第4話
1/30改稿 一部修正
2/7改稿 可読性の改善
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武器を使用するのを厭う者は
それを厭わぬ者によって必ず征服される
〜カール・フォン・クラウゼヴィッツ〜
24年 7/24 14:00:海上保安庁:尖閣諸島沖 よなくに
敵艦への突撃を敢行し既に1時間以上経過していた。
既に突撃した艦艇は臨検隊の必死の努力によって掌握できており、船内の調査を行っている。
幸いにも、白兵戦の主力は既に壊滅しているようであり、一気呵成に敵がなだれ込んでくる、なんてことはなかった。
しかし、周囲を敵艦隊に包囲されており、先の戦闘で弾薬の多くを消費しているため、次に攻勢をかけられれば大損害は必至である。
増援を呼ぼうにも通信装置は既に破壊されており、海域を離脱したであろうあさづきにすら通信できない状況であった。
食糧は長期任務の備え積載してきているため、まだ心配ないが、それでも不安は残る。
「船長、敵艦内の調査完了いたしました」
「どうだった」
なぜ、この艦艇に攻撃を仕掛けたか、敵艦隊中心に位置しているため、高価値目標であろうという考えもあるが、それだけではなかった。
艦艇の形状が他と明らかに違うことがその大きな理由である。 他の艦艇が古い装甲艦のような見た目に対し、当該艦艇の武装は貧弱、艦橋後部には巨大なレーダードームのようなものを擁していた。
敵艦隊への攻撃が遠距離からでは効果がなかった秘密を擁しているのではないかと考えたのだ。
「艦内で拘束した船員への尋問によれば、レーダードームのようなものは魔力を利用したシールド展開装置であると判明しました」
報告に耳を疑う。
そもそも魔力なんて概念が出てきた時点で、彼の脳味噌は拒否反応を起こしていた。
「ドラゴンに架空の国家の次は魔力にシールドだぁ?とうとう俺もおかしくなっちまったか」
「残念ながら現実なんですよね、これ」
軽口を叩き合うが、現状と現実は変わらない。 だが、大きな進展でもあった。
つまりは相手のアドバンテージは今踏みしめているこいつであり、こいつを確保していれば増援は鉄の雨を奴らに降らせてやれるのである。
だが、
「通信できなきゃ意味がねぇんだよなぁ。どんくらい掛かりそうだ?」
トランシーバーの先にいる通信士に聞く。
[修理っすかぁ?もう無理っすよこんなん。通信アンテナは吹き飛んでますし、装置本体は衝突の影響でぐっちゃぐちゃですよ]
その先からは、うなだれた声が絶望と地獄を語っていた。 通信ができないとなれば、本格的にこの情報の価値はなくなる。
戦場における情報は、上層に届かなければ意味がない。
「まぁ、通信手段は後で考えよう。とりあえずは休息だ。臨検隊は各自休息を取るよう伝えてくれ。飯も給仕員が準備してくれてるぞ」
「了解です。朝から何も食ってなくて飢えてたとこなんでありがたい」
そんなことを言いながら臨検隊のところへ戻っていく。
「はぁ……俺は俺でコーヒーでも飲むかなぁ」
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24年 7/24 15:00:海上保安庁:尖閣諸島沖
「かんむりわしからの報告です。よなくには現在大型艦の舷側に衝突、その場から動いていないようです。
周囲は敵艦隊が完全に包囲していますが、報告の大型砲艦は存在しないとのことです」
「そうか」
状況はさほど悪いというわけではないようであった。
「あと……未確定情報ですが、よなくによりモールスにて、現在敵艦隊への攻撃有効…との通信があったと」
前言撤回、状況は好転したようだ。
「……よし、全隊に通達、これより全速にてよなくに救援へ向かう。我に続け」
通信の後、船隊が急激に加速する。
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24年 7/24 15:30:内閣府:官邸危機管理センター
「尖閣の状況はどうなってる」
センター内の喧騒の中、神木が口を開く。
「現状、よなくにが敵艦隊への突入の後通信途絶。隊員の生存及び安全は現状確保されていると、あさづきより通信が入っていますが、いつ攻撃に晒されるかわかりません。
現状あさづき率いる海保特務船隊が救援に向かっている他、既に海保への武力攻撃が行われていることを鑑み、海上自衛隊の第ニ護衛隊 いせ、あしがら、はるさめ、あさひの4隻が既に近海にて待機しております。
総理の承認さえあれば直ちに攻撃可能です」
状況は悪いとも良いとも言えないようであった。
既に戦闘状態へ突入してしまった以上、もはや平和的解決の可能性は0に近くなり、最悪の戦争状態へと突入するという選択肢に絞られてしまった。
「もはや打つ手なしか…仕方あるまい、第ニ護衛隊の武器使用を承認する。また、陸上自衛隊及び海上自衛隊・航空自衛隊の即応体制を即応準備(DEFCON2相当)に引き上げる」
その声は、今まで誰も聞いたことないほど怒りに満ちていた。
「武器使用承認の件、了解いたしました。緊急時には護衛隊司令の判断にて攻撃させましょう。
また、即応体制引き上げに関しまして、引き上げに伴い統合幕僚監部に対し指揮権の開放を行います」
「わかった」
そんな重大な決定事項があったにもかかわらず、センター内は喧騒に変化はなかった。
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24年 7/24 15:50:海上保安庁:尖閣諸島沖
増速を開始してから20分が経っただろうか。
既に敵艦隊は目視圏内へと収まっていた。
敵艦隊もこちらへと増速しており、おそらくもう5分も経てばこちらの射程圏内へと収まるだろう。
「砲術員へ、水上戦闘用意」
船内から復唱が聞こえる。 無音の時間が過ぎる。その一時の平穏を破ったのは、旗艦あさづきのボフォース 40mm2門であった。 それに続きやえやまの2門、そして、ブッシュマスターII 30mm各隻1門の合計3門が火を吹く。
報告の真贋は、真であった。
今まで一切の効力を示さなかった各種火砲が、今までが嘘かの如く有効打を叩き出す。
Mk44 ブッシュマスターIIもボフォース40mmも、貫徹力は100mm以上に達する。
小型装甲艦の装甲なぞ、赤子の手を撚るが如く貫徹する。
既に攻撃をされている以上、無力化にこだわっている余裕など既になく、遠慮なく重要区画へと鉄塊を撃ち込む。
早くも何隻かの装甲艦を無力化しており、確認できていないものも砲撃は沈黙しているものや、弾薬へ直撃したのか大爆発を起こしているものが多数あった。
しかし、敵艦からの砲撃も激しいものであった。
既に大量の至近弾と、船尾上部に1発の直撃を食らっていた。
だが、その程度では止まらなかった。
その原動力は、戦友への恩返しと、同僚を殺されたことへの復讐心であった。
船隊はさらに突き進んでいく。
既によなくには目前であり、僚艦は自然と散開し敵艦の撃滅へと動いていた。
僚艦も既に損傷を負っているが、幸いにも致命的な打撃は無いようである。
「速力落として停泊!全力にて救援活動を行え!」
その支持の後、高速艇が降ろされ救助が開始される。
1時間ほどで軽傷者27名、重傷者12名の救助、そして、殉職者3名の遺体搬送が完了する。
僚艦もいつの間にか集結しており、艦隊の無力化に成功していたようであった。
「救助完了したな?さっさと撤収するぞ」
その言葉に呼応し、あさづき以下特務船隊計5隻が増速を開始する。
よなくにはやえやまが、よなくにが刺さっていた艦艇はあさづきが曳航し基地へと帰投していく。
至るところに被弾痕がある、その姿は既に死線を潜り抜けた歴戦の風格を醸し出していた。
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24年 7/29 10:00:内閣府:危機管理センター
危機管理センターは、先日のような喧騒を落ち着き、一時の平穏を取り戻していた。
神木はここ最近の殆どをセンターに詰めて政務を行っており、もはや寝食すらセンターの一室で済ましている。
そんな彼の私室と化したセンターの一室で、彼は尖閣沖衝突の報告書を読み込んでいた。
尖閣諸島沖での海上保安庁による警備行動 に関する報告書
発生日時 7/24 10:00〜
発生要因
ヴァクマー帝国海軍を名乗る武装集団
に対し 領海退去を実行するため派遣された 特務船隊が武装集団により攻撃を受け、損害を
受けた
戦果及び損害
戦果
小型装甲艦 30隻撃沈
小型強襲艇 50隻撃沈
捕虜 18名
損害
巡視船 4隻小破
1隻中破
1隻大破
報告書はそれ以降も長く続く。 その中でも一際興味深い内容が存在した。
"ヴァクマー帝国など、新大陸の国家の多くが魔力を動力源とした魔術を文明の根幹として利用していると判明した。
本事案において一時攻撃が無力化された原因はこれに準ずるものと思われる。
現在、特務船隊が鹵獲・曳航した重要参考物件を捕虜の協力のもと調査中である。"との報告であった。
報告書を読み続けていると、官房長官である弓木寛治がノックともに入室してくる。
どうやら閣議の出席の催促であるようだった。 仮の私室を出ると、既に閣僚が勢揃いしていた。
「すまない、報告書を読み込んでいたら時間を忘れていたようだよ」
詫びを入れながら席に着く。
一部の閣僚は神木と同様に危機管理センターに詰めている状態である。
そのことから、閣議はもはや危機管理センター内で行われていた。
そんな状況で、官房長官が閣議の開始を宣言しようとすると、神木が制止する。
「堅い前置きはよそう。国森くん、新大陸の探査の進捗はどうだ」
「はい、尖閣沖にて捕縛した捕虜を尋問した結果。大陸の大まかな形状と都市の位置、国家の情報を聞き出すことに成功いたしました。詳細は配布資料を。
また現在、海自のP-1やP-3復役させた空自のRF-4EJなどを利用し沿岸部の詳細を掴むべく偵察を実行しております。
ですが、内陸にまで手を伸ばすには、大陸に橋頭堡が必須となる推定です。」
国森がいつもと同じような調子で答える。しかし、その顔には疲労が滲み出ていた。
「大陸沿岸部の調査は完了しているならば良い。
……ヴァクマー帝国とやらと一戦交えるしかなさそうだな」
仕事に忙殺される日々は、まだ長く続きそうであった。
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24年 7/29 15:00:内閣府:首相官邸
記者会見室 14時開始の記者会見に参加して既に1時間が経過していた。 しかし、主役であろう神木は疎か、内閣官房の弓木ですら未だに姿を現していなかった。
周囲の記者たちは皆苛立ちを隠せておらず、今にでも部屋を出ていきそうな勢いであった。
実際、自分自身は苛立ちを通り越して呆れであるが。
そんなことを考えていると、ようやく主役のご登場であった。
「えー大変申し訳ない。これより会見を始めさせていただきます」
そんな軽い謝罪を聞いた瞬間、周りの記者たちの怒りが一瞬にして乱高下したように見えた。
「政府より、記者及び国民の皆様へ宣言がございます。えー既に先日の尖閣諸島沖での武力衝突に関しては、皆様ご存知と思われますが、この事案においてはヴァクマー帝国と名乗る組織が武力行使を行いました。我々が関知する組織においてヴァクマー帝国という組織は存在しないと、外務省に問い合わせ、返答を頂きました。7/10には異常現象が多く発生しており、これらを踏まえ、海上自衛隊の哨戒機によって韓国上空を飛行した結果、朝鮮半島の存在が確認できないと報告がありました。これらの証拠をもとに、各方面の有識者や研究機関と議論を重ねた結果。日本国に属する主権範囲のすべてが、異世界へ転移してしまったという結論にたどり着きました」
一室が騒然とした。政府が突如日本が転移したなんていうラノベじみた、陰謀論と言われてもおかしくないことを言い始めたのだから、当然の結果であった。
殆どの記者が神木へと質問を投げかけようと大声を上げる。
それを止めたのは当の神木であった。
「質問は後ほどお伺いいたします」
その声は、この世のものではないと思えるほどの恐怖を記者たちに与えた。
「えー、既に先日の武力衝突において逮捕した捕虜からの情報提供により、転移先の大陸の概要、便宜上新大陸と呼称いたしますが、これは掴めており、現在政府は新大陸の国家との外交的接触を試みているところであります。 しかし、既にヴァクマー帝国とは戦闘状態へと突入しており、平和的・外交的接触は不可能と結論付けました。 よって、ヴァクマー帝国による不義かつ横道なる武力の行使より国民を保護するため、自衛隊に対し防衛出動を下達及び、ヴァクマー帝国に対する防衛戦争の布告を宣言致します」
その言葉に部屋はもはや狂乱とも言えるような状況となる。
日本国が誕生して77年、場所や信念は違えど、再び戦争の道を歩むのだ。
右から左まで大騒ぎである。
そんな狂騒の中、神木はひっそりと閉会を宣言し、退場するのであった。