76 聖女の奇跡
白色の小さな花が咲き乱れている畑、それは蕎麦畑だった。
村長の口ぶりからして、この世界では、蕎麦はまだ普及していないようだった。
蕎麦が小麦の代用品だって!?
そんなふざけたことを言うな!!逆だよ。蕎麦粉の代用品として小麦粉を混ぜるんだよ。
蕎麦好きの私としても、ずっと険悪だったアバウス伯爵領でしか流通していない蕎麦なんて、気付けるはずはなかったのだ。それにその蕎麦の食べ方も麺にしていなかったのだから・・・・
村長は言う。
「聖女様、こう言っては何ですが、聖女様のような人に食べていただくようなものではないと思うのですが・・・」
「いえ、これは聖母ガイア様が認めた食品になるでしょう」
★★★
次の日、ファイリス様とその背中に乗ったアンジェリカさんがやって来た。エリーナはどんなに離れていても、ファイリス様と念話がつながる。「食べたことがない、美味しいものが食べられる」と言ったところ、二つ返事で承諾してくれたそうだ。
「妾を呼びつけておいて、不味いものを食わせようものなら、覚悟しておけよ!!」
村人が驚くので、近くで美少女の姿になってやって来たファイリス様は、開口一番そう怒鳴った。
「大丈夫ですよ。アンジェリカさんどうですか?」
「こ、これは凄いわ!!お手柄よカレンちゃん!!醤油と砂糖、鰹節とワサビを持ってこいだなんて、意味が分からなかったけど、これなら問題はないどころか、素晴らしいものができるわよ!!」
早速、村長に事情を説明し、アンジェリカさんは調理に入った。蕎麦粉を捏ねて、麵棒で伸ばす・・・懐かしい光景だ。
それからしばらくして、私にとっては懐かしい、他の従者たちには不思議な料理、ザル蕎麦が出来上がった。
「なんじゃこれは?妾を愚弄しておるのか?忙しい妾をこんな辺鄙なところまで連れてきて、こんな貧相な物を食わせるとは・・・・」
アンジェリカさんは、すかさず宥める。
「ファイリス様、こちらの汁に麺を付けて食べてください。食べてみれば、その凄さが分かりますよ」
「そこまで言うのなら、食べるだけ食べてやろうかのう・・・・う、旨い!!旨すぎるぞ!!なんじゃこれは!!」
一口食べたファイリス様は大絶賛だった。従者たちも同じで、日本食が好きなゴードンとエリーナは無言で麺を啜っていた。そして、私を含めた全員があっという間に平らげてしまった。
「こんなものと馬鹿にしたことを素直に詫びよう。それよりも、もっと持ってこい。一杯や二杯では足りんぞ」
ファイリス様は、早速お代わりを要望していた。
アバウス伯爵も感動して、感想を述べる。
「これなら、オルマン帝国の貴族でも唸らせられますよ。特産品として申し分ないですね」
しかし、アンジェリカさんの料理はこれだけではないようで、ファイリス様にお願いをしていた。
「追加の材料があれば、もっと旨いものが食えるのじゃな?すぐにロックスにもって来させてやる。何々・・・ジャガイモと小麦・・・勉強のために料理人のリザードマンを何人か・・・」
ファイリス様は念話でロックス様に追加の材料を持って来させるようだった。
冷静に考えてみると、仮にも古龍であるファイリス様とロックス様をパシリに使うエリーナとアンジェリカさんは、傑物であると思ってしまった。
それから数時間後、今度は岩龍であるロックス様の背に乗って、ポールさんとリザードマン3人がやって来た。
「ロックス様、ありがとうございました」
「気にしなくていいよ。僕も新しい料理に興味があったからね」
そしてアンジェリカさんが作った料理は、天ぷら蕎麦とコロッケ蕎麦だった。天ぷらはジョーンズ伯爵領の名産品で、コロッケはウチの領の名産品だ。それを蕎麦に入れるなんて、やっぱり日本人の発想だ。
「うむ、今度は温かい蕎麦か、これはこれで旨いな・・・」
「わざわざ来た甲斐があったよ。天ぷらもコロッケも単体でも美味しいのに、蕎麦と一緒に食べると美味しさが倍増するね!!リザードマンたちも作れるようにしっかりと教えてあげてね」
「もちろんですよ。多少コツは必要ですが、頑張ればすぐにできるようになります。それと今回は即興で作ったんですけど、改良を加えればもっと美味しく作れますよ」
アンジェカさんの言葉で、一同が明るくなった。
ここで、空気の読めないゴードンが発言する。
「こう言ってはなんですが、コロッケはカレーと一緒に食べるものだと思っています。アンジェリカ様には悪いですが、カレン様が開発したコロッケのサクサク感を存分に味わうのは・・・」
「そうだ!!それがあったわね。ゴードン君、いいところに目を付けるわね」
その後、炊き出しで余ったカレーからカレー蕎麦が誕生した。前世が極道のアンジェリカさんの料理にダメ出しして、ひやひやしたけど、ゴードンも偶には役に立つ。
「妾は本当に感動しておる!!蕎麦には無限の可能性があると確信した。もっと工夫を凝らし妾を楽しませる料理を作るのじゃ!!」
興奮したファイリス様は、また無茶ぶりを始めた。
次々と変わった蕎麦を作らされているアンジェリカさんは大変そうだった。それを見たアバウス伯爵は「今更ですけど、あの娘さんはどういった方なのでしょうか?伯爵婦人を顎で使って・・・」と質問してきたので、「知らないほうがいいです」とだけ答えた。まあ、そうなるよね・・・
そして困っていたアンジェリカさんを見て、私は案を出した。流し素麺ならぬ流し蕎麦だ。シェルドンもいるし、水は出し放題だからね。従者や村人には受けが良かったが、フィリス様とロックス様は少し喧嘩になってしまった。
「ロックス!!お前ばかり食べたら、妾が食えんじゃろうが!!場所を変われ!!」
「嫌だよ!!そうしたら僕が食べられなくなるじゃないか!!」
結局、二人は別々に流し蕎麦を食べることになってしまった。そんな二人を尻目に私たちは今後の方針を話し合った。
コウジュンが言う。
「これなら十分です。オルマン帝国にも売り込みましょう。そこで提案ですが、ヘクター辺境伯領につながる街道を整備しましょう。そうすれば、アバウス伯爵領にも商人が戻ってきますし、ゆくゆくは我が国にも利益があります。オルマン帝国西部との交易は盛んですが、この際東部とも交易を進めていきましょう」
「そうね。また街道整備だけど、ドロシーは大丈夫?」
「もちろんですよ。道なき道を切り開いた北街道整備に比べれば、今度は道はありますし、ノウハウもあります。短期間で開通させて見せますよ」
アズイーサも続く。
「オルマン帝国の利益にもなるし、仲介は我が買って出よう」
この街道整備がきっかけで、アバウス伯爵領は大発展を遂げることになった。
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