悪意の囀りと緑茶
時は暫し巻き戻る
《教皇の夢見空と海の狭間から現れた古代竜が世界を襲い渡り人が静める話》
《世界の終わりを放置している》
《世界会議で決議されたことを守らない王国がある》
《世界の人の命をなんだと思ってるのか》
小鳥の”囀り”で語られたこの話があっという間に一部のユーザーから広まった
小鳥の囀りは個人間では郵便として使われているが、魔力板というものには文字として次々とその”囀り”が掲載され、流れていく。各国が所有する魔法の塔ではそれを危険が無いかと閲覧し、管理している。
まあ検閲と思われてもおかしくはないが、その内容で処分されることは稀で、殺害予告とかテロ告知とか以外は公権力の行使は行われていない。
これは最初にこの小鳥の囀りを造ったサルアール王国の決定を各国も引き継いでいるからだ。
しかも、この魔法板は魔力を使用するため個人で使用するのは、魔力のある者に限定され、また非常に高価なため所持できる者は限られていた。
今回の”囀り”も初めは一部の魔術師の噂に過ぎなかったが、それを聞いた高位貴族の何人かがひっそりと持っていた魔法板で確認し、それを自国の王族に質問した。
極限られた話だが、各国の王宮には何か新しい情報を得ようとする者たちがいるもので、この話は耳目を引いた。
それが、断片的なものが脚色されて内緒話としながら広まり、更に脚色されて人々の噂になるのはあっという間だった。
(海女族の王国)
「先だって、教会の要請で海の裂目をの調査をしたのは間違いないか」
海女族の親方と海女の頭はナンダーラ王国の王邸にある詰問所で取り調べを受けていた。
「はい。しかしこの仕打ちは何ですか?わしら正式に教会からの依頼を受けただけです。」
まるで罪人のような物言いに親方は負けじと言い返す。
「それはわかっておる。海の狭間に何があったかを隠さず申せ」
「何があったかと言われても、海溝があったと申し上げたはず。教会にもそう言いました。しかも、近づいて覗いた訳ではなく、魔道具をその割れ目の真ん中に投げ入れて、数日後に引き上げただけです。魔道具に何が映っていたかは教えて貰えずにあたしらの調査は終わりました。この説明何回目ですか?」
「・・・では、渡り人のことを言え」
「渡り人ってどんな人ですか?わしらあったのは、一緒に海域に行った船頭と宿屋と食堂の店員しかわからんですが。渡り人ってどんな感じの者ですか?そういった者がいるとはなんも聞いとりませんが。」
親方がイライラして言い返す。
「変わった風貌の者が居なかったか?」
「特に変わった者居なかったな。そっちの宿はどうだ?」
「別に村の女衆が女子寮にと借り上げた宿屋で働いてたけど。みんな同じ黒髪黒目で。変わった人なんて居なかったけど。大体お役人さん、変わったってなんですか?」
「魔法使いとか、特別なスキル持ちとか、そういった怪しいやつだ!わかるだろ!」
どうやら欲しい情報が手に入らずイライラしているのかその取調官は大きな声で言った。
「・・・じゃあ。あたしら、じゃないですか?その特別な妖しいスキル呼ばれたもんでね。」
「ああ、サルアールの魔術師団も来てたな、妖しい魔術を使って空を飛んでいた。妖しいな、ありゃ。」
親方と海女の頭は半眼で答えた。
「うぐっ」
取調官は黙る他無かった。
やっと解放されて村へと荷馬車で帰る道すがら、
「なんか、村の誰かを探しているようだったな。」
「そうですね。」
「とりあえず、ハンジにこの話を伝えておくか。」
「その方がいい、国が渡り人という者を探してるって。」
「ところで渡り人ってなんだ?知ってるか?」
「知らないよ、あの取調官も要領を得なくて、同じ話何回も繰り返してさ、しつこいったら無いよ。」
「そうだなあ、そのことも伝えるとしよう。」
(ある国のギルト内の食堂)
「おいハルク、ちょっといいか?」
「なんだ、久しぶりだな鷹のリーダー。どうした難しい顔して。」
「いや、実はうちの魔法使いがギルトの魔法板の”囀り”を覗いてな、・・・・、気になって。」
「何、そんなことに。・・・・そりゃ、忠告ありがとう。恩にきる。」
******
ハルクの部屋に集合をかけられたパーティのメンバーが集まる。
ハルクは珍しく難しい顔をしていた。
「どうしたの?なにかあった?」
ライザが聞くと、ハルクは鷹の爪というパーティのリーダーから先程聞かされた話を始めた。
「魔法板での”囀り”が色々なところに広がっている。あの裂目のことだ。あの裂目には古代竜が封印されていて、それがあの裂目から出てくると七日間火を吐きこの世界を燃やし続ける、と。それを止めるにはあの場所に渡り人を生け贄にした人柱を建てるしかない、と。その贄になる渡り人はハンジ村にいるという。メグ、それって、ヨシコじゃないのか?と鷹のリーダーが言っていたが。」
「ええ!あそこに竜が封印!?生け贄?だいたい渡り人って何よ?聞いたこと無いわ」
ライザが焦りながらハンジに聞く。
「なんでも別の世界からやってきた人らしい。メグ知っているか?」
「知っていたらなんだというんだ?」
メグが困惑した表情で聞き返す。
「恐らくもうすぐギルドにその渡り人を捕まえる要請のミッションが上がるらしい。」
「ええ?それって、ヨシコを拐うってこと?」
「そうだ。鷹の爪の魔法使いが、た ま た ま、ギルド宛の要請の文章も視たそうだ。そこには名は無く容貌が書いてあったらしいが、黒髪黒目で細身の背の低い女性とあったらしい。鷹の爪のパーティも以前ヨシコの民宿に泊まったことがあったらしくてな・・・」
「どこのどいつがヨシコを拐う要請を出したんだ!」
メグが激昂する。
「・・・大陸の各王族、各教会の司教だ」
余りの大物に言葉を飲む。
「ええ!?そんな・・・」
ライザも二の句が告げない。
すると、マイクは低い声で呟いた。
「で、拐った後は、海に静めるのか!磔にして空の切れ間に放つのか!?」
「い、や。その後の処遇についてはまだわかっていないが。」
拐われた後のヨシコの具体的な処遇を突きつけられてさすがのハルクも動揺する。
メグとライザは言葉がない。
「で、も、い 生け贄って言われているんだろう?海か空かに捧げるってヨシコは死ぬってことだろう?」
マイクの目に力強いものが走る。
「あの場で魔力探知していて、ドラゴンの魔力は感じなかった。というか魔物の存在を感じなかった。あそこには確かに何かあるのは間違いないが、それが世界を滅ぼす魔物だとは思えないんだ。俺の魔法使いとしてのプライドにかけて断言できる。」
「そうか、そうだよね。もしそうなら、あの後の調査をした王国の魔術師団も騒ぐはずだ。兄貴からもそんなそんな話は聞いてないよ。」
マイクの言葉を受けてメグが息を吐きながらそう言った。
「メグ、安心するのはまだ早い。そう言うことなら、この話には裏がある、ヨシコを人身御供にしようとしている勢力がいるってことじゃないか!」
ライザが怒りながら言った。
「とにかく、急ぎハンジに伝えよう。」
一同はハルクの言葉に頷いた。
(王都の大商店の離れ)
「父さん、これを見てくれ。」
店を継いでから、あまり離れにやって来なかった息子が魔法板と木製の小鳥を持って急ぎやってきた。
その魔法板には、終末の予言のような言葉とそれを恐れた人々が、《世界のために尊い犠牲を生け贄として捧げよう》などと言う扇動的な言葉が踊っていた。
《生け贄として捧げるのは渡り人》
《世界会議でサルアール王家が受け入れた》
《ギルドでは生け贄に懸賞金がつきミッションとしてもうすぐ上がる》
木製の小鳥から吐き出された紙に書かれた文字
これは、大陸の各地にある支店の影の者が重要と思ったことを知らせてくる緊急メッセージだ。
「父さん、これってヨシコのことだろう?」
「・・・」
マルコは黙ってその魔法板と小鳥の紙を見つめていた。
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「いいか、ヨシコ。落ち着いて聞け。アンナもだ。」
そう言ったハンジに即されて、駐在さんが話始める。
お客を見送り、今日の業務を突発でトビーの母のマリアと義姉のリリーに任せてハンジの家にアンナに寄り添われて向かった。
珍しく奥座敷に通されると、そこにはハンジと共に、駐在さんとお役人さん、それからマルコとメグたちパーティが揃って待っていた。
「どうして?マルコ?メグたちも。どうやって?」
私は思わぬ人たちが居たことに混乱した。
「落ち着いて、ヨシコ。大丈夫、私がついているから。」
ヨシコの肩を抱いて、背を撫でアンナが落ち着かせようとしてくれる。
「とにかく座って、まず落ち着いて茶でも飲め。」
そういうと、ハンジが自らポットからお茶を注いで出してくれた。
これは、所謂[緑茶]だ。
ほぉーと息をついてマルコを見るとニコリと微笑んだ。
飲み終えると、姿勢を正し、ハンジをみる。
ハンジがゴクンと唾を飲み込み、目配せをすると駐在さんが話し始めた。
「今朝の兵士の格好をしたものは、偽兵士だった。あれは冒険者のパーティだった。ヨシコを拐おうとした罪で領都に護送した。」
「え?」
驚いて、目を見開く。
なぜ私が冒険者のパーティに拐われなければならないのか?
「今朝、まだ役場も開かぬ内からあいつらは我が家にやって来て、黒目黒髪の女の家を教えろと言ってきた。ここらの女はだいたい黒目黒髪だからそんな情報じゃわからんというと、背は小さく体は細いと言う。それでもわからんと言うと、渡り人だと言う。渡り人の件は私と駐在とハンジ一家の極少ない中で隠匿している。村人はヨシコのことは王都からやって来たもんだと思ってる。それが渡り人という呼称まで出してきたんで、おかしいと思って駐在にこのことを告げてハンジのところに行ってもらったんだ。」
お役人さんが朝の兵士がやってきた顛末を教えてくれた。
「あの後、取り調べをしたら、実はヨシコの身柄を押さえて連れてきたら報奨を出すと言われたと証言したのでね。ちなみに報奨を持ちかけたのは、この村の神父だった。なので、神父も現在護送中だ。」
その後、マルコとハルクから今起こっていること、これから更に起こるだろうことを聞かされた。
「なんだい!それは。」
アンナが立ち上がって怒り出す。
「落ち着け、アンナ。」
「落ち着けるか!ヨシコが何をしたって言うんだ。なんで罪人でもないヨシコが捕まって生け贄にされなきゃならないんだよ。それが王家が!教会が!することか。あんたもそれに乗っかってるんじゃ無いだろうね。」
「そんな訳あるか!切れても解決しないだろう。いいから落ち着け。」
怒鳴りあいである。
そんなふたりをぼんやり見ながら私の心は凪いでいた。
ー 大丈夫、もうすぐ そっちに行ける ー
お読みくださいましてありがとうございました。
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