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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
歌姫落花死事件
11/26

歌姫落花死事件 3

「突然すみません。先生、警戒を解いて大丈夫ですよ」

「どうしたのか聞きたいところですけれど、怖いから聞かないでおきます。私も、自分の命は惜しいので」


 レナートの手を借りずに、自分の力で立ち上がったユイは服の裾についた汚れを叩いて落とす。いらぬ警戒をさせてしまったが、理由はできれば話したくない。

 小説のためなら平気で地雷を踏み抜きそうなユイだが、聞かないだけの理性はあったらしい。


「ダヴィドさん。空気中や植え込みについている魔力の量では、転移は到底不可能ということでよろしいでしょうか」

「そうですね。例えるなら……一流魔術師でも転移の魔術を使うにはワインボトルが約一本ほど必要です。平均的に考えて」

「標準サイズで考えるなら一本が七五〇ml……ミリッタ。確かにかなり多いですね。それだけ転移魔術は面倒ということですか」


 ポケットから手帳を出して計算を始めるユイ。ペンを持った右手が何もないところを摘まんでいるが、何をしているのだろうか。そこに何があるんだ。


「ちなみに現場に残った魔力の残滓から推測するに、当時使用された魔力量は小匙一杯分です」

「すっくねぇなオイ!」


 口が悪い。

 しかしユイの突っ込みも分かる。ワインボトルに対して小匙一杯分は風で流されたにしては少なすぎる。


「少ない魔力で大きな効果を上げられる魔術を発動することができればできるほど、魔術師としての技量が高いのですが、いくらなんでも少なすぎるんですよね」


 ダヴィドも言葉を荒げなかったが、ユイの言葉に同意するように自分の意見を述べた。

 ——そこまで少ないなら転移以外で死んだと考えた方が……いや、それではこの落下の説明がつかない。


「転移以外なら、箒に乗せてそこから落としたという可能性は考えられませんか?」

「先生。残念ながら、それは不可能です」


 こちらを見上げるユイの表情は不満げだ。飛行による移動を行っていないから、知らないのかもしれない。


「飛行には高度制限があります。少しくらいなら本人の高度調整ミスで何とかなりますが、あまりにも高すぎると飛行物である箒の方から警告が出ます。三十超えたら上昇しないよう封印処置が施されます。五十なら……地面に着地する羽目になりますし、箒は使えないでしょう。

 三十メタの時点で安全飛行協会に自動的に連絡が入ります。記録に残るんですよ」

「つまり、事件当時にそういった記録は協会の方になかったということですね。

 あれ? でも、レナートさん。あの箒には」

「私は売品の箒を使いました」


 こちらを見るユイの目は懐疑的だ。正直、抜け道はいくらでもあるのだが、警察の前で言いたくない。

 あまり聞かれたくない心情を察したのか、ユイは深く聞いてこなかった。助かった。


「それに、時間は午前八時十八分。通勤時間で人通りが多かった。一人くらいは目撃してもおかしくありませんが、目撃証言は一つもありませんでした」


 ツヴァイが手帳を開いて聞いた証言を報告する。おい言っちゃっていいのかそれ。捜査内容書かれているだろ。

 案の定ベルンハルトに叱られていた。その横でユイがツヴァイの手から手帳を盗み取り、中身を読む。おい人のものだぞ。何勝手に読んでいるんだ。


「ふーん」


 何か面白いものでもあるのだろうか。ユイの表情が今回の事件で初めて見せる、真剣な表情だった。

 ツヴァイの伏し目がちな黒い目がユイの方へ向く。レナートより身長が低いため、どのような表情をしているのかよく見えない。


「あの……そろそろ返して欲しいのですが」

「あぁ、すみません。どうぞ」


 手帳を渡すユイの態度に感謝がない。あまりにも雑過ぎる態度にレナートだけでなくベルンハルトやロバートも眉を顰める。ダヴィドはこちらを見ていない。

 ツヴァイは手帳を取られないように大事そうに抱えると、二歩後ろへ下がった。そんなに取られるのが嫌なら、最初からしっかり持っておけばいいのに。


「レナートさん。関係者に話を聞きに行きましょう」

「うぇ、あっ、ちょ」


 腕をユイに掴まれて引っ張られる。この前の事件のときも思ったことだが、力が強い。ユイに引きずられるまま、レナート達は現場から離れた。


「ユイ先生、関係者って誰から聞くつもりですか?」

「まずはヨランタさんの雇い主であるベラさんからです。彼女はベラさんが経営している酒場で歌を歌って生活していたみたいです。かなり上手かったらしく、地元の人からは『歌姫』なんて言われていたみたいですよ」

「歌姫、ですか。確かにあの顔なら納得できます。故郷にも歌に自信を持つ娼婦が何人かいますが、どうなんでしょうね?」

「聞き比べて見ないとそこは分かりませんねえ」


 今度よらせてくださいよ、なんて言いながらユイは笑う。自分が花街生まれ花街育ちなのは初対面の時に行った取材でユイは知っている。そこにあるは純粋な興味で、下衆みたいな感情は感じ取れない。

 ——花街出身だというと、皆そう言う色事関係を勘繰り始めるから、それがないのは珍しい。

 珍しいし、単純にレナートの故郷に興味があるだけだと分かる。

 レナートは自分が花街出身であることを恥だと思っていないし、寧ろあそこから得られたものがあると思っている。

 だから自身の故郷を変な目で見ず、他の町と変わらない態度でいてくれるユイには好感を抱いている。ユイ自身の倫理観は死んでいるが。

 ——良くも悪くも、自分の知識欲に忠実なんだろうな。

 根元が白いオリーブ色の髪を上から見る。


「——着きました。酒場、ウィンズリー。ここにベラさんがいるはずです。中に入りましょう」


 酒場の扉を開ける。閉店の札が下げられていることに気付いていないのだろうか。いや、ユイならば気づいていたとしても遠慮なく開ける。


「こんにちはー! ヨランタさんについてお話を聞きに来ました!!」


 元気よく聞く内容ではないと思うのだが、面倒なので突っ込まなかった。

 店の中は十ほどの卓子とカウンターキッチンと一般的な酒場だ。キッチンの方に女性が料理をしていた。店に出す料理の仕込みでもしているのだろうか。

 女性は料理の方へ向いていた顔を上げてこちらを見る。オレンジ色の瞳に自分達の姿が映る。


「開店は午後五時からなのですが……貴方達は一体?」

「おいおいおいおい。さっき言ったこと聞いていないのか? 昨日亡くなったヨランタさんについて聞きたいことがある、て言ったじゃないか。

 ほら、そこの椅子に座って」


 近くにあった椅子を引いて座るユイ。膝を組んで堂々とした姿に女性は困ったように声をあげる。店から出て行って欲しいのだろう。声や態度からして容易に察することができた。


「あの子のことについては、すでに警察に話してあります。お引き取りを——」

「どうして、私に逆らえると思ったんだい?」


 ユイが女性の言葉を遮る。その声には先程までにはない、強さがあった。


「きみに拒否権はないよ。だから、そこに座って、私の質問に答えるんだ」


 ユイが指差した椅子に、女性はゆっくりと時間をかけながら座る。この状況に納得いっていないだろう態度なのは、見ていて分かった。

 この状態で、こんな無理矢理に聞いて、何か得られると思っているのだろうか。

 ユイに時間を改めるように進言した方がいいか悩むが、ユイはもう文章作成機を取り出して質問に入ってしまっていた。

 進言を諦めて女性を観察する。

 その人物の第一印象は『思っていたよりも若い』だった。

 この女性が町一番の酒場、ウィンズリーを経営している女店主、ベラ。ヨランタが不可解な死を遂げた翌朝だというのに、団子にまとめ上げられた緑色の髪にはほつれなどの崩れたところが一切見当たらない。


「ヨランタについて、ですか……?」

「ええ。こちらで歌手としてお勤めになったと聞いたので、ヨランタさんの勤務態度や人間関係について、何か分かることがあれば教えていただきたく思いまして」


 ヨランタは魔術を行使して人数分のお茶を用意した。話を聞く気はあるらしい。

 差し出されたお茶に手を伸ばし、先に口をつける。

 ——舌に刺激なし。毒は入っていなさそうだな。

 ユイに差し出されたカップを持って特異魔術である『変換』で飲み物に不純物が入っていないか確かめる。

 レナートの特異魔術は変換を行う前、対象を干渉して把握する必要がある。ただ好き勝手に変換するのではなく、対象を把握し、解析してから変換が行われるのだ。

 だから、対象の解析だけして変換の魔術を中断することも可能である。

 ——わりと繊細な分、消費も多いのでやりたい手段ではないのですが……先生の命の危険に比べれば安いものです。

 レナートの特異魔術は他の魔術・特異魔術と比べて格段に燃費がいいのだ。特異魔術をむやみやたらに使うより、汎用型魔術を乱発した方が魔力切れを起こす可能性が高いのだ。平均的な魔力量を持つ者ならもう少し保つ、と当時の教官が驚いていたのを覚えている。

 特異魔術で魔力切れを起こすことはあっても、汎用型で魔力切れを起こすことはないのだということを、レナートはそのとき初めて知った。

 そんなレナートにとって、自身の特異魔術は格段に有利に立てるものなのだ。

 ——調べたところ、ただの紅茶で毒性はない。そのまま飲んでも問題ないですね。

 飲み物を置いて会話を促す。レナートの行動の意図が分かったのか、ユイは躊躇うことなく紅茶を口に入れた。


「では、これから質問を始めます。答えたくないこともあるでしょうが、可能な限りお答えいただけると嬉しいです」

「分かりました」


 ユイとベラを区切るように外から太陽の光が強く差し込む。

 聞き取りが始まった。


「では、ヨランタさんのこと……人物像とか、詳しく教えてくれませんか?」

「ヨランタは……雰囲気を盛り上げるのが上手で、陽気な性格でした。空気を読むのが上手い、というのでしょうね。絡んでも大丈夫な客を見抜いてはよく盛り上げていました」

「絡んでも大丈夫、といいますと……静かに飲みたいお客様がいらっしゃるということですか?」


 ユイの質問にベラは頷く。


「はい。初めていらっしゃった方とか、一人を好むお客様とか、問題を起こしそうなお客様とか……ヨランタはそういった方達を見抜くのが上手でしたね。私もこの店で色々な人を見てきたのですが、あのような洞察に優れた人間はなかなかいないと思います」

「そうですか……。場の空気を読むことに長けた、彼女のような人がお亡くなりになったのはかなり痛手なのでは?

 町一番とはいえ、なかなか人が来ないでしょう? この町は」


 この酒場の今後のことを言っているのだろうが、聞き取りをしている部外者からすればかなり突っ込んだ質問だ。

 ベラだってそこまで深く聞かれると思っていなかっただろう。


「そうですね。ですが、主人がいなくなった後もここを回したので、今回も同じように乗り切るだけですよ」

「そうですよね。すみません、突っ込んだことを聞いてしまって。

 警察には捜査の守秘義務があるので、詳しいことは聞けていないのですけれど、彼女の死に方があのようなものだったことに関することに、何か心当たりはありますか?

 何か、恨みを買ってしまったとか……」

「ヨランタは恨みを買うような子じゃないです!」


 卓子を叩いて立ち上がる。ユイが聞いた内容が余程嫌なものだったらしく、否定の感情が強く感じ取れた。


「自分よりも他人を優先するような子でしたから、彼女が、あんな、あんな……!」


 感情が理性を上回ったらしい。堪えていたものが溢れてしまったようにオレンジ色の瞳からぽろ、と涙が零れ落ちた。卓子に落ちたものを見るに、かなり大粒のものだったようだ。

 せきを切ったように、ベラの目からぼろぼろ涙が零れ落ちた。

 やはり、気力だけで持ち堪えているようなものだったのだろう。ベラは顔を覆って泣き始めた。

 これでは聞き取りどころではない。これ以上の聞き取りは不可能だ。ユイに目配せし、退出を促す。

 ユイは眉間に皺を作ったまま、ヨランタに一礼して部屋を出た。

 目の前を歩くユイからは苛立たしい感情が駄々洩れ。もっと色々聞きたいことがあったのに、と思っているのが丸分かりだ。

 ——さて、この人の機嫌をどうしたものか。

 今後の行動を思案するレナートの視界の右上の端が、きらめいた。

 爪の一部を金属製の太い針に変換。針を光っていた場所へ投げる。


「ほぁ!?」


 ユイの奇声を横で聞きながら次の針を作る。あの光は狙撃の照準器の反射の光。高所からこちらを窺っていたのだろう。狙撃に置いて最も気を付けなければならないことを疎かにするとは。

 ——三流寄りの二流だな。ただの雇われ。雇い主の情報はないに等しいだろうが……一応、捕らえておくか。手応えはあるけど殺した感じはないし。


「ユイ先生」

「捕まえに行くんだね? 私も行く!」


 狙われているというのに元気だな。

 狙撃があったであろう空き地に踏み入る。「これが不法侵入……ふふ。ちょっと犯罪っぽいですね」なんて興奮した声でユイが言っているが無視した。高揚するな。頬を染めるな。

 二階へ行く階段を上って部屋に入る。変換の前段階で行われる干渉で建物内部の構造は分かっている。作業の中断行為に等しいこれは疲れるが、ユイを連れていく以上必要なことだ。

 干渉で察した通り、一人の女性が肩に刺された針を抜こうとしていた。


「よした方がいい」


 女性の行動を冷静に止めたのは、ユイだった。先程の高揚した表情は消えていて、ただ静かに女性を見下ろしていた。


「貫通した傷は抜けば出血がひどくなるだけだ。戦争を知らない私でも分かるのに、何でそうしようとするんだ」


 女性は何も言わない。

 脂汗で張り付いた髪をそのままに、女性はこちらを見上げる。淡い桃色の瞳が、こちらを覗く。

 その目に宿していたのは、あのときと全く同じ。


 女のそれだ。


 レナートは女の頭と肩を掴む。女が何か反応する前にそれぞれ反対の方向へ力を働かせ、女の首を捻じる。

 破れた皮膚から赤黒い血液が噴き出す。レナートの目の前で噴き出た血を真正面で受け止める。髪、顔、首、服全てが女の血で染まっていく。目の中にも血が入り、視界が赤くなる。

 しかしレナートは一切動じず、女の口の中に指を無造作に入れる。無遠慮に中身を探る指の動きは、もう女を物体として認識していたと思われてもおかしくないものだった。

 指が硬い何かに触れる。

 ——やっぱり。

 摘まんで引っこ抜けば、毒針と飛び出るような仕掛けが口の中から出てきた。こんな小さく複雑なものを、よく口の中に収められたな。


「これで隙をついて殺すつもりだったんですね」

「いやきみ雑に口の中探っていたけど大丈夫なの? 刺さらなかった?」

「刺さりました」

「エッ!?」


 声がでかい。


「変換で無毒化しました」

「変換って便利ィ~!」


 何で裏声で言った。小躍りするな。

 ひとしきり踊って満足したユイは中途半端につながった女の死体の観察を始める。

 中途半端な筋線維、神経、血管の繋がり、なんてブツブツ言いながらメモを取っている。小説での参考にしようとしているのはすぐに分かった。こんな殺し方をした自分が言うのもなんだが、この死体を前にして真っ先に思うことが小説描写の参考。心臓に毛でも生えているのか。

 書きたいことを書けて満足したのか、ユイは死体の髪をわしづかみにして引っこ抜く。

 ——たくさんの髪の毛が一気に抜けると、あんなに大きい音がするんだ。

 レナートの雑学が一つ増えた。


「よし。必要なものは揃いましたし、戻りましょうか。レナートさん! その血、落としてくださいね」

「問題ありません」


 死体を離して立ち上がったレナートの姿は、返り血を全く浴びていない。早朝にユイと会ったときと同じ、清潔感のある軍服に戻っていた。


「変換で直しました」

「変換って便利ィ~!」


 声がでかい。

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