第3話
2/7改稿 一部修正、可読性の改善
24年 7/24 12:00:海上保安庁:尖閣諸島沖
れいめい型巡視船あさづきを旗艦とした特務船隊は尖閣沖を航行していた。
その任は尖閣周辺の領海侵犯者の監視、強制退去である。
船隊は石垣管区より旗艦あさづき みやこ型巡視船 やえやま、くにがみ型巡視船 あぐに もとぶ よなくに たけとみ、であった。
事前に火器の使用を許可されているが、「なるべく穏便に」という枕言葉がついている。
船隊は該当艦隊の射程外と思われる距離を航行している。
実際射程外であるのかも、彼らが発揮できる最大射程、それどころか未だにこちらを攻撃する意志があるのかすら不明であるのだ。
「にしても、これなら海自の範疇ではないでしょうか」
ごもっともな意見であった。
「無駄口叩くなと言いたいとこだが…同感だな」
そんな生産性のない会話を交わす。
マリンバンドなどで呼びかけを行っているが、返答がないことを見ると、電波通信ができないようであった。
向こうはこちらへ、速度を上げ接近しているようだが、こちらも退避するよう航行する。
相手方の速度は大したことなく、せいぜい20ktといったところであろうか。
こちらは悠々と25kt以上の快速を発揮可能であるため、追いつかれるどころか突き放す程であった。
だが、いせなが対応した時には火器が無力化されたと情報がある。
「もういっそのこと、突撃したら何とかなりませんかねぇ」
隣にいる副船長が、そんな突拍子もない危険な言動を放つ。
「突撃して俺らが敵の懐に入ったからといって20mmが効くようになるなんて保証もないんだぞ。んなことできるか」
そんなことを言いながら、知識と発想をフル回転させ思考する。
幸いにも、報告で存在するとされていた大型砲艦は、補給か何かにかまけているようである。
だが、いつまでもこの状況が続くなんてことがあるはずもないだろう。
限られた時間が、船隊に焦燥を駆り立てる
そんな焦りをあざ笑うかの如く、突如一応の平静を保っていた海域に爆音が鳴り響く。
「こちらちゅらわし!機体に多数被弾!高度が急速に低下している!っおい!脱出し」
そんな危機を訴える無線が入ってくる。
ホバリングにて艦隊を監視していたちゅらわしが、突然開始された対空砲火によって撃墜されたようであった。
ちゅらわしがいたはずの場所には、黒い爆炎が存在するだけであった。
それと同時に、おおむね20kmあった距離を縮めようと艦隊の速度が増速する。
速力はおおよそ25ktといったところであろうか。
総攻撃の開始のようであった。
速力がほぼ同等になり、ヘリパイロットの救出の為には、交戦する以外の選択肢がなかった。
「あさづきよりやえやまへ!ヘリを出してパイロットの捜索に回れ!船隊に告ぐ!艦隊と交戦に入る!我に続け!」
その指示と同時に、すべての艦隊が最大出力を発揮し増速を始める。
15分ほどで、ボフォース 40mm単装機関砲の最大射程へと収まる。
それと同時に、ボフォース 40mm2門による迎撃と、敵艦隊の砲撃が開始された。
艦隊を離脱し肉薄してきている艦艇には有効打を出せているが、本隊への攻撃はまさに消滅と言っていいほどなんの効果もない。
当の艦隊本隊は、まるで接近戦を忌避しているかのように、一歩下がった位置にて砲撃し続けている。
そんな迎撃の鉄雨の中、小型船舶がさらに増速しこちらへと肉薄してくる。
残り2kmを切ったといったところだろうか。
M61バルカン 20mm多連装機関砲による弾幕が張られ始めた。
ある一定以上の効果を見せてはいるようであったが、全てを撃破・無力化するまでは至らなかったようだ。
それを後悔させるような報告が飛び込んでくる。
「甲板員より報告!ボートより切り込みです!」
甲板に敵が来たなんて言う、中世かのような報告であった。
臨検の為に編成されたいた隊員が、どうにか小銃を用いて交戦しているようだったが、すでに奇襲を受けた甲板員が負傷ないし殉職している状況であった。
海保からすればこの上ない地獄であった。いくら臨検のために銃撃戦の経験を積んでるといえど、敵が切りこんでくるのに対して対応する訓練など、積んでいるわけがない。
「臨検隊で対応しろ!重要区画に入れるなよ!」
そんな地獄の様相を呈しているあさづきの前方では、あさづきを守るため、いつの間にか先行したよなくにがいた。
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「敵艦発砲!数3!」
「とーりかぁじ一杯!」
その指示に続き復唱が聞こえる。
「敵弾飛来!」
その直後、爆音と大きな衝撃が船内に響く。
「至近弾!損害なし!」
ここまで一体何発の砲弾が至近に落下したのか。
それはもはや誰にもわからないほどの数であった。
既に彼我距離は5㎞を切っており、いつ重要区画に砲弾が命中してもおかしくなかった。
そんな状況を回避しているのは相手の腕の悪さもあるが、2年前の台湾危機の最中に中国海警と熾烈な砲撃戦を繰り広げた経験からだろう。
船体には既に多くの損傷があるが、そのどれもが軽微な損傷である。
その雄姿は、幸運艦と言われた陽炎型駆逐艦 雪風を彷彿とさせる。
船内に乗り込んできた海兵は、もともと船隊後方にいたこともあり、事前に武装し迎撃準備を整えた甲板員によって排除されていた。
「敵艦さらに発砲!数6!」
「おもーかぁじ一杯!二戦速まで減速!」
船体が、敵弾を回避するために急速に減速する。
しかし、先ほどよりも大きな衝撃が船体に走る。
「機関員より報告!船体後部に被弾!機関損傷により最高速低下!」
既に大きな損傷を受けたからといって、撤退がまかり通るような距離ではなかった。
さらにいえば、有利であった速力も出なくなった以上手詰まりであった。
「…あさづきへ通信せよ、本船は敵艦隊へ突入する。船隊は救助完了後離脱せよ。以上」
「……了解しました。よなくによりあさづきへ…」
減速していた船体が唸りをあげ、現状出せる最高速を出力する。
幸いにも、20㏏程度の出力は出るようであった。
「敵弾飛来!数10!」
「航海士の判断で回避行動をとれ!」
船体が傾き、急速に船首が右へと向く。
そして、長いように感じた時間が過ぎ、着弾音が鳴り響く。
「被弾なし!至近弾10!」
砲撃は全て回避できたようだった。低練度の砲撃に感謝である。
しかし、敵はこちらの突撃を見てか、退避するために回頭・増速を始めているようだった。
だが無意味であった。突撃開始から既に時間が立っている。
敵艦隊は輪形陣をとっており、外縁との距離は既に1㎞を割っている。
「このまま中心の艦艇の横っ腹に突っ込むぞ!」
敵はまだ回頭のために減速している。
敵の中心部へ突入しようと、外縁との距離を500mを割った頃だっただろうか。
今まで効果がなかったブッシュマスターII 30㎜単装機関砲が突如として効果を発揮し始めたのだ。
「砲術員より報告!、30㎜にて敵艦艇一隻の主砲破壊!」
その瞬間、船内で小さな歓声が湧き上がる。
「砲術員はそのまま敵艦艇の砲撃能力を削ぐことに注力しろ!20㎜も射撃再開しろ!」
20㎜の鉄塊の嵐が敵艦隊に対し降り注ぐ。それと同時に敵艦艇の多くが砲撃能力を失い始める。
既に敵艦隊の中心とは1㎞を切っていた。
その距離も、900、800と縮まっていく。
「敵艦との衝突もうすぐです!」
「総員対ショック姿勢!臨検隊戦闘準備!状況によっては敵船への強行突入も許可する!」
その直後、前へと突き飛ばされる。それこそが戦闘開始の合図であり、敵船へ衝突した証拠であった。
1,700tの鉄の塊から発生したエネルギーは、敵艦の舷側を盛大に陥没させると同時に、船首を押しつぶした。
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船内を怒号が飛び交う。
あさづきの船内にはまだ多くの敵兵が残存していた。
他船と違い最初に切り込まれたことから、準備も何もなしに対峙する羽目になり、すでに船内深部へと押し込まれている。
目の前の状況は地獄であった。
すでに何人かの同僚が、レバーアクションのような銃で殺され、その血飛沫が走っていた。
通路の先には敵の死体と、それを気にも留めない敵兵が無数に存在する。
1人がサーベルのような得物を振りかざし、リボルバーを乱射しながら突撃してくる。
手元の64式から7.62×51mmNATOが火を噴く。命中したが、止まらず突進してくる。2発、3発そして、4発目を命中させたところで、ようやく床へと突っ伏した。
サーベルは目と鼻の先を切り裂いて持ち主の手から滑り落ちる。
それを待っていたかのように、目の前を銃弾が通過する。
船内はすでに硝煙と敵か味方かもわからない血の臭いが充満している。
あとどれだけの敵兵が船内を荒らしているのかはわからなかったが、まだ敵は船内に多くいるようであった。
実際、艦橋からも容易に甲板にふんぞり返っている敵が視認できるし、船内にも侵入されている。
敵により、船内は2つ、そして艦橋と3つに分断されていた。
64を手に取り、後ろにある艦橋を守るために奮戦していた。
小銃持ちは自分一人である。
マガジンは装填済みを含めて2本。
すでに1本目のマガジンはその半数以上を消費していた。
敵方を伺いながらマガジンを抜き、おおむねの残弾を把握する。
…認識していたよりも多くの弾を消費していたようであった。
そのマガジンを放り投げ、新たなマガジンを差し込む。
頭部への射撃は出来なかった。
海保はあくまで保安部隊、言わば警察である。
そのあくまで無力化、拘束を第一とする呪縛が、死が迫ってもなお、無意識的にバイタルへの射撃を抑止する。
今度は小さな盾を持った男がサーベルを持ち、突進する。
射撃するがハイになっているのかわからないが、効果はない。
相手がサーベルを振り降ろしてくる。咄嗟に体を引き遮蔽へと隠れる。
勢い良く飛び出してきたところを背中に鉛玉をねじ込む。
目の前の敵は既に息絶えている。
極度の緊張状態でアドレナリンが分泌され瞳孔散大、既に受けた銃創の痛みは痛覚の麻痺によって感じなくなっていた。
その姿は、敵から見ればまさに鬼神の如くといったところであろうか。
その後ろからはまだライフルの弾幕が浴びせられる。
残り14発。
ライフル持ちが、相互に援護しながら前進してくる。
牽制射撃を行うが、大した効果はない。
むしろ、ライフルの弾幕でこちらが黙らされる始末である。
残り8発。
同じ壁に取り付いてきたやつをブラインドファイアで撃ち殺す。
残り6発。
間抜けにも1人で接近してきた敵を殺す。もはや、彼の脳から残弾の概念など霧散していた。
意を決して飛び出し、反応した敵兵から撃ち殺していく。
6人目に差し掛かったとき、彼の耳には絶望の音が鳴り響く。
咄嗟に敵に飛びかかり、ライフルをその手から強引に引き剥がす。
拳銃など装備しているはずもなく、取っ組み合いになる。
相手が職業軍人であるからか、力では圧倒的に負けていた。
強引に押し倒され、着剣していなかったであろう銃剣を突き出してくる。
あと数cmで刺さるといったところで、それの軌道をずらし肩へと誘導する。
そのままの勢いで相手に馬乗りとなり、強引に首を締め落とそうとする。
しかし、それは叶わず、敵兵の腹部への殴打によって力が抜ける。
肩に刺さっていた銃剣が抜かれる。
それと同時に、銃剣は床へと落下し敵兵は意識を喪失する。そして、聞き慣れた銃声と金属音が鳴り響く。
後ろへ振り向くと、見慣れた顔ぶれが完全武装した状態で出迎えてきた。
それを最後に、意識が途絶えた。
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船隊は、よなくにの決死の突撃により、海域からの離脱に成功していた。
「船内より報告。侵入者の無力化に成功したとのこと」
「了解した。生存者のうち、救援可能な者は医務室に運び込め。ただし、治療優先順位は海保隊員を最優先で治療の後救援可能な敵重傷者、その後見込みのない重傷者とする。軽傷者及び降伏者は逮捕・拘束せよ。仮にも捕虜だ。丁重に扱えよ」
「殉職者及び敵兵の死体はどうしますか」
その声は明らかに震え、悲愴と怒り、そして無力感が混濁した、どうしようもないような声であった。
海上保安庁が創設されて以来、最も激しいであろう銃撃戦が、艦橋にいる自分たちを守るために繰り広げられた。
つい数時間前まで談笑し合っていた先達が、同僚が、友人が、意味もわからず、なんの宣言もなく突然殺されたのだ。
当然。いや、むしろ平静を保っていられるのが、船員も、他ならぬ自らすらも不思議に思えるほどである。
「殉職者の遺体は食堂へ、敵の死体はヘリ甲板へ集積しろ。まとめて海葬する」
「了解しました」
「船長、針路はどういたしますか」
指示の終わりを見計らったようで、航海士が矢継ぎ早に指示を仰ぐ。
仰がれる側からすれば、少しぐらい休息の間がほしいが、こんな状況では仕方がなかった。
「戻ったヘリによなくにの状況を確認させ次第、判断する。とりあえずは周辺を航行してくれ」
既にやえやまとは合流を果たしており、状況次第ではよなくにの救援も狙え得る状態であった。
だが、助けに行くには些か疲れすぎていた。
「ヘリの状況把握が完了するまで、交代にて休息とする。船隊にも伝えてくれ」
そんなことを言いながら、よなくにの無事を祈るのであった。
その銃声が奏でるのは、繁栄の賛美歌かそれとも滅亡の呪歌か。




