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異世界民宿 物見遊山  作者: 有栖多于佳
7/31

トビーがフラれた話とアクアパッツァ

村外れの宿屋を出て、海岸線を進むと上り坂になる。長い山道を荷馬車が上っては下り、また上る・・・

道は細く、木が覆い繁っていて鬱蒼としている。

メグは危なげなく馬を操り、荷台に座るアンナとヨシコも風を受けて気持ち良さげだ。

まあ、サスペンションが無いし荷馬車だから乗り心地は良くないが荷台にはクッションを敷いてはいるし。

急ぐ旅でもないので、少し開けた場所にある茶屋に寄り寄りのゆっくりした日程である。


山中の養鶏場がやっている茶屋に寄ればそこの名物という温泉蒸しプリンを食べ、沢の湧き水で栽培しているクレソンとホースラディッシュの農園に寄れば、そこのおすすめというクレソンが挟まれチキンカツにホースラディッシュがたっぷり塗られた涙目チキンバーガーなるものを食し、長い下り坂を終え山を抜ける。


だんだんと人の往来が多くなる道を中心部へ向かって進む。


村の広場に出ると屋台で売っている魚の擂り身のフライを買った。

ー これはさつま揚げだな ー


視察旅行であるからには、その地で人気の食べ物や流行りの商品を買って使ってみてこそ!と最初の時からアンナが力説していたので、ヨシコもそれに倣っている。


だから普段から少食なヨシコはできる限り朝食は控え目にしているのだが、今回はメグがいるので助かった、ヨシコが試食した後はメグが残さず食べてくれるのだ。

見ていて気持ちがいいほどの食べっぷりである。


屋台の食べ歩きをしてたばかりなのだが、一行は洒落た海沿いのレストランに入っていった。

スィモーダ村は半島の先端にあり、王都からは貴族が船で遊びにやって来る高級リゾート地だ。


レストランのバルコニーの席に腰かけて景色を見渡せば、砂浜は白く長い海岸線を縁取り、豪華な貴族御用達のホテルのプライベートビーチや別荘が見える。


「こちら側は平民でも利用していい場所、あちら側はお貴族様の場所。」

アンナが指を指して教えてくれる。居住区は明確に区分されており、貴族の居住区の入口には高い塀がある。

そちらには貴族が乗ってくる大型船の停泊ができる港もあるが、この閑散期に停まっている船はない。

今は貴族の社交シーズンでもあるので、王都でパーティが忙しいのだろう。


この店は平民用のレストランとはいえ、もちろん金額はとってもお高い。

大きな商家や有名な芸術家などが利用する高級店だ。


「さあ、お昼にしましょう!」

「喜んで」

アンナの声にメグが間髪入れずに合いの手をいれる。


「この地方の名物料理よ。」

それは鯛と伊勢海老のアクアパッツァだった。

とっても美味しい。


鯛は高級魚として貴族やお金持ちに好まれているため、ハンジたちが捕った鯛もここへ卸している。

だから村の者は鯛を滅多に口にすることはない。

伊勢海老も同様だ。捕れるけれど、それは販売用なので、こっちの世界に転移してから私が食べたのは今回が初めてだった。


「どうだい、この料理は作れるかい?」

アンナが私に聞いてくる。

「ええ、作れるわ。そりゃぁ鯛と伊勢海老を使ったこの料理と同じとはいかないけれど、村で食べられてる魚や小海老、烏賊や貝を入れても美味しいものができるわ。」

「ふふん、それは良いね。帰ったらレシピにして、食堂のコックを集めるから教えてくれるかい?」

「もちろんよ。」


ご機嫌でシャンパンを飲みながら微笑むアンナにメグが聞いた。

「ヨシコが村の食堂のレシピを作ってるのかい?」

「そうだよ、この子は神の舌を持ってんだ。一度食べた料理を再現できるんだよ。」


「それは言い過ぎ。オーバーだよ。メグ違うのよ、たまたま私があっちの世界で料理が趣味だっただけで、似たような料理のレシピを覚えてるだけなのよ。私お菓子作りとかはしたことが無かったから、そういうのはできないの。パンも上手に作れないし。」


「同じことだよ、ヨッコが料理上手だってことだ。そのおかげでうちの村の食事は旨くて有名になったろ?」


「ああ、そうだな。冒険者や旅の商人が噂していた美食の村が、まさか自分の出身の村だと知った時の驚きったら無かったよ。ええ?そんなこと無かったぞって否定して回ったもんだ。」


「メグが出てってからだからね。ヨッコが来たのは。そういえば今回はどうして戻ってきたんだい?」

アンナがついでのように聞くと、メグが苦虫を噛み潰したような顔をして言った。


「母親が危篤って連絡が来たんで、クエストの途中だったけどパーティを外れて戻って来たんだ。そうしたら見合いの話をされてさ!」

「ええ?メグんちの母さん、元気一杯だろう、ツナ缶作業所にも通ってるし。」

それはそれは、と、アンナと二人顔を見合わせて苦笑い。


「だいたい、兄貴が悪いんだよ。ヨシコには何回もフラれてるだろう?」

あ、こっちのお鉢が回ってきた、どういうことだろうと黙って聞くことにした。


「また、ヨッコにその事を言うなって昨日も言っただろう。」

アンナが怒ってメグを叱ると、


「違うんだって。ヨシコのことを家族中誰も悪く言ってないし、自分も思ってない。フラれて芽がないのに周りをウロチョロするのはヨシコに迷惑だから止めろって話だ。好きでもない男に付きまとわれて、そういうのを王都じゃストーカーって言うそうだ。」


ストーカーって言葉がこの世界に有ったとは!トビーはストーカーってほどでは無いんだけどね。


ヨシコがこの地に落ちてきて、トビーに助けられた日の夕方、聞き取り調査が終わってさて身の振り方はどうしようかと駐在さんとお役人さんが話しているところに、漁を終えたトビーがやって来た。


そして、この村にしばらくいるなら親方に頼んだらどうだと言ってきた。

そうだな、それが良いなと駐在さんもお役人さんもその話に乗って頼んでくれた。

トビーも一緒になって頼んでくれたので、親方の了承も得て、寮で部屋も貰い生活の心配が無くなったそんな初期の頃、トビーから交際の申し込みがあったのだ。


ええ?早くない?知り合ってまだ数日なんだけど・・・


もともと他人との距離感が上手く図れない私が、知らない世界で、馴染まない生活の中その話を受けることは無かったので、『今の状況で、そんなことを考える余裕がないから』とお断りした。


しかし、トビーはそのお断りをどう受け取ったのかわからないんだけれど、グイグイ来たので、ある時もう一度しっかりと断った。

申し訳ないが、多くの人の面前で。

だって作業所で働いている時に、トビーのお母さんもいるのに、突然花持ってやって来て公開プロポーズするんだもん、仕事場でそんなこと、正直めちゃめちゃ迷惑だった。


「私は年下の人とお付き合いはしないです。十も下ということは何年経っても変わらないでしょ?だからトビーの気持ちに答えられません。」


ハッキリと言った。


この世界の寿命はもとの世界より短い。

だから早熟だ。早く次世代に命を繋ぐことが必要になる。

私にはその覚悟がないし、突然やって来た世界で私の存在事態があやふやだ。


前の断り文句は、慣れる時間が無いからトビーと付き合えないと取られたようだったので、年の差という恒久的に変えられない事実で断った。これで諦めてもらえるはずだ。

嫌われてもしょうがない、受け入れる気が私にないのだから。


「母さんもヨシコが言うことはわかってて、兄貴にはヨシコの迷惑だから諦めなって言ってたみたいなんだけど、だけど兄貴が《ヨシコが自分に恋愛感情がなくてもいいんだ、思うのは自由だろ》とか言うから、《メグはメグで自由に冒険して暮らすとか言って出ていくし、息子は迷惑男だし育て方間違えた》って切れたらしくて、長男とその嫁さんが母さんを不憫に思って私に嘘の知らせを出したんだと。帰ってきたら、また見合いだの結婚だのって言われて、もう戸籍が無いよって言ったら親不孝者がーって泣くし。散々だったよ。

ほとほと困って、兄貴に一言文句いってやろうと親方の所に言ったら、奥さんに声かけてもらって本当に良いタイミングだったよ。」


ああ、それで今回は急に三人になったんだ。

アンナは面倒見が良い。困った人に手を差しのべてくれる気遣いの人。


「まあ、メグんち母さんの気持ちもわかるよ。トビーもメグも自由自由っと自分の事ばかりじゃなくて少しは親孝行もしな。」


アンナの言葉にメグは小さくわかってるよと答えた。


「じゃあ、お土産は奮発して買って帰りなよ。給金弾んだんだから。」

「そうだな!」

顔を上げて、今度はしっかりとした言葉でメグが返事をした。


冬場でありながら、頬を撫でる風は温く心地良い。

青い空、青い海、白い雲、白い砂


アンナは人の気持ちのわかる優しい親友だ。


デザートを食べて、平民街で一番の宿屋に泊まる。

それはまた別の話。




お読みくださいましてありがとうございました。


誤字誤謬があるかもしれません。


わかり次第訂正いたします。


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