第34話
25年 1/22 10:40:東京都:浅草
ホテルを出てから早め40分程。
それだけの時間車に揺られても、ソフィアの体調は一切の変化がなかった。
もともと、車は揺れるわ暴れるわで好まず、馬車等の古い移動方法を好んでいた訳だが。
それを嘲笑うかの様に、この車は揺れもしない暴れもしなかった。
車自体の性能も良いのだろうが、道路の舗装もその一助になっているのだろう。
彼も詳しくは知らない様だが、聞いた限り、日本で主要な建材として使われるコンクリートの親戚のようなものらしい。
ルレラにある道路の大半は砂利道、都市部はマダカム舗装という施工が為されているらしいが、どちらにせよ日本の道路に比べれば劣るだろう。
「ソフィアさん、着きましたよ。あとは目と鼻の先です」
「あ、はい!楽しみです!」
城山さんに釣られて車を降りる。
どうやら近くの駐車場らしい、まだ普通の、この1ヶ月で見慣れた町並みだ。
2分ほど歩いただろうか、騒がしくなってくる。
地元の観光地のような……
「これは……」
「東京観光の代名詞と言うくらいには有名な観光地、浅草寺・仲見世通りになります」
正面には、雷門とデカデカと貼られた門。
その奥には、多くの観光客がたむろしていた。
「随分と人気な観光地何ですね……観光にここまで力を割けるとは……」
「ソフィアさん、行きますよ」
「はっはい!」
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10時にホテルを出てから1時間と半分程度だろうか。
よほど朝聞いてから楽しみにしていたのか、大はしゃぎだ。
正直、期待はずれなどと言われたら悲しかったのだが、どうやらお気に召したようだ。
特に、通りのスイーツに。
「つ、次はこれ食べてもいいですかぁ!?」
最初にきびだんごに始まり、みたらしだんごに和菓子と。
今日だけで仲見世通りのすべてのスイーツを食べ尽くさんとする勢いである。
「えぇ、いいですよ」
正直財布が少し寂しくなっているが、まあどうせ経費で落ちるだろうから問題はない。
というか、落ちなかったら上司にクレーム案件である。
「すいません、どら焼き一つ」
「あいよ。にしても、随分と男前だねぇ。後ろのべっぴんさんは彼女さんかい?」
「へ!?か、かにじゅ!?」
「違いますよ、ちょっとした知り合いです」
「はっはっはは、そうかい。ほれ、お一つおまけだよ」
そう言って、2つののどら焼きを差し出してくる。
「すいません、ありがとうございます」
「いいのよいいのよ、一緒の食べなさいな」
「ええ、そうします」
後ろを見れば、ソフィアさんがカオを真っ赤にして佇んでいた。
別に気にすること無いのだがな、よくいる調子のいいおかみさんだ。
「ソフィアさん、どら焼きどうぞ」
「ふぁ、ふぁい」
「特段気にすることないですよ、ああいう調子のいいおかみさんは良くいますから」
「……はい」
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68年 1/26 12:00:珊諸島国:ムオール
既にエルジド帝国との最前線はムオール市街地の目と鼻の先であった。
「今日も今日とて地獄の防衛戦だな」
「そういや、人道支援に来てるジエイタイの連中が、今日は晴れ時々人間とか物騒なこと言っていたが、何だったんだろうな」
「さあな。向こうで飛竜をバカスカ落としてんじゃねえか?」
「………なんかとんでもねえ音聞こえねえか?上から」
そう言われて、上を見る。
そこにはよく飛来してくる日本の航空機が居た。
「あぁ〜いつもの日本の飛行機だろ。どうせ物資を落としてすぐ……」
落ちてきたものは目を疑うものだった。
これほど自身のよい視力を疑うものは、およそ将来ないと思える程には。
「………は?」
「どうした」
「………日本の天気予知は正しかった……ほんとに人が降ってきてやがる………」
「はぁ?とうとう薬の飲み過ぎで目がイカれたか?」
「いいや、俺は至ってまともだぞ。上を見てみろ」
「あぁ?お〜〜、いや、人なんて見えんぞ。例の物資を落としてくやつに付いてるのしか見えねえ」
「それに人間がぶら下がってんだよ!ありゃ日本の援軍だ!
ほら、ヴァクマーから来た連中が言ってただろ!空から降りてくる日本からの神の使徒!」
自分でも、なぜここまであれがこの戦場を破壊する救世主だと熱弁しているのか、わからなかった。
だが、これだけは言える。
日本は神をも超越し得るのかもしれない、と。
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25年 1/26 12:20:珊諸島国:ムオール郊外
レンドロ協定連合軍、日本国陸上自衛隊所属第一空挺団は、ムオール郊外の敵拠点後方に降下していた。
抵抗はほぼ皆無。
まさか、空から人間が完全武装で降ってくるなど思いもしなかったのだろう。
降下したのは、第一普通科大隊第一中隊。
空挺団の実力ならば、このサンコ諸島国に居座っているエルジド帝国軍をすべて、殲滅しかねない陣容である。
もちろん、空挺団の後にはムオールに第二挺団が揚陸せんと既に航海を開始している。
「中隊長、点呼完了しました。全人員確認、いつでも行動開始できます」
「よし、事前の偵察じゃ、ムオールの前面にエルジドの軍が展開してるんだよな?その補給経路は………」
「よっぽど前時代的な輸送じゃなければ、想定されるルートはおそらくこの街道でしょう。この街道から繋がる小さな町、ここを補給拠点にすれば兵站は盤石になる」
そう言って、一つの道路が指差される。
クリラ−ムオール間東西に横断する街道は複数ある。
だが、そのうちの一つを除いて、その路面状況は凄惨の一言であった。
おかげで、軍事用途に運用できる街道は1本。
その街道を抑えれば、敵も味方も容易に補給不足に陥らせることができる。
「第二挺団の進行ルートもこの街道を軸として行くしかないな。爆破妨害するわけにはいかん。補給ハブになっている都市の戦力は?」
「目下オートにて偵察中です。戻り次第」
「わかった。仮の方針として都市を奪取する方針で動くぞ」
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68年 1/26 23:00:珊諸島国:補給ハブ
エルジド帝国の補給網というのは、非常に脆弱であった。
だが、それはすでに過去の話となっていた。
今までは、せいぜい馬車や飛竜による輸送だけだったわけだ。
それらは今や、ルレラ連邦からレンドリースされた車両に置き換わっている。
サンコの連中も、日本から輸出された車両を使っているらしい。
だが、前線に出てくる日本の車両は、ルレラのものと違って防御力が貧弱らしい。
機動力はある程度あるが、小火器で簡単に制圧できる。
「やっぱ、日本なんか大したことないみたいだよな。海軍は強いらしいが………典型的な海軍国家なんじゃねえか?」
「だよなぁ、車両は小火器で破壊できるとか。おまけに、同盟国が責められても尻尾巻いて逃げたらs」
「おーーい!定期連絡だ!異常は!?」
「異常なしだ!」
「了解した!お前ら!敵を侮るのはいいが、それで後悔するなよ!」
そんなことを大声で話しながら、本部の伝令が帰っていく。
事実を言って何が悪い。
実際、前線は日に日に押せている。
確かに、抵抗は想定よりも頑強だが、これならば来月初頭にはどうせ帰れる。
「ったく、気分良かったのによ」
「だな………」
そう言って水嚢の水を呷ろうとした。
その時だった。
前線ではいつも聞く至近を銃弾が通り抜けた音。
それを数倍、数十倍鋭くした、恐怖。
目の前で、つい数秒前まで話していた人間が、ただの肉塊へと変貌し、城壁から転げ落ちて行く。
「っっっっ!敵襲!!!敵襲だ!!!」
そう叫びながら、反射的にライフルを手に取っていた。
既に外は暗闇だ。
そんな状況で攻撃するなんてイカれてる。
攻撃をどれだけ受けても、外に見えるのは発砲炎だけだ。
それすら、銃弾の嵐で大して見られない。
「おい!どうなってる!異常なしなんじゃないのかよ!」
「俺に聞くんじゃねえ!とにかく敵襲だ!!大部隊の襲撃だ!!」
都市全体に警報音が鳴り響く。
サンコ諸島国の連中が置いていった警報機だ。
手回しでイカれた大音声を響かせるバケモノ。
一体いつこんなものを実用化したのか知らないが、少なくとも敵味方双方とも重宝していた。
だが、耳障りだ。
「さっさと本部に行ってこう言ってこい!!!北門に直ぐ部隊をよこせってな!!!」
そう言って伝令を突き飛ばす。
その瞬間、近くで爆破音が聞こえる。
蜂の巣を突いたような騒ぎで、もはや昼間の様な明るさと煩さに覗くのは、遠くの南門から上がる白煙。
明らかにおかしい爆音。
サンコの最精鋭の野戦部隊でもこんな魔導攻撃はできない。
それを認識したとて、敵がどれだけイカれているか考える暇などなかった。
パラパラと、北門が持ち場の兵士が集まってきていた。
「おい当直!状況教えろ!!!」
「大部隊による襲撃!目的不明!位置は発砲炎の位置!徐々に近づいてきてる!」
「距離は!」
「150m!」
最低限の情報だけを叫ぶ。
もはや南門のことなど頭から霧散していた。
「今魔導兵が向かってる!耐えるぞ!」
銃撃は時間が経つごとに激しくなっている。
だが、それは火力が集中しているだけだ。
銃声の密度は対して上がっていない。
「魔導兵到着!!」
「よし!!敵を吹き飛ばしてやれ!!!」
魔導兵というものは、一般兵とほとんど変わりない。
だが、決定的な違いがある。
それは、魔法による火力支援である。
現代の米軍歩兵分隊で言えば、M203を装備した擲弾筒手のようなものだ。
そもそも、個々の火力が低いこの世界の軍隊では、彼らのような魔導兵は、現場レベルで動かすことができる最高火力だ。
だからこそ重要であり、戦争において死傷率が高い兵種でもある。
「攻撃用意!!!Magic away!!!!」
つい数秒前まで火点となっていた場所に、大きな火柱が上がる。
それと同時に、目の前の城門が盛大に吹き飛ぶ。
「おい!!!誰だ誤射した間抜けは!!!」
「敵兵しんn」
その時にはもう遅かった。
別の場所から応援に回されてきた部隊は、メインの道を駆けていた。
その目の前に城門がある。
吹き飛ばされた城門から、直線に存在した増援の兵士が、まるで魂でも抜かれたかのように倒れていく。
彼らに逃げ場などなく、ただ目の前の閃光を眺めていることしかできなかった。
下の城門からぞろぞろと敵兵が入ってくる。
それを止めんと、城壁の上から射撃しようとした連中は、顔を出した瞬間肉塊へと変貌していく。
高い射撃練度と統制。
無駄のない安全確保と連携。
俺達とは比べ物にならない火力。
勝てるわけがない。
既に、戦意なんてものは消し飛んでいた。
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25年 1/28 10:00:珊・愛瑠海峡:海上自衛隊
旗艦いずも。
こんごう、まや、むらさめ、いかづち、あけぼの、ありあけ、あきづき。
レンドロ協定連合軍の海上戦力の主体は、海上自衛隊第一護衛群が担っていた。
本来であれば、主戦力となるべきエルファスターの艦艇は、駆逐艦が8隻程度。
もちろん、この世界基準での駆逐艦である。
決して、主力艦を意味する駆逐艦ではない。
以外だったのは、この連合艦隊において日本が輸出した護衛艦群を派遣している国家がいたことだ。
それがグランシェカである。
同国は無償の1コ戦隊分と4コ戦隊分を購入していたわけだが。
エルファスターは数の多さと日本との地理的要因
ヴァクマーはエルファスターと日本の海上戦力による安全の保障。
これらの要因から、海軍戦力の増強が急務のサンコ及び、金と資源にものを言わせたグランシェカが優先的に納入されていた。
残念ながら、本来ならば年末には就役予定だったサンコの納入分は、訓練中に戦争状態へ突入し日本にて待機中である。
だが、グランシェカ納入分は予定通り年始に就役し、すでに国防の任へとついていた。
ちなみに、待機中の珊諸島国海軍も参加している。
合計して護衛艦8隻、駆逐艦8隻、駆逐艦8隻の任務は海峡における通商破壊。
サンコ諸島国侵攻部隊を兵糧攻めすることであった。




