良子の人付き合いの極意とサツマイモのポタージュ
高級リゾートの視察旅行から帰ってきたヨシコは、民宿物見遊山での日常に戻っていた。
今から半月もすれば、この辺りに木々に花が咲き、花見の観光客がこのちにも押し寄せるだろう。花の種類は多く、所謂、桜や梅、そのお次は桃に杏、新緑の頃には山の斜面のミカンに白い花が咲く。
温暖な気候、次々に咲く木々の花、美しい海、広い空。
この景色を部屋から、庭から、坂道から、海辺からとあちこちから見ることが、良子の楽しみだった。
この地の人柄は、気候に似てか穏やかで温かく、村の住民も良子を受け入れてくれた。
ありがたいことだと思う。ただ、周りが思うほど、良子は自分がイイヒトでないと自覚していた。
子供時代の母親の抑圧、思春期でのその反乱と葛藤を経て、良子は人並みにひねくれていると思う。
また、女子高の寮生活や大学時代のバイトの中で培った《人にほんの少し大切に扱ってもらえる方法》を駆使して、出来るだけ日常が平穏に暮らせるように立ち回っていた。
その方法は『ちょっと人のためになることをする、お気遣い』だ。
最初は無意識だった。
中学時代まで友達の一人も居なかったのだ。
家でも時間潰しに勉強しかしてきていなかったし、コミュニケーション能力を得る機会のないまま父親から離れるために寮のある学校に進学したのだ、寮で学校ですることが無い。
親に言い出せずスマホも持ってなかったし、スポーツもやったこと無いし、趣味もない。
だから、学校でも寮でも、とりあえず今まで通り勉強ばかりしていた。
ある時、同じクラスの生徒が声をかけてきた。
「小林さん、英語のテスト勉強のノートを貸してくれない?」
なんて名前の子だっけ?と思いながらも、まあいいか、と貸した。
次の日になると、
「ねえ、スゴい分かりやすかった!ありがとう。」
と言ってきた声を聞き付けた周りの生徒もノートを借りたいという。
まあ、いいかと次々に良子のノートはクラスメイト内を回っていった。
テストの前日にやっと戻ってきたノートだが、良子は返してと言えなくて別にもう一冊勉強ノートを自分用に作った。
他にすることがないのだ、余裕がある。
同じ範囲を二度自習し、授業も受けるので、その時のテストは学年一位になった。
《情けは人の為成らず》っていうし、結果良かったと一人静かに喜んでいると、ノートを借りた子たちが
「小林さんって頭良いんだね、ノートもスゴい分かりやすかったもん。また貸してね。」
と口々に言ってくれた。
その後は元来口下手な良子だが、クラスメイトとは付かず離れずの距離感でやり取りしていて、中学の時のようにイヤミを言われることも虐められることもなく、穏やかに過ごすことができた。
『ああ、誰かに有用だと思われるならば、私でも普通に扱ってもらえるんだなー』
とその時に意識した。
有用であれ、良子の行動はこれになった。
だいたい、子供時代に母親の空気が張っているのか緩んでいるのかと、怒っているかいないか、何を言えばいいのか、何をすれば母は機嫌よく過ごすのか、正しいのはどれか、母が正しいと思う答えは何か?
常に意識を研ぎ澄まし、息を殺し、人の顔色をみて生活してきた良子である。
母に比べたら、周りの人がして欲しそうなこと、喜びそうなことを推測することは容易かった。
それに通常、相手が意図していなくても良子の行動で自分が楽できると思えば、少なくとも母親のように罵倒されるようなことは無かった。
多くはお礼を言われたし、それは良子の行動が正しかったのだと思えた。
これが、良子が会得していた人に少し大切に扱ってもらえる方法だった。
この世界に落ちてきて、トビーに助けられ、親方とアンナに支えられてこれまで生活してきた中で、その良子のお気遣いをアンナは『人に良いように使われて!』とか『他人行儀だ!』と怒っていたけれど、アンナには直接言えないが、自分が有用でないと人に好かれることが無いという思いは変えられそうになかった。
だから、良子がイイヒトと言われるのは、イイヒトのフリをしているからで、決して自分がイイヒトだとは思ってなかったし、外面がイイヒトなだけなんだよと自虐的な思いを抱えていた。
今日も、早朝から調理場に立つ。
今日のお客さんは船着き場から沖にある大島へ渡る冒険者だった。
冒険者とはいえ、ソロ客とは珍しい。
初見さんはパン食がほとんどなので、今朝もパンにあうおかずを作る。
裏の畑で去年の秋にたくさん実ったサツマイモを玉ねぎと一緒にコンソメで炊く。
牛乳と生クリームを半々入れて更に炊き、塩コショウで味を整える。
これをザルで丁寧に濃してサツマイモのポタージュ完成である。
この村名物のツナ缶の油を切ってボウルに入れトマトペーストとみじん切りのパセリを加えて混ぜ塩コショウで味を整える。スライスしたフランスパンを添えて。
名産のフレッシュオレンジジュース、ミルクと挽きたて豆で入れたホットコーヒー。
冒険者は朝からおかわりをして食べた、フランスパン二本分。
港へ歩いていく冒険者を外に出て見送る。
良子の一日がまた始まる。
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