アマ族の一団長期滞在とミートボールと豆の煮込み
「行ってらっしゃいませ」
「「「行ってきまーす」」」
良子は口々に挨拶をして出かけていく女性の団体を見送る。
民宿 物見遊山は例年になく毎日満室御礼である。
きっかけは、以前メグたちが見つけた海の異変である。
その調査に王国の魔術師団と教会本部から派遣された関係者と良子のいる王国の海を挟んだ向こう側の島国ナンダーラ国から派遣されたアマ族という集団が海の異変のある海域を大規模調査することになったのだ。
良子のいる漁村の港から船で一時間ほど行くと、小島が連なり一番端に大島という比較的大きな島があるが、そこは小規模集落があるだけの寒村で、親方たちが漁の時急な天候変化のために寄港して休憩するための集会場か、たまに島に渡る釣り客と少数の村民相手のよろず屋が一軒しかない。そのよろず屋も親方がオーナーで日用必需品などの不便がないように手配をしているのだが。
なので、多くの調査員が大島に滞在することは不可能で、こっちの漁村から毎日親方からチャーターした船で大島より更に離れた異変場所まで通いで調査しているのだ。
良子の民宿はアマ族の一団で長期借り上げされていて、毎食の食事と洗濯も別途請け負った。
ツインの部屋に親方の宿屋から借りてきたベッドを入れて、狭いけれど四人部屋にしたので、現在十二人が良子の民宿に滞在している。
期間も今のところ未定で長期化も予想されているため、さすがに一人でやるには難しく、この業務が終わるまでの約束でトビーの母親と義姉に手伝いをお願いすることにした。
始めはトビーが手伝いに来ると言い張っていたが、トビーはチャーター船の船頭をしなければならない。
「船頭なら他にも居ますよ、親父も兄二人も、他にも漁師の誰でもいいじゃないですか!」
「お前が一番始めの調査でその場所を見つけた当事者じゃないか!」
「俺はこの方角に進めと言われた方に船を走らせただけだ。別に俺が見つけた訳じゃない。船頭ならたくさんいるが、ヨシコ一人で民宿をやれるわけ無いですよ。俺が手伝わなきゃ回らない。」
「お前が宿屋で何ができるんだよ。料理ができる訳でもないのに。」
「掃除くらいならなんとかできるし、やる気になれば料理だって。」
「そんな素人の料理を客に出せるかよ、いい加減にしろ」
親方とトビーのこんな不毛なやり取りをしてる横で、アンナがツナ缶作業所の日程調整をして、トビーの母親のマリアと義姉のリリーを手伝いに回す段取りをしてしまった。
「男手より、必要なのは女手なんだよ。部屋の掃除や洗濯、食事の手伝いなんか指示しなくてもできてくれなきゃ困るのさ。毎回『次は何やる?次は何やる?』と聞いてくるような手伝いじゃ忙しい時は逆に迷惑なくらいさ。あんたは回りが黙ってても船頭の仕事はできるんだ、それをやるんだよ。」
アンナの厳しい言葉にトビーは従うしかなかった。
「二階の掃除終わったよ。」
「洗濯も二度目干してきたから、もう一回干したら今日の分は終わりだよ。」
「二人とも早いわね、ありがとう。少し早いけどランチにしましょうか。」
二人は初日に一通りの仕事の流れを教えただけで、あっという間に覚えてくれた。
なのでずいぶん楽に業務をこなせている。
漁村での仕事は賄い付きが普通なので、毎日お昼を一緒に食べるようになっていた。
今日は朝食で出した、ミートボールと豆の煮込みにツナとヨーグルトのオープンサンドだ。
塩を入れてよく混ぜた挽き肉を一口大に細長く握り、油で焼く。
ミックスビーンズと玉ねぎにんにくくし切りのトマトも加えて、白ワインとウスターソースで蒸し煮にする。
塩コショウで味を整えたら、ミートボールと豆の煮込みの出来上がり。
昼はこれを温め直すだけだ。
オープンサンドも、スライスした玉ねぎとヨーグルトとツナと塩を混ぜ合わせて薄切りのパンに乗せるだけ。
今日はライ麦の黒パンをスライスたものにした。
独特の酸味がこのスプレッドとよく合うのだ。
冷ましておいた麦茶を飲みながら、三人で食卓を囲む。
「この煮込み美味しいよ。」
「ほんとに。パンにソースを浸しても美味しい。」
「良かった。とても簡単にできるのよ。煮込みっていうほど煮込まないのよ。五分くらい。」
「ええ、それは手早くできていいね。家でも作ろう。」
午後からはお客さんの夕食の準備をしたり、洗濯を畳んだり。
暗くなる前に、二人は帰って行く。
帰ってからも家事をしないとならないから、『出来るだけ早く上がって』と言ってるんだけど、『そんなの今までだって働いてるのだから構わないよ、気にしないで』と翌日の朝食の仕込みまで手伝ってくれる。
「じゃあ、また明日。」
「ええ、気を付けて帰ってよ。朝もゆっくりで良いから。」
「大丈夫だよ」
良子は勝手口から帰って行く二人を見送った。
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「今日はヤバかった!」
「「ほんと、あれなんだろうね。」」
「あ、すいません。おかわり下さい。」
「はい、すぐお持ちしますね。」
「「こっちもお願いしまーす」」
お客の一団の食事は賑やかだ。
ロビーに親方から借りた大きなテーブルを広げ、椅子を並べてギチギチだが、みなお構いなしに食べる。
良子は空いた皿を回収したりお代わりを運んだりと、狭い通路を通りロビーと厨房を行き来する。
「海底に魔道具を入れに行った時、引き摺り込まれるかと思ったわ。」
「あたしも、あんた死ぬ!って思って急いで上に合図して引き上げたから良かったけど。」
「いやー、もうあんな近くに寄れないよねー。」
アマ族の女衆はこの世界で特別なスキルを持った一族で、アマ族の女だけが使えるという。
肺に貯めた空気だけで、海の中にどこまでもどこまでも深く潜ることができるのだそうだ。
命綱を体に巻き付け潜る女衆を、決まった合図によって船の上の男衆が引き上げるという。
このスキルを使って今回の海底調査を行っているようだ。
ちなみに、空に立ち上る靄の調査は王国の魔術師団で調べているらしい。
海底と空、調査の結果が出るのはいつになるのだろうか。
「でもさ、あの割れ目ってなんだろう、いつぐらいにわかるんだろう。」
「さあ、現地調査が終了してからまだ教会が主だって更に調べるんだろう?」
「悠長だねえ、そんな呑気で大丈夫なのかね?」
「さあ、えらい人が決めたことさ、あたしらにはわからないよ。」
そんな話をしながらの夕食が終わった。
良子は調理場で一人夕食の片付けをして、時間をみて入口の施錠をする。
良子の長い一日が終わった。
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