悲しみは突然に 新玉ねぎの丸ごとスープ煮
《肺に影有り 要精密検査》
健康診断で再検査になった。
自覚症状も無いし嘘だろうっと思いネットで調べる。
とりあえず有給を取って総合病院の呼吸器内科を予約した。
「え?」
「肺癌の可能性が高いです。癌の専門病院に予約を取るので、紹介状を持って指定された日に行ってください。」
嘘だろう、俺まだ二十九だよ
肺癌ってタバコも吸ってないし親だって癌の家系じゃないのに
良子になんて伝えよう
******************************
「話がある。」
「どうしたの?」
会社から帰ってきた和真が眉間に深いシワを寄せて言ってきた。
「俺、肺癌だって」
「え?」
目の前が暗くなる。言葉の意味を脳が拒否する。言葉を耳が受け止められない。
「会社の検診で再検査出て、総合病院に行って来た。次は癌センターに行く。」
「え、聞いてない。そんな・・・え?」
和真は怒ったような泣きそうな顔をしていて、私はどんな顔をして何を言ったら良いか思い付かなくて、でも泣いたらだめだろうと必死で涙を押し止めていた。
指定された日に癌センターに行き、診察を受ける。
血液検査、画像検査、生検を経て、ステージⅣと告げられる。
膝から崩れ落ちそうな絶望感を覚えながらも踏ん張って耐えた。
和真は努めて冷静に自分の症状を聞いていた。
「私の余命はどのくらいですか?」
「今から治療をします。抗癌剤による治療です。その治療が出来なくなった時に余命を告げます。抗癌剤が効く効かないは人によるので平均値でしか申し上げれませんが、平均二十二ヶ月です。」
「そうですか。」
帰る途中、言葉がないまま二人で手を繋いで歩いた。
家に帰ってリビングのソファーに並んで手を繋いで座った。
泣きたくない、泣かないと思っても涙が止まらなかった。
「ごめん。和真、ごめん」
「何で、良子が謝る。」
「ううん、私が先に泣いたら和真泣けないのに。ごめん。」
んんー・・・!
和真も声を殺して泣いた。二人で抱き合って泣いた。
何も考えられなかった。ただただ二人で抱き合って泣いた。
抗癌剤の治療はだるさや吐き気、匂い過敏など色々副作用があった。
髪の毛、睫毛や眉毛も抜けてしまった。
体も痩せてしまったから、体力が落ちないようにと私は少しでも食べれるものをと作った。
和真は休職して治療にあたった。
私は時短勤務や病院の付き添いの有給など会社に考慮してもらいながら仕事をこなしていた。
半年間はそれでも体調の良い日は公園に行って散歩をしたり、家族風呂のある温泉に行ったりしてできるだけゆったり穏やかな日常を過ごそうと心がけて暮らした。
抗癌剤の効果が切れて治療の終了を突然告げられた日、その日は突然やって来た。
明らかに今までより咳が出る。ゼイゼイとした苦しそうな息づかいをするようになった。
私は職場に休職を申し出た。
和真が胸が苦しいと訴えるので、救急車で癌センターに搬送される。
胸水が貯まっているという。緊急で入院することになった。
「俺は嘘をつかないって約束しただろう?」
「うん。」
「だけど、良子には嘘をついてしまった。ごめん。」
「なに?ついてないよ。」
「ううん、俺は全部の不幸から良子を守ると約束しただろう?でもそれはもう守れなくなっちゃった。」
「止めて、守ってる。和真は嘘をついてない。」
「ううん、俺の病気がわかってから俺のことで良子を泣かせてばっかりだろう。君を泣かせるために結婚したわけじゃないのに。悔しいよ。ごめんね。」
「そんなことない、和真、止めて。和真が居ないと生きていけないよ。もう一人で生きていけない。和真、そんな悲しいこと言わないで。」
和真の容態は日に日に悪くなっていった。
余りに苦しがるのでとうとうモルヒネを投与した。
『会いたい人を呼んだ方がいい』と病院から言われて、和真の両親を呼んだ。
「父さん母さん、ごめんよ。俺先に逝っちゃう。」
「かずま、かずま」
ううっと両親も泣き崩れる。
「父さん母さんお願いがあるんだ。」
「なんだ、なんでも言ってみろ」
「俺、良子をずっと守るって。不幸から守るって約束して結婚したのに、こんなに早く逝くことになって、本当に心残りなんだ。頼むよ、良子を守って欲しいんだ。」
「わかった。わかったから。和真」
「和真、かずまー!かずまぁ、いや、いやだよ、かずま逝かないで、置いてかないで、かずまぁー、かずまかずま」
そして、その会話を最期に、意識を取り戻すこともなく和真は逝ってしまった。
***************************
「・・・・」
長い長い夢をみていた。
最近やっとみなくなったのに、今夜の夢はリアルで悲しみがストレートに胸を衝く。
あの時から良子は神を信じるのを止めた。
テレビである僧侶が《人生は修行の場、神は越えれない試練は与えない》と言っていた。
それを聞いた時、怒りで体が震えた。
子供の時、母が荒れ狂う時何度も神に祈った。
『母が落ち着きますように。私をここから助けて下さい。救い出して下さい。』
でも一度も願いを聞き届けてくれたことは無かった。
そして、その場から救ってくれて良子に幸せを与えてくれたのは、和真だけだった。
それなのにその和真も奪ってしまうのだ。
連れ去るなら良子も一緒に連れ去ってくれたら良かったのに。
和真には良子を残していく後悔を、良子には愛するものを奪い去られる辛苦を与えるだけの存在が神だ。
だから、良子は神に祈らない。
こっちの世界では日本より、より信心深い。
だけど良子は祈らない。
神なんて信じてないからだ。
まだ暗い窓からの景色をみる。
いつか和真とみた朝焼けと同じ綺麗な朝焼けは二度と見れていない。
*******************************
今日も厨房には早朝から魔石ランプが灯り良子が朝食の準備をしている。
新玉ねぎを丸ごとベーコンと一緒にコンソメで煮たスープとパンケーキにする。
コンソメスープに表皮を剥いて芯に従事の切れ込みを入れてベーコンを挟んだ玉ねぎ、オリーブオイル、塩コショウを入れて煮る。
すりおろしたニンジンに小麦粉、ベーキングパウダー卵砂糖はちみつ牛乳を入れて良く混ぜる。
濡れ布巾をしてしばらく寝かして生地を馴染ませる。
頃合いをみて熱したフライパンにバターを溶かし、生地を入れて弱火で蓋をして蒸し焼きにする。両面焼いたら食べやすく四等分に切り、皿に盛って粉砂糖を振る。
紅茶かコーヒーを添えて。
お客様が朝食を各々食べ終え、ゆっくりと食後の飲み物で寛いでいるところに、ドカドカと三人の兵士が土足で中に入ってきた。
「ここの店主、ヨシコはお前か!」
「はい、そうですが。」
「今から、王都へ連行する!」
「え?なぜ?急に?」
「早くしろ!」
突然のことにお客たちも騒然とする。
無理矢理ヨシコの手を引き連れ去ろうとした兵士の肩を掴み止める者がいた。
親方のハンジである。横にはトビーもアンナもいる。
後ろには村の役人と駐在さんが顔を除かせていた。
「朝っぱらからなんだってんだ。」
「うるさい、お前はなんだ!」
「人の店に土足で入ってきて、女に手をあげるようなヤツは許せねー質でね。」
良子を助けると、後ろにいるトビーとアンナに渡して前に出る。
兵士といっても下っぱなのだろうか、ハンジより頭ひとつ分小さい。
兵士の頭とハンジの二の腕が同じくらいの大きさだ。
「御上に逆らうと、お前も捕まえるぞ。」
「罪状もなく、朝から女を無理やり拐う者が本当に御上の兵士とは思えないが。」
「な、なにー」
「そうだ、たった三人で礼状も出さずにこんなのおかしいですよ。」
ハンジの後ろに隠れて役人が叫ぶ。
「・・・」
顔を見合わせた兵士が黙った。
お客さんに謝罪をして、お見送りをする。
土足で汚されたロビーもアンナがキレイに掃除しておいてくれた。
役場の役人さんに民宿へ案内するように兵士が告げてきた時、おかしいと感じて駐在さん
に親方へ連絡するように、そっとお願いしてくれたので、間一髪で親方たちが助けに来てくれたのだった。
仕度を整えて、親方の家の応接間へ行く。
あの後、兵士と役人は一度役場へと向かった。
駐在さんと親方はネットワークを使ってなぜ良子を捕まえて王都に連れさるのかと理由を探ってくれていた。
朝の業務が終わり次第、親方の家で話を聞くことになった。
アンナが良子に寄り添ってくれている。
いつも悪い知らせは突然くるものだ、あの夢をみたからか、良子の目はいつもに増して暗い色を宿していた。
お読みくださいましてありがとうございました。
誤字誤謬があるかもしれません。
わかり次第訂正いたします。
いいねなどいただけますと励みになります。
よろしければお願いいたします。