良子のルーティンと焼きサバサンド
マルコ一団が去ると、春の行楽客が来るまで良子の宿は少し暇になる。
今日も半島に群生する水仙を見に来た老婦人が二人で滞在するだけだ。
良子はのんびりと朝御飯を食べ終えると、日課の掃除を始めた。
二階から窓を開け、はたきで埃を払い棚を乾拭きする。
すると魔ホウキが部屋のゴミを掃きながら一ヶ所にまとめていく。
これを、良子がホウキとちり取りで取りごみ袋へといれる。
魔ホウキは、自立したホウキが指示した範囲を掃きゴミを一ヶ所にまとめるという作業しかできないのだ。
でも無いよりは便利なのだが。
二階の三部屋と廊下を終えると、階段、ロビー、自室と同じように掃除していく。
悩んだ末《民宿 物見遊山》は玄関で履き物を脱ぐ、日本スタイルにした。
そして、横の靴箱に履き物をしまい、スリッパで館内を歩く。
自身の居住スペースと共有部分が多いので、自分が家の中を土足で歩き回ることが嫌だったからだ。
次にモップで水拭きする日と乾拭きする日があるが、今日は乾拭きの日なので楽チンだ。
それも二階から順次行い終えると、各階にあるトイレと風呂場と調理場の掃除をする。
風呂場はデッキブラシで湯を抜いた浴槽も洗い場も研き、桶と椅子を洗い水を流す。
宿の風呂は温泉で、源泉が網元の親方の敷地内にあり、以前からここに引いていたので、良子はそのまま利用できた。洗い場の形は良子が日本式に変えたんだけど。いつでも蛇口を捻れば熱い湯が出てくるので、お風呂は毎日入れる、お客にも良子にも大変喜ばしいことである。
調理場もデッキブラシで磨いて、シンクもコンロも磨くと、もう昼を過ぎた時間だ。
朝食の残りのスープとパンで簡単な昼ご飯を終えて、玄関と外回りを掃き水を撒いて掃除は終了だ。
今日は洗濯が少なかったから朝の一度で干し終えているけれど、お客さんが多い日は二度三度と魔動洗濯機が洗い終える度に掃除を中断して裏庭に干しに行く。
さて、チェックインの午後三時過ぎ、老婦人が宿に到着された。
「いらっしゃいませ。どうぞ、スリッパへ履き替えてお上がりください。」
「あら、ここで靴を脱ぐのね?」
「はい。靴はそのままで。こちらで靴箱に入れますので。」
「そう、ありがとう。」
「今日から2泊するマルシアとセレナですけど、予約してあるかしら?」
「はい。マルシア様とセレナ様ですね、承っております。当方は一泊朝食付きで五十ゴールドになりますので、お一人様百ゴールド前金でお願いします。」
「はい、これで。」「これでね。」
百ゴールドコインをそれぞれ財布から出して支払う。
「朝ごはんはパンかご飯が選べますがどうされますか?」
「ごはん?私はパンで。」「私も。」
「はい、ではお二人様ともパンでご用意させて頂きます。お二人様同室で二階左側梅のお部屋をご利用ください。夕食は付いておりませんので、近隣の食堂をご利用ください。お風呂はもうご利用頂けます夜は12時までとなります。」
「ええ、すぐそこが漁師の食堂だものね。魚を食べるのが楽しみで来たのよ、ね。」
「荷物を置いたら温泉にもう入ろうかしら?」
老婦人たちが楽しそうに笑って言うと、二階へと上がっていった。
良子のお仕事は、これで一段落だ。
きっとあのお客さん達なら食事から帰ってくるのもあまり遅くないはずなので、今日は楽チンだ。
たまに来る冒険者たちは夕飯に出かけたきりいつまでも戻らないので、玄関を閉めれずに困る何てこともある。まあ冒険者は飲み屋併設の宿屋に行くので、そういったことは滅多にないけど。
庭に出て洗濯を取り込んだり、備品の在庫調べたり。
気がついたことをのんびり片付けて、夕食に行く老婦人を見送る。
厨房で、自分の夕食を簡単に作る。
今日は何を食べようかな?
残り物を漁っていると勝手口の戸が開いた。
「おい、不用心だな。鍵しとけっていっただろ。」
「あら、トビーいらっしゃい。盗られるようなもの無いから大丈夫よ。」
背が高く筋肉質な浅黒い肌の男が入って来た。
親方の所で働いている漁師で、良子が空から落ちてきた時に海に飛び込んで助けてくれたのは彼だった。
親方と女将さんに掛け合って住み込みの仕事を紹介してくれたのも彼だった。
「そういう問題じゃない、女が一人でやってるんだ、危ないだろう。」
「はいはい。気をつけるわ。で、どうしたの?」
「いや、夕食にと思って魚を持ってきたんだよ。」
ホラっと渡されたのは丸々とした鯖のようだ。
「あら、ありがとう。美味しそう。ちょうど夕飯考えていたのよ。トビーは食べたの?」
「い、いやっまだ、だけど。」
「じゃあ、食べてって。どうせそのつもりだったんでしょ?パスタにするわ。」
「やったー」
良子の夕飯のメニューが決まった。
三枚に卸した鯖の身に塩胡椒をして、小麦粉をふる。
半身を使い、四等分にしタイムとディルを切り身に乗せる。
みじん切りしたニンニクと鷹の爪を入れたフライパンにオリーブオイルを入れてじっくり火を入れる。
大鍋にお湯を沸かして塩を入れ麺を茹でる。
魚の切り身を皮目から焼き、焼き色がついたらひっくり返して焼く。
麺を茹でて水を切り、フライパンに入れる。
ワインを振って、塩胡椒で味を整え、仕上げにオリーブオイルをサラッとかける。
刻んだチャイブを散らし、輪切りのレモンを添える。
(本当は上げ際にお醤油をちょっとかけたらより美味しいのだけれどね・・・)
「どうぞ、召し上がれ。」
「わ、うまそーだ。ヨッコは料理が上手だなー」
「そんなことないわよ。さあ、どうぞ。飲み物はいつものお茶でいい?」
「ああ。」
良子はマルコから買ってストックしてあるハトムギを煮出して麦茶を常時作りおきしている。
よく訪ねてきては食事を共にするトビーもそれを飲むようになっていた。
「ああ、うまかった。」
「それは良かったわ。」
「なんか足りないものは無いか?」
「うーん、今のところは無いわ。マルコ爺から買ったばかりだから。」
「そうか、なんかあったら遠慮なく言えよ。」
「ありがとう。」
じゃあな、ちゃんと鍵かけろよ!としつこく注意をして、トビーは勝手口から帰っていった。
調理場を片付けて、ロビーに出ると入口に靴が二足あった。
もう老婦人たちは帰ってきていたようだ。
**********************
「おはようございます。」
「「おはよう」」
「朝食をお持ちしますね。お飲み物は紅茶でよろしいですか?」
「ええ、ミルクももらえる?」
「はい。ご用意しますね。」
昨夜の半身のソテーした鯖とニンジンと大根のなます、レタスをトーストしてバターとマスタードを塗ったパンに挟む。サバサンドを食べやすく切り、木皿に盛る。プチトマト、半熟ゆで卵とガラスの小皿に入れたバナナヨーグルトも一緒にして、ワンプレートの出来上がり。
甘いミルクティーと共に。
老婦人たちは魚のサンドイッチは珍しいとはじめは戸惑っていたけれど、食べたら美味しいと喜んでくれた。
食事後、乗り合い馬車で半島の先まで行くと出掛けていく二人を見送った。
さてと。良子の一日がまた始まる。
お読みくださいましてありがとうございました。
誤字誤謬があるかもしれません。
わかり次第訂正いたします。
いいねなどいただけますと励みになります。
よろしければお願いいたします。