07.イン・ザ・トランクィルス
「ただいま~☆」
超級世界のとある海域、ハルフリール群島・アズヴィル本島。
どの国にも属さない無主地の島々の中で、最も広く中心に位置する島の中央に、〝異常気象鎮圧機関〟の本部は構えられていた。
トランクィルスの通常業務はアズヴィル本島で行われ、活動時間外のメンバーは周辺群島に点在する、各々好きな寄宿舎で生活する。
これがトランクィルスに属する面々の一般的な生活スタイルだ。
そして異常気象〝魔性雲〟を鎮圧してから翌々日、レインはオーストレディオ大陸・シボレーからトランクィルスに帰還していた。
「お帰りなさい、レインさん。随分派手で楽しい旅行だったようですね?」
笑顔8割、怒り2割でレインを出迎えたオフィスルックの女性は、トランクィルス〝指令員〟の一人、春香だ。
「ただいま春香ちゃん。シボレーはとても楽しかったよ」
「お土産話を聞くよりも、私の話をする方が先です」
「時間はたっぷりある、お先にどうぞ」
それを聞くと、春香は声のボリュームを数段階上げて、
「なんですかあの、オーストレディオ・シボレーでの大立ち回りは~!?!?」
「指令通り、ちゃんと異常気象は完全消滅してきたよ? ☆」
「キラッ☆ じゃないですよ~!! レインさん、あなたあそこまで派手にやらなくても、もう少し迅速かつ小規模の活動でも充分に抑えられましたよね~~??」
「だって、地上の人がみーんなカメラ持って動画撮ってるんだもん。嬉しくなって、ついやっちゃったんだ☆」
「もうね、途中から私、中継映像見ながら寒気がして、くしゃみが止まらなかったんですから!」
春香はレインがシボレーで暴走している間、指令室中の他の指令員から冷ややかな憐れみの目で見られていた。数々の視線が、「あぁ、私の担当じゃなくて良かった~」という無言の同情を投げかけていた。
「とはいえ、休暇中の任務ですから、振る舞いについては不問とします」
「良かった良かった」
「それよりも!」
「??」
「これ見てください、レインさんの評価データ!」
春香はレインの異常気象士評価表を机に広げてみせた。
一見すると、評価項目にはSSと最高評価が並び、文句のつけどころがない優秀な成績に見える。
一ヵ所、大きく凹んでいる部分を除いては。
「ほぼ完璧じゃん」
「いいですか! トランクィルス上位の異常気象士の重要業務は3つあるんです! 1つは異常気象の鎮圧。そして救助活動」
「どちらも最高評価SS。文句なし。な~んだ、バッチリじゃーん」
「最後の項目!! 達成件数0! 最低評価D!」
「なんだっけ?」
「スカウトですよ、ス・カ・ウ・ト!!」
春香は手元の組織表をひらひら見せながら説教を続けた。
「昨今増え続けている異常気象に対応すべく、異常気象士の数を増やす! これ異常気象士の役目!」
「はぁ」
「そのための異常気象士、師弟制度! 各国を飛び回っている異常気象士自らが、将来有望な志望者をスカウトして、面倒を見る!」
「えーめんどくさー」
「あなた四六時中、面倒を見られ続けている問題児じゃないですか!」
「僕、春香ちゃんより5歳ほど年上だよ?」
「ここにご自身の精神年齢を測定できるゲームがあります。やってみますか?」
「趣味悪っ!? つまんなそう、遠慮しておきます」
春香は冗談っぽく言ってくれているが、この項目は以前にもトランクィルスの上層部、例えばローンからも釘を刺されていた事だ。
それほど急速に異常気象は増加し続けており、それに伴い人材不足は大きなネックになっている。
「ごめんごめん、ほら、シボレーからお土産をたくさん貰ってきたから、これ食べて元気出して」
レインは〝魔性雲〟退治の後、シボレーの人々から頂いた大量の茶菓子やギフトを春香に差し出した。
「騙されませんよ、私は」
そういう春香の両手には、爆速で開封された至高のセレクションマカロンが次々とつままれている。
「とにかく、スカウト! 選定基準が高いのかもしれませんが、候補生の足切りは機関の方でやるので、レインさんはとにかく誰か連れてきてください」
「そんな事言われてもー、都合の良い人なんて中々」
ピンポーン!
問答中の2人がいるレイン一派の作戦室に、普段はあまり鳴らされない来客用インターホンが鳴り響いた。
「はーい」
「すいませーん! トランクィルスの〝虹色の魔術師〟レインさんはいらっしゃいますか~?」
春香はモニター越しに、来客者を確認する。
毛先が揺れる深紅のショートヘアに、黒いマント風の外套。
制服タイプのミニスカートとニーハイソックスの間に見える、絶対領域が眩しい。
どうやら、トランクィルスの関係者ではないようだ。
「どのようなご用件でしょうか?」
「あのですね~。私、レインさんの弟子入り志願に参りました~!」
春香はギョッとして、再び彼女の格好を確認する。
こんな華奢な女の子が……? と春香は思ったが、よく見ると手には大きなウィッチハットを持ち、肩のショルダーバッグは使い古され、旅慣れしている事情を想起させる。
そして何より、期待に満ちた彼女の眼差しは、春香からはとうに失われた、10代の若さ特有の輝き。
「……レインさん。未来のお弟子さんがわざわざ迎えに来てくれましたよ。」
目下最大の問題の救世主に、とびきりマカロンで小腹を満たした春香の目は、キラキラと輝きを取り戻していた。




