
戦争で異名を持つということは、それだけ敵を殺すことに躊躇いを持たないほど活躍していることを認識されている証拠だ。もちろん、何事にも例外はあるが。
——今は護衛の話がこちらに回ったことに感謝しましょう。
「覚えられるのですか?」
「覚えられますぅ~。魔術とかそういう技術関係はコロコロ変わるから覚える気がないだけで、その気になれば寿限無並みに覚えてやりますよ! 雨にも負けず風にも負けずぅ!!」
「何を言っているんですか?」
本当に何を言っているんだ。
自分でも突拍子もないことを言っている自覚があるのか、ユイは咳払いをして現場の確認に入った。
「この卓子と椅子から犯人は敢えて用意したと考えていいでしょう。修復魔術の可能性もあるが生活による傷が見えない。あらかじめ作ったとしか……それなら証言を集めれば犯人の特定は可能だが、ここまで仕掛けといてこんな分かりやすいことするか? 恐らく再発したシンシ攫いと同一犯。もし私の推理が正しければ……もうないはずだ」
「何がです?」
「魔力ですよ」
文脈読めよ、と黒眼鏡で隠れていてもはっきり分かるほど呆れた目がこちらに言っている。確かにその通りだ。すみません、と思わず謝罪する。
「ご主人様」
家の外から、初めて聞く声。見れば特徴といった特徴が浮かばない、平々凡々な、妙齢の女性と見紛うような顔立ちをした青年がいた。
お洒落だろうか。両方の手首辺りに黒い線が二本、ぐる、と囲うようにある。
——ボディペイント……いや、入れ墨か。軍では絶対に見ないから新鮮だ。
焦げ茶色の髪を顎より少し下の辺りで切り揃えている。襟足だけ腰まで伸ばしていて髪紐で一つに縛っている。位置によっては襟足の部分は見えず、おかっぱだと思いそうな髪型をしている。
彼はユイが呼んでいた犬なのだろうか。
「こちらがお調べしたあの黄色い花が咲いている場所です」
彼はそう言って書き込まれた地図をユイに渡した。
「ご苦労P-1。下がっていいぞ」
一礼したP-1という男はそのまま溶けるように消えた。擬態魔術だろうか。周囲の魔素と本人の魔力の混ざり具合が綺麗すぎて違和感に気付かなかった。彼がもし従軍していたらかなり貢献していただろうと窺える実力。ますますユイの過去が気になるところだ。
後ろからユイの地図を覗き込む。森林に囲まれるように存在する村。書き込まれた情報を見るに、この花は森に咲いている花らしい。村に書き込まれていないことから、一輪も咲いてなさそうだ。
森に咲いている花があの家で発見された。紐の跡の違いといい、あの家で殺されたわけでは無いのは確定だ。
ユイも同じことを思ったようで、現場を出る。
「先生、どちらに?」
「村長の家です。私の考えが正しければ、この村……相当下衆な村ですよ」
被害者の家は村の最北に位置している。中央にある村長の家に行くまでに徒歩で五分ほどかかった。豚から戻って喜んでいる人々をかき分け、家に向かう。その中にアリーやロートの姿がなかったが、他のすべきことがあったのだろうか。
村長の家に着いたとき、人の気配は感じなかった。
——嫌な予感がする。
ユイを後ろに立たせ、警戒しながら村長の家に入る。
家には誰もいなかった。




