第35話
68年 1/28 10:00:珊・愛瑠海峡:愛瑠海軍護送団
エルジド帝国の海軍力と言うものは、それ相応であれど強大とは言い難いものであった。
艦艇の数は少なく、竜母による機動艦隊が2個と、船団護衛の艦隊が作れる程度。
だが、その練度は精鋭揃いであった。
はずだった。
今回の作戦で、竜母航空隊の殆どが消し飛び、機動艦隊は今や対空能力の高い置物と化していた。
そのため、艦隊はサンコ北部海域から撤退。
海峡での護送任務に就いていた。
平和な任務である。
「左舷前方、艦隊確認!!数駆逐16、巡洋艦7、竜母1!!船籍エルファスター・サンコ・グランシェカ!!残存不明!!」
前言撤回。
彼らの後ろには、数十隻の輸送艦がいる。
兵員・補給物資を膨大な量積んだ艦隊が。
「っち!全艦艇に通達!敵艦の足止めだ!最低限の艦艇を残して海戦に入るぞ!」
彼我戦力差は有利だ。
なんたって竜母と機動艦隊を組んでいた主力の一部だ。
旗艦の戦艦1隻に巡洋艦・駆逐艦も複数隻いる。
この距離での砲戦で負けるわけがない。
「左舷砲戦ヨウイ!巡洋艦を集中放火しろ!」
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68年 1/28 11:00:珊・愛瑠海峡:こんごう
[こんごう、及び具海軍・珊海軍・英海軍は艦隊より分離。護衛の艦艇を沈めろ]
[こんごう了解]
こんごう艦内は既に戦闘配置に就いていた。
外ではいずもの艦載機が輸送船団を沈めるべく、忙しなく発艦準備を進めている。
[こんごうより各艦へ。具海軍・珊海軍・英海軍の指揮権をこれより掌握する。
先導珊海軍、我及び具海軍、最後列に英海軍だ。このまま反航戦に持ち込むぞ]
その司令が出る頃には、既に各艦は艦隊より増速・分離を開始していた。
こんごう以外の艦艇は全艦砲戦を想定の艦艇。
秋月・島風両護衛艦も気休め程度の装甲はある。
だがこんごうの装甲は紙ぺら1枚程度の気休めにすらならない装甲。
だが、こんごうにはイージスシステムという頼れる装甲がある。
[各艦射程に入り次第射撃開始]
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海戦は熾烈を極めていた。
最初の砲火から10分が経過しただろうか。
こちらが放った砲撃はせいぜい三斉射分程度。
対して向こうはバカスカ撃ってくる。
おまけに精度もこちらと比べ物にならない。
巡洋艦に載るような口径ではないのが幸いして、未だ個艦防御用の魔導障壁は破壊されていない。
だが、このまま撃たれてはジリ貧だ。
こちらは未だ命中弾はなし。
「撃て!」
本日6回目の砲声。
前回の射撃で掠った。
今回は当たるはず、だった。
いや、むしろ当たったんだろう。
今まで唯一沈黙を貫いていた巡洋艦が唸った。
その瞬間、空中で砲撃が炸裂した。
いや違う。
砲弾を叩き落としたんだ。
「命中弾なし!諸元しゅうs」
「そのまま斉射だ!あの巡洋艦、砲撃を叩き落としてくるぞ!!」
「艦長!?何をいっt」
「いいから斉射だ!!!全砲門ぶっ放せ!!!」
「い、イエッサー!」
数秒後、海域に怒号が鳴り響く。
大口径艦砲の斉射。
今まで勝利の音色に聞こえていたその砲声は、今やそうは聞こえなかった。
30.5cm連装砲3基6門。
総重量2700kgの砲弾の嵐を耐えられる艦艇など存在するはずが無かった。
この時までは。
まず巡洋艦が砲撃を開始。
2発の砲弾が吹き飛んだ。
それと同時に、友軍の駆逐艦が敵駆逐艦に向けて砲撃。
それらはまるでどこに落ちるか分かっているかのように回避される。
巡洋艦が追加で3発の砲弾を吹き飛ばす。
それと同時だっただろうか。
途轍もない音が海域に鳴り響き、まるで光線かのような1本の光を撃ち出す。
それは最後の砲弾に吸い込まれていく。
友軍の駆逐艦も撃ち続けて入るが、巡洋艦はおろか
駆逐艦にすら当たっていない。
唯一命中しているのは、艦隊から落伍しているエルファスターの艦艇ぐらいだ。
1発の砲弾が吹き飛んでいく度に、今すぐここから逃げ出したいという感情が強まっていく。
だが、ここで退けば後ろの抵抗手段のない何百・何千もの兵士が海底に没する事になる。
「駆逐艦と共同して同時に射撃しろ!いくら何でも同時射撃は止めr」
「左舷前方より何かが接近中!海中を泳いできてるぞ!!」
その瞬間、この戦争が起こる前に読んだ論文が頭に浮かんだ。
"小型の発動機を搭載した水中推進爆弾の運用に関する提言"
簡単に言えば、水中を泳ぐ爆弾を小型艦に装備させ、敵艦艇の喫水線下に巨大な損傷を作り上げる兵器。
読んだとき、イカれていると思った。
主力艦と言われる艦艇たちが、前衛の小型艦艇にいとも容易く葬られるさまを。
そんな地獄がこの目にはっきりと映った。
「取舵!!!取舵だ!!!何がなんでも避けろ!!!」
戦艦にしては素早い転舵でそいつを避ける。
避けようとしたはずだった。
突然、直進していたはずの魚雷が旋回してこちらへと向かってくる。
船体が揺れる。
今まで聞いたことがないような轟音が響く。
「艦長!ご無事ですか!」
頭に鈍い痛みが走る。
どうやら派手に打ったらしい。
手を当てて見れば、その一部が深赤に染まる。
「く゛ぁ゛………被害状……はぁ゛!」
「艦首左舷側に破孔発生!艦首側の魔導砲区画の4割が浸水しています!」
「修復は゛!」
「水の勢いが強く、不可能です!」
「はぁ……はぁ………艦首側を放棄しろ!主砲は!使えるのか!」
「主砲は依然使用可能です!ですが砲塔内の砲弾を撃ち切れb」
「それならいい!とにかく浸水の勢いを抑えろ!対空砲区画の魔導修復員を回せ!」
そんな会話をしている間にも、エルジド帝国の誇る老兵は海底への道を辿っていた。
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68年 1/28 11:20:珊・愛瑠海峡:サンコ海軍第一護衛隊
「水雷長、射撃した0式魚雷6発全弾命中しました。敵艦隊は撤退を開始、戦艦は砲撃を停止しました」
「………そうか。まあ、対抗策の一つも持っていない艦艇に当たるのは当然っちゃ当然か………こんごうからの通信は?」
「深追い禁物、敵将兵の救助を優先せよ。とのことです…………艦長?いかがなさいました?」
「いや、大したことじゃないんだが………これまで俺達は、いや、この世界の大半の人間が、戦艦に勝てるのは戦艦だけだ。そう思っていたはずだ。
それが………そんな戦艦がこうも容易く撃沈されていると思うと、色々と思うことがな」
その声は喜びと同時に、悲しみも含んでいるように思えた。
竜母や小型艦艇が護衛を蹴散らし、戦艦が突貫する。
そんな海戦からの転換点。
小型艦が戦艦を屠ることのできる戦場。
「救助だったな?艦載艇も降ろして救助しろ」
「了解しました」
艦内の伝達は艦橋の内線電話から行える。
未だに、その内線電話の仕組みは知らないし、本当に情報が伝達できているのか不安に思うこともある。
だが、そんな感情を消し去るように、艦載艇が降ろされていく。
もちろん、内線電話が使えなくなったときのために、伝令は決めているし、そういった事態に備えた訓練もしている。
伝令を見るのはその時くらいだ。
「最近は………随分と疲れるな………」
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68年 1/28 11:15:珊・愛瑠海峡:揚陸護送船団
揚陸艦に揺られていたエルジド帝国陸軍は、今日が地獄の最後を迎える日だとも知らず、ゆうゆうと航海を楽しんでいた。
「最後の豪遊か、クソったれだな」
「まあまあ、兵曹長。先を考えるより今を楽しんだ方が気が楽ですよ」
「………そうかもな」
そう言って酒を飲む。
エルジド帝国陸軍が持つ兵員輸送船の大半は、客船レベルの設備を兼ね備えた船舶である。
帝国の軍事目標はサンコ諸島国ただ一つ。
だからこそ、地獄へと送り込まれる兵士の指揮を上げるため、慰安するための設備であった。
その設備は、1時間後には海底に没している事だろう。
彼らの乗る輸送船の右前方。
彼らが兵員輸送船3号と呼称する船の中央で、ただただ船を破壊するためだけに製造された兵器が炸裂した。
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25年 1/28 11:17:珊・愛瑠海峡:護衛艦 いずも
「ASM-3B、6発全弾命中。90式SSM、12発全弾命中。敵輸送船団は壊滅しました」
「そうか」
「……救助に向かいますか?」
「…………………いや、いい。救助は行わない。護衛の艦隊の乗員のみ救助する」
ASM-3B。
ASM-3AをF-35にて運用できるよう、突貫工事で改修・採用された空対艦ミサイルである。
「こうも……こうも交戦距離が長くなると、こんなにも人間を殺した実感が無いんだな」
艦内を静寂が支配する。
これが、海上自衛隊による初の本格的な海戦となったのであった。
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25年 1/22 12:00:東京都:浅草
「っーーーーーー!」
ソフィアと城山の二人は、浅草周辺の飲食店にて食事を取っていた。
もちろんという訳ではないが、東京発祥ローカルフード。
もんじゃ焼きである。
この世界の住人っていうものは、食事に興味がないのか、まともな食事がないのか知らないが、えらく日本の食事を好むきらいがある。
魔改造されたソルノクの街でも、日本から輸出された食事文化が侵略を開始している。
「これ美味しいです!すっごい美味しいです!」
「お気に召したようで」
「………………」
「どうしました?何か嫌いなものでも入ってましたか?」
「いっいえ!その…………食べ過ぎかなぁ………って………」
「……?せっかくの観光ですし、少しぐらいいいんじゃないですか?」
「た、確かにそうですね!よし………」
そう言って、パクパク食べるのを再開していた。
一度ここで食べたことがあるのだが…………よくも何品も頼んで食べられるものだ。
一体全体、食べたものがどこに消えているのかわからないが。
まあ、楽しく食べられているならいいだろう。
自分も頼んだもんじゃを食べる。
私が遅いのか、ソフィアが食べるのが早いのか知らないが、随分と食べるスピードに差がある気がする。
これなら、食べ放題制にしたほうが良かったかもしれない。
どうも、この調子だと相当財布が寂しくなりそうだ。
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25年 1/22 20:00:日本国:群馬県某所
ソフィアと解散し、帰路について1時間ほどか。
助手席に置いていた電話がなる。
[城山、どうだ?]
[何人か付けてきたらしき輩がいました。………アジア系]
[アジア?どこの奴らだ]
[北か中華か、までは]
[国内の中華・北系の諜報工作員は台湾危機辺りで一掃されたと思っていたが……]
車を走らせる。
拠点まであと1時間といったところか。
[にしても、よくあの検問を突破できましたね。羽田・成田の連中は相当昔も優秀と聞いていましたが]
[まあ、やろうと思えばいくらでもやりようはあるからな]
[残りは戻ってから報告します。では]
電話を切って放り出す。
バックミラーを見れば、随分と進路が同じ車が見える。
車載端末で照会を掛けたが、盗難車。
ダッシュボードから拳銃を取り出す。
Heckler&Koch SFP-9を右手に握り、ハンドルを転がす。
高速道路である以上、スポーツカーでもない限り撒くなんて出来やしない。
「迎撃か……」
窓を開けながら呟く。
車を時計回りに回す。
窓から拳銃を握る右手だけを出し、9mmを放つ。
ダブルタップで胴体へ2発。
次いで、頭に1発。
ダブルタップからのモザンビークである。
車両が右ヘと逸れる。
車を降りながら、警察に通報する。
中央分離帯に突っ込んだ車のドアを強引に開ける。
死んだ諜報員の顔写真を取る。
額に一発の9mmがめり込んでいた。
ダブルタップは正確に胸骨柄の位置をワンホールしていた。
車を漁れば、中華製の拳銃が出てくる。
「QSZ-92か。最新……とまでは行かないが」
後ろに回り、トランクを開ける。
「QBZ-03……一体どっからこんなもん持ち込んだんだよ……」
両方をQBZ-03の入っていたガンケースに仕舞う。
マガジンも、もちろん回収する。
これは、ありがたく国内外の工作で使われることとなるだろう。
足のつかない武器として便利だ。
死体を引き摺り降ろし、車のトランクに詰め込む。
車両に乗り込み、エンジンをかける。
サイレンが近づいてくるのが聞こえてきた頃には、既に車両は高速道を走り去っていた。




