第32話
68年 1/6 15:00:日本国:樺太特別区
ダルア帝国やルレラ連邦のスパイは、初めは日本国の首都や大都市への潜伏を試みていた。
だが、その試みは日本国境検問所の努力によって阻止された。
その結果が羽田襲撃事件である。
そんな彼らの次の標的は、日英によって共同で統治されている樺太であった。
樺太は、羽田ほど空港設備が整っていないことや、英連合帝国からの入国である場合、審査がザルであった。
それでいて、ダルア帝国やルレラ連合の欲する情報が飽和していた。
例えば軍事情報。
特別区内の書店を漁れば、自衛隊や大戦期の兵器を紹介する本など掃いて捨てるほどある。
技術書も同様。
買って持ち出すのに規制はあるが、情報を完全に塞き止めることは不可能であった。
それこそ、翻訳・暗記して言伝でもいいし、ザルな警備を掻い潜って持ち出してもいい。
だからこそ、樺太が狙われる訳だ。
そんな、樺太に複数いるであろう他国のスパイ。
その一端である彼の部屋には、そんな掃いて捨てるほどある書籍が山積みになっていた。
その翻訳作業をここ数日篭りっきりで行っていた。
「あぁー。ほんとこの言語は頭がおかしいんじゃないか?なんで3種類もあるんだよ。馬鹿じゃねえのか」
日本語というのはイカれている。
という話は有名である。
米国外務職員局(FSI)の調査において、日本語はカテゴリー5。
習得に2200時間を要するとされている。
同カテゴリーの言語はアラビア語と広東・北京の中国語、そして韓国語である。
そんなイカれた言語を翻訳するということは、英語モドキの話者である彼らにとって至難の技であろう。
「もしコイツらがなかったら諦めて本国にぶん投げてたな」
そう言って、彼の机の上にあるのは、和英辞典と国語辞典である。
書店で見つけた、実に素晴らしい逸品である。
これがあるという事自体が、この日本という国家がイカれている事を表している気がするが、本国に報告してからそんなことは頭から追放している。
「戦車に垂直離陸航空機、おまけに誘導弾……あー辞めだ辞め。本国がどんどん劣って見える」
そう言って、樺太の販売所で買った携帯電話を取り出す。
情報を入手するにはテレビとやらがいいらしいが、手持ちの金では手が届かなかった。
そんなときに見つけたのがコレだ。
テレビと同じような情報が手に入り、おまけに過去の事柄も調査できる。
どうやら中古品らしいが、動作と性能は保証されているらしい。
最近は、もっぱらこの携帯電話と新聞を買って情報を収集するのが日課であった。
「日本を戦争に引っ張り出せそうな情報を寄越せ……か。んなもん早々あるわけ………日本国籍の病院船が活躍…か」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
68年 1/12 6:00:珊諸島国:フォート・ベンジャミン
「ふざけるな!我々は野蛮人になったつもりは無いぞ!」
「だが上からの命令だ。やらぬならば更迭するぞ」
「本国政府や前線からもあの船は人道支援のための船舶と報告が来ている!その実態が敵味方関係なく運び込まれた全ての患者を治療する病院船であることもな!」
最悪の気分だ。
朝っぱらから叩き起こされ、命令される内容が病院船への空襲?
冗談じゃない!
前線の兵士から、日本のワイバーンが中立地帯の負傷者を軒並み連れて行ったと聞いている。
話を聞けば人道支援のための船に連れて行くと。
海軍の偵察隊からもそんな船があるという確認が取れている。
そんな船を攻撃する?
本国は日本と戦争でもしたいのか。
「断固拒否する。我々は誇り高きエルジド帝国陸軍だ!民間人も乗船している、民間人と負傷者を処刑するような非人道行為に加担するなど言語道断!」
「ならば更迭するだけだ。おい、船に連れてけ」
「私を更迭したところでそうやすやすと攻撃できると思うなよ。ここにいるワイバーン乗り達は皆私の教え子だ。私の思想の継承者だ」
「……うるさいのが失せたな。参謀長、君が軍の指揮を取れ。病院船の空襲だ、いいな?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
25年 1/20 17:00:号外
派遣人道支援部隊強襲!
エルジド帝国空軍の仕業か!?
派遣部隊負傷者多数
非武装派遣は間違いか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
25年 1/20 18:00:SNS
○ 〜〜〜〜
野蛮人国家かよ。今時病院船攻撃って
○ 〜〜〜〜
自衛隊攻撃されたってこと?反撃しようぜ
○ 〜〜〜〜
さっさと叩き潰すべき
○ 〜〜〜〜
スキャンダルで有耶無耶になってたけど、
やっぱりさっさと介入すべきだったんじ
ゃないの?
○ 〜〜〜〜
エルジド帝国に制裁を!!
大日本帝国万歳!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
25年 1/21 10:00:日本国:危機管理センター
「病院船が攻撃されたとは本当なのか?」
「ええ、どうやら停泊中に攻撃されたようです。幸い死者はおりません」
「あれじゃないのか?こちらの意図が伝わっていないという可能性は」
「中立国からエルジドへ通達しています。それはないかと」
「そうか………にしても、ちょっと前まで神木内閣を批判していたかと思えば、今度は介入だの非武装は間違いだの………随分と自分勝手なものだな」
そう言って、椅子にどっかり座り込む。
もともと、この内閣は2つの野党の連立と離反者が協力してできた存在だ。
用は勝ち馬に乗りたいだけの存在も大多数。
そんな存在は、古今東西常々脆い。
「少なくとも、今サンコに介入するわけにはいかない。それがうちの公約だ、手のひら返しと批判されかねない」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
25年 1/20 8:00:珊諸島国:ムオール
ムオールの港では、朝の炊き出しが行われていた。
相も変わらずバリエーション豊かな食事が提供されているが、グランシェカやヴァクマーから直接買い付けた食料。
それをタンカーで直接ムオール市街地まで搬入している。
おかげで、食料供給は安定していると同時に、多少の食材の統一感も持たされていた。
ムオール現地部隊の多少の要望により、食事は主に和食になっていた。
お盆に塩おにぎり、それに配給の場所によって作り置きの焼きしゃけや煮物を温めて提供している。
そんな、多少の平穏が続いていた。
多少、エルジド帝国の航空隊の偵察が来ているが、病院船や派遣任務の性格上、攻撃はしていなかった。
今日は、珍しくくにさきも沿岸が治療も終わった軽症者の揚陸の為、入港していた。
「負傷者の揚陸、今のところ半分くらいです。この調子でいけば、10時ぐらいには終わると思います」
「そうか、ついでに食料の積み込みもするか?ヘリの燃料も勿体無いしな」
「了解しまs」
「艦長!西方より航空機集団接近中!確実に偵察じゃぁありません!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
68年 1/20 8:15:珊諸島国:ムオール西部
「隊長……ほんとに大丈夫なんですか?人道支援用の船舶を攻撃するなんて。そこら中から批判が殺到するのでは?」
「俺も気乗りはせんがな、命令ならやるしかない。俺らが本土から引っ張りだされたのは現地部隊が壊滅したかららしい。ほんとにそんな理由か怪しいがな」
「小隊長!攻撃開始時刻です!」
「……わかった。全部隊降下開始!目標は日本国籍の病院船だ!市街地攻撃は次点でいい!」
開始の合図とともに、無数の竜が降下を開始する。
その眼下の市街地に、民間人は殆ど存在しなかった。
あるのは、日本の病院船と輸送船、大型艦。
大型艦?
偵察隊の報告は赤十字を掲げた大型軍用輸送船と民間船と思しき赤十字を掲げた病院船だけのはずだ。
あんな大型艦報告にない!
「全部隊あの赤十字を掲げてない大型艦を先に叩け!」
既に攻撃を中止できるような高度にはいない。
ならさっさと脅威になり得る存在を叩き潰すしかない。
「って!敵艦発砲!病院船じゃありません!軍艦です!」
「クソッタレ!」
輸送で寄港していた軍艦か何かがちょうど居たってか!?
冗談じゃない!
偵察隊のアホどもが、覚えてやがれ。
「対空砲火に怯えるな!たかが2門だ!」
たかが2門だ。
大した弾幕を張れるわけがない。
甲板には複数の天幕が見えた。
赤十字が掲げられいる天幕だ。
だが病院船の定義は非武装、弾幕を貼っている船が病院船なんざ言われて、「ハイそうですか」となるわけがない。
それに、弾幕を貼っているのは件の大型艦だけだ。
それならば、大型艦さえ無力化すれば、あとは攻撃してきた船団の一員だったという大義名分ができる。
そう言い聞かせるんだ。
沖合で支援していた軍艦が、寄港していたタイミングで通過しようとしたら攻撃を受けた。
だから反撃した。
強引に対空砲火を突破する。
たかが2門でも、精度は抜群だった。
だがこっちは十数騎いる。
対応できるわけがない。
「対空砲1基無力化しました!」
その声と同時に、対空砲火の光線が減った。
あとは一つ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
25年 1/20 8:25:珊諸島国:ムオール
「CIWS1基無力化されました!残り1基!」
「クソ!艦内の火器をかき集めろ!甲板上から射撃だ!」
状況は最悪だった。
現状、このクリラの港湾に存在する火力はCIWSが2基のみ。
他は非武装だ。
厳密に言えば、くにさき艦載で前線救護用に駆り出されているSH-60Jが機関銃を装備している。
が、それは今甲板にいる。
救護者を引き摺り下ろして艦内に避難させている最中だ。
「救護者退避完了!直ぐに飛ばせます!」
前言撤回。
「今すぐ飛ばせ!あの野蛮人共を叩き落とせ!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
25年 1/20 9:10:珊諸島国:くにさき上空
「弾幕張れ弾幕!撃ち続けろ!じゃないとこっちがまる焦げだぞ!」
「撃ってます!無茶言わんといてください!」
くにさきの上空を旋回しているSH-60Jの機内は大騒ぎであった。
上空に上がるやいなや集中砲火である。
既にCIWSは2基とも無力化され、対空戦闘を継続しているのは上空に上がったSH-60Jのみである。
旋回しつつ機銃を放つその姿は、もはやガンシップと言っても過言ではないだろう。
「右から攻撃来るぞ!回避!」
「無理です!当たる!」
「無理じゃない!曲げるんだよ!」
急旋回。
その直後に機体が大きく揺れる。
「銃手!どうなってる!」
「機体後方に被弾したように見える!」
「飛行に問題はない!このまま飛ぶぞ!」
既に何度も飛来する火の玉を回避しているせいで、操縦手も銃手も疲労困憊である。
既に機内の弾薬も底を突きかけており、もはや継戦は困難であった。
そんな彼らにとって朗報たる光景が広がる。
「機長!敵航空部隊が退却を開始しています!」
「本当か!?飛べはするが長くは飛べん!さっさと着艦するぞ!」




