06.異常気象「魔性雲」
「逃げろ逃げろ! あれは異常気象だ! 外にいたら巻き込まれるぞ!」
「えぇ、でもまだ買い物が終わってないのだけれども……」
「そんなのは後だ後! おばあちゃん、もしあの異常気象の規模がデカくなったら、俺たちは何日間もシボレーから出られなくなるかもしれないんだぞ!」
シボレーの人々は土地柄、異常気象に疎い。観光客が次々に建物へと逃げ惑う中、珍しいもの見たさで窓から映像を撮る者も数多くいた。
「おい、そこの兄ちゃんも! どこに向かって歩いてるんだ!? あの雲が見えるだろ? すぐに引き返して、建物の中に逃げるんだよ!」
「忠告ありがとう。そのまま逃げ遅れそうな人たちに、声を掛け続けてくれると嬉しい」
レインは声を掛けてくれた避難中のおじさんにそう返事をすると、左手に持ったステッキの先をトントン、と2回地面に鳴らし、彼が持つ魔法の一つを詠唱した。
「【空中制御】」
レインが短く一言発すると、彼の体は物理法則を完全に無視するかのように、フワッと30センチほど浮き上がった。
ちなみに、彼は別にこんな格好つけなくても、一切の予備動作無しで飛ぶ事ができる。
彼が再び歩き始めると、その体は地に着くことはなく、まるで空に地面があるかのような空中歩行で、浜辺の上を渡り、海の上を平然と通り過ぎて行った。
レインが歩き進めば進むほど、彼の体は1メートル、10メートル、と高度を上げ、しまいにはシボレーのどの建物よりも、高い地点に達していた。
「鎮圧対象は約高度800メートルといったところか。規模はそれほどだが、魔力集積の速度が早いな。面倒になる前に、対処しないと」
レインは空中制御の魔法形態を、歩行から飛行に切り替え、バビュンと暗雲へと突っ込んでいった。
◇◇◇
暗雲は発生の中心地から膨張するように、なおも巨大化し続けていた。
その形状は、フワフワの綿飴のようだったが、魔力を帯びた雲は時折内側で紫色に発光し、周囲の環境を威圧してるかのようだった。
レインは暗雲と同じ高度まで飛び、暗雲の様子をジッと観察した。
「こりゃまた、放っておけば立派に育ちそうな魔力雲だね」
異常気象〝魔性雲〟。
主な発生原因は大気中の魔力の乱れによるもので、一ヵ所に集中して魔力雲を形成し、そのまま成長し続け人間に被害が及ぶようになると〝魔性雲〟として異常気象に認定される。
魔力に富む超級世界では、最も発生頻度が多い一般的な異常気象として認知されているが、派生型に〝魔瘴雲〟や〝雲羊群〟など、より強大な類似例も数多く確認されている為、積極的な鎮圧が推奨されている。
暗雲を一瞥して、主成分が純粋な魔力であると判別したレインは、空中に身を留めながら右手を前に突き出して、自らの魔力を放出して反応を確かめた。
「見た目が禍々しいから勘違いしがちだけど、この魔力雲のほとんどは光属性の魔力で形成されている。なら、素直に相殺したければ闇属性の魔法の出番なんだけど」
そう言うとレインは、魔力放出を止めて直立し、姿勢を正した。
「光属性と闇属性の魔力同士の衝突は、他の属性のそれより反発が大きいんだよね。消滅させるだけなら僕にとっては容易いんだけど、これは観光地の上空に発生しているから、二次災害とか起こしちゃうと、スマートじゃないよね」
レインは空中浮遊を続けたまま、闇属性魔法以外の、異常気象への対処方法を考えていた。
その時、成長を続けていた暗雲から、突然レインに向かって魔力の雷が放たれた。
「うおっと! 危ない危ない」
その雷は正確にレインを打ち抜いたかに見えたが、レインに直撃する前に、バリっと音を立てながら進行方向をズラされ、行き場を失った雷は空中で霧散していった。
「魔法使いの基本スキル〝【防御魔法】〟。異常気象に防具も無しに近づこうってんなら、反射的に発動できなきゃ話にならないよ」
一歩間違えれば黒焦げになるところだったが、この魔力の雷だけでも、レインにとっては異常気象を理解する重要な手掛かりになった。
「普通ね、雷が真横のみに放たれる事はないんだよ。僕は暗雲の範囲外で浮遊しているし、偶然の放電ならもっと無差別・広範囲に放出されるべきなんだ」
レインは無言のまま、自身の見解についてまとめた。
どうやら、この暗雲には生物的な意思があるように見える。
防御魔法を見た事ですぐに雷が止まった点も、この暗雲の主目的が魔力の集積であって、無駄な力を消費しないように努めているように思えた。
つまり、今回の異常気象の正体は、不定形の〝魔物〟。
レインは、目の前の異常気象が自然暴走ではないことに安堵した。もしこれが自然要因の異常気象なら、今後も定期的に発生しうるものになってしまう。
それは、異常気象に悩まされる地域がまた一つ増えてしまう事と同義だったからだ。
レインが暗雲に接近すると、再び魔力の雷がレインに放たれた。
レインはこれも防御魔法で弾き飛ばそうとした。
だが、今度の雷は先程とは異なり、弾かれずに放出され続け、魔力で作られた防御壁を侵食、エネルギーを吸い取るように、ゆっくりと防御壁を溶かした。
「魔力集積に躍起になるあまり、僕の魔力も狙っているんだね? そんなに力が欲しいなら、一つ鬼ごっこでもしようか」
そう言うとレインは、自身の右手の上に魔力を集中させ、一つのボールを生成した。
「僕の魔力の一部を球状にして、空中に漂わせた。これが欲しかったら、好きに吸収してもらっていいよ」
魔力雲は音も声も発さなかったが、代わりに紫色の雷をレインが生成した魔力の塊に放ち、その鬼ごっこ、受けて立つという無言の挑戦状を返した。
魔力雲はレインが浮かべた魔力を狙い、何度も雷を放つ。だが、
「ははは、生まれたての子雲ちゃんだからかな? 狙う位置が見え見えだから、防御魔法を使うまでもなく、単純な魔力操作だけで余裕でかわせちゃうよ」
レインは魔力雲をからかうように、手に持つステッキの先で魔力を右へ左へと操作し、暗雲の雷を次々と避けていった。
「これじゃゲームにならないね。ほら、赤、青、緑……。いくつか属性の異なる魔力を用意したから、好きな魔力を選んで狙うといい」
レインは体外に球状の魔力をさらに数個ほど放出し、暗雲の前でジャグリングの素振りをして、意思ある魔物を挑発してみせた。
ピシャァァアン! ピシャァァアン!
と、魔力雲は怒りを表すかのように、さらに勢いよく雷を連発した。
しかしそれもレインの対応範囲内、ギリギリ触れられないようにかわしていく。
「ほら、この魔力はどう?」
レインは魔力の一つを暗雲のすぐそばまで近づけ、わざとらしく青白く光らせたが、意志ある暗雲はその挑発を嫌うかのごとく、後ろに隠した別の魔力を狙い不意打ちした。
「なるほどね」
不意を突かれたレインは防御魔法を発動し、少量の防御壁を暗雲に吸わせて、本命の魔力球が奪われるのを防いだ。
多種多様の魔力を同時に操った事で、少しレインの額にも汗が滲んだ。
「いやー、よく頑張った。惜しかったね」
「でも、時間切れー。複数属性の魔力の同時操作は、さすがの僕も少し疲れてきちゃったよ」
「でも、この鬼ごっこは僕の勝ち。ゲームに負けてしまった異常気象クンには、残念だけど罰ゲームを受けてもらわないとね」
そう言うと、レインは体外の魔力を一度全て戻し、
「そういえば疑問だったんだけどさ」
レインはニヤリと笑って続けた。
「さっきの魔力鬼ごっこ、僕は様々な属性の魔力を出してあげた訳だけど、どうして〝青色〟の魔力は一向に狙わなかったのかな?」
魔力雲の返事はない。
「もしかして君、〝水属性〟の魔力はお嫌い?」
すると、レインの全身から青色の魔力が迸り、彼の体は幻想的な光に包まれた。
「お遊びはここまで。付き合ってくれてありがとう」
レインは表情を変えると、
「水属性魔法、【水の散弾】」
一瞬の呪文詠唱と同時に、右手に集約した水の散弾を暗雲に対して力強く打ち付けた。
魔力雲は固形の実体こそ存在しなかったが、そのガス状の体に水の魔力を受け取ると、ここまで集積し続けていた魔力がそれと反発し、暗雲の内部でバチバチと弾け飛んだ。
レインが無慈悲にバン、バンと銃弾を放つ度、魔力雲はみるみる内に縮小していった。
そのバチバチとした炸裂音は、まるで子供が痛みで泣き叫んでいるかのようだった。
レインが攻撃する毎に、そして魔力雲が無秩序に反撃する毎に、上空に伸びてた暗雲は、地上で様子を伺っていたシボレーの人達からも把握できるほど小さくなっていき、溜め込んでいた魔力は空中に霧散していった。
「はい、鎮圧完了。短期旅行のアクティビティとしては、中々楽しめたよ」
異常気象〝魔性雲〟になりかけた暗雲は、レインの手により霧散させられた。
地上では、レインと魔力雲の戦闘をすっかりサーカス気分で見物していた観光客たちが、あちらこちらで歓声を挙げていた。
「すげーな兄ちゃん! まさか〝異常気象士〟だったとはな!」
「こりゃ孫たちにも見せてやりたかったですわ」
レインは地上の観客に応えようと、ゆっくりと高度を落とし、上空から大手を振りながら地上に着地しようとしていた。
その時、完全に消滅させたかと思っていた魔力雲の〝核〟が、最後の力を振り絞り、怒りの雷を生成。
魔力雲の消滅を喜ぶ観客たちに向かって、一本の雷光が襲い掛かかった。
敗北宣言に等しい最後っ屁。
だが、その怒りの矛先は、
レインではなく、携帯していたスマートフォンを片手に映像を取っていた、イラルバコーヒーの看板娘だった。
「??!!! きゃああああああああ!!!!」
イラルバコーヒーカフェのテラス席は、ビガッと紫光に包まれた。
「…………大丈夫かい? お嬢さん」
雷は間一髪、【音速飛行】によって看板娘を抱きかかえたレインによって避けられ、目標を外されテラスの床を焦がすのみにとどまったのだ。
「あ、あ、ありがとうございます……」
「危機一髪だったね。危ないから、こういう時はちゃんと中に居てね」
レインはお姫様だっこで抱えていた看板娘を地上に降ろし、自身の飛行魔法を解いた。
異常気象を鎮圧し、地元の看板娘を救出した救世主に、観戦していたシボレーの人達のテンションは最高潮に達していた。
「なーにやってんだ!! 異常気象を目の前にして外に出る奴がいるか!!」
店内から出てきたイラルバコーヒーのオーナーは、顔を真っ赤にして看板娘を叱りつけた。
「まぁまぁ、シボレーの異常気象は珍しいですから。今回だけ許してやってください」
「お客さん、トランクィルスのレインさんでしょ? うちの店員を助けていただきありがとうございます。どうか、ついでにサインを頂戴したく……」
異常気象に完全勝利した虹色の魔術師レインは、一躍シボレーのヒーローとして称賛された。
その後、レインの一日はシボレーの観光客との記念撮影・サイン会になってしまい、虹色の魔術師はヘトヘトになったまま、後日シボレーを後にすることとなった。




