バルトコル伯爵第二夫人
影の薄いバルトコル伯爵家第二夫人に語っていただきました。
参考文献 本編第十章 誰がバルトコル伯爵家を潰したか
一足先に病室へ通された夫人は、ご当主様のベッド脇に座っていた。
日焼けとは無縁だった血の気の薄い顔色に、今は黄味がかっている。土気色というには白いけれど、それは死相と呼ばれるものだろう。
「ああ、来てくれたのね」
か細い、けれどしっかりした言葉に、彼女は覆いかぶさるようにして耳を寄せた。
「もうね、痛みを感じないの。死ぬには良い塩梅ですよ」
「リリアーヌ様」
そう呼び掛けることを、彼女は特別に許されていた。
「貴女には謝罪しなければならないわ。無理にバルトコル伯爵家へ嫁いでもらったのに、貴方の娘に家督を譲れなかった。結局、貴方たちの人生を歪めただけだったわ」
「いいえ、いいえ。リリアーヌ様には、本当に良くしていただきました。感謝申し上げております。どうか謝らないで下さいませ」
先代様が王弟殿下の姫君を正室に迎えられ、お生まれになったのがリリアーヌ・バルトコル女伯爵様です。
ご正室様が命と引き換えに残された一人娘。王家の血を引く由緒正しいご嫡女。
リリアーヌ様が家督を継がれることは確定事項でした。
ただ、リリアーヌ様も亡くなられたご正室様と同じく御病弱。既にこの時点で、夫となる配偶者に第二夫人をあてがって後継者を確保するという話があったそうです。
となれば、配偶者はバルトコル伯爵家の親族から選ばなくてはなりません。他家に乗っ取られるわけにはいきませんから。
生まれたばかりの赤子の将来にそこまで気を回すなんて、貴族とは業の深い者です。
そもそも先代様が一人息子、ご兄弟はおられません。リリアーヌ様もお一人きり。バルトコル伯爵家は、近しい親族が極端に少なくなってしまいました。
親族に一代限りで与えられる従属爵位は該当者がないままに、全て本家に戻されて宙に浮いております。
残ったのは、世襲の許されている分家が二つだけ。ランデス男爵家と、わたくしの実家の子爵家のみ。
男爵家の次男、カレスン卿が婿に選ばれたのは、わたくしの弟がまだ生まれていなかったからでした。
わたくしの父は、格下の男爵家出のカレスン卿をバルトコル伯爵と認めたくなかったのです。
弟が産まれてからは、その思いをますます強くしました。
ランデス男爵家ではなく、我が家からこそ、バルトコル伯爵を出すべきだったと。
リリアーヌ様がご長女アリス様をご出産されて、健康上の理由から二人目は望めないとなった時、カレスン卿に第二夫人をと強硬に主張したのは父でした。
今でも父の言葉を覚えています。
『ご本家に嫁げ。そして跡継ぎを産め。今度こそバルトコル伯爵を我が家から出せ』
わたくしには相思相愛の婚約者がいたのに。平民の彼に嫁いで、貴族の柵から自由になる筈だったのに。
救いの手を差し伸べて下さったのは、リリアーヌ様でした。そのまま彼と結婚し、産まれた子供を養子として伯爵家に出してほしいと。
『申し訳ないけれど、平民の子を次期伯爵にするとなれば反発が起きるの。形だけ、伯爵家の第二夫人に納まって下さいな。彼は執事として同居なさればよろしいわ。もちろん、カレスンとは白い結婚で。わたくし、嫉妬深いですのよ。カレスンは誰にも渡したくありませんわ』
茶目っ気たっぷりにそう仰られたリリアーヌ様は、なにくれとなく気を回して下さいました。
引き離されるはずだった娘二人を手元で育てる許可をいただき。男子を産めなかったという理由付けで、別宅へ追い出すという形で彼との暮らしを守って下さり。
離縁にならなかったのは、伯爵家第二夫人という肩書を父の激怒からの防波堤にするためでした。
『後継者を二人も産んでくれたのですもの。これ以上、伯爵家の犠牲になる必要は無いわ。お幸せにね』
そう笑って下さったリリアーヌ様のお顔が、昨日のことのように思い出されるのです。
子爵家のお父さん、無理に第二夫人を本家へねじ込まなければ、「配偶者の実家は後継者を出せない」
という縛りに引っかからず、弟君を次期バルトコル伯爵に出来てたんですけどねぇ。
自業自得でしょう。
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