第11話
24年 8/30 9:25:陸上自衛隊:共和国前線指揮所
指揮所の周辺は今にも爆発しそうな緊張感で満たされていた。
接敵予想時刻まで残り5分。
いつ敵部隊が眼前に飛び込んできてもおかしくない。
既に、デルタ4及び3の撤退により、KZ内で全ての敵兵を粉砕する計画はご破算となった。
だが、もともと同隊は敵部隊撤退開始時に包囲をするのが大きな役割であり、防御にさほど大きな影響はない。
「敵部隊視認!ルート依然変わらず、このまま突っ込んできます!」
役者は出揃った。
「修正あ号射撃計画!戦争を始めるぞ」
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無数の騎馬と兵士が大地を駆ける。
その目的は防御陣地を攻撃した生意気共に報復するためである。
もちろん、その攻撃というのは陸自の威力偵察であるが、そんなこと彼らが知るわけがないし、多くは知ることもないだろう。
彼らは既に術中に嵌っていた。
「よし!このまま一気呵成に叩き潰すぞ!総員突撃!」
そういうと、無数の騎馬が加速を開始する。
その時であった。 彼らの前方から爆音と風切り音が聞こえる 。
「なんの音だ?友軍に魔導攻撃など頼んでh」
その瞬間、彼の後方10m程が破裂する。
幸いにも彼はその被害を受けずに済んだ。
最も、彼の後方に居た副隊長の身体及び騎馬が見るも無残な姿になっていたが。
「なっ!砲撃だ!散開しろ!固まってたら死ぬぞ!」
その言葉に部隊が反応し、直ぐに散開し始める。
少し間をおいて、先ほどとは比較にならない程の砲撃が先程よりも少し前方に落ちてくる。
散開していなければ、彼らの部隊の1/5は吹き飛んでいただろう。
その後も、広範囲に砲撃が降り注ぐ。
「クソッ!全員全力で走れ!敵の陣地まで行けば砲撃は出来ない筈だ!」
そう指示を飛ばした途端、彼の眼に映ったのは閃光であった。
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「小隊統制射撃!修正あ号!指命!………発動!」
指示に一番に従ったのは、16式機動戦闘車の52口径105mmライフル砲であった。
ライフリングによって安定化された砲撃は、正確に敵部隊のど真ん中に着弾する。
続いてM2 Browningや7.62mm機関銃、89式小銃が鉄の嵐を形成し始める。
飛翔した弾体の1/2は敵兵もしくは騎馬にめり込み、その活動機能を停止もしくは低下させる。
そしてその命中率は、陣地に近づくほど上昇する。
しかし、200m地点に到達した途端、その命中率は急激に低下する。 共和国兵士による射撃であった。
自動小銃による射撃には劣るが、高い速度で速射される弾丸の殆どは狙った目標に命中せず、二次被害を引き起こす。
これに加え、81mm迫撃砲による火力もあった。
だがしかし、これら最大火力を持ってしても、敵はこちらへと肉薄している。
相手は騎兵である。 ひとつのミスが、部隊の全滅を招きかねない。
「部隊後退用意!縦深陣地まで退くぞ!デルタ2が先だ!」
戦闘において、手遅れになってから行う撤退は壊滅と同義である。
教導隊で叩き込まれた撤退戦の要領に沿って、デルタ2の撤退を援護する。
部隊は徒歩機動によって急速に撤退する。
それにより火力が減少し、更に前線が押し込まれる。
だが 少し経つと、減少した火力も徐々に回復を遂げていた。
今度はこちらが退く番である。
「デルタ1撤退開始!退くぞ!退くぞ!」
そう大声で怒鳴ると、多くの兵士が退き始める。
だが、一部は聞こえていないのか狂乱状態か乱射を続けているし、頭を抱えて意気消沈しているやつもいる。
「おい!立って走れ!死にてえのか!」
隊員のテッパチを度突いて、共和国兵は肩を度突いて撤退させる。
残るは殴り回るときに護衛で着いてきた隊員だけだ。
その時、すぐそこで騎馬の駆け足の音が聞こえる。
「クッソ!もう来やがったか!」
89式で騎馬を撃ち殺し、上の兵士を吹き飛ばしてやる。
後ろでは護衛の隊員が3騎を急射で叩き潰す。
その射撃はまさに見事なものであった。
周囲の敵を叩き潰しながら連絡壕を使用し撤退する。
撤退していると、隊員の一人が足を撃たれ転倒する。
「ッチ!担ぐぞ!誰か援護寄越せ!」
後方2番目の隊員が文字通り肉壁となり、援護に入る。
射撃において、敵を死と生の境界に追いやることは最も効果的である。
もし相手が死傷者を減らそうとすれば、敵の一部は救助に周り停止するし、後送の為に人員を割くこととなる。
捨て置けばそのままその兵士を殺せばいい。
殺すより効率的な攻撃方法である。
彼らが停止したポイントに対し、複数の敵兵による十字砲火が浴びせられる。
その直後、敵騎兵の突進により被害が拡大した。
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「CPこちらデルタ1-1!敵騎兵の攻撃により小隊長及び隊員3名戦死!爾後は1-1が指揮を取る!また撤退行動中に負傷者多数!」
既に陸自側の損害は看過できないレベルにまで達していた。
現代人が想定している騎兵の突破力、敵騎兵隊はこれを容易に上回った。
[デルタ2こちらCP、被害状況報告せよ。送れ]
既にデルタ1の損害によって、我の想定していた損害は軽々と越していた。
これ以上損害が増えたところで、なんの驚きもない。 戦争とはそういうものだ。
上官が死ねと言ったらば死ぬし、地雷原を走れと言われれば地雷原を走るのだ。
そこに情なんてものはない。
指揮をする立場として、時には部下に死ねと命じなければならないのが戦争である。
だからといって、これ以上いたずらに損害を増やすわけにはいかない。
更に言えば、縦深陣地まで撤退した以上、もうすぐ後ろには指揮所がある。
全員死ぬ覚悟はできている。 だからといって、ここで死ぬわけにはいかないのだ。
この戦闘で死んだ隊員や兵士の為にも。
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敵部隊は既に縦深陣地の目前にまで迫っていた。
もうすでにこれ以上退く場所なんてない。
FPLがことごとく突破され、縦深陣地まで突破された以上、最終手段を行使するしかない。
「クソッタレが!全員弾撃ち尽くせ!総員各個射撃!」
隊員が各々脅威判定し、射殺する。
既に敵部隊の勢いは弱まっていたが、だからといって攻撃の手は緩んでいなかった。
あくまで玉砕する覚悟らしい。
後のことを考えてる中隊のせいで、弾倉はいつもの1/2しかない。
そこらじゅうで弾切れの報告が飛び交う。
「総員着剣!!白兵戦用意!!」
その指示の直後、空から鉄塊が落下する。
その後にそこに残っていたのは土煙と、それを切り裂く黒鉄色の翼だけだった。
敵騎兵の姿は見当たらない。
[デルタ1及び2へ、良い知らせだ。いずもからF-35が来たぞ]
その無線からは、明らかな興奮と希望が読み取れた。
そしてその直後、塹壕の中から巨大な歓声が散発的な銃声と共に上がった。
勝ったのだ。
1個Bnと1個Co程度で、大隊規模の騎兵を粉砕したのだ。
それも、最小限の損害だけでだ。
「おいお前ら!喜んでる暇はねえぞ!負傷者後送!事後は指示があるまで待機!」
歓声を中断させ、歓喜の声を上げながら苦しんでいる負傷者の後送をさせる。 そこいらに血痕が残っていた。
[小隊長より第一分隊、行動可能者でMIA及び遺体収容を行え。 第ニ分隊、死にかけの奴の中でも根性ありそうなやつ選んで連れてこい。 あいにく、うちに捕虜を大量収容できるほどの余裕はない]
指示に沿い、第一・ニ分隊が塹壕を出て前方陣地に赴く。
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前方陣地と縦深陣地の空白地帯は、この世の地獄と化していた 硝煙と血液や体液、消化物の臭い。
それらが全て混ざり合い、もはや有毒ガスの域である。
臭いで吐いたやつもいた。
無論、こんなこと言っている自らも吐いたのだが。
「地獄だな…さっさと残りの遺体回収して撤収するぞ」
既に、デルタ1の勇敢な4名とMIA判定の奴らは発見していた。 前者の隊員たちは、場所は判明していたが、それ以外を探すのに苦労した。
MIAの奴らに関しては、全員五体満足で見つかった。 最も、生きてはいなかったが。
残りは共和国の兵士が2名だけである。
最終的には、自衛隊の殉職者というのは5名だけであった。 彼らからすれば、5人”も"だが。
地獄を歩いていると、前方陣地のところまで到達する。
前方陣地に近づくほど、砲撃の餌食のなったのか生きている帝国兵が少しずつ増えていた。
どれも、MIAの奴らと違って五体満足ではいられてはいないようだったが。
本来はジュネーブ諸条約によって、収容・看護の原則が日本には存在する。
しかし、ここは既に地球ではない。
よってジュネーブ諸条約なんてものは、既に意味を失っていた。 死にかけの兵士達を楽にしながら、共和国兵を探す。
その音は、彼らからすれば死神の足音であっただろう。
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後送が可能な縦深陣地近くの死体の山から、第ニ分隊は生存者を探していた。
救助できるのは、無理をしたとしてもせいぜい2名であろう。
だが、そもそも捕虜を作る理由は情報の聞き出しが主である。 2名も救助する必要は大してなかった。
むしろ衛生からすれば、隊員の為の貴重な医療物資を助かるかも怪しい奴の治療に使いたくないというのが本音だろう。
その理由が、ドローンでもあれば解決するようなものであればなおさらである。
「分隊長ー!こっちに助かりそうなやついます!」
その言葉を聞き、直ぐに隊員のもとに駆けつける。
確かに、その隊員の眼前には五体満足で失血量も少なそうな帝国兵が居た。
だが、当の本人は痛みか頭部打撲か不明だが、意識喪失状態であった。
生きているのか確かめるための、脈を測る。 その結果は、ブラックであった。
「こいつぁ死んでる。他を当たるぞ」
そう言い放ち、立とうとしたその時だった。 待ってくれ、という声と同時に腕を掴まれる。
「待ってくれ!こいつだけは助けてくれ!弟なんだ!頼む!」
顔を上げると、どうやら彼の兄らしい足の吹き飛んだ男がいた。
どうやら這いずってきたらしく、その服はもとの華美さとは正反対になっていた。
「残念だが、こいつはもう死んでる。助かr「頼む!お願いだ!助けてくれ…助けてくれよ…」
助けろ。
と言われましても、死んでる人間にどうすることもできない。
この世界の人間からしたら俺らは化物だろうが、死体を蘇生する能力など持ち合わせていない。
「死んだ人間は生き返らない。当たり前のことだ。おい!こいつを後送しろ!足は吹き飛んでるが治療すりゃなんとかなるだろ!」
そう言うと、隊員が例の男を担架に載せ基地まで移送する。
「助けろ…ねぇ。そんなの、俺らが言いてぇよ」
それでも進み続けろ。彼らの意思を叶えるために。




