それでも、好きだった(彼女視点)
駅前のカフェで、彼と最後に会ってから、もう一年が経とうとしていた。
あの日、彼は言った。
「これ以上一緒にいると、君を幸せにできない気がする」
私は笑って頷いたけど、心の中では「そんなことない」と何度も叫んでいた。
それから彼とは一度も会っていない。
連絡先も消した。
共通の友人にも近づかなくなった。
そうしないと、自分が崩れてしまいそうだった。
でも――好きな気持ちだけは、消えなかった。
ふいに届いた音楽。
街で見かけた横顔に似た誰か。
ふたりで歩いた夕暮れの並木道。
そんな瞬間に、あの人が今も私の中に生きていることを思い知る。
「もう会えないのに、どうしてまだこんなに好きなんだろう」
誰にも聞こえないように、そうつぶやいた帰り道。
ふと、空を見上げた。
夏の終わり、夕焼けが濃くて、泣きそうだった。
けれど、そのとき、風が頬を撫でていった。
懐かしくて、あたたかくて――
まるで、あの人の手のようだった。
好きなままでいることは、いけないことじゃない。
もう会えなくても、もう話せなくても、
私が好きだったあの時間は、確かにここにあって、
今の私を静かに支えてくれている。
だから、無理に忘れなくてもいい。
ただ、「ありがとう」と言える日が、いつか来るように。
私は、今日もこの気持ちと一緒に生きている。