葬儀
なんとか三連休中に更新できました。
九月半ばを過ぎての猛暑日。歴代最も遅い記録です。
その日、バルトコル伯爵領の領都は、人が溢れ返っていた。
見渡す限りの人、人、人。
何が凄いって、それだけ人がいるのにいつもの街のざわめきが無いこと。ピンと張り詰めた空気が伝わってくる。
大観衆の大歓声ってすごいけど、大観衆の静寂はその上を行くと実感したよ。
葬送の列の先頭を行くのは、騎乗のカレスン・バルトコル伯爵。
リリアーヌ・バルトコル女伯爵の棺を乗せた馬車の周囲を警護するのは、バルトコル伯爵領軍の騎士。
沿道を埋める領民たちは、無言のまま、墓地へ向かう行列を見送っていた。
バルトコル伯爵家が爵位返上すること。
王領になること。
伯爵家の分家から代官が立ち、これまでと変わりない暮らしが保障されること。
そして亡くなられた最後のバルトコル女伯爵の葬儀がこの日行われること。
それらの告知書は、国の出先機関を兼ねる教会の壁に貼り出され、全ての領民に周知された。
その結果、大勢の領民が最期の別れを告げようと領都を目指したそうだ。
「バルトコル伯爵家は代々、善政で有名だった。トマーニケ帝国との交易で経済基盤がしっかりしていた点が大きいが、それだけではない」
デルスパニア王国でも指折りの大貴族、デアモント公爵閣下が直々に解説して下さった。
手間をお掛けして恐縮なんだけど、将来を見据えた高位貴族教育だから気にするなとのお言葉を頂いた。聞いて損は無いからと、オスカー義父さんも同席を命じられちゃった。
いや、ご厚意だって分かってるけどさ、公爵閣下の申し出を断れるはずないでしょ。実質命令だよ。
「カレスン卿は男爵家出身。それも家を継げない次男。平民に気安い素地が元々あったのよ。更にリリアーヌ女伯爵は病弱のため、ほとんど表に出なかった。領民との関りは薄く、つまりは悪感情を持たれることが無かった」
経済的に安定していて貴族の横暴がない。それだけで領民の支持は高かった。
「トマーニケ帝国との戦役では、交易がストップした。交易都市としては致命的よ。それでもバルトコル領は持ち堪えた。伯爵家が私財を投じて下支えしたからだ。他領が戦費名目で増税する中、カレスン卿は逆に大幅な減税に踏み切った」
国軍に供出する物資は全て現金で買い上げた。
そう遠くない未来の爵位返上を見据えて、単年度の大赤字をものともせず、身を削ったのだ。
税として物納を命じた他領とは、えらい違いだ。
「さすがは八百年の伝統を誇るバルトコル伯爵家。資産を全て投げ出す覚悟なら、無収入で数年保つだけの財を築いておったわ」
横暴がなくていざとなったら助けてくれる。そりゃあ、支持されて当然だよ。
それに。
伯爵邸の前庭に入り込んで遊んでいた子供たち。
門柱に刻み込まれていた言葉。
『警備兵の手に負えないほど領民が押し掛けて来るなら、そこまで追い詰めた家など潰れてしまえばよい』
あれが全てなんだろう。
その夜。キャサリン母上と僕は、オスカー義父さんに話があると、呼び出しを受けた。
「すまなかった」
ガバッと頭を下げた義父さん。いきなりどうしたの。
「今までずっと、二人をランドール家に縛り付けてたって気付いた。マークにはいろんな道があるのに、跡継ぎだって決めつけてた」
それは。
「それに、キャサリン義姉さんの幸せを考えてなかった。マークが成人したら、子育てが終わったら、それでもキャサリン義姉さんを我が家の都合で伯爵邸の切り盛りを押し付けたままで良いのかって」
え。母上の幸せ?
「形だけ俺の第一夫人に成ってもらってるけど、つまりそれは、キャサリン義姉さんの再婚の邪魔をしてるってことだ。俺じゃ死んだ兄貴の代わりは務まらない。キャサリン義姉さん自身の幸せはどこにあるんだろう」
母上は僕の母上で。えっえっ、えー。
母上の幸せって、そんなこと、考えたことも無かった。
一昔前のオリンピックのフィールド競技。世界新記録に挑戦する場面で、スタジアムの五万人の静寂が世界中継されました。
固唾をのむっていう表現がぴったり。五万人の大歓声より凄いと解説者が言っていたのが印象的でした。
リリアーヌ様の葬列、イメージはエリザベス女王のご葬儀です。
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