第29話
24年 12/17 13:00:珊諸島国:クリラ
「偵察の結果は?」
「海保リースのMQ-9Bで見ましたが、今までどったんばったんやってたエルジド帝国の訓練が、ぱったり止んでいますね」
「エルジドは聖アルベリアと軍事同盟を組んでいたよな?
そっちの動向はどうだ?軍が集結してるとか、国籍不明の部隊がいるとか」
「近海に国籍不明の艦隊が航行しています。
サンコや英連合帝国などから演習等の事前通知はありません」
14日からエルジド帝国の訓練や演習がぱったり止んでいた。
突然の話である。
既に、エルジド帝国の訓練時間は領海ギリギリで行われる挑発的な様子から把握していた。
その訓練兼挑発が一切止まっており、偵察のMQ-9Bを16日に離陸させ情報収集に努めていた。
本来ならば領空侵犯であるが、彼らに最高高度で15,200mを飛行するMQ-9Bを探知する能力などある訳が無かった。
「航行目的はなんだと思う?」
「英連合帝国の駐留部隊の参謀やサンコの軍上層部と協議しましたが、十中八九サンコへの大規模攻撃の予兆だろうと。
レンドロ協定の各国は秘密裏に邦人と一部軍部隊の退避を開始しているようです」
「まさかここを捨てる気か」
サンコ諸島国は、諸島などと名前が付くからには島が複数存在する。
主要な島が3つ。
西の最も大きく、首都ムオールがある島。
そして中央と東の中型の島である。
主に外国軍が駐留しているのは、西の島である。
もともと、サンコ諸島国は英連合帝国の前哨基地としての地位を長年努めてきた。
それは、いくら海軍大国の英連合帝国でも、事実上存在しない旧ヴァクマー帝国海軍支配地域からエルジド帝国までの海域。
この海域全ての海上優勢を確保するのは困難であった。
そこで都合が良かったのがサンコ諸島国である。
ここを確保すれば、英連合帝国はサンコ諸島国方面の海軍部隊を陸軍部隊へと置換することができる。
だが、日本の登場で話が変わった。
もう一つの海軍大国の出現により、英連合帝国からすれば新たな盾ができた。
そして、わざわざ防衛に多大な陸上戦力を必要とするサンコ諸島国の必要性は低くなった。
「ここを守るより日本を盾にしたほうが安上がりってか。やることがえげつない事で」
「いかが致しますか」
「上に上げろ。死守か撤退かな」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
24年 12/20 5:00:珊・愛瑠海峡:サンコ領空
サンコ諸島国は、開戦の兆し有りとしてエルジド方面の空域の哨戒を強化していた。
既に空軍は臨戦態勢である。
日本出現後の参謀本部の想定通り、英連合帝国や具共和国は当てにならない。
「前方に敵飛竜部隊視認!数は膨大!繰り返す!数は膨大!」
彼我戦力比は話しにならない。
「部隊は緊急離脱!本部に急行するぞ!」
本土には対空部隊が存在する。
当てになるかは知らないが、少なくとも本土の友軍部隊の援軍は来る。
ここで戦うのはただの自殺行為だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
24年 12/20 6:00:珊諸島国:クリラ
「全空軍部隊は離陸せよ!エルジドの侵略者共を消し飛ばしてやれ!」
エルジド帝国の空軍戦力は非常に高水準である。
もともと、エルジド帝国の空軍は諸外国と違い、ワイバーンではなくドラゴンである。
西方の隣国である聖アルベリアもドラゴン部隊を保有しているが、エルジド帝国は全てである。
その全力出動にサンコ諸島国の強力とは言えない空軍戦力で歯が立つのか。
はっきり言って大損害を被った挙句の大敗北だろう。
「部隊は離陸後会敵まで後方空中待機!地上対空部隊は配置に着け!見えた瞬間ぶっ放してやれ!」
空中は既に空軍部隊が埋め尽くしていた。
目の前には日本から輸入した機関銃がある。
住友 M2 Browning、100年間最前線の歩兵を守護し続けた老兵である。
本来は、住友重工の機関銃事業撤退により国産機関銃は消滅する……はずだった。
だが、転移によりデータ改竄だの高単価だの言ってられない状況になり、防衛省監督の元、機関銃データの取得及び改善を行い、再生産が決定された。
この間約1ヶ月である。
新生住友M2 Brownigは一切の改竄なく、データ通りの命中性を誇り、高単価である事も諸外国が失せた以上元となる単価は消滅、輸出の主役に躍り出た。
そして規模の経済により単価はさらに下落、機関銃事業は後に稼ぎ頭の一つとなるだろう。
他にもミネベアミツミや豊和工業の各種火器、日本製鋼所の火砲事業も好調の兆しがある。
日本の防衛産業は大きな転換点を迎えていた。
そんな住友重工製M2はサンコ諸島国に数十丁が搬入され、要所の対空防御用に運用されていた。
「射程に入るまであと少しです!」
「射撃よーい!射撃開始!開始!」
その号令と1基のM2が火を吹いたとき、サンコ諸島国の長い一日が始まった
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
24年 12/20 6:30:珊諸島国:クリラ
対空射撃が開始され30分が経過していた。
クリラ上空は、エルジド帝国とサンコ諸島国の航空部隊。
そして弾帯に混じったM2の曳光弾が埋め尽くしていた。
「右上空より1騎接近中!」
「射撃!頭を吹き飛ばしてやれ!」
「敵騎攻撃態勢!」
「隠れろ!!」
ワイバーンやドラゴンのような航空部隊には種類がある。
対地攻撃を主任務とする飛竜と対空任務を主任務とする飛竜である。
大元が生物である以上、その個体の向き不向きで振り分けられる。
対地攻撃用の個体の威力は、人を簡単に消し飛ばす力がある。
退避用の穴蔵に頭を引っ込めた瞬間、その場所に爆炎が襲う。
「クッソ!M2の弾が切れた!」
「おいお前!弾薬持ってこい!」
「敵騎直上!!急降下ぁ!」
攻撃騎による攻撃が退避壕内部に直撃……しなかった。
直撃したのはほんの数秒前まで上空を舞っていたであろうドラゴンの死骸であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
67年 12/20 6:40:珊諸島国:クリラ上空
「エルジド帝国の名誉の為に!!!」
「「「エルジド帝国の名誉の為に!!!」」」
エルジド帝国飛竜団はクリラ上空を舞っていた。
目標は同都市に存在する珊諸島国の軍港襲撃、陸上基地に破壊に同盟国海軍の追放である。
既に英連合帝国の陸上基地はほとんど蛻の殻であり、主要な目標は海軍艦艇と陸上施設である。
既に陸上基地はそのほとんどが破壊し尽くされており、軍港もこれからの攻撃で破壊し尽くされるだろう。
「報告!国籍不明の小規模艦隊が接近中!数5!」
「迎撃に来たどっかの海軍だな?総員!本大隊は目標を変更し敵艦艇を撃滅する!」
小隊隊長機を先頭にした各小隊が艦艇へと向かっていく。
そのときにはもう遅かった。
「っ!前方より敵騎!距離中ky」
8騎の飛竜が肉塊へと変貌していた。
「何だ!何が起きた!」
「わかりません!ただ敵の艦艇が爆発したかと思えば敵騎が高速で突っ込んできて消し飛んだ様にしか!」
「クソ野郎!んな重要な情報なんで伝えなかった!全隊怯むな!突っ込んで消し飛ばしてやれ!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「シースパロー8発全弾命中。続いてもがみ、くまのがSeaRam射撃開始」
「複数の敵航空機グループが艦隊に対し接近中」
「艦隊最大戦速。密集隊形での艦隊防空を徹底せよ」
第一○ニ護衛隊の防空能力は、決して高いとは言い難かった。
あぶくま型には艦対空ミサイルは存在しないため、既に撃ち切ったシースパロー8発ともがみ型のSeaRamが最大火力である。
それ以外はファランクスと主砲しか頼れるものはない。
それでも、先頭うみぎりより時計回りにもがみ、あぶくま、とね、くまのによる対空砲火は熾烈なものであろう。
「トラックNo1001から1028・No1044から1056、主砲射程圏内に侵入」
「主砲撃ち方始め!」
76mm単装速射砲、62口径5inch砲の合計5門が射撃を開始する。
最新鋭のフリゲートと35年間列島を守護し続けた老兵の咆哮であった。
5inchが遠距離目標を、76mmが近距離目標を叩き落としていく。
その砲弾は正確無比であり、艦隊上空は蒼空晴天の如しであった。
[超低空敵機侵入中!数4!]
「ファランクス射撃開始!」
ファランクス近接防空システムの射撃速度秒間50〜75発。
その火力は射程に入った全てを破壊しにかかる。
ドラゴン如き、騎手もまとめて1秒も掛からずミンチ肉と化す。
「ファランクス3機撃墜!1機は急上昇の後もがみに突入中!」
既に突入まで数瞬を切っている。
既にドラゴンは攻撃態勢に入っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大隊は危機に瀕していた。
敵の艦艇に近づく前に追加で複数騎が撃墜され、おまけに近づいたと思えばありえない精度で主砲が飛んでくる。
距離をある程度取れば回避起動で避けられるものの、近づこうものなら四肢が消し飛んでいた。
目の前で消し飛んだのだ。
あんなものを見せられて、中高度から突入する気など起きるわけがない。
「おい!そこの3人!付いて来い!超低高度から一泡吹かせに行くぞ!」
答えを聞く前に高度を落とす。
ついて来ようが来まいが突っ込むのだ、回答など関係あるまい。
高度は海面スレスレ。
腕を伸ばせば海水浴ができることだろう。
あと少しで届く。
あの鉄の化物の首筋にナイフを突き立てられる。
そう思った瞬間、何かがこちらを向いていた。
「避けろ!!!」
ただの直感だった。
1秒にも満たない時間が過ぎた後、追従してきていた3騎が消滅していた。
そして足の先を砲弾が掠めていた。
敵艦の主砲が、こちらを吹き飛ばそうと旋回してくる。
「ふざけやがって!たかが1門に大砲で何ができる!!」
敵艦の主砲に炎弾を放つ。
敵艦の主砲が火を吹いたのは、それと同時だった。
下半身の感覚が消し飛ぶ。
「ッハ……ざまぁみやがれ」
彼の最後の光景は、炎弾でひん曲がった主砲であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
24年 12/20 10:00:国会議事堂:衆議院議場
「総理大臣!自衛隊派遣とは何事か!未だ彼の国から戦争状態に突入したという連絡はない!
あくまで海外駐留の自衛隊が緊急避難として武器使用したのみである!
である以上!まだ自衛隊を派遣するに足る根拠はない事にない!政府は戦争がしたいのか!?」
クリラ襲撃後の国会は大荒れとなった。
どうにかしてサンコ諸島国を守り、安全保障環境の安定化を図りたい政府と、転移と防衛戦争によって疲弊した国内を憂慮する野党。
どちらも正当である以上、国民も二分されており、話は永遠とダンスを踊る羽目になっていた。
だが、そこに一つの爆弾が投下される事になる。
「議員の皆様!こちらはつい先程届いた、政府が隠匿していたある文書になります!
この文書には、ヴァクマー第二共和国の北方に存在するルレラ連合の国境を侵犯し!挙句の果に正規軍と戦闘を行い連邦国民を誘拐したと記載されています!
これは明確な侵略行為だ!これを見てもまだ政府は戦争をしたくないと言えるのか!?言えるわけがないだろう!
議長!私は今ここで問いたい!このこの政府にこの日本という国家を任せて良いかを!
この政府が日本という国家を守護できるのか問いたい!」
その爆弾は、いとも容易く政府の信用を失墜させるに足る、まさに核爆弾であった。
議場が騒然とする。
このルレラ連合の侵犯事故文書は、政府が全力で隠蔽していた文書であった。
政府内では一切の情報を漏らさず、担当した官僚にも箝口令が敷かれていたはずであった。
情報統制というものに絶対は無いという証明であった。
「よろしいでしょう。これより緊急の内閣不信任決議を行います!
本決議に賛成の方はご起立ください!」
随所からパラパラと賛成者が立ち上がり始める。
野党多数、一部与党の穏健派も賛成の意を表している。
「賛成多数と認めます!よって本決議は可決となります」
まさに32年ぶりの可決であった。




