王家と教会の秘密
「お、親方ー!!」
ドタドタと使用人が数名慌てて奥座敷にやってきた。
「なんだ、人払いしろと言っただろ!」
「ちが、そと!そと!外が囲まれています!!」
一番年嵩の男が言った。
急ぎ覗き窓から外をみると、親方の屋敷を人が取り囲んで渦のようだった。
「どう言ったことだ!こりゃ」
さすがの親方も焦る。
「各国の教会と王家が転移の魔方陣を使って軍を派遣したんだろう!」
マルコが言う。
確かに取り囲む軍勢は揃いの紋章を付けた鎧兜姿の兵士たちだ。
「ここに他国の軍勢が取り囲むとは戦争状態みたいじゃねえか。サルアール王国に対する領土侵犯だ!」
ハルクが忌々しげに言う。
「凡そ教会あたりが連合軍として命令を出したんじゃろ。各王家は教会の認定によって成り立っているからな。」
マルコが言う。
「私が出ていけば済むのでしょ?親方、アンナ、みなさんご迷惑お掛けしてすみません。」
私はゆっくりとそこに立つとこれまで関わってくれた人たちの顔をみた。
「私一人の命で世界が救われるなら、安いもんですよ。」
薄く微笑み、頭を下げる。
「何言ってんだい!」
ガバッと肩を掴みアンナが私に強く言う。
「だいたい、キチンとした説明も無いままに人を捕まえて良いってどういう了見だね。あたしは許さないよ。」
「俺だって、ヨシコだけに背負わせるもんか。もしもの時は俺も一緒に海に沈んでやるから。」
アンナと親方の言葉に私の心の瓶にナニカ温かいモノが注がれていく。
「親方じゃダメだ。ここハンジ村に親方が居なきゃ困るだろう。それは俺の役目だ。俺は最期までヨシコを守るって決めてるんだ。」
トビーが親方の前に出て私の顔をまっすぐにみて言った。
またナニカが満たされていく。
ーこんな私に真剣に心配してくれる人がいるんだー
「何言ってるの、親方もトビーも家族が悲しむわ。私が適任なのよ。でも、ありがとう。」
「ヨシコが居なくなっても、悲しむ人はいる。私だって悲しい。ダメだ、諦めちゃ」
「そうだ、これからすぐここを出よう。転移魔法なら俺だって使える。」
「それなら王都のわしの家に一時避難して!」
メグが、マイクが、マルコが、口々に言う。
私は首を横に振り
「ダメよ、教会に王家に逆らってただじゃ済まないわ。みんな背負っているものがあるのだから。」
そういうと、奥座敷の中庭へと下りて屋敷の外に向かう。
「外に出たらダメよ、ヨシコ。」
アンナが泣きながら、私の背にすがって引き止める。
「アンナ、もうすぐ三人目の孫が生まれるって楽しみにしていたじゃない。私も会いたかったけど、ここで私が出ていって世界が救われたなら、その子の未来が開けるじゃない?私に出来ることがあって良かった。」
アンナの手を握り、顔を覗きこみながら言った。
言葉もなく涙を流すアンナに、熱いものが込み上げてくる。
背中に手を回して、ギュッと抱き締める。
「アンナ、、、ありがとう。」
そしてまた外に向かって歩き出す。
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外に出ると、本当に人が渦のように何重にも親方の屋敷を取り囲み、丘陵の裾のまで埋め尽くすほどの軍勢だった。
たった数時間でこんなに人を集めるとは、教会の権威の大きさに驚く。
私が裏手の勝手口から外にでて前に進むと、黒に銀糸で大きく刺繍がしてある高級そうなローブを纏った男が前に立った。
「渡り人、ヨシコだな。一緒に来てもらおう。」
その慇懃無礼な態度に、良子の後ろにいる人たちが熱くなる。
「ヨシコは罪人じゃない。なんだその言い草は!」
「あんたは何の権限で勝手にヨシコを連れていくんだ!」
その男はチラッとみると眉間にシワを寄せて
「うるさい、私は教会本部の枢機卿だ。これは教会の決定である。」
というと、手を挙げて捕縛の指示を出した。
「みんな、止めて。ダメよ。私は良いから。」
後ろの人たちを宥め、更に一歩前に進む。
「本人はものわかりが良いな。大丈夫だ、大切な人柱だ。手荒な真似はしない。」
そういうと枢機卿は目配せをした。
すると白銀の鎧をきた騎士が良子の前に進むと手を出し、エスコートの構えを見せる。
なにか言いたげな親方とアンナに視線でストップをかけて、そっと騎士の手を取る。
そのまま数歩先の豪華な馬車まで進むと馬車に乗るように即される。
数段の踏み台に足をかけた瞬間、
「そこまでだ!彼女の手を離せ」
という強い叫び声と共に金色の光の中から人影が二つ現れた。
一人はサルアール王家の紋章の付いた金色の鎧を纏った戦士、もう一人は枢機卿と同じ模様が金糸で刺繍された黒のローブを羽織った、今朝見送ったお客の美少年だった。
「あ、ユーリィさん。」
「女将、助けが遅れてしまってすみません。」
ユーリィ少年は、私の方に目線をむけ眉をやや下げて困った顔をみせ、次の瞬間には威厳を乗せた声を発した。
「我は、第百七十八代教皇 ユーリィ グレゴリスである。」
高らかな名乗り上げに、
おおぉぉぉー
という呻き声が広がる。
その場の一同が戦く。
先程まで慇懃な態度を取っていた枢機卿が膝を着いたのを皮切りに、騎乗の者は馬を下り膝をついて騎士の礼をとり、それ以外の多くの者は地にひれ伏した。
「我の名においてここに宣言する。この度の枢機卿の発言は教皇の夢見を語った虚偽の発表である。各国の王族、教会関係者は速やかに兵を引き、帰国せよ。事の顛末は正しく全世界に対してサルアール王家と共に発表する。聖騎士に於いては、枢機卿とその一派を即刻捕縛せよ。」
その言葉を合図に、私のエスコートをしていた騎士が瞬く間に枢機卿を後ろ手に絡めて捕縛し、彼以外の白銀の鎧の騎士はローブ姿の者たちを次々捉えていった。
「な、なにをなさいます教皇様。虚言のはずが無いではないですか!」
言葉と裏腹に不快感を露にして枢機卿が教皇に言い返した。
「全く、お前は自身の仕出かした事の深刻さを全く理解していない。我の養い親と思い、多目に見ていたのが今回のことに繋がったのだ、我の罪もまた深いな。」
教皇は首を振り、大きくため息を吐いてこう言うと、
「世界を滅ぼす原因はお前だ。これは間違いない。連れていけ。」
と、強く指示した。
「多くのここにいる者たちに告ぐ。即刻立ち去れ。そうでなければ、このサルアール王国王太子として、侵略行為に対しての報復に即時当たる!」
金色の鎧を着た青年が叫ぶ。
そして、剣を抜き空に掲げると呪文の詠唱した。
剣を海にむけると、稲妻が海の沖にゴオオオオオオという雷鳴と共に落ち、その衝撃で地が揺れた。
そこにいた者たちは我先にと、転移していった。
村の者以外が居なくなった親方の屋敷の前で、
「レディヨシコ、後手後手に回ってしまいあなたの保護が遅れ、安全が脅かされてしまった。申し訳ない。サルアール王家として謝罪する。」
と、王太子が頭を下げて謝罪した。
「とんでもない。頭を上げて下さい。殿下、そのようなことを私のようなものにしてはなりません。」
私はアタフタと慌ててしまう。
王太子は姿勢を正すと、
「詳しい説明は王宮でさせて戴きますが、レディは私たち王族の上に、いや、寧ろ教会より上の存在。しかしどうしても今日まで王家で御身を預かることができなかったのです。」
そう言いながら、教皇の方に流し目をした。
「そうです。我々教会の上に在られる方を害そうとしたこと、教会を代表し謝罪します。」
教皇は膝をつき頭を垂れた。
私はまたアタフタしてしまい、私の横にいるアンナに助けを求めた。
「とにかく、説明を聞かなきゃ謝られたって、ヨシコが受け入れるかどうかの判断がつきませんよ。説明してくださいな。」
胸を張り腕を組んだアンナが半眼で言い放った。
「アンナ、そんなこと・・・」
私は、言って欲しかったことはそうじゃないと思いアンナの袖口を引っ張る。
「いいんだよ、しっかり話を聞こうじゃないか。あたしも一緒にね。」
ニヤリと笑ったアンナの顔は、そこだけ見たら悪役のそれだった。
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ハンジやマルコが止めるのも聞かず、アンナは私と共に王宮に王太子・教皇と一緒に転移魔法でやってきた。
王宮の案内された部屋は、嘗て一年間良子が寝起きしていた場所だった。
そこで、まずは服を着替えさせられ、用意されたアフタヌーンティーの三段トレイにはスフレなどの軽食、プチフルやマカロン、スコーンやクッキーが美しく並べられていた。
王宮の侍女が、紅茶を注いでくれる。
アンナはさすがに肝が座っているので、アレコレと指差して食べたい物を皿に取ってもらっている。
「ヨシコも良いやつを取ってもらって少しでも食べた方がいい。この後何があるかわからないんだ、食べれる時に食べとくんだよ。あの時アレを食べとけば良かったって後悔しないようにね。」
なんて言いながら、焦がしバターのスフレを口にしていた。
私は少し落ち着いて、紅茶を一口飲んで喉を潤した。
「アンナ、一緒にいてくれてありがとう。」
「いいんだよ、お礼なんて。早くなんか食べな。」
アンナのいつも通りの様子で、サンドイッチを良子に手渡してきた。
私は受け取って、パクリと食べた。
良子の長い一日はまだまだ終わらないようだ。
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