網元の親方とあまあまピーナッツバターフレンチトーストの練乳がけ
漁師の元締め 網元の親方の視点になります。
一年中温暖な気候と温泉と豊富な食材、王都からは離れているが、この半島は王国では人気の観光地だ。
また目の前の海は良い漁場なことから漁業とそれに伴う水産産業が盛んで、多くの住民が水産、飲食、観光のどれかで働いていた。
それら産業の元締めは網元のハンジだった。
ヒイヒイ爺さんの頃から腕のいい漁師でしかも面倒見も良かったもので弟子が殺到し、だんだんと船の数を増やし、仕事を増やし、ハンジの代になるとこの漁村はハンジ村なんて言われるようになっていた。
ハンジも爺さんや親父さんをみて育ってきたので、漁師の勘と人をみる目は他者を圧倒していた。
ある晴れた釣り日和、漁師の一団を率いて沖で漁をしていると、突然船の真上に真っ黒い雲が急に空を覆い、雷鳴が轟き疾風が吹いた。
ーおかしいな、この季節にこんな急な天候の崩れなど考えられないー
ムムムと空を見上げた瞬間、雲の割れ間から何かが急に落ちてきた。
すると、隣の船から漁師の誰かが飛び込んだ。
「誰だ!なにしてんだ、すぐ助けろ、浮きを出せ!!」
すぐに、バシャっと浮上した男が片腕に人を抱えているのが見えた。
「トビーか!すぐ引き上げろ。オイ捕まれ!大丈夫か?」
「ああ、俺は大丈夫だ。女が溺れていた、水を飲んだみたいだ早く」
浮きに捕まり、船に寄せられながらトビーが大声で答えた。
はあ?女?
空の割れ目から落ちてきたのは百五十年ぶりの渡り人という異世界人だった。
港に自分とトビーと女を乗せた船を返し、急ぎ人を村長と駐在の元へ走らせた。
意識を失った女をトビーが背負い、村の治療院へ急ぐ。
治療師の診断では大した怪我もなく大丈夫ということで、後はお偉いさんに引き継いだ。
「何だったんですかね、あんなの初めてみました。空から女が落ちてくるなんて。」
「知るか、俺だって初めてだ。爺さんからも親父からも聞いたことがない話だ。」
とにかく漁に戻るぞともう一度船を沖へと漕ぎ出した。
家に戻ると先に帰ったトビーが村長と娘を連れてきていて、村長が異常事態だから王都へ使いを出すが時間がかかるので、しばらく娘の面倒をみて欲しいという。トビーも仕事の手が足りないのだからとなぜか頭を下げるので、まあじゃあうちで預かるかと、下女として雇った。
ただ、この女は余り下女の仕事は向かないようだと勘が告げていた。
やはり洗濯や掃除は要領を得ない。
不思議に思って聞いてみると、
「信じられないと思いますが、私がいた場所では洗濯は洗濯機という機械に入れてボタンを押せば洗って乾いてしまうのです。洗濯板とタライで洗濯をするというのはおばあさんから聞いたことはありましたが、やったことはないのです。掃除も、掃除機という機械のボタンを押すとゴミや埃を吸い込んできれいに掃除してくれるのです。」
「言ってる意味がわからねーな。お貴族様の魔法ってことかい?そういやキレイな手してるな、貴族様か?」
「違います。ここはなんという国ですか?私は日本という国に住んでいたのです。」
「ここはサルアール王国のツィーツァイ村だ。日本なんて聞いたこと無いな。」
別の世界からやってきたという話を真剣にするその女はヨシコという平民らしい。
俺がその時わかったのはそれくらい、あと、この女はアブねーな注意しなきゃという勘だった。
俺の嫁のアンナにヨシコに色々仕事をみせてしばらく様子をみていろと指示をしておいたら、
ある日ヨシコを連れたアンナが魚の加工をするのに作業所が欲しいと言ってきた。
何でも今まで捨てていた部分を調理して日持ちするようにしたものを瓶詰めにして売るという。
青魚は腐りやすいから酢絞めにするか塩漬けにする干物にするかが一般的だ。
だから、干物は作業所に女衆集めてやってもらっていたが、それ以外の方法があるという。
特に足の早い鰹を調理して売るという。
柵にした鰹をニンニクと黒胡椒の粒とローリエの葉を入れたオイルに入れ、弱火で二十分ほど加熱する。
粗熱を取ったら煮沸した瓶に油ごと入れて蓋をして、再度加熱すれば保存が利くという。
たまにかかる大型魚のマグロもこのやり方で利用できるし小魚だと鰯でも良いというから汎用性が高い。
取り合えず空いてる納屋を改装して作業場にすることにして、ヨシコに任せてやってみた。
できたものを行商に来たマルコに見せて食べさせたところ、とても旨いのであるだけ全部買うという。保存がきくので王都までの長い距離を気にせず運べるし、このままでも食べれるので貴族や金持ち相手の贈り物に使えるという。
今まで捨てていた物だから、石が金になったように儲かったものだ。
ちなみに一年後、王都に行ったヨシコがまたその一年後に帰って来た時、マルコと一緒に大型の魔動缶詰製造機を強く勧めてきて、瓶詰めから缶詰へ変貌を遂げたツナ缶(という名前をヨシコが決めた)は大ヒットになったのはまた別の話だ。
魚の骨や頭も焼いて干して粉々に砕いた物を<魚扮肥料>として農村に(マルコが)売ったり、小魚を風魔法乾燥機で乾燥させて<にぼし>という出汁の素としてこの地域の土産物として売ったり、捨てていた鱈の魚卵を塩と唐辛子の粉で漬けて<明太子>として名物珍味として食堂で出したりと捨てるものをアレンジしてはヒット商品にしていった。
ヨシコは朝から晩まで人一倍働き、気を付けてこっちが言わないと休日も取らないとアンナを困らせていた。
始めは下女として雇ったのだが、作業所を任せてからは一流の漁師と変わらない賃金を渡していたけれど、買い物もせず酒も飲まず、忙しく動き回って、疲れて眠るそれだけの毎日を過ごすヨシコは最初の勘通り、生き急ぐというか自分の命を磨り減らすのに一生懸命なアブねー女だった。
アンナもずいぶんヨシコの体を心配してたので、俺の下で働くんじゃなくて、のんびりしたペースで働ける宿屋のオーナーにならないかと持ちかけると、洗濯が嫌いだから嫌だという。
洗濯機というのだっけ?それがないからなーだめか、と諦めていたら、ヨシコの身の振り方を気にして王都から付き添っていたマルコが、高いが魔動洗濯機というものがあるから、それを使えばいいと提案してくれた。
さんざんヨシコのおかげで儲けさせてもらったから只で譲る気だった宿屋を、買うから売ってくれと言って頑として引かないので、じゃあと少し貰って、その金もマルコに渡して、ヨシコが欲しいという店に必要なものは何でも買うのに使ってくれとお願いした。
小さな三部屋しかない、飲み屋も併設されてない宿屋はそんなに繁盛しないだろうから、まあ暫く骨休みでもして暮らせばいいさと思っていたら、そこそこ安くて清潔で朝飯が旨くて感じが良いという評判が立ち、あっという間に人気店になってしまった。前とは違い、オーナーなだけに無理矢理休ませる訳にもいかない。
どうしたものか、ちゃんと食べているのかとアンナと気にしてみている毎日だ。
早朝の調理場、まだ薄暗い時間から調理場に灯がついている。
「早いなヨシコ、どうだ毎日ちゃんと食べてるか?」
勝手口の戸を開けて中に入る。
「不用心だな、鍵をしっかり掛けとかなきゃダメだぞ。」
「ふふ、そうね。でも盗まれるものも無いしね。ちゃんと食べてるわよ。親方いつも気にかけてくれてありがとう。」
「そうか、じゃあ良かった。そういえばアンナがマルシア婦人は大の甘党だって伝えてくれと言われてたんだった。」
「女将さんがご紹介してくれたご婦人方ね。たぶんそうかと思ってたから、今朝はあまあまフレンチトーストにするつもり。」
「なんだそれは。」
「今から私の分作るんだけど親方も食べる?」
「そうだな、良ければもらおうかな。」
バゲットを斜めに四等分し、厚みに切れ目を入れてピーナッツバターを塗る。
ボウルに卵、牛乳、砂糖を入れ泡立てバゲットを浸す。
フライパンに多目の油を入れ、浸したバゲットを両面こんがり焼き上げする。
皿に盛り、砕いたナッツと練乳をかけて完成。
ドリッパーにペーパーを入れて挽きたての豆を二杯半、少し熱湯を垂らして蒸らし、その後湯を細く垂らす。
カップにコーヒーを注ぐ。
「あ、あまーいな、これは。」
「ふふふ、朝から元気がでる甘さよね。ここに苦めのコーヒーがおいしー。」
「うん。コーヒーがあうな。」
「でもご婦人たちは甘いミルクティーを飲まれると思うわ。」
「そ、そうか。」
「親方、漁の時間はいいの?」
白々明るくなってくる窓の外を見ながらヨシコが言う。
「そうだな、そろそろ行くよ。ごちそうさん上手かったよ。」
勝手口から外に出ると、外から鍵をかけるようにヨシコに指示する。
わかったわかったとヨシコが言いながら、がちゃんと鍵の閉まった音がした。
とりあえず飯は食ってる。
少し安心しながら、港へ向かって歩き出す。
今日も一日が始まる。
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