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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
搾取村
17/26

搾取村 3

 静かだった村が、一人の死によって騒がしくなった。

 首吊りが発見された場所で、通報を受けてやってきた警察達が話している。


「こんかつ」

「被害者の名前はルビオン・ドヴァニュシュカ! 年齢四十三歳! 検死によると死因は首吊りによる頚部圧迫の縊死(いし)の可能性が高いそうです!

 首の跡から見ても垂直に力が掛かったものとみて間違いないです!」

「婚活……」

「死亡推定時刻は本日青の月九日の午前七時から九時とみられます! 最後に見たのは朝、野菜交換をした村民達のようです!」

「婚活、パーティー……」

「ダチュラ警部補がトンカツによるパーティーをご所望だ! 急ぎ(パーティー)の用意を!」


 桃色よりも濃いピンクの髪をした男が二回手を叩きながらそう言い切るのと同時に足元にあった千切れた花が子豚になった。フゴォ、だがプギィだか言語化できない鳴き声が豚っぽさに拍車をかける。お前の特異魔術か何かか。


「セルド! 大事な婚活パーティーを馬鹿にするな!」

「恐れながら警部補! これで五回目となる以上我々は笑わなきゃやってられんのです! 貴方不機嫌だと面倒くさいですし!」

「笑わなきゃやってられんのはこっちだわ! この日のために二週間前から体を整えてかつ、午後半休を取ったのに……全部がパァだ! うわーん、私の未来の旦那様が遠のいた~」


 シニヨンにしてまとめた赤紫色の髪をぐしゃぐしゃにするほど頭を抱えるダチュラ。色味が暗いことも加わってかなり落ち込んでいるように見える。それに関しては申し訳ないが許してほしいとしか言いようがない。いや自分に非は全くないのだが。

 ——と言うより、そういうことで悩めるのは、幸せな証拠なんだよな。

 レナートがひっそりと毒づいている間、ユイはロートに案内された家と同じように被害者が死んだ家の床を舐めるように這っている。


「おい、誰だここに部外者を入れた奴。許可した覚えはないが?」


 パーティー不参加決定で落ち込んでいても流石は警察。抜け目なくユイの存在を指摘した。


「推理小説家のユイ=M・ヴォンシュです! 隣にいるのは護衛役のレナート=R・ワレンチン! 十年前に起きた事件について調べるよう依頼されてきたようです!」


 セルドが自分達の代わりに答えてくれるが正直かなりうるさい。声量どうなっているんだ。調整しろ。


「ユイ……ああ、あの蛇の目を書いた作者か」

「読んでくれたんですね! ちなみにごか、」

「私あれ好きじゃないんだよな」


 ユイはずっこけた。

 今日は人気作家の効果がいまいち出ない日らしい。まあそんな日もあるだろうから気落ちしないで欲しい。


「ふ、ふん。まあ世の中は広いですからね。私の書いた小説が好みではない人もいるでしょう。私は大人なので受け止めます。受け止めます、が……なにも本人の前で言わなくてもいいだろうがぁ! へこむぞ!!」

「ユイ先生はシミエル家のご令嬢と歌姫の殺害の二件を解決しております! 恐れながら警部補、彼女の助力を請うのは悪くない一手かと思います!」

「おい無視すんなよ!」


 セルドの一言でシミエル家の事件について詳しく思い出したらしい。四度目の失敗、と呟いていることから犯罪組織の摘発に駆られたのだろう。本当に運がないな。


「……あの中には違法薬物を町民に売っている奴らもいた。町民達の幸せを確保できたことを思えば、その行動力は買うしかない……。セルドと私の監視付きなら許そう。

 言っておくが、私はロバート程甘くないからな」

「はーい」


 本当に分かったのか怪しい笑顔で返事するユイの手は先程の子豚を撫でている。


「セルドさん、この子豚を元に戻すことできますか?」

「かしこまりました! 子豚戻しまーす!」


 うるせえ。

 手袋しているとは思えない綺麗な手拍子三回で子豚が元の千切れた花に戻る。戻ったのは、どこにでも咲いていそうな黄色い花だ。


「これ、被害者の足元の床に落ちていたんです。ちょっと気になりますよね」

「帰るときにくっついただけでは?」


 ユイの疑問に答えれば半目でジト、と睨まれた。


「レナートさん。こういうのは、この花がどこに咲いているのか調べてから言うものですよ」

「……すみません」

「というわけで、犬(Pies)。この花が咲いている場所をここから三ィタ範囲で探せ。一時間以内にだ」


 ユイは誰もいないはずの上空に顔を向けて花を見せる。そこには誰もいないはずなのに、空気が揺らいだ。

 何も見えないのに、何かがいる。抜剣の構えを取って警戒するが、敵意はない。犬と言っていたし、恐らく彼女の従者がそこにいたのだろう。どこにいたんだ。


「擬態魔術か。かなり高度な魔術を使うんだね。君のペットは」

「優秀なんですよ~。で、遺体の方見させてくれますか?」


 ダチュラは整えた眉を顰める。警察としては見せたくない気持ちのようだが、自身が出した条件を思い出しているのだろう。

 指紋がつくような触り方をしないように注意して遺体の元まで案内した。側には凶器の紐がある。

 絞殺の特徴である、目と舌がでろんと飛び出ていて血が溜まっているのがよく分かる。戦場でやった手段の一つだ。レナートが突撃して生じた隙をついてフランチスカが魔術で魔族の腹から腸を抉り出して、ユリアンがとどめと言わんばかりに腸で首を絞めた連携を思い出す。レナートの特異魔術とフランチスカの魔術操作能力、ユリアンの機転の高さと腕力がなければ成立しなかった連携だ。

 視線が被害者の首に移る。やはりと言うべきか、絞められた跡が残っていた。凶器の紐と見比べる。


「……違う」


 紐を持って被害者の首に当てて比べる。隣でユイが何か言っているが無視する。

 ——やっぱり。


「一致しない」


 紐の太さが一致しない。この太さなら、絞め跡はもう少し太くてもおかしくない。

 それに、この捻じったような組み方なら皮膚もそのようによれるはずだ。なのに、首にはそのような跡は見えない。

 ——むしろこれは、組んでいない一本の紐で絞めたと考えた方が自然か。皮膚のしわのでき方が生きているものとは思えない。それなら薄くても跡が残るはずだ。


「レナートさん!」


 首が左に揺れる。驚いて左を見れば自分の肩を押したユイがいた。集中した自分に不安に思ったのか、肩を掴んでいる手の力が強い。

 ユイだけではない。ダチュラやセルド、他の警察官も自分を見ている。どうやら、自分だけの世界に入っていたみたいだ。


「すみません」

「こっち向いて反応してくれたから全然気にしていないけど、何か気になることがあったんですか?」


 こちらを見る黒眼鏡から目を逸らす。もしかしたら、ユイはこの違和感に気付いていないのかもしれない。自分程、死体を見ていないから。

 教えるべきか、否か。

 一瞬の逡巡。

 ——無意味な自問自答だな。

 ユイは知的好奇心の塊で、いつか猫を殺す可能性が高い人だ。正直に言った方がまだいいだろう。

 そう思って自分の見解を述べた。『戦争経験者怖い』と引かれた。


「でもこれは大きな手がかりです。となれば殺害現場はここではない可能性が高いですね」

「そういえば、ロートさんは何故呼ばれたのですか?」

「……もうすぐ行われるシンシ祭についての警護確認だ。ここ最近、シンシ攫いが再発していたからな。その対策だと思う」


 ——再発?

 その単語が気になったのか、自分と同じようにユイもロートの方を見て聞いてきた。


「すみません。シンシ攫いが再発と言っていましたが、それは一旦止んだという認識でよろしいのでしょうか?」

「ああ。犯人も分かっている。動機の方は不明だがな」


 肩をすくめて説明するロートに、驚きが隠せない。

 リュドミワは、依頼でそのような話をしなかった。単純に知らなかったのだろうか。


「……リュドミワは、当時の友人シンシの失踪があってからこの村に一度も来ていない。戻ってきた父親の話によれば、その事件からすぐ離婚していたから、知りようがなかったんだと思う」


 村長が警戒していた理由の一端を察した。確かに終わった事件を掘り返すような人物が来たら警戒する。

 しかし、再発している。模倣犯かどうかは分からないが、知らなければならない。


「当時の犯人は誰だったのかお聞きしても?」

「ジュードだ。どうせ聞かれると思ったから、紙に書いてまとめてある。見るか?」


 ユイが口の前に両手を合わせる。感心したり、食事の挨拶にするポーズだ。この場合は感心だろうか。


「きみ、有能って言われない?」

「生憎、この村で言われたことはないな。ほら、これが資料だ。再発した方もあるが、こんがらがるとアレだろ? 欲しくなったらまた俺に言ってくれ」

「そこも含めて最高だよ、きみ」

「どーも」


 照れ隠しなのか、ロートは雑に返事した。

 ユイは渡された紙をめくって事件の内容を読んでいる。斜め後ろから資料を読む。

 八年前まで起きていた当時の犯人はジュード。特異魔術を持っているようで、それでシンシ使いを攫っていたようだ。

 特異魔術の効果は『譲渡』。互いの同意があれば距離や時間など、様々な障害があっても渡すことができるらしい。ただし、渡せたものは『肉眼で視認できる物質的なもの』だけだったらしいが。

 ——条件があるにせよ、これは魔法の域に入る魔術だ。だから特異魔術は『唯一の魔法』と言われるけれど。

 この特異魔術ならすぐにバレそうだが、日常的に活用されていたからなかなか気づかれなかったらしい。まあ空間系魔術の亜種だと思えばかなり便利だ。常用してもおかしくはない。

 条件について詳しく聞きたいが、本人が死んでしまった今は難しい。レナートも文章を読む速度はそこそこ速い自覚があるけれど、ユイはもっと速い。追いつけない。

 本当に読んでいるのか疑わしい。


「へぇ。変死体として発見されたんですね。血が全部抜かれた状態で発見されている。第一発見者は当時のシンシであるレドくん八歳。ふーん……注射痕もないから魔術による他殺の可能性が高く、当時の警察がかなり調べていたが、決定的なものは出なかった」

「この事件に関しては覚えている。私が新米だったときに担当した事件だからな。当時の先輩には大変お世話になったから」


 横からダチュラが割り込む。赤紫色の髪からいい匂いがする。婚活に向けて手入れ頑張ったのだろうな。

 ユイが興味津々に話を聞く。


「へぇ。ちなみに当時の年齢は?」

「二十歳だが?」

「じゃあ今は二十八歳か……」

「何他人の年齢推察してるんだ? ア?」


 金色の瞳を鋭く光らせて睨むダチュラは警察関係者なだけあって迫力がある。

 セルドが落ち着くようにダチュラに話しかけるが、彼女の怒りを煽るだけに終わった。何でこの二人で組んでいるのだろう。

 レナートはジュードが死んだ事件を読み返す。

 特異魔術の『譲渡』。全身の血が抜かれた死体。これ以外に特筆するべきものはないようだ。

 再発した事件の方を読もうとロートの方を見れば、既に分かっていたかのようにもう一つの資料を差し出した。再発した事件の方の資料には初犯のジュードのときと同じ、いきなり消えていたらしい。

 しかも残った魔力の痕跡を辿るにジュードの可能性が高いようだ。まあ原因不明の失踪事件が起こったらそう思うのも無理はないか。死亡確認は村長を中心に行われているらしいしから、ジュードの死亡は確かなものだろう。

 だとしたらこの再発した事件から何故、ジュードの魔力の気配がするのか。

 ジュードの幽霊がどうこう騒がれそうだが、死んでしまったら何も残せない。

 それは既に有名教授が論文とかで発表しなくても皆が知っていることだ。だからこそ、魔力が残っているのが解せないのだろう。

 確かに、八年も前に死んだ者の魔力が残っているのは謎だ。ユイに依頼してもいい内容だ。


「このレドくん、今はどうしているんでしょうか? ねえそこのきみ、教えてくれないか」


 ユイが声を張り上げて立ち入り禁止区域の外から覗き込んでいた村人達に聞く。


「レドぉ? 確かあいつなら……」

「死んだぞ。うちにはもういない」


 すぐに返ってきた答えに落胆の気持ちを覚える。当時の様子を聞けば依頼人であるリュドミワに詳しい説明できたかもしれないのに。

 依頼人のことを考えているレナートの側で、左手の人差し指をこめかみに当てて思考するユイ。


「先生、この魔力の件についてどう思いますか?」

「ん。大体分かった」

「うそでしょ」


 この数秒で何を掴んだんだ。怖い。怖すぎる。

 この場にいた全員、予想外の返事だったようで一斉にユイに顔を向ける。ダチュラが金色の目を剥き出すように驚いてユイを見ている。その驚き顔は男が逃げるからやめた方がいいぞとと突っ込んだ方がいいだろうか。


「まだちゃんと決まったわけじゃないけど、九分九厘これだと思う。レナートさん。後で確認お願いします」

「えっあ、はい」


 何も分からないまま了承してしまった。何をお願いされるんだ。


「ちょっと待て。何を掴んだんだ。私に教えてくれ」

「それは教えられません」

「それはどういうことだ? 捜査協力はしてもらわないと困るぞ」

「これは流石に憶測すぎる推理だから、言えません。だから、ダチュラさんは自分で考えてくださいね」


 それで何か分かったのか、ダチュラは納得したように数度頷いた後、セルドに小声で何かを命令した。この人が結婚できない理由がちょっとだけ分かった気がした。


「不本意ですが、その言葉に従います。セルド」

「一時間以内に出します!」


 うるせえ。声がでかいのもそうだが、元々声がかなり通る体質のようだ。耳が潰れる。


「きみ、声がよく通るんだな!」


 ユイが感心の声をあげてセルドに話しかける。


「父が劇団で俳優やっていまして、よく発声練習に付き合っていました!」

「聞いてて凄く気持ちいい。じゃんじゃん声出していいよ」

「ありがとうございます!」

「馬鹿お前、それどんどん情報出せってことだぞ」


 ユイの意図を間違うことなくつかんだダチュラがセルドの背中の肉を摘まみながら咎める。ユイが舌打ちしたことでダチュラの解答が決定的なものになった。

 セルドが眉を下げて明らかにショックを受ける。彼の表情を見るに、うるせえとしか言われなかったんだろうな。顔の左側だけ前髪を上げているから左半分の表情が丸分かりだ。

 言った相手の気持ちは分かる。実際とってもうるせえ。耳毛を耳栓に変換しようか悩むほどだ。


「ま、頑張ってくださいね。私は私で調べます」


 ダチュラに手を振ってユイは現場から離れる。この事件で死んだルビオンについて聞き取りを行うようだ。


「おしゃべりな方に話を聞きに行きましょうかね」


 ユイがそう笑って向かった先は、レナート達に当てられた家の隣、食料を分けてもらうようにお願いした家だった。

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