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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
歌姫落花死事件
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歌姫落花死事件 2


「レナートさん、大丈夫。四人は知り合いです」


 ユイが軍服の裾を引っ張ってレナートに声をかける。警戒しなくていいということなのだろうが、それを理由に油断してやられたくはない。

 隙を作らない程度に緩めて四人を見つめる。

 壮年の男は後退りたいのを我慢しているようだった。

 ユイは嬉しそうにニマニマと笑いながら男に近付く。レナートの腕を掴みながら近づいたのは、知り合いだとしても無防備すぎるとレナートがいい顔をしないことが思ったからだろう。

 考えて当然だ。だが、レナートは今ユイに掴まれた腕は自由に動けない状態だ。こんな近い状態で攻撃されたとき、片腕を封じられたまま対応できると思っているのだろうか。

 ——思っているのだろうな。だって私は『黒い悪魔』だ。

 それだけ信頼されているということなのだろうが、自身の異名を考えると素直に喜べない。九番隊の評判を悪くさせたから。

 ——思考を切り替えよう。今は目の前の四人についてだ。


「ロバート警部~! お久し振りですぅ! シミエル家の事件以来ですね!」


 ユイが顔をしかめたロバートという警部に笑顔で近付く。すり寄るかのような動きが気持ち悪い。軟体動物か。


「……一般人の捜査協力は許可していないのだが」

「こっちで勝手に調べるだけですのでぇ。お気になさらず。

 ……というか、ジエジッチ家のときは私とダンタリオンのお陰で犯罪組織一斉摘発できたの、お忘れなのですか?」


 そのことを突かれると弱いのか、ロバートは眉間にしわを何重にも作りながら舌打ちをする。ユイの言う通り、これは大きな借りらしい。


「紹介しますね。私の護衛を務めているレナートさんです。めちゃくちゃ優秀なんですよ」

「レナート=R・ワレンチンと申します」


 会釈をするとロバートの隣にいた男の顔が明らかに強張る。

 見ないふりをして、ユイの背後に控える。自分はあくまでユイの護衛だ。必要なとき以外出張るつもりはない。


「レナートさんは初対面ですよね。この人はロバートさん。私のファンではないです。彼の隣にいるのはベルンハルトさん。私のファンです。その横にいる方はツヴァイさん。私のファンではないです。この三人は本来ここには来ないはずなんですが、応援ですか?」

「似たようなものです」


 他己紹介の基準はそこしかないのか。

 ベルンハルトはそこまで気に留めない。緑色の髪と焦げ茶色の瞳が特徴だということをつかめれば十分だ。ツヴァイは男と間違えていた女性だ。本人は知らないとしても、少し後ろめたかった。


「で、この人は……」

「この前の寒波ぶりですね」


 ユイが四人目を掌で示すが、ここで言葉を濁した。どう紹介すればいいのか、悩んでいたみたいだった。彼の言葉を聞くと、以前に知り合ったみたいだが。

 疑問に思いながら彼を見る。

 レナートは、彼から目を逸らすことができなかった。逸らせなかった。

 首筋まである銀色の髪には癖一つなくて、整えたのかと疑いたくなったが、恐らく髪質が曲がったものではないのだろう。同期が羨ましがりそうな髪だ。

 だが、それ以上に目を引くものがあった。

 ——あの目。

 彼の目は灰色。どこにでもある、至って平均的な色だ。だが、その平均的な色でも目を引くだけの理由が彼の目にはあった。

 太陽の光を浴びて銀髪は雪のように輝いていた。それと同じく目の色も、日の光で青く輝いていた。

 よく見れば灰色の瞳をしていることが分かる。だが光の反射で青く見えてしまっては。

 ——聞かなくても分かり切ったことだが、彼の人生は相当悲惨だったはずだ。

 金髪と青い瞳。この二つはこの世界では忌み嫌われている。

 六百年ほど前、世界はたった一人の人間によって滅ぼされかけた。その人間は金髪に青い目をしていた。故に、金色の髪と青い瞳はその人物を連想してしまうから、好い印象は持たれていない。もしいたら、病院や魔術、魔法薬を使って色を変えている。

 ——もちろん、それだけが理由ではないが……。

 それくらい、その色は好かれていないのだ。

 灰色が主体だからそれほど目立っていないが、この距離で分かるのだ。瞳の中の青を見た者のなかには、彼に心無い言葉を何度も浴びせたに違いない。

 その目から離れたくて、レナートは視線を落とす。胸元のバッジが反射してレナートの網膜を刺すような刺激を与える。

 目の形をしたバッジ。バッジの色は黄色。

 黄色の目のバッジ。これが意味するのはただ一つ。


「軍人さんとは初めましてですね。私はレフセブㇲ行政機関魔道省に所属している解析魔術師、ダウィド=A・シミエルです。

 ユイ先生。先日の件は、色々と、ありがとうございました」


 言われてようやく、既視感の正体に気付く。

 その名前には覚えがある。『シミエル家ご令嬢毒殺未遂事件』の被害者の兄の名前だ。謝罪しに訪れたときいなかったから気付かなかった。よく見れば、顔立ちがバルバラと似ている。母親似のようだ。


「エリート中のエリート、しかも紫・黄・赤の三色階級の中で上から二番目に位置する黄色の目!

 凄い人を呼びましたね、ロバートさん! 国王陛下直々に授与される称号なんでしょう?」

「呼んだのは上司であって俺じゃない。俺も赤が来ると思っていたさ。三色階級の中じゃ一番下だからな」


 それでも十分凄いことだと思う。色だけで判断すると一番低いと思われるが、赤を取得するだけでも血が滲む程度では足りないほどの努力と苦労、そして本人の才能が必要なのだ。それだけ魔力と魔素を細かく把握することは難しいのだ。

 ユイはロバートと二言三言言葉を交わすと結界の中に入る。


「レナートさん。許可を貰ったので、中に入りましょう。今、結界の条件を緩めるそうです」

「よく許可を貰いましたね。普通厳禁ものでしょう」


 思ったよりも早く許可を貰えたことを考えると、レナートが思う以上にジエジッチ家の借りは大きいものなのかもしれない。

 ユイと一緒にレナートも植え込みの中に入る。

 ユイは植え込みの隙間を難なく通り抜けていく。まるで糸を通した針が布を縫っていくような滑らかさだ。レナートもユイに続いて植え込みの隙間に体を入れる。枝が服に引っかかりそうで体を縮めてしまう。ユイと比べると体格が大きく違うから仕方ないかもしれないが、イラッと来てしまった。

 地面に激突した際に地面を抉ってしまったのか、血溜まりができていただろう凹みと、血による汚れがあった。これはしばらくの間このままなのだろうか。流石に町の景観上よろしくないから直すのだろうが、現場検証のためにしばらくはこのままだと思うと、町の人達に同情してしまう。

 近くで見ていて、植木がやけに綺麗なことに気付いた。現場保存のことを考えるならとっとくと思っただけに。

 この現場には血の跡はあるのに、髪の毛がない。流石に景観がよろしくないから、取ったのだろうか。


「こうして見ると、今回の事件の異常性が際立ってますね。駅前広場の中央にある植え込み。

 地上五十メタからの落花死。しかしそういうには不自然すぎる」


 ユイは顔を上げて周囲を見回す。レナートや他の者もつられて周囲に首を巡らす。


「それに該当する建物は、どこにもない」


 誰も肯定の言葉を上げなかったが、皆心の中で同意していた。

 この事件を自殺ではなく、事故でもなく、事件で考えている理由は単純。

 周囲には六メタほどの高さの建物しかないからだ。五十メタなんて高さは、ここを中心に半径五ィタ探してもない。

 これが、今回の事件を最も不可解なことにさせていた。

 鑑識の一人である魔力解析官ではなく、解析魔術師を呼んだのもこれが理由だろう。早速彼は周囲の魔素を解析し始めている。確かにこれは高度な技術だ。魔力解析官では難しい。

 レナートは枝に引っかかっている小さな肉片から目を逸らしてユイの見解を聞く。

 答えはすぐに返ってきた。


「普通に考えるなら、転移による落下を考えます。それなら五十メタからの高さから落とすことが可能です」

「それは昨日の内から警察の方で否定されている」


 ロバートの言いたいことがつかめているのか、分かっているとユイは首肯する。


「転移は魔術に疎い私でも、使用するのが簡単ではないということくらいは分かります。一歩間違えれば転移先の間違いで死亡案件が生まれかねない。誤って地下深くに転移してしまい、百人ほどの窒息による死者を生み出したあの魔族達の失敗を知っていますからね」


 三百年ほど前の戦争記録だ。魔族の奇襲作戦が失敗し、人間側の勝利に近付いたとされる事故。

 あの事故から、魔術式の精密さに魔族人間の両方が力を入れるようになったのだ。獣人はそういうのがなくても身体能力の高さで補えてしまうが。そういうところは人間どころか、魔族も勝てない。獣人が誇るべきものだ。

 ——だとしても、私の敵ではない。


「安心してください。先生のことは、何があっても絶対に守りますから」

「え、うん。嬉しいけど、どうしたんですかいきなり」


 しまった。そこに至るまでの過程をすっ飛ばしてしまった。


「ただの決意表明です。お気になさらず」


 咄嗟に誤魔化した。ユイの反応がちょっと怖くて、視線を明後日の方向へ向けた。


「——頼りにしていますよ。レナートさん」


 だから、彼女がどんな表情でそう言ったのか、レナートは知らない。

 レナートはユイの表情を見ないまま、頷いた。


「シミエルさん(パン・シミエル)。何か分かったことはありますか?」


 ベルンハルトがダヴィドに声をかける。

 専用の道具を使って周囲の魔素と魔力状況を調べていたダヴィドはベルンハルトの方へ顔を向けて首を振る。


「転移はとても複雑な魔術です。故に使用される魔力は多い。一日経っていますが、当時の魔力残滓はありません。魔力を節約して転移魔術を使ったとしても、この量は少なすぎます。

 結界には当時の魔力と魔素の状態を保存できる効果はありますか?」


 ダヴィドの問いにロバートが首を振って答える。


「物に付着している状態でしたら可能ですが、空気中はできません。

 そこまでできるほどまだ我々の魔術は発展してません」

「『知恵の魔女』が生きていれば、いずれできたかもしれませんけれど」


 ロバートに続くように話すベルンハルトが出した(あざな)

 レナートの手が、腰に差してある剣に伸びる。鞘と柄を握る姿を見て迎撃態勢に入ったと受け取ったユイが姿勢を低くして頭を守る。

 ユイだけではない。ロバート、ベルンハルト、ツヴァイ、ダヴィドも、魔術を発動する準備に入る。

 まだ見えない敵の気配ではなく、レナートが出した殺気に反応したような対応。当然だ。敵はいない。

 レナートが勝手に攻撃態勢に入って殺気を出しただけだ。

 ベルンハルトと呼んだ声は、自分が思っていた以上に低く、掠れていた。口腔内が渇いていたからではない。溢れ出しそうな殺意を抑えたからこその声。


「……何でしょう?」


 それに気付いたのだろう。ベルンハルトの返事は震えていた。


「私。私、わた——ぉれ……わたし、の、まえで、その、作物を育てるのに必要な肥料にもならねえほど腐りきった糞の名前を出すな。殺すぞ」


 下の方からユイが驚いたような気配がしたが、無視してベルンハルトを睨む。

 レナートのただならぬ様子に自分の地雷に踏んだということに気付いたのだろう。ロバートがベルンハルトの頭を下に押して無理矢理頭を下げさせる。


「レナートさん。こいつにはよく言い聞かせておきますから、その殺気をしまってください。

 貴方とは長い付き合いになりそうだから、ここで揉め事を起こしたくない」


 頭を下げて頼むロバートに何も思わないほど、レナートは非情じゃない。

 呼吸を整えて、気持ちを静める。

 レナートに殺意がないことを感じ取ったベルンハルトが全身の力が抜けたようにへたり込む。その姿を咎めるものはいない。『黒い悪魔』の殺意を真正面から受けたのだ。上位種族である魔族ですら恐怖した殺意だ。そうなっても仕方がない。

 屈んでユイに手を伸ばす。

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