36 聖女の防衛線 4
アズイーサ!!あの馬鹿女は一体何をやっているの!!
作戦とは違い、アズイーサは勝手に進軍を始めてしまった。
5匹を討伐した勢いで、進軍して行く。
すぐに10匹のフレイムグリズリーが現れた。アズイーサは瞬く間に3匹のフレイムグリズリーを斬り伏せた。他の部隊員も苦戦しながらも戦っている。
そんなとき、体長10メートルはあろうかという大型のフレイムグリズリーが現れた。私は「鑑定」のスキルを発動する。しかし、鑑定できなかった。かなり高ランクの魔物ということだ。
間違いなくあの大きな熊がヘルフレイムグリズリーなのだろう。
アズイーサもヘルフレイムグリズリーに気付いたようで、笑みを浮かべる。
「ほう、親玉が出て来たか?よし、我が屠ってやろう」
アズイーサはヘルフレイムグリズリーに飛び掛かり、大剣を振り下ろした。しかし、ヘルフレイムグリズリーは難なく大剣を片手で受けとめ、なんと、大剣をへし折ってしまった。
アズイーサは驚愕の表情を浮かべる。しかし、すぐに体勢を立て直して両手に片手剣を持って切り掛かる。
今度はスピードとフェイントで翻弄しようとしていた。そして、ヘルフレイムグリズリーの背後に回り込んで、上手く後ろから切り付けた。しかし、背中に剣はヒットしたが全くダメージを与えられず、剣は折れてしまった。
アズイーサはすぐに間合いを取ろうとしたが、ヘルフレイムグリズリーに掴まれてしまい、地面に叩き付けられた。アズイーサはそのダメージから気絶してしまった。
これは拙い!!士気もかなり下がっているし、指揮官が倒れたことにより、部隊は団混乱している。そして、更に悪いことに30匹くらいのフレイムグリズリーに部隊は包囲されてしまった。そこからは一方的な状況で、悲鳴が響き渡る。どんどんと部隊員は倒れ、中には手足を食いちぎられた隊員もいるくらいだ。
ダリアは叫ぶ。
「レアード!!神様どうかお助けください」
レアードというのはダリアの幼馴染の領兵だ。ダリアが馬鹿にされたことに憤慨し、突撃隊に志願した若者だ。ダリアの悲痛な願いも虚しく、レアードも満身創痍だ。
どうにかして助けたい。コウジュンに目で合図を送る。
「無理です。救出に向かえば被害が大きくなるばかりです。ここは辛いでしょうが、耐えてください」
ダリアが言う。
「そうですね。ごめんレアード・・・総員待機!!」
ダリアさんは涙をこぼさないように堪えて、苦渋の決断をした。
でも私はどうしても助けたい。こんなことなら、何が何でも止めるべきだった。私にはそれができたのだ。だって聖母ガイアの幻影を出し、適当に喋れせればこの作戦を中止にすることができたのに・・・
でもどうすればいいのだろうか?
そんなとき、私は一つの考えを思い付いた。
「ごめんコウジュン、ダリアさん!!私は行くわ。エリーナ、ゴードン!!準備して。エリーナはミニサラ達を全員集合させて!!」
更に私は言う。
「ブラックローズ家の勇敢な兵士達よ!!これより救出に向かいます。我こそはと思う者は私に着いてきなさい!!」
アズイーサが連れて来た兵士達は歓声を上げる。
これをダリアは制止する。
「聖女様危険です!!お止め下さい。貴方が命を懸けることでは・・・」
「大丈夫ですよ、ダリアさん。私には秘策があります」
それを聞いたエリーナが声を掛けてきた。
「カレン様、まさか・・・そんなお体が・・・」
「こんなときにしなくていつするのよ?エリーナお願い、あのときと同じタイミングでやるからね」
私はゴードンとエリーナに守られる形でブラックローズ家の部隊を連れて、突撃部隊に接近した。
フレイムグリズリー10匹くらいがこちらに向いて突進して来た。
今だ!!
「偉大なる火龍よ!!我の元に来たれ!!召喚!!」
雰囲気づくりのための演出だ。フレイムグリズリーには関係ないだろうが、今にも崩壊しそうな突撃部隊と救出部隊の士気を上げるにはこれくらいしないとね。
私は巨大な火龍の幻影を出現させた。そして、幻影は雄たけびを上げる。けたたましい音が放たれ、多くのフレイムグリズリーは竦み上がった。
よし、仕上げだ。
「偉大なる火龍よ!!ファイアブレス!!」
火龍の幻影に炎を吐かせた。当然、炎も幻影だ。それに合わせて一斉にミニサラマンダー達が「バーニングボール」を放った。これは結構練習したからタイミングはバッチリだ。パッと見は火龍の幻影がファイアブレスを吐いているようにしか見えない。
混乱しているフレイムグリズリーには尚更だ。
これが効いたのか、数頭のフレイムグリズリーが逃げ出した。するとそれを見た他のフレイムグリズリーも一斉に逃げ始めた。こうなったら止められない。フレイムグリズリーは1匹もいなくなった。
火龍って本当に恐れられているんだね。絶対に会いたくはないけど。
しかし、ヘルフレイムグリズリーだけはその場に立ち尽くしていた。
何で逃げてくれないの?コイツが一番厄介なのに!!
そんなとき、私の頭の中に声が鳴り響く。
(おい!!そこの人間!!なぜ火龍を召喚できるのだ?まさか、お前がファイリス様を・・)
私は訳が分からずきょろきょろとあたりを見回していると、また声が響く。
(我だ!!真正面にいるだろうが?念話も知らんのか!!とりあえず心の中で我に話しかけてみろ)
どうやら、心の声はヘルフレイムグリズリーが原因のようだった。言われたとおり、心の中で呼びかけた。
(私はカレン・クレメンスです。どういったご用件でしょうか?)
(とりあえず話がしたいのだが)
うわっ!!通じた。
でも、話なんかしている場合ではない。私が連れて来た兵士達は、ヘルフレイムグリズリーに対峙して、牽制している。早く怪我人達を搬送しなければ・・・・
(申し訳ないですが、今はそれどころではありません。怪我人を搬送しなければなりませんので)
(分かった。我は立ち去ろう。3日後、我は再びここに来る。そのときに話をするとしよう)
(えっと・・・帰っていただけるということですか?)
(そうだ。3日後に来ると言っているだろう。そのときはミニサラマンダーも連れてこい)
(分かりました。周りの兵士たちは何のことかさっぱり分からないと思うので、私が「立ち去れ!!」って言ったら帰ってもらってもいいですか?)
(そうしよう)
私は兵士達を下がらせ、叫んだ。
「ヘルフレイムグリズリーよ!!即刻、立ち去れ!!」
すると、ヘルフレイムグリズリーは踵を返して、森に帰っていった。
大歓声が上がる。
「聖女様がヘルフレイムグリズリーを追い返したぞ!!」
「本当に聖女様は凄い!!」
「ドラゴンを召喚したのも聖女様だからな」
私は歓声を沈めて言う。
「すぐに怪我人を搬送してください。危機は去りました」
★★★
幸い死者は出なかったものの、怪我人の容態は深刻だった。軽症の者は魔法や回復薬で回復しているが、重傷者は今も生死の淵を彷徨っている者がいる。というのも、運が悪いことに上級の回復術士がいないのだ。
オルマン帝国でも回復術士は貴重で、ドーン子爵領でも部位の欠損や蘇生ができる回復術士は2名しかいないそうだ。そんな貴重な人材を戦況が分からない戦地に送ることはできないので、領で待機せているそうだ。当然の措置だろう。
部屋で休んでいると、ダリアが尋ねて来た。
「聖女様、どうか、レアードをお助けください。聖女様ならきっと神のご加護で治せるのでは・・・」
治せません!!治せるならとっくに治してます。
だって私は「回復魔法小」のスキルしか持っていないので、どう頑張っても簡単な骨折が数日で治せるくらいの回復魔法しか掛けられないのだ。まあ、世間一般の聖女ならそう思うよね。
ダリアに迫られて、仕方なく重傷者の集められた病室を訪ねる。
絶句した。
そこら中からうめき声が聞こえ、助けを求める声がする。
私も素人だが、現代の日本の医療技術をもってしても助からないだろうという患者は何人もいた。
私に気付いた重傷者達で、まだ話ができる者は一斉に私に向かって叫ぶ。
「聖女様!!どうかお助けを」
「母さん!!死にたくないよ。助けて・・」
「聖女様・・どうか・・お願いします」
やめて!!私は貴方達に何もできないの!!
私はこの世界に転生して、聖女であることを心底後悔した。
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