第21話
24年 10/1 20:00:日本国:ソルノク
日本は、ヴァクマー帝国より戦後賠償としてソルノク市街地を割譲されていた。
本来は共同経済区とする予定だった。
のだが、ヴァクマー帝国の人間がソルノクを訪れた際、施設科の本気によって魔改造されたソルノクを維持するのは不可能だと匙を投げた。
それによって日本は、意図せず海外領土を手に入れることとなった。
主権という観点から見れば、1952年より72年ぶりである。
流石に、左翼に限らず右翼からも少々指摘を受けたが。
そんなソルノクであるが。
「なんというか、さらなる魔改造が施されてないか?」
そんなことをボヤいたのは、第十六普通科連隊長の永井将である。
一度本土へ帰還した後、第四師団管轄下から外れ、第一〇一師団としてソルノク市街地防衛へとその任を変えていた。
ただし、師団といってもその内実は連隊1個のみである。
自衛隊というものは人員不足なのだ。
ちなみに、手当として僻地手当・地域手当が支給されている。
「そりゃぁ、第二共和国も匙を投げますわ。なんですかこれ、施設科本気出しすぎでしょ」
「都市開発ができるとかいって、俺らの考えた最強の街でも作ってるんじゃないか?」
「そりゃ楽しそうですねぇ……まっ、本土と同じ水準の暮らしができるのはありがたいですが」
そんなことを言いながら、屋台の串を買っている。
どうやらこの世界の魔物、正式には特殊鳥獣とされたらしいが、食える奴は食えるらしい。
そのため食料として狩猟される。
また、魔物は魔法石もしくは魔石を保有しており、この世界における主な燃料として使われているようだ。
特に、繁殖力の高い魔物はある程度の数を放置しておき、数を増やしているらしい。
「っお!これうまいですよ。連隊長」
そんな彼らだが、休暇の飲み歩き中である。
ソルノク市街地の多くの人々は、20:00頃には就寝していたが、今や施設科の本気によって電気灯が設置されている。
つまり眠らない街と化したのだ。
ちなみに発電所は本土から移送してきた大型火力発電機が担っている。
一体全体どうやって主計科を黙らせたのか知らないが、施設科の恐ろしさの片鱗を見た気がする。
「おーい。奢りだからってあんまり食いすぎるなよ。俺の財布が寒くなんだから」
「いいじゃないですかー。連隊長稼いでるんでしょ?」
もともと、こういう会は良くやっていた。
流石に一士などは階級差もありあまり来ないが、連隊本部の奴らや中隊長あたりを呼んで飲む。
それがこうして異世界の街で実施されるとは思っていなかったが。
「連隊長も食いましょうよ。ここの串うまいですよ」
そう言って指しているのは、近くの森で捕れる猪型の魔物の串であった。
「そんなうまいのか?おやっさん、1本貰えるか?」
「おうよ!」
そう言って、串を手早く焼いている。
「おやっさん、なんか他の串より多くないか?」
「自衛官さんには世話んなったからな!ちょっと色つけてんだよ!」
そうやって、少し肉の多い串を受け取る。
値段は150円。
「あんがとさん」
「おうよ!うまかったらまた来てくれよな!晴れの日にゃここでいつもやっとる!」
ここの物価は安い、というよりは、ここのところどこでも物価が安い。
原因は多くある。
まずは石油価格の暴落だ。
ガソリン価格平均はリットルで1000円を突破していた。
しかし、サハリンプロジェクトの全利権確保によってその価格はリットル110円と大暴落した。
その次はインフレだ。
もともとジャパンマネーというものは世界的に高い地位を得ていた。
しかし、異世界転移に拠ってGDPはおそらく世界1位に躍り出た。
そして、既に英連合帝国やその勢力圏の国家との輸出入では円が使用されている。
勢力圏の基軸通貨へと躍り出たのだ。
これに乗じ通貨発行量は増加し、日本は盛大なインフレへと突入することとなる。
「……確かにうまいなこれ」
「でしょう!?こりゃいい店見つかりましたわ!」
「おーい!こっちの店もうまいぞ!」
先行しているメイン集団から声が聞こえる
「おーう!今から行くから待ってろ!」
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24年 10/1 12:00:内閣府:大会議室
「現状、国内経済は石油や食料価格の下落によって回復基調にあります。
おそらくですが、数カ月以内にはもとの経済水準へと回復すると思われます」
「ありがとう。それで……伊丹くん、第二共和国や新たなる友好国、グランシェカ共和国やサンコ諸島国の資源調査はどうなった?」
グランシェカ共和国。
レンドロ協定加盟国であり、ヴァクマー共和国の後に日本への食料輸出を買って出た国家である。
その国内産業は農業がメインであり、英連合帝国との食料と魔導工業品の交換貿易を行っている。
そしてサンコ諸島国。
英連合帝国の南方前哨基地として都合のいいこの国家は、英連合帝国の経済支援によって発展している。
最近では、国内への魔導工業の定着を本格的に目指し始めているようだ。
第二共和国は、ヴァクマー帝国の新体制である。
「はい、第二共和国には複数種の鉱産資源が眠っていることが判明しました。
まず南部ですが、主に鉄資源が埋蔵されております。
次に東部ですが、こちらグランシェカ共和国にもかけて銅、亜鉛など各種ベースメタル類が広範囲に渡って埋蔵しております。
おそらくこの世界では殆ど使用されていなかったのか、その殆どが手付かずです。
さらに、北部のヴルラ山脈と言われる地帯において、石炭や各種レアメタルの埋蔵を確認しております」
実に素晴らしいものである。
この情報によれば、ヴァクマー第二共和国という同勢力圏の国家からの産出鉱物によって、国内の金属需要の殆どを満たせることになる。
「グランシェカ共和国に関しては飛ばしてまして、次にサンコ諸島国ですが、こちらはレアメタル、そしてリン鉱石が多く埋蔵されておりました。
カリウム鉱床や天然ガスなども確認されており、当該国家において肥料として必須の鉱物を全て確保できることとなります」
肥料に必要な鉱物と言うのは、リン・カリウムのことである。
三大肥料として名高いのは、リン・カリウム・窒素の3つである。
国内ではリン・カリウム・窒素の全ての原料をほぼ輸入に頼っていた。
これによって国内では肥料の完全な供給途絶状態になっており、じつに良い知らせであった。
「既に各種大手鉱業会社が開発に着手しています。
政府の方でも多額の出資を行っていること、鉱業各社のリソースをフルで注いでいるため、なんとか数ヶ月以内には開鉱できるよう尽力しております」
「鉱山の利権は多く確保できそうか?」
「基本、第二共和国・サンコ諸島国はレアメタルなどは使用しないため、鉱山資源は全てこちらで使用しと良いと」
この世界が魔術工業メインの世界で実にありがたかった。
レアメタル権利の独占など、日本という国が夢見た光景だ。
レアメタルは、日本では中国などからの海外輸入にその殆どを頼っている。
それが独占というのは素晴らしい世界だ。
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67年 10/1 14:00:???:???
軽いノックの音が聞こえる。
「入れ」
「失礼いたします。少々報告したいことが」
今週の対外情報報告書の提出は終わっていた。
となれば、相当な大事か緊急の話である。
局員が持っている書類の量からして、相当な大事のように見えた。
「なんだ?今週の報告書はもう出てるだろ」
「はい、ただ少々気になる情報がありまして」
「話してみろ」
「はい、近頃よく情勢調査の際に出てくる日本国という国家がありまして」
うちの人間は皆優秀な人間である。
そんな彼らが注目すると言うならば相当なものなのだろう。
「そういえば……レンドロのところに新しく加盟する国だったか?
最近ちょこちょこ出てくるな」
「はい、どうやらヴァクマー帝国……今は第二共和国に名称替えしましたが、彼らの軍に勝る能力を持っていると、在ヴ武官や外交官から情報が来ています」
「そこまでなのか?」
もともと、ヴァクマー帝国というのは列強では低位とはいえ、そこらの列強とは殴り合えるくらいの能力はあった。
そもそも、彼の国は東はレンドロ協定、西は西方帝国連合と、大勢力圏に挟まれていた。
どちらかに擦り寄ればもう片方から殴られるような不安定な国だった。
「日本国か……レンドロ協定加盟国ならば、第二共和国経由で接触できるな?」
「はい。レンドロ協定加盟国からならば国境監査も比較的緩いでしょう」
「探りを入れろ。特に軍事情報と政局だ、何かしら取り入れるはずだ」
「承知いたしました」
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67年 10/1 16:00:???:???
「日本国……ねえ。
話じゃエルファスターの巡航戦艦並の艦船を何十隻も持ち、陸上では鋼鉄の大魔獣を操り、空では音すらも置き去りにする鉄竜を使役している……。現実味がない話だな。
そこらの物書きでもまだマシな話が書ける」
「しかし、複数の情報筋から同様な話が聞こえてきています」
そこである。
こんな突拍子もない話、国家一つで流行るならまだしも、複数国家に蔓延するなど早々ない。
危機的状況下での宗教並みの拡散力である。
「だがな?あまりにも突拍子もない。
どっかの国の神話がそのまま拡散したとかじゃないのか?
まあいい、そこまで言うなら君に一任する。何かあれば報告しろ」
「承知いたしました」
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24年 10/2 12:00:海上自衛隊:はまぎり
エルファスター連合帝国との相互防衛条約を果たすべく、第十五護衛隊のはまぎり、おおよど、ちくま。
そして、最新鋭艦と言っても過言ではない護衛艦。
第十三護衛隊よりもがみ型多目的護衛艦、のしろ、みくまが英連合帝国の海に護りを展開せんと航行していた。
彼らは海上自衛隊第一○一護衛隊としてエルファスター連合帝国近海の守護の任へと就く。
国内では、これまた流石に法的根拠がないと指摘されたが、周辺海域の安全確保のためとして突っ切った。
「にしても、ヴァクマー帝k…第二共和国の港は大したことないって聞いてましたが、えらい違いですね」
「あの国は陸軍国家って聞いたぞ?
英国じゃあ、防護艦の能力を全艦艇が持ってるって話だ。
おフネも前弩級戦艦ぐらいはあるしな」
「相沢艦長、そろそろ接岸です」
ヴァクマー第二共和国や旧共和国と違って、英国の軍港は立派なものであった。
それこそ、護衛艦5隻を余裕で駐留させられる程には。
「にしても、派遣されてきたのはいいが、補給はどうするつもりなんだ。
こっちじゃ石油は使ってないんだろ?」
「まあ、そのへんは補給が必要になる頃には決まってるでしょう……
幸い、同盟国の港湾ですし、突然砲撃されるなんてことはないですよ」
「そうだな……まあいい。景気付けだ。警笛ならせ!」
湾内に巨大な警笛の音が鳴り響く。
そんな中、1隻の小型艦が艦隊に近づいてきていた。
おそらくえい船の類であろう。
急いで甲板へと向かう。
「失礼!日本国海軍の方々か!?」
「海軍ではなく自衛隊ですが……まあそのようなものです!」
「こりゃ……海外駐留の小部隊って言うから駆逐艦3隻ぐらいかと思えば……こりゃ大型の巡航艦か小型の巡航戦艦並だぞ……」
えい船の船長らしき男が頭を抱えている。
どうやらこんなデカブツが来るとは思っていなかったらしい。
えい船が近づいてくる。
「まずいか?」
「まずくはないんだが……まさかこんな大部隊で来るとは思っていなくてな……補助船は3隻しか連れてきてねえ」
「大部隊か……これでも二線級の艦艇が大半なんだがな」
「二線級だぁ!?こんなデカブツがか!?」
事実である。
もがみ型はともかく、第十五護衛隊の面々は旧式化してもこき使われている老兵である。
もがみ型も敵の主力と殴り合うというよりは、陽動や通商破壊を行うような艦艇である。
この世界ではどちらもオーバースペックであるが。
「……はぁ、どうっすかなぁ。
とりあえず3隻でどうにかしてみるが、もし無理だったら悪いが待たせることになるかもしれん」
「大丈夫だ。こちらこそ悪いな、想定外の大部隊だったらしい」
「いや、いいさ。こんだけの大型艦一気に接岸するなんて久々だ。腕が鳴るぜ」
そんな彼の言葉は正しかった。
3隻じゃなどと言ってはいたが、見事5隻とも一切の損傷・問題なく接岸してみせた。
流石は島国の海軍と言ったところか。
そんなことを考えながら艦を降りていると、軍港の長らしき男が出迎えてきていた。
「どうも、日本海軍の皆様。私王立海軍第四艦隊旗艦、サファリア艦長のサミュエル・テイラーと申します」
「わざわざ出迎え、有難うございます。
私、日本国海上自衛隊はまぎり艦長、相沢洋人と申します」
握手を交わしながら、軽い自己紹介をする。
どうやらこの世界でも握手は万国共通の挨拶らしい。
「海外駐留の小規模部隊と上からは聞いておりましたが……大型の巡航艦クラスが5隻ですか。
随分と大部隊が来航したようで」
「これでも旧式化した二線級の艦船が半分を占めておりますよ」
「左様ですか……それにしても、これほど大きな船体に艦砲が1門しか載っていないのですか
これだけの大きさなら6門……いや、8門ぐらいは搭載できると思いますが」
主砲8門なぞ無用の長物である。
はまぎりのメイン火力であるハープーンSSMの射程距離は124km。
大艦巨砲主義の究極形とも言える大和型戦艦搭載46cm三連装砲の最大射程は約40km。
ハープーンSSMの射程の1/3程の射程しか有していない。
というよりも、砲の実用的かつ現実的な最大射程というものは40km程度が限界である。
「せいぜい40km程度しか飛ばない主砲を載せる必要性が殆どないのでね」
「っはっはっは。40kmとは、冗談がお上手なようですな」
「冗談?いえいえ。大体70年程前にうちの国が作った艦砲の最大射程は約40kmですよ」
サミュエルの顔が青ざめていくのが手に取るようにわかる。
第二共和国と同等に技術水準であるならば、最大射程は13km程の水準であろう。
約3倍である。
「……70年前に………40km………。帝国の最新鋭砲が………70年以上前の艦砲にボロ負けしている……」
「まあ、あれはいろんな意味で頭がおかしい主砲だったからな……」
「それでもですよ!!最新鋭砲が70年以上前の頭がおかしい主砲に劣っているということは!!
下手すれば貴方方は射程80km……いえ、100kmの次元に到達しているのではないでしょうか!?」
射程80kmは約50年前のSM-2MRで到達しているし、新型である17式艦対艦ミサイルならば100kmどころか400kmまで吹き飛ばせる。
まあ、本屋やネットで調べれば出てくるような内容であるし、わざわざ言う必要もあるまい。
「んー最新のものであれば100kmは優に超えますな」
「ぜひ!!ぜひ見せていただk……いや、100kmとなればもはや見ることは叶わないか……?」
「流石に100km先は厳しいですが……見せるだけなら良いですよ。
いずれ嫌でも見ることになります。
この世界は我々が居た世界の数倍は物騒なのでね」
「是非とも!!今標的を用意させますので!」
そう言ってサミュエルは走っていった。
なんというか、新しいおもちゃを与えられた子供のようである。




