永の別れ
参考文献 閑章伯爵家が終わる時 バルトコル伯爵家の終焉
ネタバレ有りです。
広い広い部屋の真ん中に、ポツンと置かれた豪華な寝台。大きくはあるけれど、常識的なサイズに納まっているのは、治療のために実用性が優先されているからだろう。
ベッドを囲んでいるのは、僕を含めた家族枠の顔触れ。その外側に、エザール叔父さんを含めた親族の方々。医師と看護師は壁際で待機している。
オスカー義父さんはエザール叔父さんの後ろに下がってる。
テムニー侯爵第二夫人のアリス伯母様は最前列を勧めてくれたけど、オスカー義父さんが断った。自分はあくまでキャサリン母上の配偶者代理で、義弟だからと。
義父さんは、バルトコル伯爵家の相続問題からは距離を置くと態度で示し続けている。そうしないと、お家乗っ取りを企んでいるって決めつけられるから。
腹立たしいことに、オスカー義父さんのこと、上昇志向の強い野心家で権力の亡者だって言う輩が居る。
風評被害だよね。義父さんを実際に知ってる人なら、絶対にしない勘繰りだよ。
なーにが実家を乗っ取っただよ。娘を聖女に仕立て上げて王家に取り入っただよ。僕を邪魔者扱いで冷遇してるだよ。
あ、例の特待生の顔が浮かんできた。あの勘違い女。
「ふふ、マーク、そんなにご機嫌斜めな顔をしないで。やっと会えたんですもの。嬉しいわ」
「女伯爵閣下」
何と呼び掛けるのが正解か分からず、咄嗟に出てきたのは爵位呼びだった。
我ながら他人行儀だけど、正真正銘の初対面だ。それに僕の母方の祖母はこの方じゃない。おばあ様と呼ぶのはためらわれた。名前呼びは尚更だ。
「そうねぇ。私はバルトコル女伯爵であった事、後悔していないわ。最期にこうやって、みんなに見送ってもらえるんですもの。決して不幸では無かったわ。ふふ、こんなに長生きできて孫の顔を見られるとは思ってなかった」
「リリアーヌ」
夫のバルトコル伯爵が、その細くやつれた手を握った。
「カレスン、あなた。ありがとう。私は幸せだった。あなたがずっと傍に居てくれたから。だから、ね。あなたも幸せになって。バルトコル伯爵家は私の代で幕を閉じる。そうしたら、あなたは自由よ。隠居して良いの。重い責務を放り投げて良いの。私の分まで、余生を楽しんで下さいな」
「リリアーヌ。私も愛しているよ。ずっとずっと。本家のお嬢様に一目惚れして、でも、それが叶うとは思ってもみなかった。私が一番の果報者だよ」
「ええ、知っていました。私もね、あなたが初恋だったの。ふふふ。私は病弱で、あなたは身分が低くて。始めのころは互いに引け目があってギクシャクしましたわね。こんな風に笑い合えるなら、良い思い出ですよ」
老夫婦の惚気話って、ほんわかするもんなんだ。僕も、そんな相手に巡り合えるかな。
「サミュエル、テムニー侯爵としてしっかり務めなさい。でも、自分の幸せを犠牲にしては駄目よ」
「はい、おばあ様」
「アリス、妹たちのこと、今まで通り気にかけてあげてね。バルトコル伯爵家の代わりに、あなたが実家代わりになってちょうだい」
「勿論ですわ、お母様」
「すこし、疲れたわ。休みます」
そう言って、目を閉じられた。静まり返った部屋に穏やかな寝息が聞こえてきたのはすぐだった。
「皆様、延命処置の終了を宣言いたします。異議はございませんか」
初老の医師は、長年主治医を務めてきた方だそうだ。
「このまま目を覚まさず、緩やかに死出の旅路へ向かわれます」
それが一番苦痛のない最期だと。
「長の務め、ご苦労であった。大儀である」
カレスン・バルトコル伯爵の形式ばった応答に、医師は深々と頭を下げた。
後ろの親族の席で温度差があったのは気付いていた。そりゃ、ご本家が潰れるんだ。影響だって出るだろう。
だけど、僕は何も言えない。
ランドール家は後継者を出してほしいという要請を断ったんだ。口を出す資格は無いだろう。
だからって舌打ちは無いよ。
聞こえてきた方に目をやったけど、誰もが沈痛な表情で、他意を見せていなかった。
なんとも、人の死はどんな形でも悲しい物です。
最後のカレスン卿の言葉、少し涙声になってました。
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