搾取村 1
夏が始まり、日差しが日に日に強くなる青の月。
「——ユイ先生が解決した事件はこれくらいだ。これからも同行できるようにお願いするつもり」
「そう。……でも、二つ目の事件は面白かったよ。レナート。貴方女嫌いじゃない。なのに女に惚れられるなんて。まぁ、見てくれはかなりいい方だもの。肌色が珍しいから気付かれにくいけど、顔の造形は私が知る中では最上位。私と同じ白い肌に桃色の瞳だったら、あちこちからもてはやされていたわ」
「冗談でもよしてくれフラン。虫唾が走りそうだ」
レナートは腕をさすって顔を青褪めるが、黒に近い褐色肌のせいであまり目立っていない。だが、相手は分かっているようで、にこにこと笑っている。
開けられた窓から涼しくない風が入って来たが、今の自分にはちょうどよい温さだった。
第四師団兵舎の最寄り駅、ジェヴィエンチから下り方面の駅を二つ過ぎた、イェデナシチェ駅から馬車で三十分。
レナートはかつての戦友へ会いに来ていた。戦友、フランチスカはそこで魔術師を育成するための塾講師として働いている。のどかとまではいかないが、穏やかな土地柄。怪我をした戦友が問題なく暮らせるだろうという軍曹や中尉の配慮を訪れる度に見える。
戦争で足をなくしたことで車椅子に座っているフランチスカは可笑しそうに笑っている。その手には今話題の推理小説『探偵ジェームズの事件簿』シリーズの最新刊。しかも作者の直筆サイン入り。
しわくちゃになるほど顔を歪めながらフランチスカは受け取った。ユイのサインがもらえた喜びと、一ファンとして特別扱いはされたくない気持ちが混ざっているらしい。複雑なファン心。
「魔術講師はどうだ。順調か?」
「んー、どうだろ。皆授業を受けると元気をなくすのよね。興味を引くために戦争時に使用した魔術や魔族から受けた魔術について語るんだけど……」
「それ絶対壮絶すぎて顔青くしてるやつだ。何言ったんだお前……」
「敵の地雷型魔術を踏んでしまって四肢が吹っ飛んだ戦友を特異魔術で繋げた話とか」
「私の特異魔術の進化のきっかけを語るな!」
よりによってそれを語ったのか。確かに特異魔術は進化するという観点から見ればいい材料なのだろう。
——でもフランの性格上バラバラになったユリアンの状態を細かく言っているのは間違いない。そりゃ皆顔を悪くするわ!
真面目なフランチスカの性格を思えば容易に想像できてしまう。ちょっと生徒が可哀想だ。
「お前ホンット……表現を抑えろよな。苦情が来るぞ」
「そうね。死体の腐敗描写は控えるわ」
そうだけど、そうじゃない。
会っていない生徒達に謝罪する。自分にはそれしかできない。
「あ、そうそう。ユイ先生と繋がっているなら、取り次いでほしいのよね。依頼できるなら依頼したい、て子がいるの。もうすぐ来るけどいいかしら?」
「先生に取り次ぐ分には構わないが、依頼を引き受けるかどうかまでの責任はとれないぞ」
「そこは貴方の話術でどうにかして」
ユリアンみたいに得意じゃないのに、随分な無茶ぶりだ。
廊下の方の扉からノックが聞こえた。恐らくレナートに取り次ぎをお願いした人だ。フランチスカが入室を許可すると、数人の生徒が入ってきた。
最初に目に入ったのは髪色だった。
紫色の髪、水色の髪、灰色の髪。
性別は見た限り、最初に入った色順に女女男。水色の髪の女性はレナートほどではないが、褐色の肌をしている。この思考をユイが見ていたら「いやあなたが黒すぎるんですよ。ほぼ黒ですよそれ」と言われていただろう。
「私より黒い……」
「もしかしてアスワタ族の方ですか?」
灰色の髪の男が聞くが、生憎それに関して答えることができない。母はレナートを生んだときに亡くなってしまったから、両親がどういう人だったのか詳しく知らないのだ。育ててくれた人から聞いて何となく母がアスワタだろうと思っているだけで確証はない。写真の一つでもあればよかったのだが。
自己紹介を済ませて、出自を言おうとしたら相手が自己紹介を始めてしまった。そこまで深い興味はなかったのかもしれないが、ならアスワタの名を出すな、と思ってしまう。
「俺はドミニクっす」
「私はルシナと言います。私とドミニクは、リュドミワの付き添いで来ました」
「リュドミワです。私一人では、ちょっとパニックになりそうだったので、塾のクラスメイトである二人に来てもらいました」
重たそうな長い紫の髪を三つ編みにした少女——リュドミワが、水色のショート髪はルシナ、灰色の髪のドミニクを手で示す。
リュドミワはずり下がった度数が高そうな分厚い眼鏡を持ち上げて押さえつけるようにかけ直す。
面倒くさそうな依頼みたいだな、と思いながらも大丈夫だと笑顔で言って紅茶を用意する。
変換元、とドミニクの呟きが聞こえた。自身の特異魔術を把握しているほどフランチスカは話しているようだ。言ってもいいと許可を出しているが、このような印象を持たれないような話し方をして欲しい。それにこれは浮遊魔術を使って茶器と茶葉を動かしているだけだ。変換していない。
人数分の紅茶を卓子に置く。
「話を、詳しく聞かせてもらいましょうか」
リュドミワは紅茶を一口飲み、口の中を潤してから話し始めた。
「父の実家が、デバッド村というところなんですが、知っていますか?」
デバッド村。悪いが聞いたことない。正直に話したら納得したように頷かれた。
「最寄り駅のトゥシュナシチェから東南へ馬車で二日ほどかかる場所にあるんです。汽車の線路、て人口が多い所に二本あるだけで、他は手付かずに近い状態でしょう?
だからちょっと離れた地域に行くのは公共馬車か、客の輸送を目的とした箒飛行によるタックスくらいしか手段はありません。だから滅多に行くことはなかったのですが、それでも小さい頃は何回か家族と一緒に行ったことがありました。
思い出補正というのでしょうか、木で囲われた村だからちょっと神秘性があったのを覚えています。昔、本当に五、六歳くらいの頃なんですが、村で一緒に遊んでいた子がいたんです。その日は普通に一緒に遊んでいたんですが……次の日、行方不明になったんです」
胸に手を当てて、呼吸を整えるリュドミワ。ルシナがリュドミワの背をさする。彼女の精神状態を心配しているのだろう。
「行方不明になる前日、何か兆候がありましたか?」
「いえ。何度思い返してもおかしなところがなかったように思います。ただ、その子はシンシだったんです」
「シンシ?」
「神の子と書いてシンシです。閉塞的な村ですから、土着信仰なところがあって、その土地神に仕える子供のことを言うんです。村にとって、シンシに選ばれることはこの上ない栄誉らしい、ということを父から聞きました。それ故に、厳しい教育をすることもあるみたいで……最初はそれが嫌で逃げたのか、と一週間かけて捜索されたみたいですが……今まで、見つかっていません。今から十年ほど前の話です」
十年前の話を、何故今するのか。聞きたいのを我慢して続きを待つ。
「今から二週間ほど前、母と当時の思い出を語る機会がありました。あの友人はどこにいるのか話したとき……母は、恐怖を顔に滲ませました。私は幼かったので気付きませんでしたが、あの村は、常に外部の者を観察しているようでした。一定の距離で、常に自分達を見続けて居心地がかなり悪かったそうです。だからシンシ失踪の件で行かなくて済んだときは、安堵したと母は言っていました。地形的に外部との連絡が取りにくい場所にあるので、見られた母は余計にきつかったと思います」
「田舎特有の排他思考ですね。お母様の心中お察しします」
フランチスカがぎょ、とした顔でこちらを見る。丁寧な言葉を使ったくらいで見ないで欲しい。
「それに、母が教えてくれたことなのですが……あの村、何年か前からシンシが毎年消えているみたいなんです。
もしかしたら巻き込まれたかもしれません。十年も前のことなので、詳しくはよく分かりませんが、可能ならば……あの失踪の理由を知りたい。
お願いします。ユイさんに、あの村の真実を明かしてくれるよう、取り次いでくれませんか」
十年前の友人の失踪事件。取り扱ってくれるかはともかく、興味を持つには十分な内容だ。
先程、文書通信で経緯を送ってから電話で聞き取れる状況にしておいた。賢い彼女はすぐに状況をつかんだはずだ。
席を外してユイと電話する。
「先生」
『興味深いお話でした。数年連続でいなくなっているのにシンシ選びをやめないなんて、よほどの事情がありそうですね。興味を持ちました。彼女に依頼を受けるように言ってください。すぐに出発しましょう。丁度新作ネタが欲しかったところです。クロースド・サークルネタでもう一本何か書こうかな?』
「蛇の目をまた書くつもりですか」
『あれよりはマイルドなものを書きますよ。子供向けだからね。それよりきみの手段がかなり怖いんだけど。何でこんなことした?』
「内緒です」
上手く説明できる気がしなかったので、上手く誤魔化した。あの依頼者から胡散臭い臭いを感じ取ったからだが、杞憂かもしれないから。
『まあいいや。明後日目的地の村に着くように行きましょう』
「つまり……?」
『今から行きましょう、ということです』
耳から携帯を話して天を仰ぐ。特に予定はないが、こうもいきなり潰されると何とも言えない気持ちが沸き上がる。
「……軍曹に報告します」
ユイに言えたのはこれだけだった。




