ヨシコがアンナと親友になった日とライトミール
『どうして、・・さん、そんなに勉強してるの?』
『・・・るさい、ぅるさい、うるさい、うるさい!!』
ー バンッ!! ー
ー キャー!!!せんせー・・・さんが、自分の手にエンピツ刺したー!!! ー
「ヨッコ、ヨッコ、ねえ、大丈夫?」
アンナの声が聞こえる。
意識を浮上させると、私のベッドの横に立ちのぞき込むアンナとメグがいた。
旅先では女性同士と言うことで、いつもアンナとは同室だ。
今回はメグも。
自分の近距離に他人が居ることが苦手な私は初めは別室を希望したのだけれど、アンナは同室を譲らなかった。
目を開けて、アンナとメグの様子を伺う。
「ヨッコ、ひどく魘されていたから。どうした?どっか苦しいのかい?」
「・・・夢を見ていたの。子供の頃の・・・」
「ああ、そうかと思った、寝言で『助けて』って言ってたから。大丈夫かい」
「騒いで起こしてしまったのね。ごめんね、メグも。」
「いや、気にしないでくれ。ヨシコ大丈夫か?ひどく汗もかいているし着替えた方がいい。」
「ありがとう。そうするわ・・・」
宿屋の部屋についてすぐ温泉に入ったが、ここは二十四時間温泉に入れるので、入りにいくことにした。
良いと断っても、アンナとメグも一緒に入ると言うので湯殿へと向かった。
宿泊棟から渡り廊下を綿った先に湯殿がある。三人で歩く道すがらメグが直球で聞いてきた。
「ヨシコは子供の頃、虐待されていたのかい?」
「ああ、もう、あんたはもうちょっと聞き方ってもんがあるだろう。」
アンナがメグの腕を叩いて言った。
「いいわよ、隠すことでもないし。それにアンナも同じような聞き方だったと思うけど。」
「あたしは、そんな直接的に聞いてないよ!あんた、親はいるのかって聞いただけさ。」
怒った顔で言い返してくるアンナは、私にできた初めての同性の友達だ。
湯殿について、汗を流して露天風呂に浸かる、少し温めの湯が気持ちがいい。
「私が十歳の時に親が離婚してね、離婚って夫婦別れするってことなんだけど、あっちの世界ではわりとあることなんだよ。結婚した半分のカップルは別れるなんて言われてる位で。」
「へえ、そんなに別れるんじゃなぜ結婚するんだろう。神の祝福を受けて番うのだろうに。」
「宗教的な縛りがないのよ。なぜ結婚するかは私にもわからないわ。」
メグはふーんと首を傾げながら目で先を即した。
ヨシコの母親は、口うるさく過干渉で厳しく、それでいて矛盾した発言をよくした。
それに耐えきれなくなったのか、父親が帰ってこなくなり数年、離婚して母の地元に移り住んだ。
離婚してからの母親は、輪をかけて矛盾を孕んだ発言をしては子供に当たった。
母は自身の親族とも反りが合わず、市営のアパートに五つ上の姉と母と三人の生活。
それでも看護師の資格があるので、市の病院で勤務についた。
とにかく、母が思ったことは事実で無くても事実として母の中ではストーリーが出来上がってしまう。
それを訂正することは不可能だった。私はいつも母の顔色を見てビクビクして過ごしていた。
一方姉は果敢に母に向かっていき、いつも喧嘩になっていた。
喧嘩の最中、自分に都合が悪くなると、母は決まって、
「良子はどっちが正しいと思う?」
と聞いてきた。
大体、姉の言うことが正しいのだが、私はそれを言えず、ある日は黙りこみ、ある日はイヤイヤ母に迎合し、またある日はどちらも悪くないと言った。
小学校も転校し学校にも馴染めなかった私だが、学校だけは休まず行った、学校には母が居ないから。
勉強している時だけは母も比較的機嫌良くしているので、家ではいつも勉強していた。
小遣いももらっていなかったし、年頃になっていた姉の素行が悪いと母が妄想しては姉を非難していたのをみて、とにかく自分は目立たぬようにと気配を消していた。
ー 透明人間になろう ー
ある日、母と姉が一段と激しい喧嘩をした。
姉は高校卒業後、遠く離れた地方の看護学校に奨学金で進学し家を出ると言った。
「勝手なこと言って。そんなの認めない。こっちの看護学校に通いな!」
「うるさい、私はこんな家一日も早く出てきたいんだ。保証人には父さんに頼んだからあんたに許してもらわなくてもいいから。いつも出てけ出てけって喚いてるんだから、良かっただろう。」
姉の言葉に母がぶちギレて、姉の首を絞めた。
信じられない思いで、母の腕にしがみついて手を離れさせ
「お母さん、お姉ちゃん死んじゃうよ!」
と叫んだ。
「こんな恩知らず、死んじゃえばいいんだよ。お前もだ。」
すごい形相で睨まれて言い捨てられた言葉と姉の首を絞めた情景が頭にこびりついた。
姉が家を出てから、母の標的は私に向いた。
姉が居なくなったこと、内緒で父親と連絡を取っていたことにショックを受けた母は、私には姉以上に束縛を強くし、より過干渉になり、ありもしない母の妄想で非難された。
「良子は私ににてデキが良いからね。地元で一番の進学校に行って国立大の医学部へ行ってお医者さんになって母さんを助けてね。」
成績が良い時だけはこう言ってきたけれど、大概は
「十一位って何?お前も姉のようにお母さんが夜勤の時に遊び歩いてるのか!」
なんて、事実に無いことを言われ続けた。
母が気がすむまで聞いていなければならない、夜遅くまででも朝方まででも。
寝ていても、母が気になったと言っては夜中に起こされて、非難されることも多く、テスト期間だろうがマラソン大会の前日だろうが、母次第の毎日に私は消耗していった。
三年生になると部活を辞めた子達が受験にむけて塾に行くようになり、私の成績は下がる一方だった。
常に寝不足で、青白く下を向いて猫背で歩く陰い私に友達は出来なかったし、なんなら付き合いもないのにクラスの女子は何かにつけてこっちを見てクスクス笑ったり、コソコソ話たり、
聞こえよがしに、
「くらーーーーい」「ガリ勉」
とか言われていた。虐められていたのだと思う。
その日も前の晩、母の妄想話を聞かされて復習が出来なかったので休み時間にやっていると、
「わ、必死」「あんなやってても一番取れないじゃんね」「地頭が悪いんじゃなーい」
クスクスっと悪意のコソコソ話が周りから聞こえた。
私の心の瓶にはもうナニカが一杯で、表面張力で持っているような・・・
「ねえ、なんで小林さんはそんなに勉強してるの?」
頭の上から、変声期の男子の声がした。
顔を上げると、同じクラスの男子が立っていた。
「うるさい、うるさい、うるさいーーー死にたい」
私の瓶からナニカが漏れ溢れて溢れ出た。
私は握っていたエンピツを自分の左手に突き刺し、立ち上がって叫んだ。
それからクラスは騒然となって、私は医務室に連れていかれて、色々聞かれた。
ー ここで全部話して家から出してもらわないと、今晩私は母に首を閉められて殺される ー
そう思った私は、姉が母から首を閉められた話から、毎晩母からの謂れのない非難を受けていて寝れないこと、一番にならないとまた非難されること、このままの状況なら死んでしまいたいこと・・・
そんなことを学校に訴えた。
学校は教育委員会に報告して、児童相談所に保護されて、そのまま父に引き取られた。
父は再婚していて新しい奥さんがいたけれど、その奥さんも良い人で優しくしてくれたけど、私は寮のある学校に特待生で進学してその家を出た。
父の再婚相手は、若い奥さんでなくて父と同年代の人だったし、物静かな人だった。
父はこういう穏やかな生活をしたかったんだな、と思ったけれど、私と姉を生け贄にして・・・
と、父やその人に心を開くことは出来なかった。
風呂を上がって、湯殿の休憩所でサイダーを飲みながら長い話を終えた。
メグは空の瓶を籠に戻すと、ガバリっと抱き締めてきた。
肉付きのいい体で抱き締められて、ちょっと苦しかった。
初めて出かけた視察旅行で、アンナが同じように抱き締めてくれたことを思い出す。
「なんて可哀想に。もうあたしが母親になるから安心しな。」
「何いってるの、私の方が年上ですよ。」
「年じゃないんだよ、困ってる子供を守って慈しむのが親だろう?あたしは子供のあんたを助けてあげれなかったことが残念で悔しいよ。だから今からあたしが何からもあんたを、ヨシコを守ってあげるから。もう安心して、泣いても怒っても笑っても良いんだよ。」
そう言ったアンナが私に抱きついて、オイオイ声をあげて泣いていた。
知り合ったばかりの人のことでこんなにアツくなってくれる優しい人に出会えたこが嬉しくて、私も久方ぶりに泣いた。私のは悲しい涙では無かったけど。
「あたしはヨシコの母親でもあり、親友だよ。わかったね!」
アンナが私の手を取り、目を見つめてその視察旅行の帰りがけにそう宣言された。
プロポーズのようだった。
私の人生で初めて友達が出来た。
「私がヨシコを守りますよ。護衛としてではなく、友達として。」
メグが優しく声をかけてくれた。
自分でもひどい育ちをしてきたと思う。
でも付き合いの浅い人に対して、どうしてここの人たちはみな優しいのだろう。
「ありがとう。友達になってくれて、ありがとう。」
私の心の瓶には、あの時のモノとは違う、温かいもので満たされていて、素直なお礼の言葉になって溢れ出た。
その後は、部屋に帰ってゆっくりと眠った。
朝、少しみんな寝坊したので、出発のしたくをして食堂に行く。
多くの宿屋の朝食はライトミールだ。
藤の籠に入れられた、ブリオッシュみたいな甘い菓子パン、ライ麦パンのスライスにビスケット。
数種類のジャムやバター。
名産のオレンジを絞ったジュースとミルク。
コーヒーか紅茶をサーブされて飲みながら。
私は、コーヒーにミルクを入れてカフェオレにして、ビスケットを浸しながら食べる。
こういう軽い朝食もいいかも知れない。
良子と一行の一日がまた始まる。
お読みくださいましてありがとうございました。
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