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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
歌姫落花死事件
13/26

歌姫落花死事件 5

 今回の事件の首謀者はリーリヤ・ツヴェート画商が行ったことらしい。

 ユイからそう言われても実感が湧かないが、この状況を見る限り、正解らしい。

 手をつかんだだけで切り落したリーリヤに対して少しの恐怖を覚えながらも、レナートは差し出された紅茶を警戒しながら受け取る。

 差し出したのはリーリヤではなく、死んだはずのヨランタだった。髪が写真で見たときより短いが、変装の一種だろう。髪の長さは印象を大きく変える。

 微笑むヨランタに鋭い目を向ける。

 部屋の様子を探られたくないのか、明かりはつけず、窓から入る月明りだけが部屋に四人の影を作る。


「どうして、私が犯人、だと思ったのですか」


 切断された手首をヨランタが治癒魔術で接合した手をさすりながらリーリヤがユイに問いかける。

 卓子に腰を掛けたユイは、上着のポケットに手を入れる。椅子がないからそこに座ったみたいだが、お行儀があまり良くない。


「それを説明するのは簡単だ。だが、その前に煙草を吸ってもいいかな?

 ヘビースモーカーと言う訳じゃないが、何だか無性に吸いたい気分なんだ」

「吸いたければどうぞ。灰皿はないですよ」

「十分ですよ。……じゃ、今回の歌姫落花死についてご説明します」


 礼を言ってユイは煙草を口に加え、マッチで火をつける。天井につるされた明かりに煙が漂う姿が照らされる。左手には携帯しているのだろう灰皿があった。


「——さて」


 ユイの推理が、始まった。


「きみを怪しいと思ったのは、ヨランタさんのこと言うとき過去形じゃなかった、てのが一番だったな。

 後、単純にきみの行動に嘘があった。きみを疑った理由は正直この二つだ。最初の過去形云々は衝撃が強すぎて抜けられなかった、て言えばその通りだ。でもね、私。人の感情を見抜くことには自信があるんだ。

 きみ、ヨランタさんの死に安心していただろう。

 駄目押しで歌の芸術関係で口を出したら分かりやすいくらい焦ったよね。恐らく商人らしく彼女を商品として扱うんじゃないかと思われた、て考えたのかな? でもそれは彼女が生きていないと成立しない思考だ。

 だからもしかして、て思ったんだ。死体にも違和感があったからね」

「違和感? お言葉ですが先生。制限ありきとはいえ、私達の用意した死体は完璧だという自負があります。それで誤魔化されるように細工もしています」

「それは、あの髪のことかい? リーリヤさん」


 リーリヤは言葉に詰まった。自分の死体の不備に、気付かれたくないような態度だった。


「髪ってさ、こう……抜くと根っこみたいな丸み、というか、独特の柔らかさがあるんだ。ほら、レナートさんが殺した死体から抜いた髪」


 ほら、で死体の髪を見せるな。経緯を何となく思い浮かべる自分とは違い、二人は困惑している。

 確かに、毛根特有の丸みと白い塊がある。毛根鞘、というんだったか。


「鑑識に伝手がいてね。お願いして現場にあった髪一本一本調べたんだ。おかげで昨日は……一昨日から、か? あぁ、駄目だ。文章が綺麗にまとまらない。

 ……とにかく一睡もしていないんだ。下手に寝ると長く寝てしまいそうだったからね。

 で、調べた結果——どの髪の毛も根っこがなかったんだ。これの意味することは、レナートさん、分かりますか?」


 急な指名に戸惑いつつも、レナートは意見を述べる。


「髪を切った、ということですか?」

「ピンポーン! 大正解! 事件前は確かに髪が長かったですし、誤魔化すために髪を切ったのでしょう。髪の毛全部確認する奴なんていないでしょうし。

 ま、私がここにいたんですけど! 運がなかったなぁきみ達!!」


 遠慮のない大きな笑い声にリーリヤが眉間にしわを作る。ヨランタは変わらない笑顔で紅茶を飲む。リーリヤより余裕のある態度だ。


「……と、きみ達の滑稽さを笑うのはここまでにしといて、どうやって死体を偽装したのか話そうか。

 ヨランタさん。きみがここにいることから、あの死体は偽物だということが分かります。

 でも、よそから調達したものではない。命の足し引きは、結構面倒だからね。

 このことから、他人の死体の線は消えました。同じように、残った魔力量やシステムから考えて、転移や箒による落下の線もなくなりました。あの魔力は少なすぎる、と皆口をそろえて言っていますからね。

 これで残った線……三つ目の案は、ホムンクルスによる人体創造。下半身を正確に作り、上半身はそうと判断できる肉塊と手、骨を用意したのでしょう。そうして人気のない真夜中に植え込みの中央に置き、爆発する魔術を仕掛けて隠す。後は人通りの多い時間帯に爆破させれば……なんと! 高いところから落ちた死体の出来上がり。こうすれば魔力の消費も少ない。

 ご丁寧に声を変えるなりして誰かが落ちた、と証言すれば皆そう思い込む。落ちた、という証言を聞いていながら誰だか分からないのは、それが原因でしょうね。

 ホムンクルスの人体創造は義肢技術で発展しています。と言っても、顔を作るのは大変だったのでしょう。そこで足の甲にあるほくろを利用し、顔を潰すことにした。

 こうした行動に出たのは、ヨランタさんがウルバノヴィチの親戚だからでしょうが、そこは犯人達のみぞ知る、てところです。

 ——以上が、今回の歌姫落花死の真相でございます。……どうかな? 間違いがあったら訂正して欲しいんだけど」


 胸を張って二人に問うユイ。夜の八時を示す時計の秒針が鳴る部屋で、拍手が生まれる。ヨランタのものだ。

 この客間にいたときから全く変わらない、同じ笑顔で手を叩いていた。


「流石、国民的人気を誇る推理小説家なだけはありますね」


 剣を抜いてユイの前に出る。突如感じた殺気に対する防御反応でも、戦場で培った経験による勘でもない。

 ヨランタをずっと警戒していたから、ヨランタより速く行動できた。

 剣を持っている右手に痺れが走る。魔術を剣で無理矢理防いだ証拠だ。微動だにしない自分と違って衝撃によろめいたヨランタは、数歩後ろに下がって距離をとる。

 カーテンを引いていない窓から月の光が注がれ、ヨランタの背後を照らす。

 無詠唱による魔術行使。呪文を唱えるより多くの魔力を消費する無詠唱を躊躇うことなく使った。それだけ、ユイを殺す想像ができていたということ。

 ユイは、まだ状況に追いついていないようだった。それでもレナートから離れるべきではないということは分かるのか、背中に隠れていた。

 ヨランタはユイを殺そうとし、レナートが防いだ。

 それは、レナートの仮説を確かなものとした。


「お前……ウルバノヴィチだな?」


 ヨランタの赤い唇が、歪んだ。

 逆光でよく分からないが、それだけは確認できたし、十分だった。


「レナートさん。彼女は確かにウルバノヴィチですよ。何故改めて聞くんです?」


 ユイは分からないのか、レナートとヨランタの顔を交互に見ながら尋ねる。


「私が聞いたのは、ウルバノヴィチ一等医生か、という意味です。もう分かるでしょう? 彼女が、違法薬物の開発者であり、薬物依存で治療中だった患者を大勢殺した人間です。

 あの治癒魔術に違和感を覚えませんでしたか?」

「いゎ、ん……?」

「治癒魔術は非常に高度な魔術です。転んでできた擦り傷程度なら誰でもできますけどね。しかし、それ以上の、刺傷や切傷などは話が別です。切れてしまった皮膚や筋線維、血管や神経を繋げることは簡単ではありませんから。

 高度な治癒魔術を使う条件の一つに、医療機関の許可を貰うための試験を受けるほど、複雑なのです」


 ユイはメモを取って言われたことを反芻する。レナートの言いたいことが分かったようで納得したように頷く。

 だからこそ、切断したリーリヤの腕を繋げた彼女の違和感に気付いたようだ。ようやく、と言ったところだが、魔術を使わない人からしたらこの鈍さは仕方ないことなのだろう。


「あのままじゃリーリヤ君が危ないから治療したんだが、それがよくなかったか」


 彼女は魔術発動の構えを解き、後頭部の髪を掻き上げるようにすく。うなじが見えるほどだった短髪が手の動きを追うように伸ばされる。紺色の粒子が髪から零れ落ち、金糸が月明りでキラキラと輝いている。

 いつの間にか閉じられた瞳がゆっくりと上がっていく。瞼の隙間から見えたのは、青空のような天色の瞳。

 ——色変えと幻惑の魔術を、解除したのか。

 金髪に、青い瞳。

 この国は金髪と青い瞳を好まない。その理由は二つ。

 一つは、かつて世界を滅ぼしかけた人間の特徴であること。

 もう一つは、戦争で多くの人間の命を救い、多くの人間を助ける術を創り出し、多くの人間を殺した人間のものだからだ。

 ウルバノヴィチ一等医生もあの時代では珍しく、金髪に青い瞳の持ち主だった、と作戦を共にした他師団の戦友から聞いたことがある。女性だとは思わなかったが。


「ヨランタ・レカルㇲトゥフォの年齢は二十二歳。対してウルバノヴィチ一等医生の年齢は計算が正しければ四十六歳……二十以上もサバ読んでんじゃねえよクソババア!!」

「怒鳴るとこそこ!?」


 五十路近い女がそこまで年誤魔化すのは花街で女の盛りを見てきた自分にとって許せないものがある。どんな技術を使った教えろ。

 ヨランタ——ウルバノヴィチの肌は二十代のものだと言われても通用するものだ。いったい何をしたのか、聞きたいところである。


「レナート君。君は私について聞きたいことがあるみたいだ。奇遇だね。私も君に聞きたいことがあるんだ。

 上位種の魔族の肉は、どんな味だったんだい?」


 ——こうも真正面に聞いてくるとは思わなかった。

 自分が戦時中、『黒い悪魔』と呼ばれた理由は、飢えをしのぐために敵である魔族を食べたからだ。

 作戦失敗として見捨てられた拠点に取り残され、魔族達に殺されるか、このまま餓死するかまで追い込まれたとき、特異魔術を最大限活用してその地点の魔族を食べた。それだけでなく、他の前線でも魔族を食い殺した。飢えていないのに、だ。

 黒い悪魔は魔族人間両方にとって恐怖の象徴となり、終戦のきっかけを作っただけでなく、第四師団第五小隊九番隊の悪評の原因になった。和平の一因と言っても過言ではないほどの活躍をしたが、そこに至るまでの行いは非人道的だと自覚している。

 ウルバノヴィチが何を狙っているのかは上手く読めないが、返す答えは決まっている。


「忘れられない味でしたよ」


 ウルバノヴィチは獲物を狙う捕食者の如く、青い眼を細めてレナートを見つめる。レナートが言ったことがどういう意味を持つのか、観察しながら吟味しているような目つきだった。

 だが、それ以上言うつもりはなかった。


「もうちょっと詳しい話を聞きたかったが……難しそうだね。侮辱に値しそうだ」

「待って、ウルバノヴィチさん」


 窓を開けて出て行こうとするウルバノヴィチをユイが呼び止める。ウルバノヴィチは背を向けたまま顔だけをこちらに向ける。

 彼女は何も言わない。続きを促しているのが分かったのか、ユイは言葉を続ける。


「大量殺人を犯したあのときの、動機を知りたいです。いったい、何があなたを殺人に行きつかせたのか。よろしければ、教えていただきたいです」


 当時のことを思い出しているのか、ウルバノヴィチは視線をそらす。ウルバノヴィチの横顔が見えるが、彼女が何を思っているのかは分からない。


「なんでだろうな……当時の私はそれが正解だと思っていたんだ。あの薬を開発したとき、副作用とかそう言ったものに目がいかなかった。ただただ闘う兵士たちの負担が減ればいいと、そればかり躍起になっていた。そのツケが、まわってきたのかなぁ。

 ——もうどうしようもない、手遅れだとしても、私は彼らを救いたかった」


 隙間から漏れてしまってすくいきれなかった両手を見つめるウルバノヴィチ。その目からは、色々な感情が読み取れた。

 歓喜、後悔、絶望、慈愛。

 今のレナートが読み取れたのはその四つだけだが、他の感情もウルバノヴィチの中に混ざっているのは明らかだった。


「私は、皆を救いたかった」


 強く手を握り締める。


「本当に、救いたかったんだ」


 握り締めた拳を目に押し付けるようにして顔を覆い、ウルバノヴィチは蹲る。リーリヤは近付いて背中をさする。ウルバノヴィチはさすられるがまま、体をリーリヤに預けるように寄りかかった。


「——ウルバノヴィチさん。私達がこうして会いに来たのは、推理の確認をしたかっただけで、あなた達を警察に差し出すためじゃない。警察にはウルバノヴィチの怨恨関係で、先程述べた推理とは違う……四つ目の案を言って納得させました」


 リーリヤが顔を上げる。

 何故、という疑問に満ちたリーリヤに気付いているだろうに、ユイは無視して呑気に二本目を吸い始める。


「箒飛行の抜け道は色々あるんでしょう?」


 煙を吐き出しながら笑うユイにリーリヤは頭を下げる。


「ありがとう、ございます」

「お礼はいいよ。さっきの質問の答えももらったし。私の気が変わらないうちにさっさと行ってください」


 リーリヤとウルバノヴィチは一礼して窓から外に出る。すぐに見えなくなった二人を見ながらユイは微笑んでいた。


「何を笑っているのですか」


 疑問に思って聞いてみれば、予想外の言葉か返ってきた。


「いや、きっとリーリヤは彼女だからあそこまで動いたし、ウルバノヴィチも彼だから自身の過去を言ったのでしょう、と思って……。互いを思って行動するそれって、もう……『愛』じゃないですか」


 何を言っているんだ、と思ったが否定することはできなかった。経緯は分からないが、ウルバノヴィチの秘密を知ってて彼女の背中をさすっていたのなら、確かに体を預けたくなる。

 どちらが先に愛を示したのかは分からない。

 リーリヤは『獣人』で、彼女は『ウルバノヴィチ』だ。

 この国では生きにくい彼らにとって、互いに必要なものを補ってくれるのだろう。

 ——でも、それって……。

 ある単語が頭に浮かんだが、レナートは呑み込んだ。それを『愛』と言った、ユイの意志を汲んで。

 月の明かりと一緒に、夜風が二人だけの部屋に入ってきた。

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