本編完結 物見遊山
食べ物の話は出てきません。
《ーにん、・・主任》
《ああ、意識が・・・》
《もしもーし、聞こえてますかー》
聞こえてますかー?
ヨシコさーん、ヨシコさーん
「聞こえますか?ワタナベヨシコさん」
必死に重い瞼を持ち上げる
薄らと目を開く
ピピピ、ピピピと電子音が聞こえる
ーああ、帰ってきたのだー
「大丈夫よ、無事に帰ってきたわね、ヨシコさん!」
私の顔を覗き込んだのは、記憶よりも大人になった彼女、巫女の服を着て先に元の世界へと帰っていった王妃あんりその人だった。
「おかえり、ヨシコさん!」
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『暑い、暑い・・・遠い、暑い』
と文句を言いながら先を進む彼女の背中について行きながら、帰ってきたあの日のことを考えていた。
王妃あんりは、あの世界から戻ってくる日に私を迎える為、わざわざその病院の看護士となっていたのだった。
「よく、私が運ばれる病院分かったわね。」
「そりゃ、私は百五十年も神様と一緒に空の狭間から世界のあちらこちらを覗いて居たんだもの。ヨシコさんが事故に遇う場面も当然みていたのよ。」
「世界ってこっちの世界も覗けるの?」
「そりゃそうよ、あっちの世界とこっちの世界は双子のそれだもん。こっちの世界でも父親は白の男神様だからね、手も口も出さなくても見てくれてはいるのよ。」
そういうものなんだ・・・
「じゃあ、青の女神様がお隠れになっているのって、あっちの世界のあの海じゃないの?」
「うーん、あっちの海であり、こっちの湖であるってこと、かな?」
「え?じゃあ、こっちの世界に青の女神様が居られる湖があるってこと!?」
「そうだよ!会いに行ってみる?」
「行きたい!!」
この会話をしたのが二日前、急遽、お互いの休みがあった今日、彼女が巫女をしていた思い出の地へ一緒に行くことになったのだった。
私が病院の個室で目を覚ますと、王妃あんりこと”猿渡有梨”さんは他の看護士を人払いして話かけてきた。
「まずは、小林さん。今は渡辺良子さんだけどね、中学の時に嫌味を言って虐めてしまったこと、本当にごめんなさい。受け入れて貰えないと思っているけれど、謝罪だけはさせて欲しくて。」
と言って、ガバッと徐に頭を下げた。
「大丈夫です。もう昔のこと、気にしないで下さい。和真、渡辺和真君からも、猿渡さんのお母さんにうちの母親がマウント取っていたって以前聞いていたし、子供時代のことだから。」
「渡辺君のことも大変だったね。いや、そうじゃないわ!中三の時、私が嫌な思いをしているからって、関係ない良子さんに八つ当たりしていい理屈なんてないもの。私、そんなこともわからない、バカな子だったの。本当にごめんなさい。」
そう言ってまた頭を下げた。
和真から聞いた話では中学ではあの後彼女は虐めの首謀者として断罪され、地元を離れて遠い祖父の家から高校に通ったと聞いていた。
そして、あっちの世界に行ってからは百五十年もの長い時間を贖罪に充てていたのだ。
もう、私が許すもなにもない、神様が許しているのだから。
私がそんなことをポツポツというと、彼女は顔をあげて
「じゃあ、改めて私とお友達になって下さい」
と言われてしまった。
「そんなこと言われたの、アンナ以外居ないからなんと言ったらいいか・・・」
シドロモドロの私をみて、彼女は
「知ってる。ワタナベとのやり取りもアンナとのやり取りもみてたのよ。ヨシコさんって押しに弱いよね。ふふ、私のことはあんりって呼んでね。」
と笑っていた。
こちらの世界に戻った瞬間は、ごみ捨て場にいる私の場所に運転手が居眠りしていた自動車に突っ込まれる瞬間だったはずなのに、私は謎のナニカに突き飛ばされて、車の直撃は避けられた。
しかし、ナニカに突き飛ばされた反動で、ごみ捨て場の鉄の扉の角に頭を強くぶつけて気絶していたので、救急搬送されたらしい。
「画像検査でも異常はみつからなかったから、今晩一晩入院して何もなければ明日には退院だよ。」
そういうと、あんりさんは仕事に戻って行った。
病院からの連絡を受けて、和真の両親が駆けつけてくれた。
「良子ちゃん、良かった。良子ちゃんまでなんかあったら、和真に会わせる顔がないよ。」
お義父さんとお義母さんが安心して涙を浮かべていた。
「良子ちゃん、一応ね、良子ちゃんの意識が無いからね、もしもって思って、良子ちゃんのお姉さんにだけ連絡をしておいたの。」
「え?」
「和真に頼まれたでしょ?良子ちゃんのこと。もちろん、私たちが力になるつもりでいるけどね、良子ちゃんの方の家族のことも聞いといた方がいいと思って。
私らで、良子ちゃんのお父さんとお姉さんに連絡取ってみたんだよ。
良子ちゃんのお父さんとも何回かお話させてもらった。
勝手なことだと思うけどね、同じ年の子を持つ親として聞きたいこともあってね。」
和真の両親は、子供を置いて自分だけ逃げ出した父をずっと卑怯だと思っていたらしく、会ってそう言ったらしい。
父もそれは自分でも思っている、あの事件の連絡が来た日から後悔していると話したそうだ。
「勝手にごめんね。わたしらが首を突っ込む話じゃないって重々承知してても、どうしても言わずにはいられなかったんだよ。親が、娘が生きているうちに、ちゃんと向き合って欲しいって思っちゃってね。ごめんね。」
お義母さんが泣きながら謝ってくる。
ー和真が亡くなったことで傷ついているのは、私だけじゃなかったのに。子供に先立たれる親がどれほど傷ついているかも私はわかってなかったのに。私ったら私のこと本当に心配してくれてたことも知らずにー
本当に私は悲劇のヒロインを演じているピエロのようだと思った。
「ううん、お義母さんありがとう、ごめんなさい。お義父さんもお義母さんも和真のことで傷ついているのに、私は何も気にしてあげれなくて。そんな二人に私のことで心配かけてごめんなさい」
「そんなこと良いんだよ。良子ちゃん、和真を大切に思っていてくれてありがとう。でも、もうあなたの人生を歩みなさい。」
お義母さんにそう言われて、エンエンと声を出して子供のように泣いてしまった。
事故のことは姉にだけ伝えたとお義母さんが言っていた。
和真の両親は父から姉の現状を聞いたそうだ。
そして、父経由で姉が和真の両親に連絡を寄越して私のことを心配していると言って何度もやりとりをしていたそう。
なので、今回連絡するとすぐにやって来ると言ってきたようだが、私に連絡を取り合っていることをまだ伝えてないので待っていて欲しい、と言ったという。
「後日、日を改めて姉に連絡を取ってみようと思います。」
そろそろ私も、前に進まなければならない、小さな一歩でも。
「お姉さんに会ったんでしょ?」
前を歩いていたあんりが振り返って問いかける。
「うん、先週の週末にね。」
「どうだった?」
「私を置いて逃げたことを謝られた。もう良いって、過ぎたことだからって言ったよ。」
「お姉さんはどこに住んでるの?」
「看護学校を卒業して、地元に帰って母と暮らしているって。母は相変わらずだけど、昔ほどのパワーは無くなったよ、年相応にねって笑ってた。思えば姉はいつでも、母に向かい合ってた。父にも連絡をつけて、自分の道を切り開いて進んでた。息を殺して気配を消して自分だけ助かろうとしていた私とはね、違ったの。そんな姉に全てを背負わせる訳に行かないからね、まだ母には会えないけど、追い追い介護とか必要になる時、私も一緒にやらないとって思った。」
「お姉さん結婚は?」
「してた。子供も二人いて、旦那さんは姉と母のイザコザをわかった上で母と同居してくれてるって。さすがにお義兄さんには母も気を使っているらしくて、昔よりは喧嘩も減ったって笑っていたよ。」
「そう、良かったね。さあ、あの心臓破りの石段を昇った所が私の居た神社だよ。」
「ひいいいい!魔法でピッて上がれないかな!?」
「残念ながら青い世界に魔法はありませんから!頑張って昇って」
「おぉー」
「元気無いな、もう一度」
「おおー!」
あんりと一緒に階段を昇る。
心臓がバクバクいって足がガクガクし始めた頃、やっと神社に到着した。
そこから眼下に広がる青い湖、そこの底に眠っているのだろう女神様に想いを馳せながら、お社で手をあわせる。
ー 人生は修行の場、越えれぬ試練を神は与えぬ ー
いつかのテレビで僧侶が語った言葉を思い出す
「ねえ、知ってる?物見遊山って言葉さ、あれって仏教用語でね、修行を終えた僧侶が次の寺へ向かう旅すがら心が晴れる様子が転じて、気晴らしに遊びに出かけるって意味になったんだって。」
「へえー知らなかった、あんり詳しいねぇ。」
「そりゃあ、伊達に百六十五年も生きていないからね。」
「確かに!」
「そうよ、だから私にかかれば、おじいちゃんおばあちゃんだって、孫ひ孫みたいなもんよ。病院じゃ、誰よりも話がわかる看護士さんって有名なのよ。」
「長く、自分に罰を与えて来たから、ご」
「あ、ストップ!謝らないでよ、良子には関係ないことよ。あれは私にとって必要な時間だったんだから。それを今、ちゃんと生かしてるんだからね。」
あんりは胸を張って明るい笑顔で言った。
「良子もあっちの世界のあの時間は必要だったからこそ与えられた神の祝福なんだよ。良かったね。」
「うん。あんりもね。」
湖面はキラキラと光輝いていた。
私たちはそれを二人で見ていた。
良子の、あんりの、それぞれの人生はまだ始まったばかりだ。
< 完 >
お読みくださいましてありがとうございました。
一応今回で本編は終了となります。
あと数話をそれぞれの後日談として書く予定です。
誤字誤謬があるかもしれません。
わかり次第訂正いたします。
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