第10話
クリスマスまでには帰れるさ。
24年 8/30 8:59:陸上自衛隊:共和国前線指揮所
[15秒前………5秒前、4、3、2、1、今]
時刻は09:00、接敵予想時刻30分前である。
偵察小隊より出したレコン3からの報告によれば、敵騎兵隊は増速しているとのことだった。
既に防衛体制は整っている。
前線指揮所より1.5km前方の平野をKZとした。
部隊は指揮所から1kmの位置に、KZに対し鶴翼状に陣取っている。
持ち込んでいた鉄条網によって200m地点に戦術鉄条網を配置、余り物で雀の涙ほどの補助鉄条網を敷いた。
小隊毎に防護鉄条網を作れる程の資材は無かったし、そもそも手榴弾を敵が使用するか不明だった。
塹壕もやれるだけ敷設した。
クロール塹壕だが、それでも砲撃などからの生存性は向上するだろう。
だが、そもそも周到防御をするような準備など殆どしていない。
ある限りの土嚢は積んだし、16式は指揮所と右翼側前線に配置した。
撤退を開始するようであれば直ぐに16式で包囲が可能だろう。
左翼側の森林にも96式装輪装甲車も強引にねじ込んでいる。
万が一にも突破された時の為に、縦深陣地も設置した。
やれる限りの準備はした。
あと必要なものは、自らの実力と神への祈りだけである。
「哨戒より報告、敵騎兵隊捕捉。規模3個Co、KZへ進行中。残り1個Co所在不明」
面倒なことになった。
平地を駆けている3個Coはどうでもいい。
16式の74式車載と.50Calで粉砕できる。
だが、残り1個Coが側撃だの森林内からのゲリラ的戦術を取れば、被害は免れないだろう。
特に隠蔽中の部隊がまずい。
[デルタ3及び4こちらCP、敵騎兵1個Co所在不明、あ号射撃計画中止。主陣地まで撤退せよ]
その無線の応答を聞くと、視線を地図に戻そうとする。
だが、それは叶わなかった。
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[CPこちらデルタ4!敵騎兵と接敵!我現在交戦中!]
部隊配置にて、左翼側の森林を担当していたのは第一一六レンジャー100名弱と、即応機動連隊の隊員10名程であった。
対して、敵は騎兵1個Coである。
明らかに分が悪い。
[クーガーの擲弾ぶっ放せ!全分隊各員射撃開始!指示は爾後分隊長所定!]
森林のせいで察知が遅れ、既に敵は200m前方まで迫っている。
分隊長は全隊陸自隊員である。
経験がないにしても、無茶して損害を出すことはないだろう。
だが、無茶せずとも損害が出る。
そもそも、幾ら士気が高まっていても、ヴァクマー共和国兵に怒鳴り声が届くかすら怪しい。
[第一分隊後退!後退支援要請!]
既に第一分隊以外も一部は後退を開始していた。
既に前線は崩壊している。これ以上の停滞は壊滅の危機すらある。
[全隊通達!クーガーを殿として全隊一斉後退!爾後は分隊長所定!何がなんでも生きろ!]
既に敵の射程圏内である。
嵐のように鉛玉が飛来しては、地面や樹木に着弾する。
「分隊長!負傷者2名発生!」
この状況で負傷者発生など最悪である。
「引き摺って強引に下げろ!分隊は後送援護!」
後ろに居た数名が戻ってくる。
[全隊状態報告!]
全隊から次々に報告が上がってくる。
その中で、第九分隊だけは返答が無かった。
[第九分隊!応答せ[第九分隊負傷者3名!分隊長負傷!]
その声は聞き慣れた戦友の声ではなかった。
どうやら負傷して応答していなかったらしいが、機転を効かせた共和国兵が応答したらしい。
負傷者合計32名、死者は0名。
奇跡ではあるが、依然事態は最悪である。
[CP!こちらデルタ4!敵部隊との交戦により負傷者多数!支援求む!繰り返す!支援求む!]
[デルタ4、現在林外に16式及びLAVが急行している。どうにかそこまで撤退できないか?送れ]
CPは優秀であったらしい。
森林から出ればあとはこちらのもののようだ。
[了解!負傷者優先にて後送する!]
無線を手放し、八九式で騎兵を撃つ。
「分隊!騎馬を撃て!そうすれば後続を止められる!」
共和国兵が当てられるなんて到底考えていない。
だが、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。
あと、森から抜けられるまで300m程だろうか。
「分隊員全員走れ!!!死に物狂いで走れ!!!」
そんな怒鳴り声が走る。
その言葉は意図通りに伝わる。
陸自隊員10名程を除いた全分隊員が、指示を忠実に実行する。
目の前の騎兵を殺す。
殺して殺して、敵部隊を食い止める。
たった10人程度、それだけの人数で損害を負っているとはいえ、中隊規模の騎兵を正面から止められるなどとは思っていない。
時間さえ稼げればいい。
一体どれだけの時間が経ったか。
実際の経過時間は数分だろうが、その時間は隊員に等しく共通し、数時間にも感じられた。
「デルタ4!共和国兵全員の収容完了した!残りはそっちだ!」
そんな叫び声が、大音量の中微かに聞こえた。
「全員走れ!!!!生きるぞ!!!!」
それ以上の声は、恐らく人生で二度と出さないであろう。
そのレベルの声であった。
そこからは早かった。
生身の小回りを活かせば、森林内で騎兵よりも速く動くなんてことは簡単である。
残り200m、敵の銃弾が頬を掠った。
残り100m、敵騎兵の音が聞こえる。
限界。
その言葉を頭から消して走る。
残り50m。ヒトロクが見えた。
残り−5m、目の前に地面が広がった。
足に生暖かい液体が走る。
その数秒後、上の方から爆音が轟く。
その爆音を聞いていると、腕を引っ張られる。
「おい立て!逃げるぞ!」
勝った。
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24年 8/30 9:30:陸上自衛隊:ソルノク市街地郊外
ソルノク郊外の平地に、カメラのような機械を担いだ男が2名侵入してきた。
水陸機動団特科大隊より抽出された火力誘導班である。
[ウォッチャーよりヴァイパーへ、レーザー照射開始。繰り返す、レーザー照射開始]
担いだカメラを地面に設置し、レーザー照射を開始する。
[ヴァイパー了解。攻撃開始まで10秒………3、2、1、bombs away]
かがより発艦したF-35 Lightning IIからGBU-54が投下される。
CEP1mの精密爆弾は、ソルノク市街地を守護壁の一部を見るも無残に消し飛ばした。
ここまでおおよそ5分ほどである。
ソルノク守備隊のワイバーンは火力誘導班を捕捉し陸上部隊に通報していたが、その到着が間に合うことはなかった。
攻城戦における最大の障害である城壁、これを陸上自衛隊及び海上自衛隊は無被害且つものの数分で突破したのである。
強いて言うならば、GBU-54という300万程する誘導装置と弾体であるMk82の40万。
合計で340万円を日本に使わせたという経済的損害が上がるだろう。
ヴァクマー帝国渾身の防壁は、日本の国家予算の17/565000000の資金を使わせたのである。
大戦果ではなかろうか。
そんなことは置いておくとしよう。
これによって水陸機動団はソルノク市街地へのフリーパスを手に入れた。
これでソルノク守備隊が降伏してくれると言うのであれば陸自としては万々歳であるが、そんな様子は見受けられない。
[ヴァイパーこちらウォッチャー、爆撃は命中。目標は完全に破壊された]
BDAを行い、二人の男たちは前線指揮所へと帰還する。
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30分後、吹き飛ばされた防壁には水陸機動団戦闘上陸大隊が進出していた。
本来、市街地戦は水機団の本分ではないが、現状戦力は水機団のみである。
そのため、唯一まともな機甲戦力を持つ戦闘上陸大隊が駆り出されている訳である。
既に、市街地から鉛玉の嵐が巻き起こっていた
どうやらここの戦闘員はゲリラ戦の訓練でも受けているらしい。
住宅や瓦礫を駆使して激しい抵抗を行っていた。
既に、目に見える主要道路には瓦礫が散乱していた。
そのため、水陸両用車AAV7 Amtrackによる進行ができなかった。
「40mmで家を吹き飛ばせないか!?」
「小隊長!被害は出すなって話では!?」
そうは言っているが、ゲリラ戦相手にそんな舐めた真似は通用しないのはアメリカの所業が示している。
「街より隊員だ!ぶっ放せ!」
その合図と同時に、今まで12.7×99mmNATOを乱射していた砲塔は、更に40×53mm高性能炸薬弾を吐き出し始める。
吐き出された40mm擲弾は、兵士が潜伏している民家の外壁を吹き飛ばす。
ソルノク市街地の民家は、石材主体の建築であった。
そのため、破壊された外壁の石材が更に外壁を破壊するといった連鎖が発生する。
その連鎖の中には、榴弾の発破によって吹き飛んだであろう肉片や四肢が含まれていた。
だが、そのお陰で抵抗は弱まっていた。
「行け!カバーする!」
施設科が、可塑性爆薬による障害爆破を試みる。
「点火5秒前!3、2、1、点火!点火!点火!」
およそ50m先の障害が吹き飛ぶ。
爆煙が晴れると、そこにはアムトラック程度であればなんとか通行できるであろう幅が確保されていた。
「各隊前進用意!先遣AAV7、以後歩兵隊随伴!爾後は自由射撃!」
その指示のもと、アムトラックを先頭に前進を開始する。
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24年 8/30 9:30:内閣府;危機管理センター
「総理、30分後に本格的な侵攻計画開始となります」
危機管理センターは、転移直後とは打って変わって一時の平和が訪れていた。
といっても、職務を熟している職員の全員が陸自による攻撃計画のことを頭に入れている。
だが、何か心配だの応援だのしたところで、戦況や政情が変わるわけでもないと、頭の中から追い出そうとしていた。
「ああ……日本国初の本格的な戦争であり、侵攻計画だ。敗北、いや大損害すら許されない。頼んだぞ」
そう、1人呟く。
我々ができるのは、陸自隊員達が満足に戦えるよう、食料弾薬燃料その他需品の供給を過剰なレベルまで整えることぐらいである。
彼らは精鋭だ。
だが、未だ実戦経験は無く、国内外では張り子の虎だの散々の言われようであった。
それでも神木は、統幕の立案した作戦を信じていた。
輸入や日本企業が製造した兵器達を信じていた。
そして、現場の全ての隊員の練度を信じていた。
彼らならば、1人も欠けることなく、再び日本に戻ってくると信じていた。
信じているからこそ、9条改正を成し遂げ、防衛費を大幅増額し、過激派左翼の鎮圧をした。
彼らならば、必ず吉報を持ち帰ってくれるだろうと。




