第14話
24年 9/4 9:55:陸上自衛隊:ソルノク指揮所
航空自衛隊ソルノク臨時基地に記念すべき最初の滑走路ができてから2日がたった。
その翌日からソルノク市街地周辺に朝から朝まで各種輸送機や戦闘機、重機に輸送車両ともはや睡眠など不可能なレベルの騒音を奏でていた。
実際ソルノク住民から"えらい元気で"とのお言葉を頂いている。
輸送隊は数時間おきに飛来し資材を吐き出して帰っていき、戦闘機は爆音を響かせながら着陸し整備に入る。
派遣されてきいるのは第八航空団第六飛行隊と第五航空団三○五飛行隊である。
支援部隊として西部航空管制警戒群の人員も派遣されてきている。
重機はソルノク基地を完全なものにしようと常時ガッコンガッコンと怪力を叩き出している。
輸送車両に至っては法令遵守のHの字すらないような違法積載を意味不明な運転技術で運搬している。
さて、ひっきりなしに輸送機や戦闘機が飛来しているわけだが、それを管制する管制官は殆ど居なかった。
その結果、少ない管制官で地獄のような業務ローテが組まれる事となった。
基地の隊員によれば、このローテ明けの管制官はゾンビと言っても差し支えない人相をしていたという。
一部の管制官に至っては、ローテ明けに休暇を申し出たが有事である事を理由として無情にも断られたという。
そんな地獄の最中では、西部方面隊の普通科2個連隊が出撃準備を整えていた。
既にいつでも行動開始可能である。
既に基幹の普通科連隊に随伴する各種支援部隊も準備を終えている。
そして、目の前では連隊だか派遣軍全体だかのお偉いさんが声を張っているところである。
「これより時刻整合を行う!整合まであと1分!」
その声に慌てて、時計の針を10:00に合わせる。
「5,4,3,2,1,今!」
時刻は10:00である。
今が16:00であろうと、今この場で10:00と言われたからには10:00になる。
「各部隊は行動開始!幸運を祈る!」
その声を聞き流しながら高機に乗り込む。
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24年 8/30 12:30:陸上自衛隊:ヴァクマー帝国領内
敵部隊を千切っては投げを繰り返してから1時間が経過した。
そして、共和国前線指揮所を出発してから30分である。
偵察は事前に済んでいるため、高い機動力を持ってすれば、40kmなど1時間もせずに踏破できる。
普通科中隊の派遣までには、まだ時間がある。
到着までには都市を一つ制圧し、確固たる拠点を築いておきたかった。
だからこそ部隊の機動性をフルに活かしている。
敵部隊からすれば、我々はそもそも存在しないだろうし、存在したとしてもここまで速く進撃してくるとは思わないだろう。
[デルタ3よりデルタ0へ、敵前哨基地捕捉。諸元以下の通り、終わり]
[デルタ0、了解。終わり]
敵の前哨基地は、想定よりも巨大なものであった。
「中隊長、敵のワイバーンが接近してきています。射撃しますか?」
おそらく、遠目に見える都市。
エゲルだかシゲルだか忘れたが、そんな名前の都市の前哨基地であろう。
状況は最悪である。
撃たずに見つかれば前哨基地に通報が行くであろうし、撃てば前哨基地に銃声が響く。
作戦も方針すらも決まっていない状況で制圧できるかは疑問が残る。
だが、損害は想像もしたくないできない。
主に共和国兵士のだが。
「成るように成るだけか……105mmでワイバーンを盛大に歓迎してやれ」
その言葉を待っていた16式がワイバーンに砲口を合わせる。
弾種、榴弾。撃て。
そんな言葉を脳内で巡らせると共に、16式が吠える。
52口径105mmライフル砲より放たれた105×617mmR HE弾は正確にワイバーンへと命中する。
[デルタ0よりデルタへ、デルタ1は共和国兵とこの場で警戒待機。他は全隊乗車、このまま突っ込むぞ]
指示と共に、16式や96式装輪装甲車、LAVがエンジンを吹かし始める。
乗車はスムーズに進み、2分も掛からなかった。
最後に情けをかけてやる。
「前哨基地の諸君!降伏すれば最低限の待遇を保証する!直ちに降伏せよ!」
デルタ1の隊員がメガホンで呼びかける
しばしの静寂が戦場を包む。
その答えは一つの銃声であった。
鉛玉は見当違いな方向へ飛んでいく。
[部隊前進開始、前進開始。このまま車両で轢き潰せ]
整備員にどやされそうだが仕方あるまい。
きっと、この後ラノベ展開で日本の経済は絶好調になる。
そうなれば16式や96式なぞ安いものである。
そんなことを考えていると、外には逃げ惑う帝国兵と轢き潰された各種天幕や構造物、肉塊が見えた。
石造りではなく木造のちょっとした建物と天幕、掩体などの防衛設備の集合体である。
陸自からすればこんなもの数時間もかからず建設できるが、重機のない彼らからすればよほど立派なものなのであろう。
既に大した抵抗はない。
この調子であれば、歩兵の数で押せるだろう。
[デルタ0からデルタ1へ、共和国兵を伴い制圧開始せよ。送れ]
[デルタ1、了解]
待機していた部隊が全力疾走と車両で前進してくるのが見える。
このままだと味方部隊ごと轢殺しかねないため、部隊は前哨基地の後方へと移動する。
突撃開始位置から前線を一直線に貫徹する形である。
見た限り、銃声も無く殆どの敵兵は射殺・轢殺されたか降伏したようである。
現状中隊には捕虜に飯を食わせてやる余裕はないため、CPに連絡して引き取りに来てもらうことになるだろう。
一体全体どうやってぱっと見ただけで100は行きそうな数の捕虜を輸送するのかはわからない。
だがなんとなくであるが、ただでさえ地獄を見ている衛生小隊と本部班の96式が地獄を見る羽目になるだろう。
[デルタ1よりデルタ0へ、制圧完了。送れ]
[デルタ0、了解。アルファ0より全隊へ、このまま市街地の制圧に入る。なお、デルタ1にあっては現在地の守備。終わり]
16式MCVや96式装輪に歩兵戦力がわらわらと集まって来ては、各々の方法で搭乗していく。
水機団の制圧したソルノク市街地とは違い、目の前の都市は規模が小さいものであった。
こちらは16式MCVに96式装輪等々、装甲戦力に富んでいる。
更に言えば、MCVは舗装路での機動が十八番である。
その105mmライフル砲の火力を存分に発揮してくれるだろう。
そもそも、あの市街地に我々を防御できるほどの戦力が未だ存在しているのか疑問であるが。
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67年 8/30 12:40:ヴァクマー帝国:エゲル守備隊本部
面倒な書類仕事と殺り合っているのは性に合わないとつくづく思う。
こんなことならば、反撃に出た騎兵隊にでも付いていけば良かったと。
そんなことを考えていると、部屋の扉が突然開く。
「帝国兵はいつからノックを忘れるようになった?」
「しっ失礼しました!ですが!緊急の伝令が有り参りました!
先程、前哨基地より魔信があり敵の攻撃開始を受けているようです!ワイバーンが状況把握を行っていますが、壊滅状態とのこと!」
その報告になんの声も出せなかった。
汗が滝のように流れ始めるのを感じる。
エゲルという都市の防衛は市内の騎兵連隊と歩兵隊、そして前哨基地頼りである。
前哨基地が敵を食い止めている間に騎兵が殴り込む。
しかしそれを行うための前哨基地が、否、攻撃を受けているのであれば騎兵隊も壊滅もしくはそれに類する状況なのであろう。
「直ぐに市内の歩兵隊に戦闘準備させろ!前哨基地から直ぐにはここには来れない筈だ!」
そう言うと、伝令に来た兵士が了承の意を示し、全速力で駆けていく。
防衛計画を先程述べたが、それが失敗したときのプランBなど考えていないのが事実であった。
つまり、市内の歩兵隊は演習どころか防衛計画すら存在しない。
直ぐに戦闘服に着替え、本部を離れ戦闘指揮所へと急ぐ。
市内は大混乱の極みであった。
警務隊が市民の避難誘導をしているが、突然の攻撃に市民は恐慌状態である。
更に言えば、警務隊が発する避難を呼びかける声ですら見当違いなものが見受けられる。
そんな状況を強引に逆走しながら前進する。
一部の路地では群衆雪崩を起こしている。
だが、そんな状況を気にしてられる人間などこの場には居なかった。
地獄をなんとか切り抜けると、その先には怒号が飛び交う地獄が待っていた。
「守備隊長!敵部隊は前哨基地より急速に前進中!展開完了前に接敵する可能性が高いです!」
「防壁を駆使して食い止めろ!急速接近しているなら軽歩兵のはずだ!城壁を吹き飛ばす火力は無い!」
実際、彼の言うとおり現在接近している部隊は即応部隊である。
されど、その陣容は軽歩兵などではなく、高度に機械化された機甲戦力であり、この世界の軽歩兵などという火力が貧弱な即応戦力とは訳が違う。
「小隊長!敵部隊がこちらの射程外から射撃開始しました!」
「ふざけるな!こちらの限界射程は2、300かそこいらだぞ!その射程外とでも言うのか!」
「射撃にて応戦していますが一切の効力なし!目視でも確実に射程外です!」
彼らの持つ銃…というより魔導銃は、外見的にいえば南北戦争を戦い抜いたM1860 ヘンリー・ライフルと酷似している。
しかし、その内部機構は全くと言っていいほどの別物である。
射程はおおよそ300mが限度である。
対して、ここ最近旧式化した5.56mm 89式小銃の有効射程は500mである。
更に言えば、彼らのライフルが15発装填なのに対し、89式小銃は30発。
おまけに自動装填機構によって650発/分を発揮する。
歩兵での火力投射能力で勝てる訳がないのである。
「重魔導銃は無いのか!あれなら500mまで火力を発揮できる!」
「あと5分で展開できm「3分でやれ!」
伝令に出ていた兵士と小隊長を怒鳴りつけ、城壁に急いで登る。
「隊長!敵部隊の接近が速すぎる!このままでは突破されます!」
「あと3分耐えろ!重魔が展開する!」
そう言うと、目の前の兵士が外へと目を戻す。
城壁の外を見てみれば、敵部隊が一望出来た。
巨大な灰色の地竜、そしてそれを盾にする緑の服を着た兵士。
ぱっと見ただけでは敵兵士の数は少なかった。
しかし、望遠鏡を覗いて見た瞬間その考えは覆される。
少ないのではない、少なく見えるのだ。
全身を草原や森林の保護色となる緑に統一している。
細かく言えば、自然に溶け込めるようになっている。
そんな芸当、彼らには不可能であった。
もしそんなことをすれば、コミュニケーションエラーを起こして同士討ちを起こす。
だからこそ、わかりやすい華美な服装が軍服になっている。
主要な通信手段の魔信を部隊全員に配給できれば可能だが、そんなことができるほど魔信は安いものではない。
そもそも、通信線を引かなければ使えない魔信を歩兵に持たせるなど不可能である。
「HMG展開完了!射撃開始します!」
戦場を重低音が支配する。
彼らにとって、保有する重魔導銃は一般歩兵が扱える最大火力と言ってもいい。
それ以上の火力を求めるならば、砲兵科に言って砲か魔術科の魔道士を呼んでくるしかない。
そこからついたあだ名は、"歩兵の天使"である。
「HMGの射撃で敵部隊の侵攻鈍化しました!」
「今のうちに防衛体制を整えろ!」
今ならなんとかなる。
そんな希望は簡単に打ち砕かれる。
「隊長!展開したHMG、全て沈黙!敵部隊の火力は異常です!撤退許可を!」
「ダメだ!ここを通したら市街地が焼け野原になるぞ!」
既に部隊の士気は壊滅的であった。
目の前で城門をいとも容易く消し飛ばされ、銃座が圧砕されて潰走していないだけマシである。
「しかし!これ以上ここで食い止めるのは不可能です!蹂躙されますよ!」
「ダメなものはダメだ!ここを通したら焼け野原と死体が残るだけだぞ!」
「あれを食い止めるのは不可能です!結果は変わりませんよ!」
こんな押し問答に意味などないことは分かっていた。
城門と銃座を連続で吹き飛ばす化物に勝てる訳がない。
どちらにせよ、目の前の兵士が言うとおり、結果は蹂躙と虐殺であろう。
勝ち目などない。
「こちらは日本国陸上自衛隊である!最低限の待遇を保証する!直ちに降伏せよ!
この要請が受け入れられない場合、直ちに攻撃を再開する!」
そんな大音声が戦闘指揮所に雪崩込む。
これだけ圧倒しておいて降伏勧告をしてくるなど、信じられなかった。
あと1時間もあればこの市街地を廃墟にできるというのにだ。
「私が行く。とりあえず銃を下げろ」
「隊長!正気ですか!明らかに罠です!」
「だが、時間は稼げる。副長に私が死んだら頼んだと伝えておいてくれ」
彼がしばらく悩んだあと、了承する。
それを見送ってから城壁を降り、粉砕された城門を潜る。
こちらの意志が伝わったのか、何人かの兵士がこちらへと近づいてくる。




