05.指令員だって休みたい
——次にレインが目を覚ました時、看板娘との談笑からは30分ほど経過していた。
その気になれば何時間でも寝ていられそうな、暖かく陽気な空だった。
だが、レインの目が唐突に覚めたのは、決してカフェに長居する事への罪悪感からではない。
違和感——。
雲一つない青空に、明らかな空気の乱れを感じた。
見た目上は何の変化も確認できなかったが、長年異常気象と向き合い続けてきたレインの直感が、これから起こる厄介事に備えるよう、彼の全身に警告していた。
その違和感を、レインだけでなく観光客含む一般人が認識できるようになったのは、それから数分にも満たなかった。
「お、おい。何だよあの黒い塊、虫の大群か?」
「虫な訳ねぇだろ。でもさっぱり分からんな」
「なんかドンドン大きくなってね?」
思わぬ異変の発生に、にわかに地上がざわつき始めた時、突然レインが身に着けていた魔法石付きの首飾りから、
ジリリリリン、ジリリリリン!
と、魔導式の連絡アラームが鳴り響いた。
「もしもし!? レインさん、聞こえますか??」
魔法石から聞こえた声は、ハキハキとしゃべる聞きなれた若い女性の声だった。
「もちろん聞こえてるよ、春香ちゃん。そんないつもの調子で、大げさに連絡してこなくても良いんじゃない?」
「異常気象の発生に大げさも何もありません! それより、現在の状況は把握されていますか?」
「もちろんだとも。今、ちょうど上空に〝魔力集積〟が発生して、そこからモリモリと異常気象が成長しているところ」
「のんきに現場報告をしないでください! でも分かっているなら十分です。では任務指令です、シボレー上空に発生した異常気象を鎮圧して下さい」
「でも僕、今日は休暇を取っていて非番だよ? よっぽど大変な状況じゃなければ、別の人に対応をお願いして欲しいんだけど」
「そうしたいのは、山々なんですが」
レインが魔法石越しに話す女性は、レインにギリギリ聞こえる程度に一つ大きくハーッとため息をつくと、
「レインさんがいま休暇中に訪れている所、渚の観光都市シボレーですよね? 異常気象の発生がめったにない地域として有名な」
「あぁそうだよ。さっきまでは本当に澄み渡るような快晴で、数少ない休暇を優雅な日光浴に充てていたんだが」
「良いな~シボレー旅行。私もまとまった休暇が取れたら行ってみたい……じゃなくて、だから出動中の〝異常気象士〟が、シボレー付近には一人もいないんですよ。異常気象がそもそも発生しない地域なので」
「それで、たまたま居合わせた休暇中の僕に連絡がきたと」
「そういう事です。こちらの事情はお汲み取りいただけましたよね? では改めて、任務指令です。シボレー上空に発生した異常気象の鎮圧をお願いします」
「…………」
「ちょっと、レインさん?」
「春香ちゃん」
「はい?」
「しばらく話さない内に、すっかり〝指令員〟としての貫禄が出るようになったね」
「度重なる激務の波に揉まれれば、誰でも嫌でもこうなります」
「頼もしい限りだ。配属された当初は、『憧れのレインさんに指令するなんて恐縮です~』なんて言ってたのに」
「まさか〝虹色の魔術師〟として名高いレイン様が、こーんなおちゃらけで適当な方だとは思いませんでした」
「ご期待に沿えなくて申し訳ないね」
「さ、そろそろ準備は良いですか? 休暇先にも異常気象が現れるほど人気者のレインさんなら、きっと迅速な解決を期待していますよ」
「はいはい、任務は了解。この〝虹色の魔術師〟レインさんが、早急に片付けてみせますよ」
「では、お願いします。今日の〝TQレポート(対応報告書)〟は、別日に改めて提出してくれれば良いですから」
「サボりがちな報告書にもしっかり釘を刺す春香ちゃん、抜け目ないねー。ではまた」
連絡先の指令員、春香の「よろしくお願いします」を確認すると、レインは魔法石の通信を切った。
上空に現れた魔力集積は、二人が連絡している間にもドンドン成長し、黒い魔物のような様相へと変貌しつつあった。
それを見たシボレー地上の観光客達は、慌てふためきながら次々と、比較的被害を抑えられる屋内へと避難していった。
「それじゃ、時間外任務を始めますか」
レインはテラス席のテーブルに一つ残していた、最後の青いマカロンをまるごと一口で放り込むと、テーブルに立てかけていた私物のステッキを片手に、モクモクとドス黒さを増す暗雲の方へ向かっていった。




