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異世界民宿 物見遊山  作者: 有栖多于佳
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親方の奥さんと物見遊山に出かけて、昼にサワラのレモンエチュペを食べる

今回から周辺の観光地を物見遊山して歩きますので、食べ物はヨシコが作るのではなくこの世界の名物を食べることになります。

今回は網元の奥さんのアンナの視点になります。

渡り人というおとぎ話でも聞いたことがない出来事が、自分の身近に起こったあの日から、

アンナは旦那のハンジに言われるまでもなくヨシコが気になってしょうがなかった。


始めてみたヨシコは小さくて細い子供のようだった。

黒い髪と目はこの辺りの者と変わらなかったけれど、髪は艶々としていて、肌は青白いがスベスベだった。

貴族の出身かと聞くと、平民だという。

異世界とはなんと豊かなのだろうと驚いたものだ。

年を聞くと三十だという。


「えー!あんたあたしより上なのかい!子供かと思ったよ。」

そこにいた旦那もトビーも目を見開いて驚いていたもんだ。


「じゃあ、あっちの世界じゃ待ってる旦那や子供がいるんじゃないかい?可哀想に。」

何気なく言ったあたしの呟きに、自嘲気味に

「誰も待ってなんて居ないんで気にしないでください。むしろズッとどこか遠くへ行きたいと思ってたんで、希望が叶ったんでしょうね。」

と言っていた。

その時の暗い目の色に二の句が告げられなかった。


うちで住み込みで働くようになると、最初は慣れない作業に戸惑いがちだったが休まず良く働いた。


というか休みの日も来ていたので、


「なんだい、今日ヨシコは休みのはずだろ!?なんで来てんだい!」

と回りに聞くと、出番の者がヨシコに出番を変わってもらったという。

「そんな馬鹿なことがあるかい、この前、サリーの代わりに出たから今日その代わりに休みなんだろうに、そのヨシコにまた仕事を押し付けて。この件は親方に言うからね。そういうことは金輪際やらないどくれ。」


あたしは困り顔の周りの者たちに言うとヨシコにも強く言った。


「あんたも断っていいんだよ!なんでもハイハイと聞く必要はないんだから。」


すると、少し眉を下げた困り顔で


「いや、本当に私は代わっても良いんですよ。お休みでもすることもないし。」

なんて言ってきた。


ー ああ、気遣いが足りなかったのはあたしの方か ー


この子のことを良く見てやれって旦那に言われたのはこういうところだったのかと思った。


「良いんだよ、することがなかったら、あたしについてきな。こっちは一人減っても仕事は回るだろ?」

周りの者に言うと、困り顔のヨシコを強く手をひいて母屋の方へ連れて行った。


その日はうちの仕事を説明する、なんて言って、宿屋の温泉に一緒に入ったり食堂でご飯を食べたり。


最初あんな艶々していた髪は、こっちにいる時間が増える度にこっちの者と同じようにゴワゴワになっていることにも気がついた。

急いで村の床屋につれていって、少しでもキレイにしてもらうようにと痛んだ毛先の枝毛を切ってもらった。


連れ回す先々でヨシコが『こうしたらどうか?ああしたらいいんじゃないか?』と改善点や面白いアイディアをポツリポツリと言う。


「ちょっとそれメモしておきたいからもう一度言っとくれ」

と、その先々でわら半紙の切れ端をもらって書き留めた。


たまにバターペーストにしてパンに塗って食べるだけで、一般的にはあまり使われていなかった布海苔を

乾燥させてスープの具にしたり、型に入れて乾燥させて海苔というものにしたり、この村の名物をヨシコが考案したというのは、今じゃ村で知らないものはいない有名な話だけど。

布海苔の粉末を石鹸水に入れて手拭いを巻いて暫く蒸らすことで髪の艶を取り戻す、美容のために布海苔を活用した副産物だったことを知るのはあたしと床屋の女将さんだけだ。


髪が艶々になるような物がなんか無いかねーと女将さんとヨシコと三人で考えていた時、ヨシコが海草が髪に良いはずだからと実験したのが始まりだった。


艶がでて、髪の汚れもキレイに落ちると、この洗髪剤を床屋の女将が作り小分けにして販売したところ、村の女衆に大流行し、マルコが目をつけて王都でも販売しようとしたけれど、うちの旦那がこの村の特産にと村の店で独占販売にした。

今ではこれを買いに来る女の観光客もいるくらいの人気商品になった。


一事が万事ヨシコの話からこの村は発展していったんだけれど、ヨシコの知恵を利用しようと思ってつれ回してた訳じゃないんだ。それは副産物的な物で、商売人の性に購えなかっただけ。


ヒット商品ができても、別にお金を欲しがるわけでも自分の手柄を誇る訳でもない、

「お役に立てて良かった。」

って、特に興味無さそうにしている、目の奥の暗い暗い闇を隠して、口許だけで薄く微笑むヨシコが気になってしょうがない、そうさ、始めの日からずっと気になってしょうがないんだよ。


「こんちは、ヨッコ、したくはできたかい?」

「ええ、アンナ。今日からしばらくよろしくお願いします。」


ヨシコは民宿の玄関に鍵をかけると荷物を持って、あたしの荷馬車の御者台に乗り込んだ。

これから、村内の各店舗と近隣の観光地を巡る視察旅行に旅立つ。

ヨシコがここにやって来てからもう六年、この視察旅行は今年で三度目だ。


始めはヨシコを無理にでも休ませるため、自分の宿屋に滞在させてたが、そのうち閑散期に半島を旅行してまわろうとなった。

ヨシコはここか王都の王宮かマルコの邸宅しか知らない。できるだけ、この世界を好きになって欲しいから。


ゆっくりと荷馬車が進み出す。


「まずは村内をぐるっと回って、一番遠くの宿屋に今日は泊まるからね。今回はスィモーダ村に滞在するのがメインだからね」

「豪勢ね。でもそこまで行くんじゃ私たち二人じゃ危険じゃないの?」

「だから、最初に泊まる宿屋に護衛を呼んであるから、そこからは三人になるわ。」


「え?護衛?」

「女性の戦士よ。大丈夫、この村出身の子よ。トビーの妹なのよ。」


「ええー!トビーの妹って戦士なの?」


「そうよ、昔からあそこの一家は村でも特別体が大きくてね。彼女は冒険者になるんだって子供の頃からいってたの。平民だし魔法は使えないから、剣を使えないとって鍛えて、ある時村に来たパーティにくっついて行っちゃったの。しばらくぶりに最近村に帰って来たから、旅行の護衛をお願いしたのよ。ヨッコは人見知りだから、トビーの妹って方がまだ気が楽かと思って。」


「気を使ってくれたのね。ありがとう、アンナ。」


ヨシコの民宿から一番近い宿屋、港の宿屋、周りの土産物屋やよろず屋と見て回る。

全体的に売り上げがいい。

良い漁場だったこの村は、昔からハンジ一族が取りまとめていて他の漁村よりは豊かだった。

しかし、漁には危険も伴うし、天候にも左右される。私財を投じてハンジの親父さんが温泉宿屋と食堂を始めて、観光にも少し力をいれていた。

しかし、ヨシコが来てからの発展ぶりには目を見張るものがある。

近隣の町や村からも働き口を求めて人がくるようになったし、豊かな平民が遊びに来て、お金を落としてくれるようになった。


村から一番遠い宿屋に着く頃には昼になっていた。


「みんなヨッコと話したいからって、長話するもんだから思ったより時間食っちまったね。」

「いいえ、みんな元気そうで良かった。普段は決まったことしか話さないから、楽しかったわ。」

「そうかい、さあ、食堂に行こう。トビーの妹のメグがお待ちかねだよ。」


荷馬車と荷物を宿の者に渡すと、外の食堂入口から中に入る。

閑散期とはいえ、店内は昼時なのでいっぱいだが、奥のテーブル席から手を振るメグを見つけた。


「やっと来た。遅いから心配したのよ。」

「ああ、ごめんよ。各店舗でみんな話したがっちゃって。時間が大幅にかかっちゃたんだよ。ヨッコ、これが話してたトビーの妹メグ」

「ごめんなさいね。始めまして。ヨシコです。」

「むむ、これって何よ!始めまして、メグです、よろしくヨシコ。話は兄から良く聞いてるよ。」


立ち上がって、手を差し出してくるメグは確かにヨシコが見上げるぐらい大きい。手も大きく所々豆があった。


「まあ、座って昼にしようか。」

店の者に声をかけて、おすすめ定食をそれぞれ頼んだ。


「サワラのレモンエチュペになります。」


エチュペというのは白ワインとオリーブオイルで蒸し焼きにしたものだ。

村の山側では柑橘類の栽培が盛んで、レモンも特産品なので、レモンの酸味も加わってこれはいいつまみにもなる。


「昼からワインか、さすがハンジ村の奥方は豪勢だな。」

「なんだい、飲みたきゃメグだって頼めば良いじゃないか?」

「でも、ヨシコが。」

「ああ、私はお酒が飲めないから。気にしないで。」

「じゃあ、お言葉に甘えて。」

メグも飲むならとボトルで白ワインを開ける。


「ヨッコ、味はどう?」

「うん。美味しいわ、エチュペって蒸し焼き良いわね。うちでも出そうかな。」

「でもヨッコの民宿だと朝食でだろ?朝から豪華すぎないかい?」

「だから、海老とアスパラのエチュペとかアサリとブロッコリーのエチュペとか。野菜中心でどうかな?」

「いや、美味しそうです。朝から飲んじゃう客もでるのでは?」

メグも話に入ってきた。


「うちの宿はお酒は出さないから、その心配はないわ。」

「それは良かった。朝から酔客が居るなんて知ったら、心配して兄貴が仕事に行けなくなっちゃうから。」


朗らかに笑うメグには悪気は無い。

しかし、ヨシコの目には困惑がサッと広がった。


「そういうデリカシーの無いことを言うんじゃないよ。」


「ああ、ごめんヨシコ。当て擦りを言った訳じゃないんだ。良いんだよ、無理に結婚なんてしなくて。もちろん自分も結婚してないし。結婚しろしろ攻撃って面倒だよね、兄貴はしつこくて困るだろって笑い話だ。」

メグは、わはははと豪快に笑い、グビッとワインを飲み干した。

「笑い話なのはあんただけだよ。当事者は困るだろ、そんなこと言われて。」

「そうか、ごめんねヨシコ。兄貴の懸想はうちの家では笑い話なんだよ、しつこい男は嫌われるよなーっていう。」

「だから、もう言うんじゃないよ。この話はここでおしまい。」

ビシっと言って話を切った。


確かにメグが空から落ちてきた時からずっと、トビーはヨシコに恋している。

それはもう誰もが知っている、村中の誰もが。

フラれても諦めないトビーの恋は笑い話ではある。

ただ他人には、だ。

ヨシコが困ってるだろうに。なんて女心がわからない女戦士なんだろうね。


この世界では結婚の適齢期が十代後半で、二十五歳を過ぎると行き遅れと言われる。


アンナも十六でハンジに嫁ぎ、三人の子供をもうけた。なんなら、上の二人の娘は既に嫁に行き、孫も三人

(一人は腹の中だが)いるおばあちゃんだ。

今年三番目の息子が十五で成人となり、やっと親の義務を果たしたお祝いを兼ねて、今回の豪勢な視察旅行になったのだ。


ヨシコはアンナの一つ上で、三十六であり、トビーは十も下である。

かなり早い段階でトビーはヨシコに断られているのだが、トビーの諦めが悪い。今だにヨシコについて回っている。諦めの悪いトビーは確かに笑い話ではある、他人には。


「なんだいまだメグに結婚しろって親がいってくるのかい?冒険者になった時点でしないってわかりそうなもんなのに。」

話をかえようとため息混じりにメグを見ていうと


「どういうこと?冒険者だと結婚しないの?」

と不思議そうにヨシコが聞いてきた。


ー 人のことに興味持つなんて珍しい ー

ハッとしてヨシコに目を向ける。


「そうさ、冒険者になる時に戸籍は抹消されて代わりに冒険者登録をギルトにするんだよ。

冒険するには領地や国の境を越えていくから、定住先がないだろう?だから戸籍が消されて課税されないかわりに結婚とかそういう制度そのものが無くなるんだ。」


メグの話を聞いても良くわからないという顔をしているヨシコを気にせずメグは続ける。


「人頭税って領地に住んでいる人一人に課税される制度なんだ。冒険者は定住先がないから課税されない。だから結婚という制度も適応されないんだ。元々婚姻届を出す先がないんだよ。」


「そうなのね。じゃあ、娘さんが冒険者になるなんて言ったら親御さんは反対しなかったの?」


「もちろんしたさ。でも関係ないだろ?自分の人生だ。どこでどう生きようが親に決められたくないから。勝手に家を出て冒険者についていったのさ十六の時だよ。」

胸を張って偉そうに言うメグを見て、目をシパシパ瞬きして、控えめにヨシコが呟いた。


「そうなのね。メグはスゴいわ。」

「そういってくれたのはヨシコだけだ。」

誉められて嬉しいと、ワインを飲みながらメグはご機嫌で食事を続けた。


誉められたものかねえ、親の気持ちも知らないでイイ気なもんだとアンナは思った。


旅は始まったばかりだ。


お読みくださいましてありがとうございました。


誤字誤謬があるかもしれません。


わかり次第訂正いたします。


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