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花畑の少女

とある村のとある一軒家そこで少女とその母親は他愛もない言葉を交わしていた。 


「ねぇお母さん。お父さんはまだ帰ってこないの?」


「そうねぇ、最近はお仕事で忙しいって言ってたしまだ帰ってこないんじゃないかしら」


 「えぇ~、最近いっつもお仕事ばかりでつまんない〜お父さんと遊びたい〜!」


 「こら!我儘言わないの!お父さんだってエリナと遊びたいって言ってたけど私たちのために気持ちを押し殺して頑張ってくれてるんだから」


 「本当に?本当にエルナと遊びたいって言ってた?」


 「本当よ、お父さんのエルナと遊びたいって気持ちが痛いほど伝わってきたから」


 昨晩仕事から帰ってきた夫を労っていたときに「最近仕事が忙しすぎて娘をまともに構ってやれていない、嫌われていなければいいが···」と深刻そうな顔で真面目に悩んでいた。傍から見れば微笑ましい悩みだが当人にとっては相当深刻な悩みだろう。とはいえ今は夫のことよりも暇で暇で今にも暴れだしそうな私たちの可愛いお姫様をなんとかしなければ。  


 「そうだ!まだエルナにお話していないとっておきの御伽噺があるの。きっと気にいるわ」


 「え!?とっておきのおはなし?どんなの!」


 目を耀かせて御伽噺をせがむ娘を見て軽く微笑みそして記憶を想い起こす。


 「むかし、むかし、あるところに··········」


       ∆∇∆∇∆∇∆∇ 


 王都近郊の森で男が一人彷徨い歩いていた。目的もなくただただ無意味に。 

 

 俺は逃げた自分のすべき責務から。俺は逃げた期待から。俺は逃げた守るべき者から。俺は逃げた自分の弱さから。逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げたその先で俺は今こうして当てもなく彷徨っている。


 どれぐらい彷徨っていただろうか随分前から時間の感覚など無く、自分がどこにいるのかすら分からない。衝動的に飛び出してきた手前水や食料などもなく、当然コンパスなどの道具も持ってきていない。このままでは帰れな······いやいいか、いっそこのまま野垂れ死ねば·······。


 そう思っていたそのとき、不意に開けた場所に出た。一瞬森を抜けたかと思ったがどうやら森を抜けたわけではなく広大な森にぽつんとできた場所のようだ。そこで少しだけ休もうと一歩踏み出し気づく異様に花が多いことに。よく見れば辺り一面に花が咲き誇っており多種多様な花が大きな大樹を中心に所狭しと咲いている。なんてことはない。


 「花畑か·····」


 そう呟いて大樹の足元に向かう、そこで休もうと近づいていくと···。


 「誰!?」


 大樹の裏側から少女の声が聞こえた。その声の主はゆっくりと木の幹から姿を現しこちらを一瞥する。

 その少女は太陽のようにまばゆい金髪をなびかせ、花のように可憐でとても整った顔立ちをしている美少女だった。

 服装はどこにでもいる町娘のような地味目の格好をしているが少女から漂ってくる隠しきれない高貴で品のあるオーラがただの町娘ではないと囁いてくる。

 周りには少女以外の気配はなくそれがより一層その少女のオーラを際立たせていた。大方お忍びで屋敷から脱走してきたどこかの貴族令嬢だろう。なぜこんな所にいるのかは分からないが。


 「あなたは·····」 


 普通なら警戒してこちらを見てくるはずだが、警戒していたのは最初の一瞬だけで、今は少し呆けた顔でこちらを見ている。反応としては少しおかしい気もするが、今はそんなことより······


 「あ〜えっと、悪いな邪魔をして今すぐ出ていくから」


 なぜこんな所にいるのかは分からないがせっかくお忍びで花畑で癒されに来たのだろう、ここに俺がいては邪魔になる。そう思い俺は踵を返し森の中へ入ろうと歩みを進めようとしたその瞬間、


 「待って!!」


 「え?」


 思いがけず呼び止められ立ち止まる。なぜ呼び止められたのか気になって振り返るとそこには憂いを帯びた少女の顔があった。

 ·····なぜ彼女はそんな顔をしているのだろうか、こんな誰も来ない場所で見ず知らずの男と二人きり、そんな状況を心配しての顔ならまだ理解できた。

 だけどそんな風には見えなくて、まるでこちらを心配しているような·····。


 「あの·····良かったらここで休んでいきませんか?」


 「は?いや、何を言ってるんだ君は?自分で言うのもなんだが、こんな得体のしれない男と二人きりで君は怖くはないのか?」


 「それは大丈夫です!!なんとなくですけど貴方は無害そうだなって感じました!私、人を見る目には自信があるので!!それに·····今の辛そうな顔をしている貴方を見ないふりして見捨てたら絶対後で後悔すると思うから」


 そう言って目の前の少女は自信満々に持論を展開する。·········開いた口が塞がらないとはまさにこういう時に使う言葉だろう。

 いったい目の前の少女は何を言ってるのだろうか?怪しい男を自分の側で休ませる、と言った事自体意味不明なのに俺を信じる根拠が自分の直感·····?ますます訳が分からない。

 あまつさえ俺を休ませようと思った理由が辛そうだったから?そんなのお人好しがすぎるだろう。

 

 一瞬俺を騙して罠に嵌めようとしているのかと思ったが、こんな怪しまれるような事をしないでもっと賢くできただろうし、それに少女のその曇りのない瞳を見て善意だけで言ってるのがよく分かる。

 だからこそ何を考えているのか分からないのだが。

 

 「そういうわけなので遠慮しないでこっちに来てください!」


 そう言って少女は俺の腕をつかんで花畑へ引っ張って行こうとする。


 「いやっ、そういうわけもなにそもそも私は了承してないんだが!?」


 「了承とか関係ないです!さっき私ここで見て見ぬふりをしたら後悔するって言いましたよね。だから貴方は私が今後後悔しないために利用されてください!!大体本当に嫌なら無理矢理にでもこの腕を振りほどけば良いじゃないですか。それをしない時点で説得力無いですよ」


 「いやいや、君、今めちゃくちゃなことを言ってる自覚は無いのか!?」


 「自覚ならありますよ。でもこれも全部あなたが素直に従ってくれないのが悪いじゃないですか!」


 「暴論が過ぎる!!」


 でも確かに少女が言っていることは正しい。俺がその気になれば少女の手など振りほどいて森へ戻れるだろう。

 でもなぜかそれをしようとは思えなかった。恐らく何十という年の離れた少女にそういう大人気ないことをするのが気に咎めた、という理由も多分にあるだろうが、なぜか少女に強引に振り回されているこの現状が奇妙なことに心地よかった。 

 

 少女は俺を引っ張って花畑を進み大樹の前まで行くと、


 「そういえば自己紹介がまだてすよね?私はリナっていいます貴方は?」


 「ん?あ、あぁ俺は―――アレクだ」


 「アレクさんっていうんですね。剣神様と同じ名前なんだ。いい名前ですね!」


 そう言って目の前の少女、リナは笑顔で微笑んだ。

 その反応を見てアレクは内心苦笑する。目の前のくたびれたオッサンはそんなだいそれたモノではないというのに。。


 剣神それは今から15年前に始まったベルナード王国がアルテス帝国に侵攻したことによって始まった侵略戦争に端を発する。

 当初奇襲を仕掛け帝国の八大都市の一つを攻め落とし優勢だった王国軍だったが帝国の国力と他国の支援もあり押しかえされ呆気なく領土を取り返され王国の半分の領土も奪われてしまう。


 なぜここまで逆転されたのかは幾つか理由があるが

今は関係ないので一旦置いておこう。 

 そんなこんなで窮地に立たされた王国だが剣神の登場で状況が一気に変わった。剣神は五百の隊を指揮し五千の軍を撃退し剣神はその四千を斬り伏せた。そしてそのまま国境付近にある王国の砦を奪還し和平交渉を成立させそれを成し剣神は救国の英雄となった。そうして救国の英雄剣神アレクは生ける伝説として王国中にその武名を轟かせた。


 ここだけ聞けば剣神は世界有数の傑物で歴史に名を残す偉大な人物だと思うだろう。

 だが実際はかけられた期待を裏切り続けすべてから逃げ出したたろくでなしだとアレクは知っている。


 そのことを知ったら目の前の彼女は蔑むだろうかそれとも哀れむだろうか。········どちらにしろ自分には関係のないことだ。そうアレクが考え込んでいるととつぜんリナがアレクの顔を覗き込む。


 「······何してるんだ?」


 「突然ボーっとし始めたから気になって」


 「だからって急に男の顔面を覗き込んでくるやつがあるか。顔近いし、淑女としての作法とか教育とか受けてないのか?」


 「もう、何言ってるんですか。ただの町娘が教育とか受けられるわけないじゃないですか」 

 

 そう言ってリナはイタズラをした子供のように笑う。

 さりげなく素性に探りを入れてはみたが言うつもりはないらしい。


 ひとしきり見て満足したのかリナは顔を離して一歩後ろに下がる。


 「でも良かった」


 「········?何が良かったんだ?」


 「だってアレクさんの顔色、さっきより良くなってたから」


 「—――――」


 そう言って花びらのように可憐に笑う彼女を見てアレクは言葉を失ってしまう。その笑顔はあまりにも綺麗で眩しかった。いつ以来だろうかこんな純粋で綺麗な笑顔をみたのは。いつだっただろうかこんな笑顔を一つでも多く守りたいと思ったのは。思い出せない。そんな子供じみた英雄願望を粉々に打ち砕かれたあの日から。


 「········君。周りからよく変わってるって言われないか?」


 「確かにみんなによく言われるけど·····というか君じゃなくてリナって呼んでください!これじゃあ自己紹介しあった意味がないじゃないですか!」


 そう言ってリナは怒り眉を作って抗議した。その様子が少し怒った幼子のように見えて微笑ましい。


 「分かった悪かったよ。これからはちゃんと名前で呼ぶからその顔はやめてくれ」  


 じゃないと油断した時につい笑ってしまう。


 「それならいいんですけど······心なしか顔が笑ってるように見えるんですけど、気の所為ですか?」


 「···············気の所為じゃないか?」


 「答えるのに時間がかかった気がするけど····いいです、そういうことにしてあげます」


 そう言ってリナは元の綺麗な顔に戻して大樹の地上から出ている根に座る。そして自分の隣をポンポンと手で叩いた。 


 「ほらそんなとこで立ってないでこっちに来てお話しましょう?」


 「いや、立つことには慣れてる、大丈夫だ」


 そういうとリナは露骨に不満そうな目でこちらをジトーと見てくる。 


 「·····なんだよ」


 「そういう意味で言ったわけじゃないんですけど····そんなに私とお話をしたくないですか?」


 悲しそうな顔で目を伏せてそんなことを言ってくる。彼女のそんな顔を見ていると何故か罪悪感が胸の奥から沸々と湧いてきてこれまた何故かその言葉を否定したくなってくる。 


 「なんでそういうことになる。別に俺は嫌だとは···」


 「じゃあ何も問題はないですね!さぁ早く隣に座ってお話しをしましょう?」


 さっきまでの顔はなんだったのか、悲しげな表情から一転して花が咲くような満面の笑みで早く隣に座れとのたまってきた。これは上手く言葉を誘導させられたな···。 

 俺は軽く「ハァ」とため息を吐いて仕方なくリナの隣に座った。


 「···顔に似合わず強かなんだなリナは」


 「さぁ、···ふふ。どうでしょう」


 そう言って無邪気に笑う彼女はこの花畑で何よりも可憐な花のようだった。


 

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