第33話
25年 1/21 10:00:珊諸島国:ムオール
病院船襲撃から一夜が明けた。
幸いにも、自衛官等の日本人に被害は無く、病院船本体等も機能を喪失するような被害はなかった。
だが、ムオール市街地の状況は悲惨そのものであった。
病院船空襲の裏では、別働隊による空襲が行われており、それにより市街地の殆どが被害を受けた。
行方不明者も多数発生しており、自衛官も多くが任務に従事する傍ら、市民と共に市街地の救助活動も行っていた。
「おーい!そっち持ってくれ!」
「行くぞ〜!1,2,3っ!」
「要救助者1名発見!担架こっちに回せ!」
多少の機材はあれど、数はないため肉体労働による人海戦術を取るしか方法はなかった。
一夜で多くの市民が救出されているが、炊き出しを行っている港では、未だ多くの人々が友人や家族の帰りを待っている。
ムオールには病院船襲撃から断続的に空襲が続いており、そのたびに救助が止まるわ瓦礫が戻るわ。
防空壕は救助地点など複数に拵えてはいるが、それでも負傷者は何人も出ている。
「敵航空機だ!誰か空襲警報鳴らせ!」
「またかよクソッタレ!お前らは逃げろ!俺が鳴らす!」
航空機の知らせを聞いて、救助活動中の自衛官の殆どが直ぐに避難誘導を開始していた。
一部は唯一携行している火器であるP220を抜いて、迎撃態勢を整えている。
敵機は複数。
現状敵の航空部隊のドクトリンはわからない。
わからないが、唯一わかることはA-10の様に低空飛行で空襲を行う。
低空なら、パイロットを落とせば何とかなるかも知れないという、微かな希望が自衛官に迎撃の択を与えていた。
「敵機上空!緩降下にて攻撃態勢!」
「撃て!撃ち始めろ!」
いつもは市街地を焼け野原にして帰っていく。
だが、その時の空襲は違った。
「敵!こっちを狙ってる!」
「おい逃げろ!」
遅かった。
4名ほどの隊員が火球に飲まれる。
その先に残っていたのは、ただの地獄であった。
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25年 1/21 17:00:号外
自衛官4名殉職
政府、自衛隊の本格派遣に向け協議
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25年 1/25 15:00:日本国:首相官邸
「〜〜〜政府での協議及び、サンコ諸島国政府やレンドロ協定国家との調整の結果、同国の治安回復及び維持の為、自衛隊の派遣を決定いたしました
同国は現在、エルジド帝国による宣戦布告無しでの侵攻を受けており、これに対し、レンドロ協定参加国による集団的自衛権を行使するものでございます。
今回の派遣につきまして、エルジド帝国本土への攻撃は補給の観点から厳しいものであり、あくまでサンコ諸島国の防衛に徹するものでございます」
ここ最近の記者会見というのは、伝説の1時間遅刻の会見然り、歴史の教科書に乗りそうな歴史的転換点になり得るものが多い。
それだけ日本という国が密かに追い詰められているということなのだろうが。
それにしても、レンドロ協定の国々は我先にと軍隊を撤収させていたというのに、よくも引き釣りこんだものだ。
まあ、最悪強行手段として軍事力による蹂躙の択がある以上、強気に出られるとでも思っておこう。
「質疑応答に入ります。質問ございますか?」
そこいらでわらわらと手が挙がるのに釣られ、自らも手を挙げる。
「えーそちらの〜読買新聞さん」
まさか当たるか。
何も考えちゃいないぞ。
「え〜日本とサンコ諸島国は防衛協定を結んでいたと思いますが、こちらの協定を行使せず、人道支援を行っていたのは何故でしょうか?」
我ながら、突発的に出てきたにしては素晴らしい質問だと思う。
「はい、日本とサンコ諸島国は確かに防衛協定を結んでおります。
ただ、今回の場合はエルジド帝国による宣戦布告がなく、サンコ諸島国が戦争状態に突入したと断定できない点がありました。
また、同国政府の軍事支援要請等も無く、人道支援とした次第でございます」
「回答ありがとう御座います」
「それは次の方!」
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25年 1/25 20:00:珊諸島国:ムオール
自衛隊を基幹とした多国籍軍派遣の報から5時間。
もともと派遣されていた人道支援部隊は、前線での戦闘激化を想定し大至急準備を開始していた。
翌日早朝には第一梯団が到着するというのだから大騒ぎだ。
あまりに動きが性急すぎる。
おまけにここには飛行場になりそうな場所もない。
空挺でも投入するつもりなのか知らないが、どちらにせよ急がねばならないことに変わりはない。
後続が来るならば、突破されても退避とはいかない。
どこに降下するのかは知らないが、退避すれば前線に部隊を孤立させ、第二挺団に強襲揚陸を強いる羽目になる。
「くにさきのCIWSはどうだ?修理はできそうか?」
「レーダー類が破損して修復不可能だそうです。本土まで一度撤収すると報告がありました」
「そうか。火器の収集はどうだ、どれだけ掻き集められた」
「最低限、と言ったところです。小集団程度なら迎撃できます。ただ、迎撃できるだけです」
ため息が漏れる。
おそらく、本当に迎撃"できるだけ"だ。
撃退することもできないし、守れるだけの火器も無いのだろう。
「第一梯団が明日到着って……おそらく空挺団ですよね?となると……」
「まあ、後方に降下するだろうな」
「団長、病院船のほとんどは民間船です。民間の医者も居ます。にほんばれ・ようこう以外は退避させるべきです」
「………なるべく多くの負傷者を搭乗させて退避させろ。医者も希望者以外は退避させろ」
「了解しました」
「あと、サンコの連中に言っておけ。明日の天気は晴れ時々人間だってな」
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25年 1/22 6:00:日本国:某ホテル
ルレラ連合のヴルラ自治共和国。
その"元"首相夫人であるソフィア・エレミエフは東京都心部のホテルで事実上の軟禁状態となっていた。
同時に保護された子供は、もともと近くを通りかかっただけの無関係の孤児だった。
そのため、里親を募って北の大地で暮らすことになったそうだ。
北というと寒い印象があるが……まあ、この国は随分と発展しているようだし、大丈夫だろう。
さて、約1ヶ月も軟禁されているわけだが、警護上の理由である。
何から警護するか?もちろんスパイや工作員からである。
日本という国にとって、ソフィアという人物は外交上の一枚のカードとして有用であった。
日本は彼女がいる限り、ヴルラ自治共和国までの進駐の口実が作れる。
それをみすみす逃す訳にはいかない。
現在、日本という国への入国手段というのは非常に複雑化していた。
第一の手段が国際線を使用し、成田か羽田に飛ぶ方法。
この方法だと正規の入国であり、様々な行為が容易になる。
だが、スパイなどにとっては日本の入国審査は難関であり、入管は99.9%は遮断できていると豪語している。
第二の手段がエルファスター連合帝国から樺太へ飛び、その後国内線を使用するルート。
現状、樺太から列島への航空便は国内線扱いであり、エルファスター側の樺太への入国審査はハッキリ言ってザルであった。
そのため、樺太へ入国した後に樺太から羽田や成田へ飛ぶといったルートが構築されている。
警備も強化されてはいるが、それでもすべてを取り締まることは厳しかった。
次に、第二の手段から分岐し、樺太から宗谷海峡を渡るルート。
そして、完全な不法入国をするルート。
この多種多様なルートがある以上、軟禁状態となってしまうのは仕方ないことであった。
「ソフィアさん入りますね」
「ええ、大丈夫です」
「こちら、今日の朝食になります。それで、先日のお話なのですが……」
「外出の件ですか?いかがでしたでしょうか……」
数日前に、彼女から自由外出ができないか打診されていた。
彼女が日本国内に滞在してから、既に約1ヶ月が経過しているわけだが、その中で外出したのは政府などへの事情聴取のため移動したぐらいだ。
彼女からすれば、せっかく見れるかもわからなかった、異常なまでに発展した異国に来たのだ。
その国家を視察してみたいという気持ちがあるのだろう。
「はい、上に話しました結果なのですが、私服の警備が何人か着く形での近隣への外出の許可が降りました」
「本当ですか!?なんと……」
「はい、既に専属の護衛が今日の10時頃には到着しますよ」
「今日!今日から出ます!」
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なんだこの大男は。
うきうきでフロントのドアを抜けた先に待っていたのは、身長180はあろうかという、筋肉モリモリマッチョマンの変態であった。
デカすぎて固定資産税が掛かりそうなほどの巨漢である。
しかも腕を組み、仏頂面で仁王立ちしていた。
「……えー、っと、貴方が護衛の方でよろしいんです……かね?」
「はい」
「えーっと、よろしくお願いしま、す」
「ええ、よろしくお願いします」
そう言いながら、車両のドアを開ける巨漢。
それに誘われる様に車両の中に入る。
中のシートはふかふか、座り心地は相当いいものだった。
こんな車両に乗ってしまってもいいのだろうか。
護衛の巨漢も、運転席に乗り込んでくる。
「その、お名前とかって聞いても、よろしいですか、ね?」
「城山大樹です。城山とでも呼んで頂ければ」
「しろやまさん……城山さんですね」
車が発進する。
揺れはほとんど感じない。
何か、安心するような運転だった。
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気まず過ぎる。
車が出てからどれだけ経ったかわからないが、一切の会話がない。
行きたい場所を言おうにも、そもそもこの国の名所を知らない。
首都とは聞いた、おそらく工場や研究所はあるだろう。
だが観光名所を知らない。
流石に、最初から工場や研究所はやめた方がいいだろう。
「どこか、行きたい場所はありますか?ジャンルなどでも良いですが」
「あ、えっと、……とりあえず、観光地に行ってみたいです。近くでいいですので」
「観光地ですね。それなら良いところがありますよ。まあ、我々からすれば見飽きた場所にはなりますが」
そう言って車を転がしている。
迷いが無いところを見るに、本当に見飽きた場所なのだろう。
「なんか……すみません」
「いえいえ、これも仕事ですから」
そういった彼の顔は、少し微笑んでいるように見えた。




