新規のお客さんと蒸し鶏のサンドウィッチ
一月に及ぶアマ族の長期滞在が終わった。
気づいたら、この温暖な半島は木々に花が咲き乱れた観光シーズンに突入していた。
村の観光名所を巡る乗り合い馬車は満席で、アンナが今シーズンの目玉だと力をいれている洒落たバルは簡単には予約が取れないほどの大盛況だ。
春の漁業シーズンも重なり、例年通り村人はみな忙しい毎日を送っていた。
良子の《民宿 物見遊山》は逆に通常の一泊朝食付き三部屋六名様までに戻ったので、やっと一息ついていた。
ー 明日は、常連の夫婦連れが二組と新規のお一人様か ー
良子はカレンダーの予約を確認しながら、朝食のメニューを考え始めた。
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教会の本部には非公式に各国の王族と教会の幹部が顔をあわせていた。
今回のサルアール王国の大島付近の海上に現れたナニカについて説明する会議だ。
壇上で、記録水晶で撮られたナニカを映し出して、淡々と説明するのは教会の司教だった。
「「そ、そんな・・・」」
各国の代表は声を震わし、言葉を失った。
「以前、一年もかけて教会に確認をお願いした時にはそんなこと言ってなかったではないか!」
サルアール国王が声を荒げた。
「教会の図書館にもそう言った文献は無かったのです。渡り人自体の記述も百五十年前、サルアール国に現れた王妃様に成られた方以外、存在が確認されて居なかった。他の国ではそう言った存在を把握されている国は無かったのです。」
「なら、どうして?今回の発表になったのか!」
「それは現教皇様の個人スキルによるところが大きいのです。」
教会に所属する者は、創生の夫婦神を深く信仰することによって非凡なスキルが与えられることが多い。
そのスキルの力が巨大で特別であればあるほど、教会内での地位は高くなる。
逆に特別なスキルがある者を教会が集めているとも言えるが。
現在の教皇は《夢見の教皇》と言われていて、未来の出来事を夢で知る予知夢のスキルを持つ者だった。
その予知夢の精度は高く、ある国で暴動が起きると夢見ると暴動が起き、ある国で干ばつが続き食料問題でその国内が混乱すると夢見ればそのようになった。
その予知夢の的中率は百発百中だったため、今回海でナニカが起こっていたら夢見も当たるのだろう。
その夢見は非情で、各国に被害が及ぶものだった。
「では、サルアール王国として対応することを求める決議をここに採択する!」
壇上で司祭が声を上げ、会義は終了した。
「どうするのですか」
「仕方あるまい」
悲痛な面持ちで王と王太子が重い腰を上げて、議場を後にした。
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「いらっしゃいませ。」
「また今年も寄らせてもらったよ、あの話題のバルの予約までしてもらってわるかったね。」
「いえいえ、たまたまキャンセルがあった日だったんですよ。お取りできて良かった。」
「今年もこちらに伺うの楽しみにしてきたのよ!」
友人ご夫婦が二組、ここを始めた当初から来てくれている常連さんだ。
毎年この半島に花が咲き乱れる季節に訪ねてくれる。
今回は噂のバルで食事ができたら嬉しいということが予約時にあったので、アンナに問い合わせてみたところ、ちょうどタイミングよく予約ができた。喜ばれて何よりだ。
常連のご夫婦がバルに出掛けて行った頃、新規のお一人様で予約されたお客さんがやって来た。
「いやー、遅くなってしまってすみません。乗っていた馬車の車輪が轍に填まってしまって。」
「いえいえ、それは大変でしたね。お怪我が無くてで何よりでしたね。」
「そうですね。」
ユーリィと名乗ったそのお客さんは、白銀の髪に薄い蒼い瞳を持った細身の美少年で、その容姿と裏腹ににとても大人びた話し方をしていた。
支払いを頂いて、二階の杏の部屋を案内する。
すでに夕飯時で、観光シーズンのこの村はどこの店も混んでいるだろうと伝えると、『疲れているのでこの宿で何か食べることはできないか』と言うので、サンドウィッチとスープのような軽食だがと断ってお出しすることにした。
部屋に荷物を置いたあと、ロビーの椅子に腰かけている少年は端から見ても疲れた様子だった。
ルッコラと蒸し鶏を挟んで、マスタードを効かせたマヨネーズソースをかけたサンドウィッチと蕪のミルクスープに、温かいはちみつを入れたカモミールティーと一緒に出した。
「ええ、もうですか?早いですね。ありがとうございます。」
姿勢を正したユーリィ少年は大人びた口調でお礼を言うと、きれいな所作で食事を始めた。
では、失礼しますと頭を下げて、奥に引っ込もうとすると、ユーリィ少年が声をかけてきた。
「女将さんとお呼びしていいのでしょうか?」
「ええ、どうぞ。」
「女将さんは食事をされないのですか?」
「いいえ、これから調理場の方で頂きますが。」
「よければ、一緒に食べてもらうことはできませんか?」
「申し訳ありません。私の分は今から作りますので、ご一緒することは出来かねますが。」
「そうですか、もしかして、女将さんの分を僕が頂いてしまいました?」
「大丈夫ですよ。お気になさらずごゆっくりお召し上がり下さい。」
今度こそ、本当に奥に引っ込んで行く。
その後ろ姿をため息混じりに見送るユーリィ少年がいた。
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