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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
搾取村
16/27

搾取村 2

「不便なところにあるな。この村は」


 村が見えたところでユイが不満たらたらと言った様子でぼやく。

 トゥシュナシチェ駅から公共馬車を乗り継ぎして五時間。その時点で夜だったため宿で一泊。翌日朝早くに個人馬車で四時間。

 砂利を踏みながらの馬車旅は、ユイにとってかなり苦痛だったようだ。そう思ってしまうのも無理はない。トゥシュナシチェ駅、チュテルナシチェ駅、ピエントナシチェ駅当たりの南地域は広大な森がある。

 その森の中枢辺りにある村だから、交通整備が整っていないのだ。なぜこんなところに住もうと思ったのか当時の村民に聞きたい。


「森なんてあいつらの領域だろ……。くっそぅ。地理情報をもうちょっと調べるべきだった」

「荷物は自分で持ってくださいね」

「えぇ~」


 文句を言いながらも、荷物を抱えて持つ。護衛役が手を塞ぐのはよくないと考えているのだろう。レナートも荷物を肩に掛けて進む。

 森の中にあるだけに、肌寒いほどの涼しさ。念のため、長袖の私服を用意して良かった。本当は軍服で来たかったが、フランチスカと会った日が非番なので諦めた。着替えも何もかもあの場ですぐに用意したものだ。こういうとき、自身の特異魔術の利便性を強く感じる。

 ユイはこの肌寒さを見越してか、長袖で薄い生地の青緑色カーディガンを着ている。その下には紺色の長袖のブラウス。青いズボン——確か、雑誌では最新ファッションとしてデニムジーンズと書かれていた——と革靴を履いている。


「はぁ……シューズが恋しい。あの通気性と軽さ、何とかならないかなぁ」

「何を仰っているんです?」

「何でもないでーす!」


 フン、と鼻息を荒くしてずんずんと歩き進む。何か気に障ることをしてしまったのだろうか。

 答えてくれそうにないから、黙って彼女の隣を歩くしかない。黙ったまま歩くこと数十分。村の入り口が見えた。

 一歩、村に足を踏み入れた途端。

 ——ゾワッ

 体中の肌が粟立つ感覚。

 柄を持って剣を抜く構えをとる。周囲に目をやるが、怪しいものはない。何もない。

 なのに、何故。

 壊したい衝動がする。


「レナートさん?」

「……すみません。気のせいだったようです」


 剣から手を放し、ユイに謝罪する。


「……きみはなんでもないように言っているが、その感覚は結構重要です。覚えておいて損はありません」


 どういう感情で言っているのか分からなかったが、恐らくそれは無駄にはならないものようだ。

 礼を言って頭を軽く下げた。何も分からないのに大袈裟に反応しても無礼に当たるだけだ。レナートの意志を汲み取ったのかユイはそれ以上言うことはなかった。


「あんた達がリュドミワの頼みで来たユイとレナートか?」


 背中まである黒い髪をそのままにした青年が話しかけてきた。前髪の一部だけ赤い髪を耳にかけているその姿は、中性的な顔立ちも相まって女性的に見える。


「そうですよ。レフセブㇲ王国で知らない人はいないくらい人気の推理小説家のユイです」

「悪いが、うちにはそういった大衆小説はない」


 雷にでも打たれたかのようにユイは動かなくなった。

 傍若無人で自身の人気に自信があるユイが固まる姿に笑ってしまう。


「私は護衛役のレナートと申します。貴方は?」

「ロート。あんた達の案内を任されている。村長に会わせるから、ついて来い」


 森の中に村があるからか、かなり自然に寄り添った生活をしている。魔道具の使用が見られない。皆それぞれ仕事しているが、目線がときどきこちらを向く。

 井戸周辺で談笑している女性達に唇を上げて軽く微笑めば、皆頬を赤く染めて顔を反らす。

 恐ろしいものを見たと言わんばかりにユイが凄い形相で見ている。

 調べやすいように手助けしているのに、何だその顔は。


「着いたぞ。ここが村長の家だ。長、ロートです。入ります」


 村長の家らしきところでロートが立ち止まり、声をかける。確かにこの家は木造の家の中でも一際大きい。他に区別がつけられない。飾りもつけていないようだ。

 ——土地神がいるなら祀る場所があるはずだが……後で案内されると思うことにしよう。

 部屋の中は村の長らしく、壁一面が本棚になっている。恐らく村の歴史だろう。

 靴は脱がないようで、扉を抜けたらそのまま居間の造りになっているらしい。町から離れている村らしく、土足が主流なのだろう。町では靴を脱ぐ建物がちらほらあるのだが、土足文化は簡単に抜けない。

 その居間の中央にある卓子で初老の男が椅子に座っていた。長い白髭を撫でながらこちらを睨むように見ていた。他所ものだから警戒しているのだろうか。


「初めまして。私はユイ=M・ヴォンシュと申します。こちらはレナートさんで、私の護衛です」

「レナート=R・ワレンチンと申します。よろしくお願いします」


 挨拶すると睨んだ目はなくなっていて好々爺とした微笑みになっていた。


「村長のマサガと言います。久し振りの客人なので村の皆は警戒しているでしょうが、どうか気を悪くしないでいただきたい」

「森のど真ん中にある感じですもんね。ぶっちゃけ日当たりとか大丈夫ですか?」

「心配ありません。もう少し歩くと日当たりの良い場所があるので皆そこで作物を育てているのですよ。近くに川が流れているので、魚も取れるんです」

「ほぉ~。気になりますね! 後で行きましょうね、レナートさん!」

「それ俺の案内付きだろ。俺ヤだぜ。やることあるし」


 窘めるようにマサガが睨むが、ロートはどこ吹く風のように受け流している。


「今すぐに見たいわけではありませんし、それ以上に村の歴史と概要が知りたいですね」


 ユイがとりなすように言えば、後ろの本棚を読んでいいという許しを得た。感謝するユイの笑顔には人懐っこい笑みがあった。

 流石に今すぐ、というわけにはいかないのか、今から二時間後にお邪魔すると言って村長の家を出た。


「話を聞かないのですか?」

「今は顔合わせだけで十分です。あの警戒状態で聞いても無駄ですから」


 顔を寄せて小声で聞いたら同じ声量で返ってきた。


「なかよし度を上げてから……ということですね」

「発想が乙女ゲー過ぎる」

「おとめげー……知恵の魔女が同じこと言っていましたね。なんですそれは?」

「それきみの地雷じゃないのかい?」


 歌姫落花死事件でベルンハルトに対する態度を覚えているユイが、平然とその名を出した自分に対して仰け反りながら驚く。自分で口にする分には覚悟をしているので大丈夫だが、不意打ちで聞くと殺意が止められないのだ。

 説明すれば面倒くさい、と言わんばかりにユイの顔が歪む。女性がする顔ではない


「はやく来いよ。あんたらの寝床まで案内するから」


 先に行っていたロートがこちらを見て声をかける。これ以上待たせて不機嫌になるのは避けたい。二人は速度を上げて追いかける。

 ロートが寝床と称した場所は厨と一緒になった居間と風呂、寝室の三つに区切られていた。一般的な構造だ。一人暮らし向けの気がするが、数日しか止まらないことを考えるとちょうどいいのだろう。

 土足で上がっても大丈夫な構造が珍しいのか、ユイは興味津々といった様子で隅から隅まで観察を始めた。


「俺はこの後やることがあるから離れる。分からないことがあったら近所の奴らに聞いてくれ」

「分かりました。ありがとうございます」


 ロートは頷いてレナートから去った。

 用事が何なのか気になるが、興味津々に腹ばいになって観察しているユイの背中を人差し指で軽く突く。


「ひぎゃっ」

「いつまで床を舐めているつもりですか。近所の方に聞き込みしましょう」

「舐めてねーよッ」


 ——その前に侵入者が入らないように防御魔術でも張っておくか。得意分野じゃないが、誰かが入ったくらいは分かった方がいいだろう。


「結界は張らないでくださいね」

「……心でも読みました?」

「読まなくても護衛の心理を考えれば分かりますよ。ですがそれは得策ではありません」

「理由を聞いても?」


 あまりにもはっきり言うものだから、気になって訳を聞くことにした。


「担当さんに聞いたから分かったことなんですけど、田舎は都会と違って魔力、いや空気中にある魔力のことだから魔素かな? 魔素の流れに敏感なんです。都会じゃ多くの人が魔術使っていますが、田舎は人が少ない上に生活に必要なものしか使っていないので。ここで他者を拒む結界を張ったらすぐにバレます。私達は他者の警戒心を解いて話を聞かないといけないのに、こちらが警戒をしっぱなしじゃいつまで経っても欲しい情報は聞けません」


 ここに来たときの村人達の視線を思い出す。確かに今ここで防御魔術を敷いても彼らの心を閉ざすだけ。自分達は彼らから話を聞かなければならないのだから。

 しかし、侵入の有無は確かめたい。それはどう対応するつもりだろうか。

 聞いてみたら。


「簡単なことですよ」


 いきなり髪の毛を引っ張られた。痛い、と思うと同時にぷつ、とした感覚。まさかこの女、自分の髪の毛を引っこ抜いたんじゃないだろうな。

 思った通り、彼女の白い手には黒く短い糸があった。それを風呂場の扉の自分の身長よりはるか高い位置に挟んだ。


「こうすれば侵入の有無は分かりますよ」

「それ私の髪でやる必要あります?」

「私より短いじゃないか」


 そう言われると何も言えない。でも一言断って欲しい。


「食料は……ないな。何かと引き換えに近所の人と交換する必要があるな。レナートさん。人受けのいい話いくつか用意してくださいね」

「分かりました。それと……」


 ユイの頭に手を伸ばす。正確には、頭頂部の髪の毛だが。

 ぶつ


「痛っ」

「こちらの部屋にも挟んでおきますね」


 荷物が置いてある扉に挟む。もちろん、バレないように高い位置にしている。頭をさすりながらユイは口を尖らせるが、そもそもの原因が自分にあると分かっているのか、何も言わなかった。

「まずは一番近い人から話を聞きますか?」

「そうしましょう。レナートさん。他所行きの顔の準備はOKですか?」

「おーけ?」

「大丈夫、もしくは了解、の意味を持っています」

「なるほど。それならばOKです」

「早速使いこなしてるぅ……」


 手帳と万年筆を持ったユイはレナートの背を叩いて急かす。レナートはチラリと万年筆に視線を遣るが、すぐに目の前の扉に移して外に出る。やはり、自分達のことはかなり噂になっているようで周囲の視線が突き刺さる。見えないが、こちらからは視認できないところで見ているのだろう。

 ——質が悪いな。

 『勝手に期待して、勝手に品定めして、勝手に決めつける奴らが多いから田舎は嫌い』と娼館に通っていた客が言っていたが、今理解した。確かにこれはかなりのストレスだ。しかも質の悪いことに、本人達は無自覚なのだろう。

 まあこんな隔離された環境じゃ、よそ者の自分達は話の材料にはもってこいだ。

 ——ま、ただで話されるつもりはないが。

 すみません、と微笑みながら隣家の前にいる人物に声をかける。こういったのは好みではないが、『人気作家効果』を使えない以上、顔がいい自分が頑張るしかない。

 唸れ、娼婦と情報屋に教わった対話術。


「今ロートさんに案内された家に入ったのですが、食材がなかったんです。いきなりこんな話で申し訳ないのですが、食材を分けていただきたくて……」

「ええ〰〰〰〰! それ一大事じゃない! よかったらうちでご飯食べていきなさいよ! 何か言ってきてもロートが悪い、てことにすればいいわ! あの子持っていないから!」

「ありがとうございます」


 チョロすぎる。気になる言葉があったが、無視してお礼を言う。ユイに伝えようと後ろを見る。

 黒眼鏡で隠れてても分かるほどの熱が、ユイの目に込められていた。


「食料に関しては問題なさそうですね。でも口が臭い相手となんてしんどいな~。

 でもま、我慢するしかないですね」


 驚いたときにはいつものユイで、気のせいかと片付けそうになった。しかし、あれは戦場で味わったものと全く同じ。あの女性の言葉に、何かを感じたのか。

 ——聞いても、いいものだろうか。

 レナートと話している女性が口を開いたとき、遠くから悲鳴が聞こえた。皆一斉に顔を引き締めて、悲鳴が聞こえた方へ走る。十年前の事件を調べるためにユイがこの村に来た、このときに悲鳴。確実に何か関係がある。


「失礼」

「え、ちょっうわあ!?」


 ユイを担いで走る速度を上げる。声は恐らくロートのものだ。声が聞こえた方向へ急げば、前方に腰を抜かしたらしいロートと、家の中を見ながら動かない数人の大人達。着いた瞬間視線の先を見る。

 一緒に見ることになったユイが息を呑む。

 レナート達の視線の先にあるのは、振り子のように揺れる人間。その足は床についていない。

 天井からは紐が見える。

 どこからどう見ても、首吊り死体だった。

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